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毎度この記事がトップになります。
このサイトは、自分が執筆しているモンスターハンターの二次小説『ガイドポストは龍の調べ』を閲覧しやすいようにまとめたものです。
私的解釈による展開が多々ありますが、ご了承くださいm(__)m

rakutarou_tow333.jpg     †【第一章へ】†

  ーこれは導かれし狩人達の、始まりと終わり、それて繋がりの物語ー


追記:ついに本編の完結を向えることが出来ました!( ゚Д゚ )八(゚Д゚ )ノイエーイ!!!
   しかしこれはある意味での始まりでもあります(`・ω・´)
   今後は後日談や番外編、短編を上げていきたいと思っております。

──辛い。



──辛い辛い辛い辛……痛い痛い痛い痛い痛い!



──熱い熱い熱い……でもなんか……寒……い……? 寒い寒い寒い!



「どうなっ……てんだよ……『これ』!?」

 ヨルヴァは困惑した顔で咽びながら、涙目になって叫び声を上げた。
その横ではハルクが泡を吹いて倒れている。

「い、一体何が起きたというのだ……?」

 モモはそんな彼等の異常事態を見て、呆然と立ち尽くしていた。
 何しろ本当に訳が分からないのだ。だから顔色を赤へ青へと交互に変化させて呻く少年を、彼女はただオロオロと見守るしかなかった。
 この異常事態の正体……事の始まりは、紅龍の足止めを自分たちに託して古塔へと向かったハンターの一人──アクアから貰った数粒の氷結晶イチゴだったのだから。


「ま、真っ赤に熟……して、う、旨そうだと思ったら……ここ、これ! と、とととととトウガラシじゃねえかぁ────! うぎゃあああああ辛い! 辛い辛い辛いいいいいい!」

「だ、大丈夫なヨルヴァ!? 気を確かに持つんだ!」

「……あの娘、私達の中じゃ一番まともだと思っていたけれど……そう、味覚がぶっ飛んでいたのね」

 辛さを紛らわせるために叫びながら転げ回るヨルヴァを嘆かわしそうに見つめながら、アンは感心したように頷いた。

「……でも失神するほどの辛さのはずなのに汗一つ掻いていないところを見ると、氷結晶の効果は残っているのね。……大した技術だわ」

「い、いや、アン殿……感心している暇は無いのではないか? このままでは紅龍と間見える前に戦力が半減してしまうぞ……」

 モモは焦りを隠せずにいた。
 ハルクなど一粒口にしただけで生命の危機に瀕しているのだ。紅龍もいつまでこの場に留まっているか分からない……このままでは任務を遂行するのもままならないかもしれないのだ。焦るなと言うほうが無理であった。
 しかしアンはモモと違って涼しい顔で、無表情のまま自身の後ろを指してみせる。

「……安心しなさい。イズが今、辛み止めを調合しているところよ」

「え……? そ、それは有難いが、何故イズ殿が?」

 思わず首を傾げてしまった。
 彼が薬を調合出来るということにも驚きだが、別にアンはイズに指示など出しておらず、彼が率先して行動する人柄とも思えなかったので不思議に思ったのだ。
 しかしアンの言う通り、彼女の後ろを覗くと確かにイズは何かを混ぜている。

 それも、割と必死の形相で。


 モモはそこではたと思い出した。


(嗚呼。そういえばヨルヴァはイズ殿にもお近付きの印にと、あのイチゴを渡していたのだったな……)


 思えば、それも確かアンがこっそりと提案していたことであった。確かにあの二人に食べるなと言うのは至難の技であるが、事の解決にこのような方法を取るとは……。

 被害者を減らすのではなく、あえて増やして解決させる。

 もはや発想が違う。

(流石、伝説のハンターと名を馳せるだけはある……と言ってもいいのだろうか?)

「…出来たぞ。効果は俺が保証する。早く、飲ませてやれ」

「きゃあ!?」

 モモは短く、それでいて可愛い悲鳴を上げた。
 考え事をいる間に特効薬が完成していたらしく、こちらにやって来たイズが急に彼女の手を取って薬を手渡したのだ。

「こ、これが辛み止め……なのか?」

 不覚……と思いながら、こみ上げてくる恥ずかしさを隠すようにモモが分かり切ったことを尋ねた。
 驚くと情けない声を上げてしまう癖をモモは幼い頃から恥と考えている。その事を知っているハルクやヨルヴァはそれをモモの貴重な女らしさだと言って聞かないが、当の本人達には残念ながら今、それを耳にしている余裕は無かった。

「…当たり前だろう。他の何かに見えるのか?」

「い、いや。そんなことは無いが……」

「…が、何だ?」

「……ちょ、ちょっと驚いただけだ!」

「…そうか」

──どうもこのイズという男は取っ付きにくい。

 気を取り直そうとモモは受け取った辛み止めをしげしげと見つめてみた。掌で転がったものは、小指の先に乗るような小さな丸薬。色は透き通った金色で、微かにだが薔薇をより甘美にしたような香りがする。

「これは一体──」

「…大量のハチミツにモノブローズのエキスと黄金芋酒、それにポッケクォーツとにが虫の粉末を少量混ぜ、熱を加えて高圧縮を施したものだ。ただ甘いだけでなく、辛味を緩和する成分が直に働きかける即効性も備えている。…応急処置としてはこれ以上のものはないはずだ」

 モモが尋ねるよりも先にイズが丸薬の説明を加えてくれた。先程の反応を気にしての説明なのかもしれないが、正直説明されてもいまいちピンと来ない。

「…効果が不安なら一粒口に入れてみろ」

「う、うむ……」

 促されたモモは恐る恐る金色の粒を摘み、一思いに口へ放り込んでみる。

「んぁ──────っ!?」

 モモは再び変な声を上げることになった。舌で転がそうとした丸薬が、一瞬で消えるように溶けた──そう思った時にはもう、とんでもない甘さが口内を襲っていたのだ。
 口いっぱいに広がるハチミツと薔薇の香りが絶妙にマッチして、それはそれは甘美な風味で……。

「うぐ……」

 異常な程、甘過ぎる……もはや辛いと感じるレベルだ。
 かぁっ、と口と顔が灼けつくのがはっきりと分かる。砂糖やシロップを大量に飲み込んでもここまでの甘さを感じることはないだろう。

「…これでようやく、氷結晶トウガラシの辛みを多少緩和出来るレベルだ。…全くとんでもない物を食わせてくれる」

「こ、この甘さで少し緩和出来る程度……!?」

 モモは再び驚いた。

──それならあのハルクが倒れるのも無理はない。

 むしろヨルヴァがよく耐えていると思った。

「──そ、そうだ! ヨルヴァだ! ヨルヴァ、早くこれを!」

 モモはぐったりしているヨルヴァに駆け寄ると、急いで抱き寄せて辛み止めを数粒放り込んだ。

「あ……あんがと……モモね……」

 ヨルヴァは顔色を少し戻したかと思うと、再び倒れ込んでしまった。

「ヨルヴァ!?」

「……大丈夫よ、少し休めば平気だわ。それより、彼にも早くそれを」

「……あ!」

 アンに言われ慌ててハルクを見ると、白目を向いて痙攣していた。後日談だが、ハルクはこの時しっかりと花畑を見ていたという。

「こ、こんなことで死ぬな! しっかりしろ! あの世で何と説明するつもりだ!」

 モモが残った丸薬を全て口に叩き入れると、ハルクも何とか(強面であるが)表情を穏やかなものへと戻したのであった。

「ふぅ……間に合ったか。危なく戦いの前に全滅するところであった……」

 モモがやれやれと息を吐いたが、横にいたイズがとんでもない事を口にした。

「…だがこの調合物、どんな調合をしたかは分からないが冷却効果がクーラードリンクの比じゃないぞ。…姉さん達も食べたらどうだ?」

「え?」

「……あら、それは凄いわね。折角だし、頂こうかしら」

 アンは言うなりイズから氷結晶トウガラシを受け取ると、口を開けているであろうマスクの下へとそれを放り込んだ。

「え、ええ!?」

「……あらあら、ふふっ……中々刺激的ね。こんなの久し振りだわ」

 そして辛み止めを食べない。正気の沙汰とは思えなかった。

「……さ、モモ。最後は貴女の番よ?」

「あ……いや……」

 イズの方を向くと、残りのトウガラシがしっかり一粒乗せられている。

「…大丈夫だ。丸薬はまだある」

「い、いや、私は辛味は少し苦手で……」

「……大丈夫よ、二度死ぬ程ではないわ」

「一度は死ぬのか!?」

 怖々と赤色の粒を見つめてみる。突きつけるように差し出された『それ』はギラギラと赤く輝いており、溶け始めてきたのか開き直ったのか知らないが目が痛くなるほど毒々しい香りを立ち上げている。

──無理、無理無理。絶対無理。

 そんな気持ちを読んだのか、アンはモモになだめるように優しく声をかけた。

「……さっきのは冗談だけれど、真面目に考えて御覧なさい。紅龍と対峙している時にクーラードリンクを飲むリスクを考えたら安いものじゃないかしら?」

「う……ぐぐ……」

 そう言われてしまえば、返す言葉がない。それにこの状態では自分が聞き分けのない子供のようではないか……そんな焦燥感をモモは確かに感じていた。

 しかし、だ。

──辛さや痛みが襲ってくると分かっていながらそれを実行する。その為には相当の勇気がいるということをご存知だろうか?

「……あらあら、そんなに怯えることはないのよ?」

「…そうとも。痛いのは一瞬のことだ」

「ひっ……」

 頭では覚悟しても本心が猛烈に拒否してしまう。すずいと迫る姉弟に怯え、モモはたじたじと後退するも、背中には厚い岩壁があるのみであった。

「あ……あぁ……」

「…さぁ」

「……さぁ」


 最早、逃げ場は何処にも無かった。


「う、うわ……やめろ……やめ……きゃぁぁぁ──────!!」






 その数十分後、涙目のモモが口を赤くして作戦会議の場に佇んでいたという。








「──これが二人が寝ている間に立てた計画だ」

「うーむ……」

 モモが些か喋りにくそうに話し終わった後、ハルクは釈然としない様子で口を開いた。

「確かにそれ以外には無いだろうな。それは分かったが……その前に何故ワシは寝ていたんだ? 口の中が妙に甘ったるいような気も……」

「え? そ、それは……」

 モモは言葉を濁らせた。どうやら記憶が飛んでいるらしい。プライドの高いハルクの事だ、理由はともかく自分が白目を剥いて泡を吹いていたなんて知ったらまた一悶着起こしかねない。

「つ、疲れが溜まっていたんだろう……気球船からの荷下ろしも多くやっていたからな。私が他の支度が終わるまで休んでいいと言ったらすぐに眠ってしまったぞ?」

「そう……だったか? 確かに何かを言われた気がするな……」

「そ、そうだとも。眠って記憶が曖昧になるのはよくあることだろう?」

 ──よし、何とか丸め込めそうだ。

 そう、モモが内心でガッツポーズを取ろうとした時──横から突拍子もない声が聞こえてきた。

「はぁ? モモ姉、何言ってんだ? おっちゃんはオイラがあげたやつ食った後で泡吹いて倒れたじゃ───へっ?」

 瞬間、ヨルヴァが宙を舞った。
 少年はふわりと体で円を描くと、その勢いで地面に落ちていく。

「──ふげっ!?」

 少年は受け身も取れないまま地面に体を叩きつけられ、そのまま目を回して動かなくなった。

「……ふぅ、危なかった」

 そう言って、モモは満足気にヨルヴァの腕から手を離した。我ながら素早い行動だったと自分で感心する。久々に使ったが、母国で学んだ「アイキドウ」は錆び付いていないらしい。

「……お陰で作戦の移行が遅れることに関しての埋め合わせはあるのかしら?」

 後ろからアンの呆れたような声が聞こえてきた。

「い、いや……それは……」

 言い訳しようと口を開きかけたが、追い打ちを掛けるようなイズの言葉がモモを固まらせた。

「…それに間に合ってもいないようだぞ?」

「……え?」

 恐る恐る大きな仲間の方を見ると、わなわなと震えるハルクの姿がそこにあった。

「思い出した……思い出したぞ! ワシはあんなもので気を失って……うおぉぉぉぉぉぉ!! 男として何と無様なことを……!! 」

「待てハルク、少し落ち着いて──」

「モモ、あのイチゴのようなやつをもう一度くれ! もう一度! もう一度ワシにリベンジを──!! 」

「ハルク! 済んだことだろう! アレはもう無いんだから、そんな事でいちいち叫ばないでくれ!!」

「そんな事とは何だモモ! これはワシにとって、ワシにとってなぁ──!!」

「いや……だから──」

「うぉぉぉ! 何て情けないことを──!」

「う……ぐぐぅ……」

 叫ぶハルク、倒れるヨルヴァ、待ち受ける紅龍、呆れる鬼畜姉弟に、ヒリヒリする口……モモの中で何かがぷつりと切れた。

「うるさいうるさいうるさい! この馬鹿親父! 私だってなぁ……私だってなぁ!!」

「な、何だと!? も、モモお前一体どうし──」

「何でこう上手くいかないのだぁ! 私はただ皆と協力したいだけなのにぃ! 二人の馬鹿馬鹿馬鹿ぁ! うぁぁぁぁぁぁ!!」

「わ、分かった! ワシが悪かったから泣きながら矢を振り回すんじゃない!」







「…なぁ、姉さん。俺らはこんなメンバーで紅龍を倒そうってのか?」

「……ふふ、そうね」

 小型のモンスターの討伐でも、もう少し緊張感があるだろう──そう呆れるイズに対し、アンは楽しげに笑った。

「──……でもきっと、面白いものが見れると思うわよ」

「…ふん、どうだかな」


 気球船を降りてから、かれこれ一時間。五人はようやく火山の奥地──『決戦場』と呼ばれる場所へと足を踏み入れていった。








「あ、あいつが紅龍……? 何だよあれ……まだオイラ達には気付いてないはずなのに、ビリビリした殺気が凄え伝わってくるぜ」

 ヨルヴァは冷や汗を拭いながら思わずスラッシュアックス──王牙剣斧【裂雷】の柄を握り締めた。
 先程のエリアから急斜面を下った先にある、円形の広大な平地。全て岩に囲まれ、内部には溶岩が幾重にも流れているこのエリアに、逃げ場は何処にも存在しない。元のエリアに帰ろうとしても、崖を登っている無防備な姿を襲われて終わりである。
 加えて足場さえもままならず、意識して動かなければあっという間に焼き尽くされてしまうだろう。そんな場所に紅龍──ミラバルカンは君臨していた。
 ヨルヴァ達とは対極の位置にいるその紅龍の姿は、シュレイド城に現れた黒龍──ミラボレアスと大差はない。違うのはその名の通り灼熱に染まった真紅の甲殻と、片側が歪に成長した角の存在であった。

「何て邪悪な気配だ……。それにこの強い陰の気は怒気……か?」

「……そうねモモ、これは異常な怒気よ。伝承では紅龍は黒龍が怒りによって真の力を解放した姿と言われているけれど……その黒龍は今、シュレイド城に顕現しているのよね。……まぁ、だからといって別種だとは断言出来ないのだけれど」

「…姉さん、うんちくは後にしてくれ。倒して『バラせば』分かる話だろう」

「……あらイズ、今日は妙にやる気なのね」

「…当たり前だ。こんな殺気を当てられてのんびりしている程……俺は平和ボケしていない」

 イズが片手剣──『氷牙』を抜いてぶっきらぼうに言い捨てると、遠方の紅龍を射るように見据えた。目は既に狩人のモノと化している。

「イズの兄ちゃん……まだあんなに遠くにいるんだから武器を抜くのはいくらなんでも早──」

「何言っとるか小僧! 『奴』が来るぞ!」

「え……──っ!?」

 ハルクの一括に慌てて紅龍を振り向くと、遥か向こうにある紅の巨体が──怪しく光る瞳が、ギョルリとこちらに向けられていたのだ。
 蝙蝠のような巨大な翼が大きく広がり、上下に振れ始めると、紅龍はゆっくりとその身を空へと持ち上げた。

「────っ!」

 巨体がその丈ほど浮いた時、ヨルヴァは突然これまでにないほどの悪寒に襲われた。

 ──ここにいたら間違いなく殺される。

「……横に飛びなさい!」

 そう感じた瞬間にはもうアンの指示が飛んでいた。反射的に横へと大きく跳ぶと──先程の地面は既に『無くなっていた』。
 出来たばかりの直径五メートル程の溝にはすぐに赤い溶岩が鮮血のように噴き出し始め、新たな溶岩溜まりが既に完成している。

「うそ……だろ」

 ヨルヴァは尻餅をついた状態で遥か上空を見上げる。口が乾いて上手く声を出すことが出来なかった。
 灼熱の鱗、赤黒い甲殻。そして邪気と怒気が合わさった殺気の塊。

『ヴォォォォォォォォ…………』

 その持ち主──ミラバルカンが目の前に一瞬で現れたのだから。
だが、ヨルヴァの焦りはそれだけでは無かった。

「──ヨルヴァ! 大丈夫か!?」

「モモ姉ちゃん!? 皆無事か!?」

「ああ! 待っててくれ! 直ぐに合流するから!」

「わ、分かった!」

 そう言いながら、急いで状態を整える。ヨルヴァは立ち位置の関係で他の四人とは逆の方向に跳んでしまっていたのだ。
 先程全員が居た場所は紅龍によって完全に割かれており、合流する為には溶岩溜まりを避けて大きく回らなければならない。
 それだけでも十分危険な状態なのだが……。

「何でこっちを向いてるのかな……この紅龍はさぁ……」

 ヨルヴァは引き攣る頬を抑えようともしなかった。既に引き抜かれているスラッシュアックスの柄を懸命に握り締める。


 地形悪し。援護、暫く期待出来ず。

 竜人族の少年vs紅龍──。

 ヨルヴァの孤軍奮闘が始まろうとしていた。



トウガラシ。
 一口かじるだけでも火をふく辛さ。体はあったまるけれど、このままではちょっと……。

「辛さが足りませんよね」

「アクア、今の説明聞いてた?」

 嵐龍が霊峰を襲ったあと、アクア達はそれぞれに別れて二年間の別行動を取ることにした。
 あれから一ヶ月が経った頃、アクアとハンマーはポッケ村の自宅に拠点を置いて活動していた。
 大陸各地を見て回ろうと決めた二人だったが、しばらく家を開けないといけないので色々な手続きを兼ねて数日前からここに滞在しているのだ。
 今日は折角泊まらせて貰ってるんだからとアクアが一人、腕をふるって夕食を作ったところであった。

 「いや、アクアが辛いもの……っていうかトウガラシ好きなのは知ってたけどさ、これはあまりでないかい?」

 唇を真っ赤にしてジト目気味にアクアを睨むハンマーの目の前には、カラフルで熱々の、『見た分』には非常に美味しそうな料理が広がっていた。

「このやけに辛いピーマンの肉詰めとかさ……」

「ああ、それはトウガラシの肉詰めです」

「…………。じゃあこのミートパッパラパスタは──」

「はい。シモフリトマトの代わりにトウガラシを使ってみました」

「………………」

「あ、冷製のトウガラシジュースなんかも用意してるんですが──」

「嫌がらせかっ!!」

 あくまでニッコリとして手料理の数々を披露するアクアに、ハンマーが珍しく突っ込んだ。知らずに一気に食べでもしたら村の井戸が枯れてしまうところだ。

「とんでもないですよ! 私は丹精込めて昼から下準備をですね……」

「ちゃんと作れるのに! センスもいいのに!! 美味しそうなのにっ!!!」

 ハンマーはいつもの明朗とした様子からは考えられない、懇願するような顔をして本気で悔しがっていた。
 アクアの手料理を食べないなんて選択肢をしたい訳がない。
 むしろ毎日味噌汁だけにとどまらずフルコースを振舞ってくれと言いたいところだが、出されるのが劇薬ならばそうも言っていられない。

「……なんで全部辛くしちゃうかなぁ?」

「ごめんなさい、口に合わないことは重々承知だったんですけど……」

 人差し指を加え、少し泣きそうに目を潤ませるハンマーにアクアはしょんぼりと項垂れて謝った。

「トウガラシの良さを少しでも分かって貰いたくて……」

「加減を知ろうか」

 ハンマーが雇っていたキッチンアイルーのサルサ達は昨日から長期の休暇を与えている。涙ながらに(ハンマーだけ)別れたばかりなので、今は料理を作ってくれる猫たちはいないのだ。今机に広がっている料理はアクアが平らげるとして、ハンマーは何か新しい晩御飯を考えねばならなかった。
 しかし得意な料理などはないので、答えは一つである。

「アクアはさぁ、何でそんなにトウガラシが好きなわけ?」

「……理由、ですか?」

 アイテムボックスからゴムジャーキーと黄金芋焼酎を取り出しながら聞いてみると、トウガラシの肉詰めを頬張っていたユクモの少女はきょとんとして
首を傾げた。

「うーん……何でしょう? 気が付いたら大好きだったような……?」

「……忘れるような理由でここまで酔狂に好けるかな?」

 激辛パスタをデザートか何かのように食べるアクアに苦笑しながら盃を傾けると、少女はドヤ顔をして年相応に膨らんだ胸を貼って見せる。

「酔狂とは酷いですねぇ。理由はどうあれ、私は愛してるんですよ!」

「誰を?」

「トウガラシをですよ。何でここで話がぶれるんですか」

 しかし、ハンマーが懸念した通り、アクアにはトウガラシとの刺激的な出会いが存在していた。
 ただそれを、アクアが忘れているだけに過ぎない。

 その出会いは、アクアがまだユクモ村から逃げ出す前にまで遡る。



◇◇◇



「……刺激が足りないなぁ」

 集会浴場の片隅、昼間から温泉や酒盛りで訪れるハンター達の喧騒から少し離れた席に突っ伏して、アクアは呟いた。
 アオアシラとの対峙で古龍化の症状が現れてから、暫く経った頃。意思とは関係なくモンスターを倒してしまうことにもある程度慣れてしまったアクアは、モンスターを倒すという喜びを実感として味わえないことにかなりの不満を感じていた。
 しかしハンターとしても人間としても未熟なアクアにはその原因が分からない。ただただ正体不明のモヤモヤに苛立ちを覚えるばかりであった。

「目次の次のページを開いたら、もうあとがきが書いてあるような気分ですよ全く……」

 覚えたばかりのお酒をちびちびとあおり、ほろ酔い状態のアクアはキョロキョロと辺りを見渡してみた。
 事件の前なので、今のアクアはまだ村の誰からも怖がられてはいない。噂の新人として持て囃される期間もピークを終えており、今は料理を運んでくれる受付嬢くらいしかアクアの席には訪れない。自分からパーティーの誘いを断り続けた報いだといっても、その寂しさがアクアの鬱憤に歯車をかけていた。

「どこかで何か面白そうなことやってないかなぁ……ん?」

 二つほど離れた席に、妙に盛り上がりを見せるハンター達がいた。

「だぁ──くそっ! また負けた!」

「はっはっはっ! 残念だったなぁ!」

 クルペッコ装備の男がインゴット装備の男の前で悔しがっている。どうやら達人ビールで一気飲み対決をしていたらしい。

「んじゃ、約束通り罰ゲームを受けて貰うぜ」

「罰ゲーム?」

 ニヤリと笑うインゴット装備の男の言葉に、アクアはピクリと反応した。

「いいぜ、いいぜ。何でもしやがれってんだ!」

 ペッコ装備の男は強気な態度で構えているが、何しろ一般人からはかけ離れた『ハンター』のする罰ゲームだ。不安を隠せないのか膝が笑っている。
 アクアも何をするのだろうかとドキドキしながら盗み見ていたが、インゴット男の取り出したアイテムに思わず目を奪われた。

「何だ……その粉は?」

 ペッコ装備の男が思わず眉をひそめる。
 取り出させたのは、小瓶に入った鮮やかな赤色の粉だった。赤という原色をこれでもかと主張しており、爆薬によく似ている代物だった。

「お前にはこれを振りかけた料理を食ってもらう」

「ふざけんな! 爆薬なんか食えるかよ!」

 ペッコ装備の男もそう見えたようで顔を赤くして怒鳴ったが、男は笑いながら首を振った。

「爆薬なんかじゃねぇよ。これはちゃんとした調味料だ──嘘じゃねぇよ、爆薬なら特徴的な匂いがするだろうが。罰ゲームなんだから大人しく食ってみろって」

 そうなだめて、インゴット装備の男は運ばれてきた特産キノコのソテーに赤い粉をこれでもかと振りかけた。薄茶色だったソテーがみるみる鮮やかに変わっていく。

「よ、よし。こいつを食えばいいんだな?」

「おうよ、早く食え」

 匂いを嗅いで爆薬でないことを確認してから、ペッコ装備の男は急かされるように箸に手をかけた。真っ赤で、熱々の、厚さを持たせて切られた特産キノコを恐る恐る口元へ運んでいく。
 他のハンターたちも会話をやめて、その光景をニヤニヤしながら眺めていた。どうやらあの粉の正体を知ってるらしい。

「一体どうなるんだろう……」

 アクアもドキドキしながら見守る。狩場で、モンスターを見つけた時の緊張感だ。狩場だったらこの辺で記憶が飛んでしまうが、ここはモンスターもいない村の中。最後まで見ることが出来る。

「……おらっ!」

 意を決したようにペッコ装備の男がキノコを口の中に放り込む。
 その瞬間、インゴット装備の男が一言呟いた。

「水、飲むの禁止な」

 その言葉の重要性を、男はすぐに知ることになる。

「あ゛あ゛あ゛あ゛────────っ!!!???」

「────っ!?」

 ガタンと何かが倒れる音、周りから起きる爆笑。隠れて見ていたアクアには、何が起きたのかまるで分からなかった。

「なっ!?」

「あ゛あ゛あ゛!! みずっ……みずぅっ……!!!」

 思わず立ち上がって見てみると、キノコを食べたペッコ装備の男は絶叫して、口を裂けんばかりに開いたまま床に倒れて転げ回っている。
 屈強で何事にも音を上げないことが自慢のはずのハンターがこれほど苦しむとは、ただ事ではない。

「水は禁止っつったろう? これはな、トウガラシの粉末だよ。少しで良かったのにあんなに食っちまいやがって……はっはっはっ……本当に知らなかったんだな!」

 ペッコの男とは違った涙を流して笑うインゴット男だったが、次の瞬間驚いた。

「な、なんだお嬢ちゃん!?」

「あの……そのキノコ、一口頂いてもいいですか?」

 いつ席を立ったのか、何故そんなことを言ったのか、その時のアクアにも分からなかった。ただ、目の当たりにした『刺激』に身体が勝手に動いていたのだ。
 急な、あり得ないお願いにインゴット男は慌てて首を振った。

「だ、ダメだダメだ! こんなものお嬢ちゃんが食ったら死んじまうよ!」

「お願いします! どうしても食べてみたいんです!」

 この期を逃したらもう食べれないかもしてない。そう感じていたアクアはすがるようにインゴット男に頭を下げ続けた。

「そんなこと言われてもなぁ……」

 困り果てた男だったが、横で見ていたハンターの一人が面白そうに言った。

「おい、その子最近噂の新人ハンターだよ。折角だから食わせてみようぜ」

 これには、図に乗ってるであろう無知な新人ハンターにお灸を据えてやろうという意思があった。他からも内心アクアを妬んでいたハンターからも次々と賛成の声が上がる。
 この流れに反対すれば間違いなく反感を買ってしまうであろう。こんな少女が苦しむのを見て楽しむ趣味は無かったが、仕方なしにアクアへ皿を渡して上げた。

 「いいか、あくまで味見だぞ? 一欠片くらいにして──おいっ!? 何やってんだっ!?」

 インゴット男は思わず目を剥いた。ユクモ装備の新人はトウガラシまみれのキノコソテーを全てかっ込んでいたのだ。思わず血の気が引いた。男は小瓶に入った粉末を見栄えのために全て使っていたのだ。小瓶とはいえ、粉末にしたトウガラシの量は十本ではきかない。ショック死する可能性もある危険な量であった。

 ──しかし、少女の反応はそれを上回るものであった。

「んんんっ!? ……んふんっ……んんんっ!!」

 顔を真っ赤にし、少女とは思えない妙に艶かしい声を上げてアクアはビクビクと小さく震えていた。
 あまりの様子に、周りも言葉を忘れてその様子を見守っている。
 その時、アクアの頭の中では言いようもない感情が爆発していた。
 口の中を尋常ではない熱さと痛みが襲ってくる。しかし、独特の香りが、身体の芯まで響くような刺激が堪らなくゾクゾクする。一時全てを忘れてしまうような感覚に、アクアはすっかり虜になってしまっていたのだ。
 やがて、まるで恋でもしたかのように頬を赤く染め、ほぅ、と熱い吐息を漏らしたアクアは、とろんとした表情で言ったものだ。

「あのぅ、これ……もっと無いですかぁ?」

 ハンター達が逃げ出さなかったのは、砕けそうになる腰を必死に抑えていたおかげであったという。



◇◇◇



 その後、アクアはトウガラシについて憑かれたように調べ始めた。アクアがユクモ村から出て行くまで、彼女の生活は狩りとトウガラシに関する研究の二つのみに絞られた。
 初めは料理にトウガラシを加える程度であったが、それだけでは物足りなかったのか調合にまでトウガラシを持ち出し始めた。
 調合はとても繊細な技術だ。間違ったり、調合書を持たずに行えば失敗することもざらである。しかしアクアはトウガラシを含む調合物はコツさえ掴めばトウガラシの分量を増やしても失敗しないことを発見した。さらに、通常二つのアイテムで行う調合物にもトウガラシは特定の方法であれば曲げ合わせることが可能であることも編み出したのである。

 ──『トウガラシは何にでも合う「究極」の調味料なんです』。アクアは後にそんなことをハンマーに語るが、その意味は実はかなり深い。アクアの編み出した調合方法は実用性こそ無いが、ギルドの研究班からはアクアを尊敬視する者もおり、『赤色のアルケミスト』なんて、こっそりと呼ばれているという。

「──ああ、そうそう。ハンマーさん、私最近辛味の増したトウガラシを栽培することに成功したんですよ」

 すっかり料理も食べ終わり、ハンマーの晩酌に付き合っていたアクアが嬉しそうに言った。

「ううーん……あまり喜びたい話じゃない気がするけど、そんな凄い事どうやったのさ?」

 普通に品種改良である。大陸中探してもそんな高等技術が出来る人間がいるだろうか。

「私、普通のよりも辛いトウガラシとか先祖返りしたシシトウを見分けるの得意なんですよ」

「ああ……だからあんたの買ってくるシシトウは当たりばっかりなのか」

 なんて要らない能力なんだろう。そう思わずにはいられなかったが、アクアにしてみれば必須スキルなのだろうから口には出さない。

「で、今回の肉詰めにも使ったピーマンみたいなトウガラシがそれだったんですよ」

「ははぁ、あれがか。量も質も高いって本当に誰得よ」

「私得ですね」

「だよねー……」

 こればっかりは分かり合えそうにもない。アクアも武器でハンマーは使わないし、そこはお互い様だろうか。
 そんなことを考えていると、アクアがニコニコして弾んだ声を出した。

「それで私、そのトウガラシに新しく名前をつけたんですよ。ギルドでも興味を持ってくれたようですし、もしかしたら市場に並ぶかもしれませんよ?」


「そりゃ凄い! で、どんな名前にしたの?」

 ハンマーの問い掛けに、アクアは少し恥ずかしそうに笑う。

「ハンマーさんには何時も助けられてるんで、そのお礼になるかなーと感謝の気持ちを込めて付けたんですよ」

「……へ?」

 嫌な予感が脳裏をよぎる。この種類の予感は、残念ながら当たってしまうものだ。先程のトウガラシのせいか、首筋に汗を流して次の言葉を待つ。
 そしてアクアは満面の笑みで名前を発表した。

「『ハマネロ』です♪」

「よしギルドに行こうか。そんな色々危ない植物、私が根ごと叩き潰してやる」

「何でそんな酷いこと言うんですかっ!?」

「こっちの台詞だよ!」

 しかしながら、ハンマーの頑張りも虚しく『ハマネロ』は一部の人間の人気を獲得。二年後には本当に市場に並ぶことになるのを、彼女はまだ知らない。




「やぁ。今度はバルバレに行くんだって?」

ここは砂漠の街『ロックラック』。
砂の味がする懐かしい風を感じながら、私は彼にそう尋ねた。
格好は何故か黒のインナーのみで、他の人達から白い目を向けられていたがこの男のセンスを指摘するのも今更な気がしてやめにした。

ドンドルマからモガの村まで船、そこからタンジアの港へ行って飛行船に乗──らず、料金の安いネコタクエクスプレスへ乗ってガタガタとここへ辿り着き、ようやくバルバレ行きの砂上船へ乗り込もうとしている黒髪の男はピタリとその足を止めた。


「……!?」

そして驚いたように後ろを振り返った。

「久し振り」

私はニヤリとして言うと、男は更に驚いた顔をした。
何せ誰も素顔を知らないはずの自分が声を掛けられた上に、その声を掛けた人物がもういないはずの人間だったのだから驚くのも無理はない。

「でもそんなに驚くことはないんじゃない? バルス」

「ハンマー……」

口をポカンと開けていた彼だったが、その点は流石ですぐに表情を整えて涼しい口調で話し始めた。

「どうして──いや、君のことだ、理由は聞かないよ、お帰り。アクアちゃんにはもう会ったのかい? 彼女、随分と元気を無くしていたよ」

くぐもっていない彼の声は本当に久々に聞いたが、飄々とした感じは相変わらずだ。
アクアを元気づけに行ってくれたのは感謝しなければいけないが、大方嫌がらせになったのではないかと思うと素直にお礼は言えない。

「いや。アクアに会っちゃったらもう当分離れられないと思ったから、先にここに来た」

落ち込んでいるアクアの顔なんて見てしまったら本当に離れられない気がする。
というかその前にどんな顔して会いに行けばいいかも分からない。
だからこそ、まずこの男に『ある』けじめをつけなければいけないと思った。

そしてその男が間も無く旅立つと、古塔で優しい姉が教えてくれたからこそ、私は急いでここに来たのだった。






「──もう使わないなら返してもらおうかなと思ってさ」




「……怒ってるかい?」



──何を?
とも言わず、本題を切り出した私にバルスはそう尋ねた。

「そんな訳ないさ」

そう言ってから思う。

──来て正解だった。

この男は、記憶が戻ってからずっと気にしていたのだろう。

「お互い自分を救ってくれた名前がさ、一番いいに決まってる」

「………」

そう。
バルスが気にしていたのは『バルス』という名前そのもの。
あの時私が送った名前を忘れ、使っていなかったことを、無駄に律儀なこの男はズルズルと引き摺っているのだ。

「でも……」

「でももデルクスも無いって。だから返して貰いに来たんだ」

その位しないとこの男はいつまでも気にするに違いない。
その気持ちは嬉しくもあるが、そのせいでバルスを苦しめるのはごめんだ。

「……分かったよ」

「よろしい。んじゃ改めて紹介しよう──出ておいで!」

私が後ろの荷台に呼び掛けると、小さな黒い影が勢いよく飛び出した。

「よ、呼ばれて飛び出て、ニャ!」

うん。
少し噛んだけど打ち合わせ通り。

「……アイ……ルー……だって?」

バルスが珍しく困惑した表情を浮かべた。
いや、珍しくはないか。
もともと顔に出るタイプだったし、ずっとスカルフェイスを付けていたから表情を隠すことも忘れていて、非常に分かりやすくなっているのだ。

「まさか……」

「そう、そのまさか」

私は新しく雇った漆黒色のアイルーの両脇を抱えて高らかに持ち上げた。

「この子がバルスの旧名を授かることになった私のオトモアイルーです!」

「……………」

バルスは何と言っていいか分からず絶句していた。
まさか自分の思い出の名前をアイルーに付けられるとは思っていなかったようである。

ふふん。
これ以上無いって位の嫌がらせだ。

でも、これ位しないと彼は納得しないのだから仕方ない。

「だ、旦那さん、高いニャ」

「おっと、ごめんごめん」

毛を逆立てて震えるアイルーをゆっくりと胸元まで降ろして抱え直す。
名前と違い臆病な性格だったのをすっかり忘れていた。

「どうしたの? そんな変な顔して」

「いや……それは……ちょっと……」

「何さ、私の家族に文句つける気?」

「でもそれは流石に複雑な……やっぱり怒ってるんじゃないのかい?」

「バルス」

嫌がらせはここまで。
わたしはしっかりと、その名で呼んでやる。

「私にだって分かる。あんたは『バルス』だ」

「………」

言ってやらなければ、どちらも前へは進めないから。


砂上船の出発を告げる鐘が鳴る。
もう時間はあまり残されていない。
私はアイルーを撫でながら続けた。

「お前が私を、私がお前を『この』名前で呼んでたあの時、確かに私達は救われてたさ。その時間は確かに大切なものだったよ……でもさ、私達が世界を知って、本当の意味で救われたのは『あそこ』を出てからだろう? 私が本当の名前を知ってからもハンマーを名乗ってるのは、どの名前が一番『自分自身』に相応しいかを考えた末なんだ。確かに変な名前だって言われたり、ややこしかったりするよ。両親から貰ったマリディアのほうがいいんじゃないかって悩んだりもした」

「………」

「でも、私達は誰より名前の大切さを知ってるからこそ悩むことが出来るんだ。そんな私達が悩んで決めた名前を誰だって──私だって否定することは出来ないんだ」

「ハンマー……」

バルスの顔にはもう迷いは無かった。
それを見て私もようやく笑うことが出来た。

「ちゃんとさ、胸張って行っておいでよ。もう出発しちゃうよ?」

「……ありがとう」

バルスはそう言って、ゆっくりと私に背を向けた。




「じゃあね」

遠ざかっていく黒い背中に、密かに別れを告げる。
もう当分、話すことは無いだろう。




「あ」


そう思った矢先。
桟橋に足を掛けたバルスが思い出し
たように振り返った。

「一応言っておくけど、僕は別に君のネーミングセンスが悪かったからとかそんな理由で───」

「台無しだよ! もう帰ってくんな!」

「痛い!? ってこれ──」

言って私は、渡たしそびれていた黒い破片を投げつけた。
それは粉々に砕けた中で、唯一形を保っていた「バルス」の冒険の証。


「………」


バルスは無言でそれを拾って大事そうに懐へと仕舞い込むと、ニッと笑った。


久方ぶりに見た、彼の素の笑顔。


「じゃ、行ってくるよ。皆によろしく」

「ん、お土産忘れないでね。あと、あの子には頻繁に手紙出してやんなよ?」

「僕の近状よりも仕事の進み具合を知りたがってると思うけどね……」

バルスはそれでも楽しそうに笑ってから、私に軽く手を振ってみせた。

「それじゃ」

「うん」


最後は淡白な挨拶で、私達は暫く振りの再開と、別れの挨拶を終えた。


「さて、と」

「……ニャ?」

「──行かなきゃ」

「!?」

徐々に遠ざかる砂上船を見ながら、私は隣のアイルーを抱えて勢いよく走り出した。





──こうしちゃいられない。

私の帰りを信じてずっと待ってる人がいるんだから。

私は飛行船乗り場に着くと突っ込むように受付に噛り付いた。


「すいません!」


速攻でここからドンドルマに帰り、ポッケ村に行こうとすれば普通は最低で三日はかかる。



一日で行こう。

やれるかどうかじゃない。
やるんだ。

こんなゆっくりしている場合じゃなかったかもしれない。
二年も待たせてアクアがグレていたらどうしよう。




「ねぇ! この中で一番速い飛行船はどれ!?」

「──こちらでございますが、少しお値段の方が……お支払いはどのように?」





「あー……ドンドルマのイーゼンブルグ家。そこのバルスって男につけで」

「かしこまりました。料金はこちらになりますが、よろしいでしょうか?」



「…………うん」



私は予想よりも一桁多い額から目を逸らして、飛行船へと急いだ。




「……ま、このくらいはいいよね?」



バルバレについたバルスの元へ届いた手紙に、シャワの怒声が殴り書きされていたのは言うまでもない。




飛行船の搭乗口に着いた私は、抱えたままだったアイルーをゆっくりと地面に降ろした。




「じゃ、またね。ディーン」

私は『先程助けたばかり』の野良アイルーにそう別れを告げる。

「……本当にこの名前、貰ってもいいのかニャ? 大事なものじゃないのかニャ?」

黒いアイルーはおずおずと上目遣いで尋ねる。
そんなディーンを撫でながら、私は優しく言った。

「その名前には『勇気』が入ってる。自分も同じ位ボロボロなのに、それでも他人を守れるくらいの覚悟を持てる勇気が。私が無い頭を捻って考えた、そりゃ大事な名前だよ」

「ニャ……それじゃやっぱり……」


でもさ──と私は少し照れ臭そうに笑った。

「そんな名前を使わずに持っておくのも勿体無くて、だけども身近に置くのはちょっと恥ずかしいんだ。だから必要だと思う奴にあげようって決めてたの」

それがアイルーになるとは私も思ってなかったけどね、とクスリと笑う。

「アイルー族の名前の付け方は大陸や部族によって決めるって聞いてたけど、ディーンの所は『一人前』だと自分で決めたら、でしょ?」

「そうニャ……でも僕はまだまだ未熟者ニャ。だからさっきも虐めらてたのニャ……」

私が見た時、ディーンは天然柄のアイルー達に毛並みを馬鹿にされていた。
自信の無い性格はそうやって虐げられてきたのにも原因があるのだろう。

「こんな色のアイルーなんて、僕だけなんだニャ……」

俯いてそう言うディーンの頭を私はポンと叩いてやる。
そして、ビクリとして涙目で私を見上げる小さな猫をニヤリと見返した。

「ディーン、お前もまだ世界の広さを知らないんだ。お前より派手な、赤虎がらや紫色のアイルーだって自信満々に生きてるだよ?」

「ほ、本当ですかニャ? 嘘じゃないですニャ?」

「勿論。信じられないなら、自分の足で確かめてみたらいいよ」

「僕が……ニャ?」

「お前の優しさは一人前だよ。その心さえ忘れなけりゃ、きっとやっていけるさ」

「でも僕……優しいだけじゃなくて、旦那さんや旦那さんの友達みたいに強くなりたいのニャ。それにはどうすればいいのニャ?」

「その答えも旅の途中で見つけていけばいいさ──さぁ、私はもう行くよ。何処かで私の知り合いに会ったらよろしくね!」

「ありがとうニャ、旦那さん。僕、いつか一人前になって……この名前に負けない位の勇気を持って旦那さんに会いに行くニャ!」

「その時を楽しみにしてるよ。バイバイ、ディーン!」

「さよならニャ! 僕、頑張るニャー!」



私は、そんなアイルーの声を背に飛行船に乗り込んだ。

ディーンのことは心配だが、更に心配なことを考えながら。

「アクアに……なんて言って会えばいいんだろう……」

いきなり全部説明しようったって無理だろうし、そもそも私にそんな余裕があるかも分からない。

「そう言えば……初めてアクアに会った時、私は何て言ったんだっけ……?」

今の時期は丁度アクアがポッケ村にやって来た時期だ。
雪を多い頃だし、私のように雪かきに駆り出されているに違いない。

「ああ……そうだった。ふふ、懐かしいなぁ」

私はあっという間に過ぎたあの日々を頭に思い描きながら、飛行船の一室でくすぐったい笑みを浮かべていた。
「───畜生が! やってやろうじゃねぇか!」

気合いを入れ直し、シェリーと共に黒龍の元へと向かうフレア。

──障害は全て、後ろの相方が知らせてくれる。

それだけで彼の足は再び力強く大地を蹴ることが出来た。

「シェリー。目的を達成するにゃ、もう一度奴の脚に攻撃を入れなきゃならねぇ訳だが……どうする? もう一度試すか?」

走りながら問い掛ける。
昔から頭で悩むよりも、行動しながら流れと共に勝機を掴んでいく方が彼は得意だ。
それは、彼に特訓を施したシェリーも同様であった。

「……そうね。また同じ手が通じるとも思えないけど、今はそれよりいい案は思いつかないわ」

退路を絶たれている時点で、元々悪かった分は更に低くなっている。そんな状況で名案が沸くように閃くなどと、フレアもシェリーも考えてはいない。


「でも彼女の演奏が終わるまでの足止め位にはなるでしょう。もう一度、二手に分かれるわよ」


考えるのはその先──。


「よし、了解だ」

フレアがそう短く言った後、二人はミラボレアスに向かい左右に別れて接近を図った。
前回とは少しでも違いを作る為か、フレアがミラボレアスの注意を引き始める。

「おいおい、どこ向いてんだ? さっきテメェをぶった切ったのはこの俺だぜ?」

『ヴヴヴ……』

果たしてモンスター相手に挑発が効いたのかは定かではないが、ミラボレアスはシェリーから眼を離してゆっくりとフレアの方を向き直った。
重く、金色に光る水晶の双眼が唸り声と共に自身の足元へと向けられる。

「へっ、殺る気満々って面してんなぁ……上等だ」

フレアはいつでも抜刀出来るよう、柄に手を掛けて近づいていた。
まずは怯ませるような攻撃を叩き込まなくては何も始まらないのだ。

「狙うは胸から脚にかけてのライン……だな」

背の大剣をどう振り抜くかをイメージしながら、一瞬のタイミングを図る。


ハンターを長くやっていると、少し対峙すれば初見の敵でもある程度の肉質が見えてくる。
尻尾の異常な硬さからは、背部の硬さが。
脚の柔らかさで、近くの腹部まで刃は通るであろうこと。
勿論、そんな情報だけではそんなことは分からない。
しかし実際に刃を交えたハンターには分かるのだ。

武器を振るった時の感覚や手に伝わって来る振動。
膨大な経験と研ぎ澄まされた勘で相手を判断する、チョモのものとはまた別の観察眼。
それが最善の一手を教えてくれるのだ。



そこを狙うなら相手が棒立ちしている今が最大の機会……。


──だからこそ、フレアにはある疑問が浮かび上がっていた。


(あいつ……何で柔らかい部位をそのままにしてるんだ? あの位知能と能力が高けりゃ、余すとこなく硬い甲殻で覆っても良さそうなもんだがな……。正面からなら迎え打てるっていう強者の余裕ならいいんだが……もし──)



「──フレア危ない!」

「!!」

チョモが叫んだのとフレアが大剣を盾にして防いだのは、ほぼ同時だった。

防いだ──というよりは、その急激な出来事から逃げることが出来ず、『防ぐことしか出来なかった』というのが近い。
フレアに襲い掛かったのは、黒い巨影。
全体重を掛けてフレアを押し潰そうとする、黒龍の巨体そのものであった。

「──っ畜生が!!」

ガリガリと嫌な音を立てて削られる大剣を犠牲に龍の下から弾かれるように抜け出したフレアだったが、彼は防御の姿勢を解くことは出来なかった。

「お前等! 黒龍の直線上に立つな!」

叫んで、ギリリと歯を食いしばる。
今になってフレアは先程の疑問の答えを見つけていた。


(コイツ……このまま動き回るつもりだ!)


───四足歩行。


通常のトカゲなどの爬虫類を見ても、この態勢が自然の形だと考えるのが妥当だ。
最大の弱点である頭部こそ下がる姿勢であるが、同様にこの態勢では最大の武器となり得るため迂闊には近付く事は出来ない。


しかし、予想以上の出来事がフレアを襲うこととなる。


『ヴォォォォォォ!』


「……! ……っ! ……がっ!?」


地響きのような足音。
それと同時にフレアの大剣とミラボレアスの身体が激しくぶつかり合う音がけたたましく鳴り響く。
新たに大地へと着いた細くも強靭な前脚と、この態勢によって本来の筋力を発揮した後ろ足。
咆哮を上げた黒龍は、それらを駆使して凄まじい突進を繰り出してきたのだ。

「………が……はっ……っ!」

まさに全身が凶器と化したミラボレアスの突進は、瞬く間にフレアのガードを突き破った。

「フレアっ!!」

チョモが悲痛な叫びを上げる。
フレアが物理法則を無視したような飛ばされ方───つまりほぼ地面と平行に吹き飛ばされて壁へと叩きつけられるのを、彼女はただ見てるだけしか出来なかった。

だらりと崩れ落ちるフレア。
そこへ迫ろうとする黒龍。
すぐさま演奏を中断して駆け寄ろうとしたチョモだったが──。



「大丈……夫だ! お前はお前の……仕事をしてろっ!!」



「──っ!?」

怒声にも近いその声量に、チョモは驚いて足を止めてしまった。

「嘘……だってあんなに壁めり込んで……」

絶対に普通の人間ならば動くどころか意識すら保てないレベルの衝撃であったことは壁の凹み具合で容易に分かる。
しかし、フレアは装甲の剥がれ始めた銀色の大剣を支えにしてガクガクと起き上がって見せたのだ。

「へっ……こんなの、ちょっとキツめのマッサージ……だぜ」

フレアは倒れないように懸命に体を支えながらも懐から厳重に封をされた小袋を取り出すと、封を強引に破いて中にあった赤色の丸薬を一気に噛み砕いた。


──それは『いにしえの秘薬』と呼ばれる調合薬。

失った体力とスタミナを瞬時に回復させる強力な薬であるが、その効果は同時に身体に大きな負担を掛けるためにギルドから持ち運びに厳重な制限が掛かっている。

「……くっ! はぁぁぁぁ……」

軽い呻きを上げながらフレアはゆっくりと息を吐いた。
自分の細胞が、フルスピードで身体の回復に働きかけているのが分かる。
普段よりも激しく鼓動する心臓が、再び熱い血液を身体中に巡らせ始めたのが分かる。

その凄まじい回復の速度に思わず意識を手放しそうになるが、フレアはそんな状況でニタリと笑って見せた。


「──つまり、完全回復って訳だ」


ここで倒れる程ぬるい鍛え方はしていない。


──俺は、な。


「……俺と、『アイツ』にそこまでさせた代償はでけぇぞ」

大剣を担ぎ直すと、フレアは『自分に背を向けている』黒龍の元へと駆け急いで行った。







正直、あそこにいたのが彼でなかったら確実に死んでいただろう。

「それ以上あの子に手を出したら承知しないわ!」

黒龍の真横に近付き、双剣を強く握り直したシェリーはそう思いながら声を張り上げた。
飛竜種の物とは比べ物にならないほど硬い漆黒の鱗は、黒龍が這いずっている今なら触れただけで喰らうように肉を削り取るだろうが、それよりも強靭な武器を当てればその力を利用して敵の肉を裂くことも出来る。

そしてシェリーの双剣は、極めればどんな鉱物でも切り裂ける高水圧の刃で作られている。
だから、たとえ黒龍の甲殻が貴重な鉱物から精製されたハンターの防具を溶かし、纏ったものであっても刃は必ず通る。
その点だけはシェリーも確信していた。


──その点だけは。



「はぁぁぁぁぁぁ!!」

シェリーは気合いと共に黒龍の進行方向とは真逆の方向に身体を回転させて、双剣を渾身の力で振り抜いた。



──しばらく観察していれば今の黒龍が左右の動きに弱いことは分かる。先述の戦法はそれを踏まえてようやく導き出せるものだ。しかしシェリーはフレアが吹き飛ばされたと分かった瞬間、そんな情報も無いままに飛び出していた。
有効とは言っても、少しでも距離を間違えればあっという間に黒龍の動きに巻き込まれてしまう──本当に危険な
、無鉄砲と言ってもいい手段。
ましてやそれをぶっつけ本番で行うなど……。



───正気の沙汰ではない。



もしも、実際に黒龍と戦ったハンターがいるならば、誰もがそう思うはずである。



──だがシェリーは、シェリーだけは違った。



「させないって言ってるでしょう!!」


『…………!!』

双刃が、何かを切り裂く音が確かに響いた。
同時に響いた嫌な音と共に。


黒龍が動きを止め、再び立ち上がって後ろを振り返る。


「───ふふっ……そうそう、そんな顔が見たかったのよ」

ミラボレアスが驚きと殺意に満ちた眼で睨むのに対し、シェリーは悠々とそれを見返す。
彼女は、フレアを狙う黒龍の動きを見事に抑えて見せたのだった。


──だが。

「……でも私の出番はもう終わりね。もう少し遊びたかったのに残念だわぁ」

そう、嘲笑気味に言ったシェリーの両手には──双剣は握られていなかった。

両腕はだらりと力無く下がり、ピクリとも動かない。
シェリーの両肩は先程の衝撃で完全な脱臼を引き起こしていたのだ。

だがシェリーは笑みを崩さない。

「ふふ、別に再起不能って訳じゃないのよ? ここには優秀なお医者さんもいるし、その気になればこんなのは一人で治せるの。なら、どうしてやらないのかって?」

激痛で冷や汗が流れる中、視界の端に映る赤い人影を捉えたシェリーはニッコリと小首を傾げてみせた。

「もう流れ、掴んじゃったのよ。ざまみろこのトカゲ野郎」


「───だぁぁぁぁらぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


狩猟笛の旋律によって強化されたフレアの渾身の一撃が、始めよりも深く、そして大きく黒龍を切り裂いたのは、そのすぐ後のことであった。






『ギィィィィヤァァァァァァァ!!』

黒龍のつんざくような咆哮がシュレイド城中に響き渡る。

だが、黒龍が再び倒れることは無かった。
脚を踏み出して耐えているのか、姿勢は低くなったものの転倒する気配は無い。

「なっ……!? 完璧に入ったはずだってのに……何でだ!?」

「──多分、アイツも分かってるんだろうね。次倒れたら、自分がやばいってことがさ」

「チョモ!?」

いつの間にか、フレアの後ろにはチョモが笛を構えて立っていた。

「お前何で武器構えて……つかそれってハンマーの溜めじゃ……」

自分の体から冷や汗が吹き出ている事に気付いた時には、もう遅かった。

「嘘だろおいやめ───」

「てな訳で行ってこい、相棒!」

ニタリと笑うチョモ。
みしり。と背骨が優しく、それでいて無理矢理な力で剃らされるのが分かった。

「うぉぉぉぉ!? 」

フレアは黒龍に向かって、狩猟笛で高々とかち上げられたのであった。

「ふざっけんな……っ!」

中和された重力が再び掛かる不快感に襲われながらも、フレアは見事に黒龍の真上──頭部へと降下していた。

「まさか、伝説の龍を見下ろす日が来るなんてな……」

チョモの破茶滅茶には慣れているのでパニックはすでに収まっていたが、不安定なこの状況で果たして上手く攻撃を当てられるかどうか──その点を危惧してフレアは集中を高める。

チャンスは一度切り。
この好機を逃してはならない。

「頼むよフレア!」

チョモの声援が遥か下から聞こえてくる。

「おう!」

気合いは十分。

「おっらぁぁぁ!」

空中でバランスを取りながらフレアは大剣をミラボレアスの頭に叩きつけた。

──が。

「あぁ!?」

あまりの出来事にフレアは素っ頓狂な声を出した。
自慢の大剣『輝剣リオレウス』の柄がメシリという音と共にひしゃげてしまったのだ。

「くっそ……!」

やはり幾度となく黒龍の攻撃を受けたことが祟ったのだろう。
お陰で攻撃は中途半端になり、黒龍に倒れる程のダメージを与えられないだけでなく、フレアもバランスを崩してしまう。

「っ! フレ──……あれ?」

落下を危惧して叫んだチョモだったが、フレアが地面に叩き落とされることはなかった。

「……あ? 何だここ……地面じゃねぇな、妙にゴツゴツして……なっ!?」

状況を理解したフレアは、珍しく引き吊った表情を漏らした。

「ふ、フレアがミラボレアスの頭に乗ってる……!」

恐らくは一番乗ってはいけないものに間違いはない。
そんなとんでもない光景にチョモも目を白黒させている。

「ど、どうすんだよこれ!?」

「わ、私もそこまでは考えてなかったよ!」

『…………っ!』

「うおっ!? こいつ……っ……急に暴れ出しやがった……っ!」

ミラボレアスは頭のフレアを振り落とそうと暴れまわるが、生え揃った角を滑り止めにしてフレアは必死にしがみついていた。

「そりゃ、黒龍だってそんな暑苦しいアクセは付けたくないって」

「──んだと!」

「うわ、聞こえてたよ」

「それ……より、ここから……どうすりゃ……!」

身体をこれでもかとしならせて暴れまわる黒龍に精一杯張り付きながらも、次第に体力の限界が近づいていく。
しかし、フレアの体力が切れる前に黒龍の動きが収まった。
下で聞こえる黒龍の呼吸が荒いのが伝わって来る。

「……へっ、お前も大分消耗してんだな」

「──フレア、今のうちよ! 攻撃しなさい!」

その時、そんなシェリーの声が耳に届いた。

「攻撃っつってももう武器が……」

「剥ぎ取りナイフよ、その位安定してるなら使えるはずだわ!」

ハッとして腰に付けた剥ぎ取りナイフを抜き出す。
繊細で扱い辛いと思っていたそれが、今は妙に頼もしく感じた。

「成る程ね……ならこっちの番だ!」

頭上まで振り上げて突き立てたフレアだったが、直後に襲って来た手の痺れに思わずナイフを取り落としそうになってしまった。

痺れの原因は、ほぼ無傷の黒龍の頭殻がはっきりと物語っている。

「硬──ってぇぞおい!」

「ただ刺すだけじゃ効果は薄いに決まってるわ! 何度も同じ場所に突き立てて、柔らかい箇所まで切り込んでから一気に突き立てなさい」

「…………了解」

先に言え──とは助けて貰った手前、流石に言うことは出来ない。
文句の前に、まずは目の前の仕事だ。

「さぁ──覚悟しやがれ」

フレアが狙ったのは角の付け根。

「おらおらおらぁっ!」

危険を察知して暴れる黒龍の合間を狙って、着実に切り込んでいった。
すぐ塞がり始める傷口を根気よくナイフで突き立て続けるフレア。
慣れてきたのか、途中からはスペアの剥ぎ取りナイフを取り出し両手で交互に切り結んでいく。

「あと……少しっ!」

『ギィヤォォォォォォォォ!!』

時に咆哮、時に狂ったように身を捩る黒龍に必死で食らいつき───ついに硬く身を護っていた甲殻に僅かな隙間が生じたのを、フレアは見逃さなかった。

「そこだぁぁぉぁ!!」

『…………ッ!!』

渾身の力で突き立てた剥ぎ取りナイフはミラボレアスの頭殻を破り、頭に深々と突き刺さる。
ミラボレアスは身体に電流が走ったかのようにビクリと全身を痙攣させ、ゆっくりと地面へ倒れていった。
同時にフレアも地上へと投げ出される。

「……痛っ! おい今───はははっ! んな女帝エビみたいに反らなくてもいいだろうがよ!」

痛みも忘れて思わず噴き出してしまう。

「このアヴニルオルゲールの重ったい一撃を……喰らえ──そんでハマちゃんとバルスを解放しろっ!」

チョモの二度目の一撃は、一度目とは比べ物にならない威力だった。
加わったのは、想いの強さ。

「せいりゃぁぁぁぁぁぁああ!!!」

金色のオルゴールはギュルギュルと音盤を回転させ、龍殺しの稲妻を纏って黒龍の四本ある角を全て叩き折った。



「へへっ。ギルドナイトを舐めるなってんだ!」



───それは奇しくも、古塔でハンマーがバルスに祖龍の角を突き立てたのと同刻のことであったという。








「……で、角を折ったのはいいけどよ。この後どうするんだ?」

ダウンした黒龍を背にドヤ顔でこちらに帰って来たチョモにフレアは苦い顔つきで尋ねた。

「……へ?」

「目的は達成できたが、俺らのピンチは一層濃くなってんだぜ?」

ミラボレアスは怒り心頭といった様子ですでに起き上がり始めている。
弱らせたといっても黒龍にはまだまだ余力があり、未だ自分達の出口を塞いでいる現状は変わりないのだ。

「そうね。問題はここからどえするか、よ」

シェリーはいつの間に整復したのか、しっかり頬杖こそついているものの流石に戦える状態ではなく、フレアだって強制的な働かせている肉体がいつまで持つか分からない。
フレアはいにしえの秘薬の効果で体力を強制的に引き上げているが、いつ再び限界が訪れるか分からない上に武器を破損している。

五体満足に動けるのは最早チョモ一人だけであった。

「あー……ちょっとヤバイかも?」

「ちょっと……じゃねぇなぁ、女神様」

「こんな所に援助なんて来やしないでしょうし……何とか『あそこ』から抜け出すのを試みるしか、手段は無いのかしらね」

「……本気でそれが出来ると思ってんのか?」

「まさか。私が言ったのは手段が限定されてるって話であって、助かる見込みがあるなんて言ってないわよ?」

「だよな……アンタは昔からそうだったわ」

「何よ、元から私は『こう』なの。私が私じゃないことなんて、しないわ」

「あぁ……そりゃそうだ」

「ま、私だって諦めたくはないけどね」

シェリーはニコリと笑ってみせる。


「フレア……黒龍の隙をみて駆け抜けるとして──まだ動ける?」

二人の会話を不安そうに見つめながら、チョモがおずおずと聞いてきた。

「いや……正直俺にも分からねぇ。いつバッタリいくかなんて、それこそお天道様の匙加減ってとこだろうな。あの状態の黒龍が隙を見せるとも思えないしよ」

フレアは普段よら荒く髪を掻いた。
それに加えてこの閉ざされた『檻』の中、いつ黒龍の気が変わって火球を吐いて来るかも分からないのだ。
状況は、絶望的だった。

「お天道様……か」

チョモは真上の禍々しく渦巻く暗雲を眺めた。
あの上にはちゃんと太陽が照っているのだろうか……?


「……ん?」

その時、チョモの目に妙なものが映った。



「今何か光って───フレア! あれ見て!!」

「あ? 今はそれどころじゃ……って何だ!?」

二人の目に映ったのは、暗雲に輝く白銀の光。
遠すぎて正体は分からないが、城の遥か上空をまるで旋回しているようにも見える。

シェリーは驚いたように目を開いた。

「あれは……ということは───」

「二人とも見て! 黒龍が!」

「──っ!?」


(しまった! 目を離してるうちに襲って来たのか!?)


慌てた様に言うチョモに促されて、フレアは急いで黒龍に視線を戻した。

「なっ!?」

しかしフレアは全く別の意味で驚きの声を上げた。
ミラボレアスは上空を一瞥した後、巨大な翼を広げ始めたのだ。



──先程までの殺意は、既に薄れていた。


『…………』

黒龍は不服そうに三人を睨むと、翼を思い切り羽ばたかせた。

「きゃあ!?」

「うおっ!?」

爆風のような風圧に視界を一瞬遮られる。
再び目を開いた時、既に黒龍の姿は目の前から消え失せていた。

「……何だってんだ?」

空を見上げても暗雲ばかりで、もう白い光も黒龍も見当たらない。

「どうやら向こうも終わったみたいね。私達の仕事も、これにて一件落着ね」

「……お前、さてはまだ何か知ってやがるな?」

「さぁ?」

「……はぁ」

もはや隠そうともしない様子でただニコリと微笑むシェリーに、フレアは呆れるように肩を落とした。

「私達……助かったんだよね?」

その横でチョモがぺたりと座り込み、シェリーに確認するように言った。

「そう。でもね、運が良かったっていうのは確かな事なのよ?」

ホッと胸を撫で下ろしたチョモに、シェリーは噛み締めるように言った。

「様々な奇跡に加えて───簡単に言えば人の心……なのかしらね。それが積み重なったからこそ、私達はおろか世界は今、無事で済んでいるのよ」

「……?」

「あー……チョモはもちろんだが、俺も今一ピンとこないな」

首を傾げる二人にシェリーはクスリと笑う。

「ま、帰ったらゆっくり話してあげるわ。ひとまずはドンドルマに帰りましょう」

「そうだね! 私もクタクタだよ」

「いや、お前は一番無傷だろうが」

「何言ってんの? サポートがどんだけ気を遣うか、アンタ分かってないでしょ」

「いや、それよりも黒龍の頭にぶっ飛ばされた時の気持ちを理解出来るのかよ!」

「私の苦労も労って欲しいんだけどねぇ。貴方たち、減給するわよ?」

「シェリーさん、肩を揉みましょうか?」

「嫌よ。さっきまで外れてたのよ?」

「シェリーさん、粉塵を使いましょうか?」

「さっきまで気持ちの悪い粉塵ばっかり使われてたんだから、もう沢山よ」

帰れると分かって気が抜けたのか、雑談しながら城門を潜る三人。

「そんなこと言わずに───」




「止まって!」

一歩外に出た瞬間。
突然、チョモの声が響いた。



──暗がりの中で、大量の『何か』に囲まれている。



二人もすぐにそれに気が付き、表情を瞬時に強張らせた。



「……お前等、一体何者だ」

チョモ達二人を後ろに下げ、フレアが警戒心を強めて口にした。
暗闇でも、足音や衣擦れの音でそれがモンスターではなく人間だということは分かる。

「──おいっ!」

すると向こう側から合図を出すような男の声が聞こえてきた。
声色は、フレアと同じように警戒したものである。

「……ん? ──うおっ!?」

次の瞬間、フレアは思わず腕で目を隠した。

周りに広がったのは、眩しい位に暖かいオレンジ色の光。
消えていたはずの松明に一気に火が灯ったのだ。

「──ふ、フレア団長?」

先程と同じ、聞き慣れた声が自分の名を呼んだ。

「お前等……っ!」

灯りで照らされた城門の前にいたのは、あれだけ探しても見つからなかったギルドナイト猟団『赤鷲』と、シェリーの率いる騎士団員達であった。

「一体今まで──!」

何をしてたんだ、と聞こうとしたフレアだったが、それよりも先に団員を率いていた兵長がとんでもないことを口にしたのだ。

「……何故、我々より後に出たはずの団長達が先に着いておられるのですか?」

「……は?」

首を傾げ続ける兵長の話によると、ギルドナイト達はドンドルマからここまでの一本を飛ばして来たようで、後から出たフレア達が抜けるはずがないと言うのである。

「いや、おかしいだろ……それどころか俺らは何時間もここに……!」

自分で口にしてフレアはハッとした。
そもそもフレア達は朝に着けるようにと深夜に出発していたのだ。
なのに加えてあれだけの時間──ゆうに三時間以上も城内に居たはずなのに、夜が明けることはなかったである。

「私達が閉じ込められていたのは単に城の中だけ……という訳では無かったようね」

アワアワしているチョモの横でジッと様子を見ていたシェリーが面白そうに言った。

「とにかくだ、黒龍はもうここにはいない」

「ま、まさか討伐したのですか!?」

「いや……撃退に近いが、三人じゃとても倒せる相手じゃ無かった。──運が良かったんだ」

撃退、と聞いて団員達の間で大きなどよめきが広がった。
中には命を捨ててでも足止めしようと考えていた団員もいたのだ。そんな相手を自分達が移動している間に撤退させたと言うのだから。どよめきの中にはそんな驚きや喜びも含まれていた。
後ろの方では「あのシェリー様が倒し切れない相手がいるなんて……」と別の意味で驚愕しているギルドナイトもいたが、それがどこの所属かは明白である。

「無駄働きをさせちまったが、作戦は終了だ。直ちにドンドルマへ帰還して報告するぞ。あと、城の中に規約違反のハンターが二名転がってるから連れて行け!」

「はっ!」

団員達の反応は素早かった。
到着して間も無かったこともあり、あっという間に帰還の準備を済ませた。
そしてフレアとシェリーは救護用の竜車に乗せらせ、チョモによる本格的な治療を受けることが出来た。

「痛てて……! おい、ちょっとは加減しろよ!」

消毒液をぶちまけられたフレアが少し
涙目になって怒鳴る。

「何言ってんの! よく見たらあちこち火傷してるし、擦り傷だらけだし、化膿したらどうすんの馬鹿!」

「────っ!?」

包帯を巻き終わった腕をバシンと叩き、のたうち回るフレアを残念な顔で眺めていたチョモだったが、ふと竜車の外を眺めるとパアッと表情を明るめた。

「見て! 朝だよ!」

「あら、なんだか久し振りね」

「……あぁ、目の前がチカチカしてんのはそれ……か?」

暗雲の隙間から何本もの光の柱が降り始め、永遠にも思えた夜が終わりを告げたのを三人はようやく実感することが出来た。

「これでドンドルマも落ち着けるかな?」

「だな……」

「不思議な体験だったね。でも私達は伝説の黒龍と戦って、無事に帰ってこれた──これは自慢してもいいんじゃない?」

「あぁ、そのオルゴールを奪われた学者達にも土産話を聞かせてやろうぜ。……しばらくは引っ張り凧になるだろうな」

「ふふ、当分は軟禁状態でしょうね」

今更ながら黒龍と対峙していたという実感が湧いてきた三人は、ようやく腰を落ち着かせて話し合うことが出来た。

竜車はゆっくりとシュレイド城を後にし、次第にその禍々しい建造物は見えなくなっていく。

「あ、そういやあん時の理由、話すって言ってたよな? 折角だ、今教えろよ」

「この状況で聞くの? ……貴方意外とデリカシーがないのね」

「ううん、フレアはいつもデリカシー無いよ。バルスと一緒になってからは特に顕著だね」

「んだと!? あいつと一緒にするんじゃねぇ!」









『…………助けてくれ』



ガヤガヤと騒がしく進む竜車の後ろで、シュレイド城の重々しい扉が独りでに閉まったのを───誰も知ることはない。





誰も、色褪せたギルドナイトスーツの男の事を───思い出すことはない。




彼は今も、誰かが仇を撃ってくれる時を──永遠に待ち続けている。
プロフィール

楽太郎

Author:楽太郎
モンハン好きの誰しもが自分の『世界』を持っているはず。この話はそんな世界の一部分です。
楽しんで読んでもらえたら幸いですね
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