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氷ノ皇子

2013/01/30

「いやぁ、アイスさんマジでカッコイイですわ!」

「…………」

悪天候な凍土の夜。
普段なら透き通った空に満天の星と光の幕が絶景なのだが、今夜は一メートル先もまともに見えない猛吹雪に見舞われていた。

「うっひゃー! マジ寒い! アイスさんは何で平気なんスか?」

「…………」

ハンターどころか氷の世界の生き物でさえ滅多に出歩かない吹雪の夜。

そんな中でハンターは言葉を交わしながらたった二人の行軍を続けていた。

「なるほど! しゃべらずに無駄な体力を使わないことが大事なんスね! 流石ッス!」

「…………」

言葉を交わすと言ったが、先程から喋っているのは後方の男で、前方の男はそれに一切答えずに先を歩いている。


「ちょちょ! 速いですって! 待ってくださいよぉ!」

「……………」

例えるなら陰と陽、氷と炎。
この物語はそんな二人の会話をただ聞くだけの話だ。


「いやしかしホントすげえっス! 氷属性の片手剣しか使わなくて、防具も氷属性限定! こだわりがもうすげぇ!」

先程からひたすらに喋っている男の名前は『ショウコウ』。
変わった杖をつき、黒い『着物』と呼ばれる衣服を纏っているハゲ。
それ以外は知らない……というのも、コイツは凍土の探索中に出会った『ただの他人』だからだ。

「…静かにしろ」


「なのに狩り場は凍土限定! ……とかじゃなくて火山とかも行っちゃうとかアイスさん、まじヤバいっすよねー! いや良い意味でねっ!?」

なのにこっちの名前やら何やらを知っていて、怪しい事この上ない。


「…黙れ」



「アイスさんってば見かけも寒そうなのに言葉まで冷たいんだもんなぁ! あと氷属性の装備なのにマフラー常備! 寒いのか寒くないのか! 一体どっちなんだー! マジ噂通りっすよ! 流石『氷の皇子』! かっけぇス! ってわわっ!?」

……その呼び名は好きじゃない。

「…それ以上喋るなら、…その舌を落とすぞ」


「ごめんなさいごめんなさい! そんなつもりじゃなかったんスよ! だからそのナールドボッシュを下ろしてくださいってぅ! 俺はただアイスさんが気に入って……ってうぉぉっ!?」


「…躱した、か……」


「マジだ! マジに殺りにきた! すみません! もう黙ります!」

「…………」


「……ブファっ、だっはっはっはっはっ! ダメだ! 俺黙ってんの無理なんすよ! うひゃはははは! 」


「…地に還れ」


「うぉぉぉぉっ!? 頭かすった! 髪散ったよ! って俺ボンズスタイルだった! 髪無かった! セーフ! あはははは!」

「…っ!」

「危ない危ない危ないっ! すげぇ! 片手剣っていってもそんな速さ有り得ないですって! やばいやばい当たる当たるっ! 当たるから!」

「…………お前は一体何なんだ」

この一連のやり取りを見て、それ以外のことを思う人間はまずいないだろう。


「え? 俺? 俺っスか!? 俺はアイスさんに憧れて着いて来た、只のファンですよ! てかやったぁ! やっとアイスさんが俺に興味を! もう相棒でいいっすか? 相棒でいいっすか!? 相棒でいいですよね?」

「…帰れ」

「そぉんなこと言わないでくださいよぉ! 俺、アイスさんのサポート、バッチシしちゃいますんでぇ!」

「…この剣を躱せるなら実力は相当だろ。他を当たれ」

「いやいやいやへやん! やっべ噛んだ! あはは! 違いますよ! 俺はアイスさんの人柄に惚れこんだんス! あっ理由聞いちゃいます? 長くなりますよ? ……あれはまだ俺がこっちに来て間もない頃……あ、俺東の国出身で『ボーサン』って職業やってんすよ! そんでお師匠様に『お前は見聞を広めてこい!』なんて言われちゃって! それで別の大陸に島流しにあって、右も左も分かんないときにアイスさんが通りかかって、直感で『この人パネェ!』って………っあれ!? アイスさんちょっと待ってくださいよぉ!?」

「…興味がない」

「ここからがいい話なのにぃ! ん? どうしたんスか? 急に止まったりして」

コイツの大声に呼ばれたか……全く面倒な奴だ。

「…来た」

「来たって何がッスか? 別に何も見え……うおぉ!? なんスか!? 地震!?」

「…早くそこを退けろ」

喰われたくなかったら、だ。

「は、はいッス! これくらいでいいす……どわぁぁぁぁぁぁ!?」

「ギュオォォォォ!」

「何だこいつでけぇぇぇぇ! さっきの俺の足元から出てきた! なにそれこわいっ!」

「…下がってろ、俺の獲物だ」

アグナコトル亜種。
今此処等を縄張りにしてる奴だ。

「流石アイスさんカッケェ……って本当に大丈夫なんスか!? そいつ氷が友達って面してますよ!?」

「…黙ってろ」

「コココココ……」

「ヤバイ! アイスさん、あれなんかヤバイんじゃないすか!?」

「…ふっ!」

こいつのパターンは見飽きている。

「ギュオ……!?」

「すげぇ! ブレスをかわして柔らかい腹に剣を刺したぁ!? でもそれだけじゃ………あれ?」

「……ォォ」

「…………」

「うっそぉ!? たった一撃であの巨体が倒れた!? アイスさんどんな魔法使ったんですか!?」

「…どんな奴でも中身は生き物である以上体温がある。だからそれは奪えるし、凍る。俺は奴の急所を狙っただけだ」

「す……すっげぇ! 常人が出来ないことをそんな簡単に! どんだけサイコーなんすかアイスさん!」

「…御託はいい。いい加減本当の理由を話したらどうだ? …わざわざこんなところまで着いてきた訳があるだろう?」

これ以上付き纏われるのも面倒だしな。

「へ? や……やだなぁ! 何もないですよぉ! 俺は単に……」

「…まぁ『あの女についての情報を聞き出せ』。そんなとこだろう」

「げ」

「…どうせ依頼主はギルドの物好きなジジイ連中だろう」

「うはぁ……全部お見通しだったんすね」

ここまで隠すのが下手なやつも珍しいと思うが。

「…当たり前だ。そうでもなければ俺に着いてくる奴なんていない」

「でもでもっ! 俺がアイスさんに惚れ込んだのはマジですからっ! というかここに来てから正直依頼のこと忘れてました! やっべこれ怒られる! あははは!」

「…お前、相当のアホだな」

「よく言われるっス! よっしゃあ! 俺、このままアイスさんに着いていきまっす! 依頼主には怒られちゃいますけど!」

「…俺の知ったことではないが、奴等は腐るほどお前みたいな奴を雇ってる……もともと数撃てば当たるだろうっていう考えの連中だ」

「じゃあ一人二人消えても問題無いってことっすか!?」

「…まぁそれ以上に俺に付きまとう途中でおっ死ぬ連中が多いがな」

「……じゃ、じゃあやっぱさっきのはガチで殺りに来てたんスね……殺気だけに」

「…この環境についてこれなかった奴が多いだけだ」

「ってことは手を出したのは俺だけってことじゃないスか!! しかも突っ込みなしとか!!」

「…悪いがお前とはここまでだ」

「へ? いきなりどうしたんスか?」

「…これをやるから帰れ」

「これモドリ玉じゃないスか! ってもう煙出始めてるし!」

「…最後に一つだけ教えてやる。どこで知ったか知らないが、俺の名前は『Is(イズ)』だ」

「そうだったんスか!? てっきりアイスって読むもんだと……」

「…読み間違えるな」

「いやホントは俺あなたのこ…… 」

緑色の煙が立ち上ぼり、同時に男の姿も消え失せた。

「…行ったか」

「…ならこれを引き抜くとするか……」

そう言って足元にある一本の柄に手をかける。
かつて浮岳龍ヤマツカミを葬った片手剣『氷牙』。
奴を帰らせたのはこれを見られるわけにはいかなかったからだ。


「…またこれを使うような敵が出るってことか……まぁ姉さんの呼び出しなら仕方ないが」

「――ほほぅ! イズの兄貴はあの古龍ハンターの弟さんだった訳ッスね!」

「…っ!?」

頭上を見上げると、そこには一抱え程の大きさの昆虫に捕まって飛んでいるショウコウの姿があった。

「ニンポー身軽の術! なんてのは嘘で崖上から相棒に頑張ってもらって滑空しただけ……ボハァ!?」

重かったのだろう、昆虫に腕を離されてショウコウは雪に上半身を埋める形でめり込んでしまった。

「…………」

呆れて言葉も出ないが、
ベースキャンプからここまで再びやって来たこと徒労を認めて引き上げてやる。
するとショウコウは調子に乗った様子で騒ぎ始めた。

「助けてくれたってことはあれッスね? 噂のツンデレってやつだ! えっ? 違う? そんなぁ!」





「…その昆虫は何だ?」

見たことのない虫だ。
気になって訪ねてみると、ショウコウは「あ、コイツッスか?」と言ってから杖を引き抜いた。

「コイツはこの『操虫棍』で操ってる相棒っス!」

「…操虫棍……?」

「知らないッスか? イズの兄貴にも知らないことがあるんスね!」

杖だと思っていた先端には刃が取り付けられており、確かに奇妙な形をした武器であることが窺えた。

「さぁ! どこまでも着いていくッスよ!」

「…もう勝手にしろ」

騒がしいバカだが、慣れたのか不思議と悪い気はしない。

長い付き合いになりそうな予感がした。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


パーティーを組んで数分後。


「…あぁ、ところで俺はこれからとある難関クエストに向かうが、お前のHRはいくつだ?」


「え? 1っスけど?」

「…………」

「い、いや、俺まだ登録したばっかりで……」

「…ランクを上げてから出直してこい」

「そんなぁ!?」

「……………」


パーティーは早速一時解散した。



ある大陸、ある森に小さな村があった。

その村には他には無い特異な伝統が存在した。



とある生き神を祀る――そんな伝統が。



その伝統は昔より受け継がれる悪質な妄想などではなく、その生き神が村の守り神であるという根拠があった。




――何十年に一人、神と会話の出来る人間が産まれるのだ




その人間は神の一つ下の位に着き、村人の声を神に届けた。
そして神の声を村人に届け、村人は神からの恩恵を授かった。

そのお陰で森深くの村にもモンスターは寄り付かず、果実の実りや作物の育ちも良い。
村人は恵まれた穏やかな生活を過ごすことが出来ていた。

それに神は代償を求めなかった。

村人が恵みを喜ぶならそれでいいと。

村人は大変感謝した。




そんなある日、新たに一人の神に選ばれし子供が産まれた。

丁度代替わりの時期を案じていた村人達は大変喜んだが、そこに一つの問題が浮かび上がった。

その子供は時が経つにつれて人よりも神の方に心を開いていったのだ。

村に作られた家に住み着かず、森を探索し、神と共に自然を学び、自然を愛した。



神を母親のように慕う子供を村人は次第に恐れ始めた。

いつの時も神の加護を受けた人間は村人の味方だった。
だがしかしその子供は神と異常とも呼べるほどに親しくなっていた。

――その子供が神に何か良くない事を吹き込むかも知れない

村人達はそんなことを考え始めその子供を畏怖し、いつの日からか神に対しても疑心暗鬼に陥っていった。


そんな時だある。
一人の村人が口を開いた。


――神も外にいるモンスターの一体で、いつ日か油断させたところを襲いに来るのではないか

――あの子供がそれに歯車を掛けているに違いない

と。


そう言ったのは子供の父親であった。


その後、村人達は次々に武器を持って立ち上がった。


彼らはただきっかけが、理由が欲しかっただけなのだ。

我々は我が身を守るだけなのだ、と。
それならば罰は下らないだろう、と。


そんな矛盾した反撃に神と子供は困惑した。

優しかった村人達が恐ろしい顔をして向かって来る……これは何なのか、と。

戸惑いながらも、優しい神とその気持ちを理解している子供は、村人に手を上げることは出来なかった。
曲がりなりとも今まで愛して、守ってきたものだったから。


村人達に追われ、傷だらけになりながらも子供は神と共に森を走った。



いつまでも追いかける村人達。
何が彼らをあそこまで駆り立てているのか、子供には理解出来なかった。




そして遂に追い詰められ、死を覚悟した時。
村人達は皆崩れるように倒れ込んだのだ。




――別に助けた訳ではありませんよ。ただ彼らが見るに耐えなかっただけです。


そう言って木陰から現れたのは、奇妙な被り物をした奇妙な女性だった。


礼を言い、ついでにその被り物は何なのかと尋ねた子供に、女性は平然と答えた。




――――――――――――?




そう言い切る彼女を見て、子供は――少女は初めて人間と触れ合えた気がした。
村人達はいつも自分の後ろの「彼」を見ていただけだったから。


少女はその女性に刷り込まれた幼鳥の様に慕い、離れろと言われても付き歩いているうちに何時しか親しい仲になっていった。

もともと無邪気な性格だった少女は彼女の教える外の世界の知識をすぐに吸収していった。
旅をしているという彼女の目的は少女が最も共感出来るものであり、少女は友人であり親である神と共に協力を惜しまないと誓った。


ルシャ。
その後、名前の無かった少女を女性はそう呼ぶようになる。

後にルシャは、友である神には沢山の同族がいることも学び、友がその中でも特に巨大なのだということも知った。


ただただ恩人である彼女の助けになりたかった。
中には疑問に思うようなこともあったが、ルシャはそれに異議を唱えようとはしなかった。

やがて、強大で禍々しい龍と対峙して、勝利を納めた。
彼女はそこで目的を達成するための強力な力を手に入れた。


――私はたとえ憎まれようと、最後には皆が笑っていられるような世界を作りたいんですよ


その晩、彼女はルシャと夢を語り合い、笑いながら夜を過ごした。







彼女が笑ったのはそれが最後だった。












後にルシャは思う。
あの時既に、もう後戻りの出来ない所まで来てしまっていたのではないかと。

それでも、とルシャは思う。


彼女には不幸になって欲しくない。
ルシャは今も異議を唱えずに、彼女の傍らに付き従っている。
彼女の先にあるものを守るために。




それはかつての村人が自分にしていた事だと、少女はまだ気付いていない。

――フレアは走っていた。

街頭に沿って焚かれた篝火が街の道や家に反射し、幻想的な光が街をオレンジ色に染め上げる。
そんな夜のドンドルマには今、慌ただしい足音だけが響き渡っていた。

フレアは街道をかなりの速度で走り回り、部下達を見かける度に同じ内容を口にする。

「各隊員に告ぐ! シュレイド城に黒龍が襲来した! 至急本部へ戻り、戦闘準備を整え、直ちにシュレイドへ向かえ!」

「……っ! はっ!」

長期の勤務に加え夜間ということもあり、疲れを顔に浮かべていた兵士達だったが、フレアの命令を聞いた瞬間に表情を強張らせ、緊迫した様子で走り出した。

「はぁ……、ひとまずはこれで完了か」

街中に足音が響くのを見届けて、フレアは肩で息をしながら額の汗を拭う。

夜中の街道だが辺りはかなり明るい。
普段の三倍以上に灯された炎が、街を昼間の様に照らしていた。

――闇は人々の心に恐怖と狂気を流し込む。

篝火は街民の暴走を抑え込む為の策の一つだった。

「ねぇ……何でフレアが走り回る必要があったのさ? 部下達に任した方が効率良かったんじゃないの?」
フレアが呼吸を整えようとしていると、後ろから不満げな声が聞こえた。
振り返ると、同じく息を切らしながらチョモが頬を膨らませている。
理由も分からずに連れ回されたことをかなり怒っている。

――いや。

とフレアは思う。

何故『騎士団長補佐』のはずなのに話を聞いていないのだ。
彼女の役目は別にあるとは言え、最低限の知識位は頭に入れておいて欲しい。

「悪いが……それは無理だ。いくら戦力が欲しいからってドンドルマにいるギルドナイト全員を動かす訳にはいかない。だから最低限の人数は残さなきゃならねぇ。その人数や配置位置を把握してるのは俺だから、その場で指揮の出来る俺が動く方が効率がいいんだ」

一通り説明を終えたフレアは、酸欠気味になった頭を治すために大きく肺に空気を取り込む。

「……ふーん。ま、とにかくお疲れさま」

「……おい、理解する気が無いなら初めから聞くな。そして怒るな」

「分かりやすく言わないフレアが悪いし」

「これ以上どう噛み砕けって言うんだよ……というかな、問題はここからなんだ」

「……どういうこと?」

チョモが首を傾げる。
基本的に指揮統制的なことはフレアに一任しているため、こういった事には本当に無頓着である。
いい意味でフレアを信頼しており、悪い意味で勉強嫌いで理解が悪い上に面倒臭がりでマイペースな為、重要なことは再三言い重ねる必要がある。

「人数が全然足りねぇんだ。いくらギルドナイトだからって俺やお前みたいにG級モンスターを相手に出来る奴等は限られてる……。下位や上位ランクの連中は必然的に援護に回るから、そっちの数は足りてるんだが、直接的な戦力がな……」

そこまで説明されてようやくチョモにも焦りの表情が浮かんだ。

「ちょ、ちょっと! あんなに大口叩いちゃったのに街を守れませんでしたなんて許されないよ!?」

「いや、主に任せろって言ってたのはお前じゃ……まぁいい。実はな、まだ当てが無い訳じゃないんだが……あいつは――」

「――あらあら、お困りのようね?」

突然、二人の後ろから若い女性の声が聞こえた。

「……噂をすれば……ってか」

背後に立たれたことにまるで気が付けなかった。

「あら……どうしたのそんなに嫌そうな顔して? 私に何か頼みたいことがあるんじゃないの?」

そう言って含みのある笑みを浮かべた女性は、よく見知った受付嬢の格好をしていた。

「フレア……この女、誰?」

その底知れない雰囲気にチョモの表情が少し険しくなる。

「こいつはシェリー……ギルドの裏で暗躍してるギルドナイトの一人だ。お前も何度か会ったことはあるはずだけどな」

「え? 嘘!?」

その言葉にチョモが驚いていると、シェリーは可笑しそうにクスリと笑う。

「『それ』に気付けって言うもの可哀想なことじゃないかしら。それと、一言足りないんじゃない?」

シェリーの射抜くような視線を受けて、フレアは苦々しい表情で口を開いた。


「………俺の上司だよ」

「そうそう、それが大事なのよ」

「じょ、上司!? ってことは普段フレアに指示出してる、いつも深めに帽子被ってた変なギルドナイトって……!」

「そう、私。でも変なってあんまりじゃない?」

「あ……ごめんなさい」

「おい、シェリー。それより、ここに来たってことは協力してくれるんだな?」

「あら、貴方の団員だけで勝てると言うならそれでもいいのよ? 私にも色々予定があるんだからね」

「……あぁ、分かったよ。頼む、協力してくれ」

「そうそう。素直が一番よ」

シェリーはそう言って微笑んだ後、少し声を落として語りかけた。

「……そう言えば、彼は元気?」

ピクリ、とフレアの眉が動いた。

「……元気だよ。あんた、一体どこまで知ってるんだ?」

「あら、私はちょっとした知り合いっていうだけよ?」

――ほんの少し、ね。

フレアの訝しむ表情に対してシェリーはそう言って微笑み、小首を傾げた。
その仕種にフレアは思わずゾクリとしてしまう。


村を旅だった後、ギルドの訓練兵になった時代のことだ。
少年だったフレアは何故か通りすがりのシェリーに気に入られ、戦闘においてのイロハを叩き込まれたのだった。

その数多く受けた訓練の一つに、「シェリーに攻撃を一発入れる」という単純なものがあった。
武器も持たない彼女に何度木剣を夢中で振ったフレアだったが、小首を傾げるだけで全て避けられてしまったのだ。

その訓練はシェリーが任務でそのギルドを離れるまで続けられたが、ついにフレアの剣は彼女に掠ることさえ出来なかった。

その時のフレアの戦闘技術はかなりのものになっていたのが、そのことだけは今でも無念に思っていた。

「あんた……あの頃からほとんど変わらねぇよな」

ポツリとフレアが呟く。
彼女がギルドの上官であると知ったのはそれから大分経った頃。丁度バルスと紛争を止めるために奮起している時であった。

彼女は自分より遥かに年上の上官に敬語を遣われていて、その上にてきぱきと指示を下していたのが記憶に鮮明だ。

「あら、当たり前よ。まだまだ若いんだから」

そう微笑んではぐらかす彼女の実態は、全くの不明である。

「さぁ、俺らも話してばかりいられねぇよ。チョモ、俺らも急いでシュレイドに向かうぞ」

「ん、了解」

「シェリーも来てくれるな?」

「貴方に土下座までされたんだから、行くしかないじゃない」

「そこまではしてねぇ!」

シェリーの指揮するギルドナイトはもうとっくシュレイドに派遣されており、それを知ったフレアが「やられた!」と悪態をつくのは少し後のことである。







「ようやく見えてきたか……」

ドンドルマから急ぎの竜車を走らせて数時間――時刻は真夜中を廻った頃、ようやくフレア達の目にもシュレイド城の輪郭がぼんやりと見えてきていた。
廃墟となったシュレイド城の周りには、見るだけで重苦しくなるような暗雲が雷を轟かせながら渦巻いており、否応なく不安感を掻き立てる外見をしていた。

「あれが竜も逃げ出すっていうお化け城か……確かに、かなりの雰囲気だな」

「何て言うか……本能的にすぐに逃げ出したい感じ」

チョモが少し青い顔をして言う。
それはフレアも十分過ぎる程に感じているものだった。
しかし、騎士団長たるもの何事にも動じるわけにはいかない。

「かつてのミラボレアスが起こしたとさせる災厄をきっかけにシュレイド王国は滅び、東西に分割されてしまったのよね……」

現にシェリーは涼しい顔をして蘊蓄(うんちく)を披露しているのだ。

(まぁ、この程度の知識ならチョモの頭にだって……)

「へ、へぇ……そうなんだ」

しかしシェリーの解説にチョモは興味を惹かれたように耳を傾けている。

(こいつ……帰ったら座学を一から叩き込んでやる!)

フレアが歯を喰い縛って頭を抱える隣で、シェリーは語りを淡々と進めていった。

「ええ。そして、旧王都は人の住めない地ということになっているから、今のところシュレイド城は東西シュレイド両国間の不可侵地帯となっているのよ」

「どうして人が住めないってことになってるの?」

「勿論政策的な意味もあるけど、シュレイド城にはあまりいい噂が流れていないからかしらねぇ……」

シェリーが含みのある笑みを浮かべる。

「おい、その話は――」

「ど、どんな噂?」

フレアが遮る前に、チョモが釣られて尋ねてしまった。

「ふふ、それはね――」

「んんっ――探索に向かった腕利きのハンターの多くが派遣されたきり何の音沙汰も無くなったり、どうにか生還した奴等も何か恐ろしい目に遭ったらしくてな。話を聞こうにも耳を塞いで断固として黙秘を貫いて、挙げ句の果てには……何て噂が昔、広まっていたらしい」

シェリーが答える前にフレアが簡潔に答えた。

「あらあら、私の言いたいこと全部言われちゃったわね。――それも随分淡泊に」

シェリーがお株を取られたとばかりに非難の表情を浮かべる。

「あんたに言わせたら同じ話でも数十倍恐ろしく語っちまうからな。戦いの前に怖がらせてどうすんだよ」

「こんなにいい語り時は滅多に無いのに……残念だわぁ」

シェリーがつまらなそうに頬杖をついた一方、その横ではチョモがカタカタと小刻みに震えていた。

「わ、私は十分にこ、怖いんだけど……うぅ、行きたく無くなってきた」

「大丈夫よ、昔の噂話ですもの。……でもそんな噂だけで国が――しかも両国が不可侵領域に定めるなんて、随分とおかしな話よねぇ?」

「いやぁぁ!? ふ、フレアぁぁぁ! やっぱりあんたに任せるぅぅぅ!!」

「おい! 今更何言ってんだ! 仮にもギルドナイトの一員だろ!?」

「補佐だからいいもん!」

「補佐だからこそなぁ! お前普段ろくに働かない高給取りなんだからよ! こういうときに働かないでいつ働くんだよ! おい、シェリー! 取り敢えずあんたは着くまで口を塞いどけ!」

「はーい」

「いやだぁぁぁ!」

フレアの怒鳴り声やチョモの悲鳴で騒がしく揺れる竜車は、それでも確実にシュレイド城へと近付いてく。





「うぅ……ホントに不気味じゃんか……。フレア、シェリー……もう帰ろうよ、ね?」

「……チョモ、ちょっと待て」

シュレイド城を目前にしてもチョモはまだごねていたが、フレアとシェリーは城の様子に妙な違和感を覚えていた。

「おい……兵士たちはどうした?」

「……変ね。私たちよりも先に向かったはずでしょう?」

「えっ? えっ? 何!? どうしたの!?」

シュレイド城の重苦しい城門の前に辿り着いたフレア達だったが、先に待機させていたはずのギルドナイト達が一人も見当たらないのだ。

篝火はちらほらと灯されており確かに人がいた痕跡はあるのに、だ。

「一体どうなってやがる……まさか、先に中へ向かっちまったって言うのか?」

夜間に黒龍に立ち向かうのは無謀だと判断しての指示だったのだが、何らかのアクシデントがあったのかもしれない――フレアの目はゆっくりと城門へと向けられた。

鉄格子のような城門が三人を誘い込むかのように引き上げられている。

「仕方ねぇ……行くしか――」

「ま、待ってフレア! 誰か来るみたい!」

「何?」

再度城門に目を向けると、ボロボロになったギルドスーツの男が一人、ふらふらとこちらに向けて歩いて来ているではないか。

「お、おい! 大丈夫か!? 一体何があった!?」

「あ、あぅぅ……」

フレアが慌てて駆け寄ると、ギルドスーツの男は憔悴しきった様子で虚ろな瞳をしながら話し始めた。

「皆……あの声を聴いておかしく……ふらふら、と城のなかに……もう……助……」

男は色褪せたスーツの袖を震える両手で握り、自分を抱き締めるかのようにその場でうずくまってしまった。



「……もう大丈夫だ。俺らが何とかする! チョモ、シェリー! 行くぞ!」

「原因も分からない内に城内に入るのは気が進まないけれど……そうも言っていられないみたいね。私の可愛い部下達を助けにいかないと」

「うぅ……私が皆を助けなきゃ……!」

「その粋だ。よろしく頼むぜ、チョモ!」

三人はそれぞれ武器を手に取り、赤黒く染まった雲の下、今にも落ちそうな城門を潜り抜けていった。
「おかしいな……誰もいねぇぞ」

「確かに……妙ね」

錆色の城門を通ってシュレイド城内に入ったフレア達。
黒龍との対峙も想定していた彼らだったが、中には不気味な程に広い空間が伸びるだけであった。

「中もやっぱり不気味だね……」

黒龍どころか、入っていったという部下の影さえ見当たらない。
明らかな異常事態を訴えていた。

「くそ……どうなってやがるんだ!」

部下の安否も分からない状態に思わず焦燥の声が漏れる。
これで冷静でいろというのが無理な話だと、フレアは片手で髪を乱暴にかいた。

「フレア、団長が落ち着かないでどうするんだよ」

するとチョモが気遣うような、それでいて厳しい一言を横からぶつけた。

「チョモ……!」

フレアはハッとして彼女の方を見る。
土壇場で開き直ったのか、チョモは何時になく真面目な顔をしていた。

「えっとね、ほら、ここと向こうの広間の間に小部屋があるみたい。もしかしたら、あそこにいるのかもしれないよ?」

彼女の指差す方向を見ると、暗がりに紛れるようにぽっかりと入り口のような穴が城壁に設けられている。

言われなければ気付けなかっただろう。
自慢の観察眼はこんな所でも、その力を発揮していた。

「……悪い、冷静じゃなかったな」

素直に謝ると、チョモはニッコリとした表情で両腕を腰に添え、平均サイズの胸を張った。

「もう、フレアがしっかりしないとさ、私が頼れないでしょー?」

「……」

当たり前のように言うギルドナイト補佐。
目を見れば分かる、これは大真面目に言っているのだ。


「……あぁ、そうだな。そういうことに関してはしっかり仕事やってるよ、お前は」

「えー? 誉めても何も出ないんだけどぉ?」

「誰が誉めてるか!」

キッパリと言い切ってから、フレアは改めて城内を観察する。
内部は瓢箪(ひょうたん)型の構造になっており、すべてが高い城壁に囲まれているようだ。
城壁の内側――チョモが先程見つけた入り口付近には、古いバリスタや滅竜砲と呼ばれる大砲が先程まで使われていたような形で錆び付いたままに放置されていた。

しかし、中でも目を引いたのが、瓢箪の中間にあたる位置に取り付けられた巨大な鉄柵だ。
恐らく両側から鎖のついた滑車を回して引き上げるタイプのものだろう、それが今は高らかに引き上げられている。

「……急に落ちたりしないよね、あれ」

チョモが不吉なことを口にするが、いくら何でもまだ古くはない城の設備だ。強度は問題ない、はずである。

「あら……流石、大国の城ね。あんなものまであるわよ」

そう感心したように言ってシェリーが指を指したのは鉄柵の奥のエリア――三人から見て対極の位置に見えた『巨大な槍』であった。

「おい、あれってまさか……」

フレアはあの装置を知っていた。
ギルドナイトだから、という話ではなく上位以上のハンターならば必ず見たことがあるだろう代物だった。
その名前は『龍撃槍』。
古龍の様に強大なモンスターを撃退するためだけに設置された、不動にして強大な機械槍だ。
蒸気の力で回転して飛び出す――確かそんな仕組みだったはずだったか、とフレアは朧気な知識を呼び起こす。

「ドンドルマみたいに大きな街を守るために設置するのは分かるけど……一つの城にこんなもの取り付けるなんて何かさ、変じゃない?」

「……確かにな」

チョモの疑問に、フレアは同意するように唸った。

ドンドルマの龍撃槍にしても、ラオシャンロンやシェンガオレンといった超巨大モンスターの進行を研究の末に予測、誘導出来て初めて使用できるものだ。
一国の城の、それも城内にわざわざ設置する意味が分からなかった。


「取り付けざるを得なかった……のかもね」

すると、シェリーがポツリとそう呟いた。

――どういうこと?

チョモがそう尋ねるよりも早くシェリーは続ける。

「『シュレイドに災厄が降臨する』……昔の古龍占い師達がある日、急に口を揃えてそう言ったらしいわ。国のお抱え占い師は勿論、国と一切交流のない者達まで次々に警告を促したらしいの」

「……それは警戒せざるを得ないな」

「でも災厄に関しての資料は、どこを探してもここまでしか残っていなかった」

それは、最終的に災厄はここに降臨したのか、ここで一体何があったのか――憶測にまみれたその真実を確認する術が、今はもう存在しないということであった。

深い沈黙が三人の間に流れる。
聞こえるのは上からか下からかも分からない場所から響く、呻き声にも似た地鳴りだけ。


何かしていないと気が狂いそうだった。


「……ここで考え込んでもらちが明かねぇな。取り敢えず、チョモの言う通り辺りを散策してみようぜ」

「……そうね」

耐えきれずに言った言葉にシェリーが頷く。
それは意見に同意したというよりは、フレアと同じく反射的なものであった。



「ちょっと二人とも、元気無いよ! 皆が一斉に消えちゃうなんてあり得ないって! きっとすぐに見つかるよ!」

「!」

チョモの言葉に、フレアとシェリーは思わず苦笑してしまった。

「お前さっきまであんなに怖がってたくせに、どんだけ立ち直り早ぇんだよ! ……けど今回はその元気、少し分けさせて貰うぜ」

「そうね、まだ諦めるのはまだ早かったわ。ありがとね、チョモ。ここの陰湿な空気のせいで、ちょっと気が滅入っちゃってたみたい」

「へへん、どういたしまして! じゃ、改めて探索開始だぁ!」


チョモの号令で探索を始めた三人。
だが、彼らの期待はすぐに破られてしまった。




「…………」

三人は鉄柵の両側にある小部屋を調べたが、古びた武器や休憩施設があるのみで人がいた痕跡すら見つけられなかった。

それどころか、部屋の広さ的にフレアとシェリーの部下全員を収容すること事態が不可能だったのだ。

「……他に人が隠れられそうな場所はもうないわ」

「隠し部屋なんか……ある訳ねぇよなぁ」

フレアがくたびれたようにそう言う。
三人はしばらくの探索を終えて、小部屋の簡易ベッドに腰かけて休憩している最中だった。

「……あったら私がすぐに気が付くはずだよ。昔、遺跡探索とかやってたし」

「お前、そんなことまでやってたのか……」

フレアが軽く引いたように仰け反るので、チョモは慌てて両手を横に振った。

「あ、あくまでも昔の話だよ! 今考えたらあんな暗くて怖いとこ、よく一人で行けたよねぇ……」

あの時のお前より怖いもんなんてねぇよ!

「………」

そう叫びたいフレアだったが、気力が尽きかけていたこともあり、唇を噛むことで何とか押し留めることが出来た。

『口は災いの元』。

彼の座右の銘である。


「フレア……これからどうしようか?」

「そうだな……。今知りたいのは部下達の行方だが……門の前で出会ったギルドナイトの情報は間違っていたとしか思えねぇな」

「精神状態も安定してなかったみたいだしね。元々の情報に何か間違いがあった、というのも考えられるけど」

「あ! そうだよ、さっきのギルドナイトの様子を見に行かないと! 容態が悪化してたら大変!」

チョモが思い出したように慌てて立ち上がった。

「だな。黒龍もいねぇ、部下もいねぇ……なら一旦あいつを連れて本部に戻るしか―――」



――ねぇだろ。


そう言おうとした時だった。





































「――っはぁ……! はぁっ……!」

フレアは咄嗟に背中の大剣を抜き放っていた。

それは横にいたチョモも、シェリーも同じであった。

「何だ!? 『今の』何だよっ!?」


髪は逆立ち、動機も荒く、フレアは半狂乱になって叫んでいた。

身体中から冷や汗が大量に流れて止まない。





後ろから、巨大な『何か』に握り潰されるような――否、握り潰されたはずの体が何故か残っているような感覚。


絶対的な死の感覚がストレートに彼らに襲い掛かったのだ。

G級ハンターとして、幾つもの死線を潜ってきたからこそ辛うじて耐えれたようなもので、常人ならば瞬く間に精神が壊れてしまっただろう。

「これ……外から……だよね?」

チョモが震える声で言う。

「あ、あぁ……」


そうポカンとして言いながら、フレアは無意識に考える。



――確認しにいかなくては


――アレの正体を?



――危なイ



――危険ダ



――ニゲロ



――ハヤクシナイト




―― コ ロ レ テ シ マ ウ






「フレア! 気をしっかり持ちなさいっ!『持っていかれる』わよっ!」


「――はっ!?」


シェリーの一喝でフレアは正気に戻された。

「フレア! 大丈夫!?」

いつの間にか膝をついていたフレアの横でチョモが心配そうに見つめている。

「あぁ……もう大丈夫だ」

そう言って立ち上がると、フレアは気付けに頬を腫れるほど強く叩いた。
一瞬出来た心の隙間に、深く入り込まれしまったのだ。



「……もうすぐ、広間に降りてくるわ」



――迫り来る、ドス黒い怨念の様に暗い、負の感情。



少しでも気を抜けば、先程の様に心を蝕まれてしまうだろう。





なら、『気を抜かなければ』問題ない。









「チョモ、シェリー! やられっぱなしなんて我慢できねぇ! 来るってんなら向かい撃ってやろうぜ! 『災厄』をよぉ!」


――燃えるような深紅の瞳。

それは強い光を湛えたハンターの眼差し。こうなったら邪龍であろうと彼の心を揺さぶることは出来ない。




「ええ、勿論、……久々に本気の出せる相手みたいだわぁ」


――恍惚する様に浮かべた不敵な笑み。


小首を傾げて魅せたそれは、百戦錬磨の彼女が本気の牙を剥いた証。
見た者は皆無と言っていいほどの、彼女の『戦闘体制』。



「二人とも、くれぐれも無茶だけはしないでね。そうしたら――絶対に守ってあげるから」


――透き通るような白の長髪。

先程まで小刻みに震えるだけだった毛先が、今は誰もが見惚れるほど軽やかに舞っている。
それは天山の女神と称される彼女が与える、揺るぎ無い安心感と勇気――そして希望の神風。



足取りは勇ましく、一切のぶれはない。

今の彼らに恐れる相手はいない。




「――んじゃあ、ひと仕事といくか!」




まだ見ぬ敵への、反撃の狼煙が今、


――上がろうとしていた。


――数多の飛竜を駆逐せし時、『伝説』は蘇らん



――数多の肉を裂き、骨を砕き、地を啜った時



――浮き世が深紅の血に染まりし時



――彼の者は現れん



――土を焼く者

――鉄を溶かす者

――水を煮立たす者

――風を起こす者

――木を薙ぐ者

――炎を生み出す者



――その者の名は『ミラボレアス』!



――その者の名は、『宿命の戦い』!



――その者の名は、『避けられぬ死』!



――さぁ!




――喉あらば叫べ!  



――耳あらば聞け!



――心あらば、祈れ



――ミラボレアス!



――天と地とを覆い尽くす、彼の者の名を!



――天と地とを覆い尽くす、彼の者の名を



――彼の者の名を……





◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「――ちっ……リノプロ女の『唄』が頭から離れやしねぇ」


フレアがそう忌々しげに呟いたのは、城壁内の小部屋から出た直後。

上空から響き伝わってくる重苦しい羽音が。

まるで数百匹の飛竜でも現れたのかと勘違いするような――生物の闘争本能を根本から掻き立てる異音が聞こえてきた瞬間のことであった。

「貴方の言う『それ』は、シュレイド王国崩壊時に謎の赤衣の男が歌ったと言われる唄でしょ?」

その遥か上空から聞こえる巨大な羽音を、待ち遠しそうな顔で聞きながらシェリーが言った。

「あぁ……てか何で知ってんだよ」

フレアが疑心に満ちた瞳で睨む。
マリアンの言葉を聞いた時間違い無くシェリーはいなかったし、フレアが隠密にギルド本部の書庫を漁って同じような文献を見つけた時も、誰にも気付かれていなかったはずだった。

しかし、シェリーは事も無げに笑うのだ。

「うふふ、貴方のする事なんて全部お見通しなのよ?」

「……さいですか」

小首を傾げてそう言われてしまっては、フレアは閉口せざるを得ない。

黒龍の降臨を前にして、フレアは彼女を上司に持ったことを先に呪ったのだった。


「さて……伝説の黒龍相手に俺等の武器は通用するのかね?」

間も無く対峙するであろう強敵の気配をひしひしと感じながら、フレアは自分の愛剣である『輝剣リオレウス』に目をやった。

二年前は『焔剣』の名を掲げて真っ赤に染まっていたそれは、今は冷たく美しい銀色をしている。

ギルドナイトの任務の中に偶然現れた幻の銀火竜。
フレアは死闘の末に討伐を果たし、更なる業火を銀色の甲殻によって大剣へ封じ込めることに成功したのだ。
凝縮された銀の炎が灼熱の巨刃となって敵を焼き切る、フレアの相棒が生まれ変わった瞬間であった。


「いや、フレアはそれしか持ってないんだから迷う余地なんてなかったでしょ」

何でも火属性でごり押しするのは卒業したら? そう飽きれ顔で言うチョモが持っているのは狩猟笛『アヴニルオルゲール』。

火山より発掘された太古の塊を研磨加工した末に蘇った古代文明の産物。
機械的な外見と金色に輝く巨大な円盤が特徴のこのオルゴールに似た楽器はギルドの調査の一環で発見されたものだったのだが、当初は今一つ使い方が分からずに研究員達は頭を抱えていた。

その時、話を聞き付けたチョモがほぼ強奪する形で持っていったのだ。

『どうせよく分かってないんだから私が試しに使ってあげるよ!』

彼女に救われたギルドナイトは数知れず、もはや頭の上がらない存在になっていた彼女に研究員たちは、顔に引き釣った笑みを浮かべながら快く提供したのだった。

試しにフレアを引き摺ってクエストに行った所、二人はその能力に舌を巻いた。
息を吹き込むと円盤が回転し音を奏でるという不思議な構造のそれは、吹けば一時的に筋力が増す旋律を得意とした上に、強力な龍属性を持つ優秀な武器であったのだ。

『お前、それが狩猟笛だって知ってて手に入れたのか?』

フレアは驚いてそう聞いたものだったが、チョモはポカンして言うのだ。

『へ? これピザカッターみたいで格好いいハンマーだなって思っただけだけど?』

『いや……でもお前ちゃんと旋律吹いて……』

『ん? 何か吹けそうな場所があったから吹いたら音が出て楽しいなぁって思ってたけど……これ、狩猟笛なの?』

『………』

結局ギルドに報告はしたものの、何故かこの狩猟笛を吹けるのは彼女だけだったので本当にそのまま貰い受けることになったのだった。

「ていうかお前も持ってるのそれ一本だけじゃねぇか!」

「わ、私のは万能な龍属性だからいいの!」

「二人とも、喧嘩は少し後にしなさい」

シェリーが見かねて割って入る。
彼女の武器は『マスターセーバー』と呼ばれる双剣。ピュアクリスタルを軸に作られた透き通るような二振りの洋剣は、ギルドナイトでも最上位の人間にのみ持つことを許された強者の証。
切りつけると強烈な水流が流れ切れ味を何倍にも跳ね上げる仕組みを備えたこの双剣は、歯こぼれもせずに堅固な甲殻をも両断する。

「私たちの武器はG級でも問題なく通用する威力がある。けれど……黒龍に通じるかどうかは正直、分からないわ」

「……そうか、あの伝承の通りなら……」

「ええ……」

「ちょ、ちょっとちょっと! 二人だけで会話しないでよ! どういう事!?」

羽音が増々大きくなる中、意味深げに黙る二人にチョモが焦ったように詰め寄った。

「あぁ、悪い悪い。つっても、その伝承も憶測レベルなんだがな」

「あまり気分のいい話でも無いしね……」

どうにも歯切れが悪い。
チョモはそんなフレアの鼻先まで、ずいっと顔を近付けた。

「それでも構わないよ! 私だけ知らないなんて嫌だもん! ……あ、それに情報は少しでもあったほうが安心でしょ?」

「安心……できるかね?」
間近で捲し立てるチョモに顔を逸らしながら、フレアは助けを求めるようにシェリーに言う。

「ふふ、いいわ。なら教えてあげる」

「おい」

先程、怪談話を遮られたのを余程気にしていたのだろう。
目は爛々と輝き、舌なめずりさえしそうな表情の彼女。

「ありがと! じゃあ早く早く!」

シェリーは怖がらせる気満々の顔なのだが、チョモは何故か気付いていない。

(つーか、よくこんな状況でそんな話したがるよな……。聞く方にも問題はあるが)

フレアは呆れ顔でそんな二人を見るが、迫り来る黒龍の羽音が気になって気が気ではない。

(チョモだってソワソワしてんのに、何でシェリーは――いや……そうか、そうなんだよな)

そこでフレアは先程の考えを取り消した。

何故なら、シェリーは黒龍が間もなく降り立つというこの状況を『こんな状況』などとは考えていないのだから。

ハンターズギルドから『非常事態宣言』が発令されているこの状況をむしろ――楽しんでさえいるのだから。

「――だからミラボレアスはね、挑んでくるハンターの装備を持ち帰って、身体の熱で溶かして自分の甲殻に付け加えちゃうの」

「えぇ!?」

「でもモンスターが装備だけ持ち帰るなんて器用な真似、出来ると思う?」

「あ、無理! ってことは……嘘?」

「そう思うでしょ?」


フレアは彼女のことを師であること、また上司であることしか知らない。

(何聞いてもはぐらかされるし、調べても何も分かんねぇし……あんた一体何者なんだよ)

「――手っ取り早い方法があるじゃない。何もわざわざ防具を取らなくったって、そのまま……ね?」

「え? それってどういう……――っ!!」

思っても口には出せない。彼女が何者かなんて今は関係が無いし、これからもきっとそうだろう。

――シェリーはシェリーだ、それは変わらないのだから。

フレアは何度目かの同じ答えを出して無理矢理に頭の隅へ押しやると、 愛剣を構えて声を張り上げた。


「さぁ! そろそろお見えになる頃だぜ! ……っておいチョモ、何で固まってるんだ?」

「へ? ……ひゃ、ひゃんでもにゃいよっ!?」

「呂律回ってないじゃねぇか。カタカタ震えてるし……シェリー?」

「うーん、ちょっと張り切りすぎちゃったかしらね?」

「お前なぁ……」

可愛らしく舌を出してウインクしてみせる彼女に嘆息するが、本当にこんなことをしている場合ではないのだ。

「おいチョモ、ちょっと耳貸せ」

「へ?」

そう言って、未だ挙動のおかしい彼女の耳元にフレアは口を近付けた。

「お前よぉ、もしここでやられたりしたら……の……にある……が……だぞ?」

「………っ!」

途端、チョモの顔が真っ赤に染まった。

「な、何でフレアがそれを知ってるんだよ!?」

「さぁーねぇ? でも早く戻らないと……な?」

「コイツ、どさくさに紛れて殺ってしまおうか……!」

「待て待て! それは勘弁! な?」

今にも襲い掛かりそうなチョモの様子を見て、フレアは内心ホッと一息をついていた。

彼女の働きが無いと、勝てる見込みすら無くなってしまう。


(代わりに俺の寿命は減ったかもしれないが……)


「流石リーダー、助かったわ」

「次やったら承知しねぇからな!」

悪びれもせずに言うシェリーをギロリと睨んでから、フレアは空を見上げた。

チョモも。

シェリーも、同時にそれを見た。



黒い、見たこともないほど長く禍々しい邪龍の尻尾を。


雲を割って現れたそれを。



――災厄の降臨の瞬間を目の当たりにしたのだった。






「あれが……黒龍」

徐々にその全容を現す『それ』を固まったように見上げながら、フレアは呟いた。

蛇竜ガブラスを超巨大かつ凶悪にしたような、正にドラゴンと呼ぶべき圧倒的な姿がそこにはあった。


光を吸収してしまいそうな、禍々しい漆黒の色の鱗や甲殻で覆われた全身。

全長はラオシャンロンに及ばないが、グラビモスと同等かそれ以上の巨大さ。

そして長い首の上には四本の角の生えた小さめの頭部があり、背中ではその巨体を包み込めるほどの巨大な一対の翼が、先程から聞こえているおぞましい羽音を響かせている。

「もうすぐ降りてくるわよ、用意はいい?」

「ああ、何時でもOKだ。なぁ、チョモ?」

「うん、私は早く倒して帰りたい!」

「なら戦闘準備を――」




『ちょ~~っと待ったぁ!』


シェリーが号令を出そうとした時である。
後ろで、騒がしい男の声が響いたのだ。


「……何なの貴方達」

号令を阻害され、不機嫌そうに後方を見るシェリー。

後ろにはハンターであろう、二人の男がふんぞり返っていた。

一人はランスを担いだ大柄の男。
もう一人は片手剣を腰に指した小柄な男で、明らかにフレア達を見下した顔をしていた。

「ギルドが騒がしいと思ったらまさかの黒龍騒動! 急にギルドナイトが飛び出したから怪しいと思い着いてきたら案の定のビンゴォ!」

「優男とお嬢ちゃん達じゃ死ぬのがオチだ。ここは俺らに任せて帰りな」

「フレア、この人達……誰?」

「あぁん!? 狩猟笛のお嬢ちゃん、もしかして俺たちを知らないのぉ!?」

小柄な男がバカにしたように言って、自分の片手剣を自慢気に振りかざした。

「俺は一つの町をこの『デッドリィタバルジン』で救った西の英雄! ダノン!」

それを合図にして、大柄の男もランスを高らかに掲げた。

「俺はこの『激槍グラビモス』で村を救った東の英雄! ライザー!」

『二人合わせて【DOUBLE HERO’s】(ダブルヒーローズ)!! 黒龍なんてすぐに片付けてやるぜ!』

「だの……らい……だぶ……?」

「おい、悪いこと言わねぇからすぐに帰れ」

G級ハンターを前に上位武器を自慢気に見せつけ、挙げ句に黒龍の力量も把握出来ていない。

完全に上位へ上がったばかりの、名を売ることに夢中な連中の類いだった。



「大丈夫だって! ちゃんとあんた等にも少しは報酬やっから! な?」

「おう、だから安心してここは任せろ!」

「違うって! 本当にあんた達レベルじゃ死んじゃうんだって!」

「心配すんなってお嬢ちゃん! 終わったら後で一緒にお茶しようぜ?」

「おいダノン! 抜け駆けは無しだぞ!」

「あっひゃっひゃ! 悪い悪い!」

「いや、だからさ――!」

(こいつら……)

この手の連中はいくら説得しても無駄なことをフレアはよく知っていた。

こうなったら武力行使してでも追い払おうと、フレアが一歩踏み出した時である。



「――別にいいんじゃないの? 行かせても」


「……は?」


――冷たい目をしたシェリーの腕が、行く手を遮ったのは。
プロフィール

楽太郎

Author:楽太郎
モンハン好きの誰しもが自分の『世界』を持っているはず。この話はそんな世界の一部分です。
楽しんで読んでもらえたら幸いですね
(・◇・@)

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