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   ー龍に愛された娘ー                          【ブロクトップへ】


「それ」は生まれた時から孤独だった



白い龍は我が子を見るように言った



一人は寂しいか



「それ」は頷くと、ゆっくりと龍の眼を見て……



――龍は静かに嗤った





◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



フラヒヤ山脈近くにある雪山の懐に抱かれた村――ポッケ村は、穏やかで美しい村の雰囲気と雪山の気候の過酷さを兼ね揃えており、温泉まで存在する。
そんな村に魅了されてやって来るハンターの数は少なくない。

「やっと着いた……ここがポッケ村かぁ」

ほぅと白い息を吐き、短めの青いポニーテールを左右に揺らす彼女――アクア(Aqua)もまた、その噂を聞き付けてやって来たハンターの一人だった。

容姿は女性と呼ぶには少し幼さが残っており、ユクモノ一式と、ユクモノ太刀という装備からユクモ村の出身だということは容易に分かる。

「わぁ……息が白い」

村に着くまでは登山に夢中で気が付かなかったが、麓よりも気温が大分下がっていた。
そして昨晩から大量の雪が降ったのだろう、村に続く道は足跡以外にそれを示すものが無い程の積り具合だ。
足元を踏みしめるだけでギリリ、と雪が固められる独特の音が静かに響く。

「……まずは村長に挨拶しないと、か」

ちょっと緊張した様子でアクアは村人の案内を受け、大きなマカライトの岩へと向って行った。



「こんにちは!」     

「…………」

岩の前で焚き火にあたっていた小柄な老人に挨拶をするも、なぜか反応が無い。


「……こんにちは!!!」

声、三割増し。

「んん? おぉ、すまぬすまぬ、最近耳が遠くてのぉ」


そういうと老人――村長はゆっくりとこちらに顔を向けた。
傍から見ればただの老人だが、しわだらけの顔の奥には聡明な瞳が凛と光っている。

「……で誰じゃったかの? 雑貨屋の娘じゃったか?」

光って……あれ?

「あ、新しくハンターとして村に来ましたアクアといいます!」

「おぉおぉ、そうじゃったそうじゃった。ギルドからの手紙を受け取っておったわ。確かユクモの子だったの? 向こうの温泉はまぁずいぶんと体にいいと聞くに……」

「確かにユクモの温泉は観光客にも大変人気ですね」

「そうじゃろうなぁ。わしも暇があれば行きたいものじゃが……そう言えば、何故わざわざこんな辺鄙な村に来たのじゃ? ユクモの温泉に不満があった訳ではあるまい?」

「え、ええと……こちらの環境に憧れて? 何というか……ピンときたんです! この村に行きたいと!」

「ふぅむ……」

今度こそ強い光の籠った瞳がアクアを見据える。

「…………」

睨まれている訳でもないのに何故かドキドキしてしまう。

「ま、直観は大事じゃしの。これからは自分の故郷だと思って暮らしなさいな」

村長はニコリと温かな微笑みを浮かべると、村に関する事をしばらく(本当にしばらく)話してくれた。



  
   ◆




村長との長い話を済ませた後、アクアは村の中を一人歩いていた。
ユクモとは違い、昼間でもずいぶんと冷え込む。

「村長さんがいい人でよかった……話は長かったけど……ってあぁ、しまった!」

アクアはその場で頭を抱えた。
『後は村の専属ハンターが案内してくれる』という話だったのだが、肝心の場所を聞いてなかったのだ。

「うぅ…今更聞きに行くのも恥ずかしいし……どうしよう」


――そうボヤいた時である



「やっほー! そこのキミ! もしかして新しく来たって噂のハンターさんかい?」


「……え?」


気のせいだろうか、頭上から声が聞こえた気がした。


「もしかしてこの家の上から……っ!?」


慌てて見上げてみると、確かに誰かが屋根の上にいる。
それだけでも驚くのに、あろうことか「とぅっ!」などという掛け声と共に飛び降りて来たのだからパニック寸前……危なく背中の太刀に手を掛けるとこであった。

「よいしょ…っと!」

動揺して固まっているアクアの前に降ってきたのは、若い一人の女性だった。

ズシン、という見かけに合わない、重量感のある着地音を立てて。

「ん? 合ってるよね?」

アクアよりも少し年上に見える彼女は雪下ろし用に使っていたのであろうスコップを地面に差すと、違った? と小首を傾げてこちらを見る。
桃色の、少しウェーブのかかったショートボブ(ユクモ村ではブナハスレイヤーと呼ばれていた)が似合うすっきりとした顔立ちで、こちらの気分も明るくなるような満面の笑顔を浮かべていた。

「は、はい! そうです!」

そんな笑顔に押され、アクアは少し仰け反りながらそう答えた。

「ふんふん、そっかなるほどぉ!」

彼女はアクアの服装をまじまじ見て「おーこれ可愛いねぇ」などと言い、またも笑顔をこちらに向けた。
眩しい位の、本当に素敵な笑顔だ。

「……貴方がこの村のハンターさんですね?」

彼女は「ご名答!」と親指と人差し指で丸を作ってみせた。


何故分かったかと言うと、理由はとても簡単。
着地音の原因が彼女の背負う巨大なハンマーであり、それがハンター以外の人間が持ち運べるものでは到底無かっただけだ。
私だって扱えるかと言われると自信が無い。

……そもそも屋根から平気で飛び降りてる時点でそうなのだけれど。

「あ、自己紹介が遅れたね。私がこの村でハンターやってるハンマー(hammer)だよ。以後よろしく!」

ニッと笑って手を差し出してきたので私もそれに応じた。

「ユクモから来たアクアです。よろしくお願いします!」

「いい名前だね。よろしく、アクア!」

「はい! ハンマーさ………失礼かもですが、本名ですか?」

巨大な鈍器を背負って、名前もハンマーなら誰だって気になる。

「そ! ごめんね紛らわしくて。でも私の大事な名前なの」

「すみません……とても似合ってるのでつい」

失言だったと非礼を詫びたが、当の本人は気にしていないようで笑いながら両手で大げさに手を振ってみせた。

「いいよー、慣れてるし。じゃあアクアの住むとこを案内するからさ、その後で簡単なクエストに行かない?」




「く、クエスト……ですか?」




クエスト。
ハンターがギルドを通して受ける依頼の通称。
これから行動を共にする、初対面のハンターなら誰でもまずは簡単なものに誘って相性を確かめる。
そんなことはハンターを名乗る者として常識のようなもの。

――なのだが

そんな何気ない一言に一瞬、アクアの顔色は暗く曇った。

「ん? どしたの?」

「い……いえ! あはは、ちょっと緊張しちゃって……」

アクアは張り付かせたような笑顔を浮かべていた。

心なしか顔色も悪い。本当に気分が悪いようにも見えた。

「別にそんな固くならなくても大丈夫だよ! ……といいたいとこだけど、着いたばかりで疲れてるもんね。ごめんごめん、また今度にしようか」

「すみません……ありがとうございます」

「じゃ、行こうかっ!」

彼女が異常なほどに安堵の表情を浮かべていたことを、ハンマーはひとまずは心の中に収めた。





――数分後、二人はとある家の前にたどり着いた。


「到着ー! ここがアクアの住む家だよ!」

「わぁぁ、立派な家! ユクモとは大分違った作りですね」

ハンマーの案内した家は、かなり大きな作りをしていた。

「吹雪にも耐える特注構造だよ!」

彼女はまさに『ドヤ顔』という自慢気な顔を浮かべると、せかせかと中へアクアを手招く。

促させるままに家の中に入ると、ハッとアクアが驚いた。

「お帰りなさいまし、ご主人。もう料理が出来てるニャ!」

「わぁぁぁぁ! 可愛い!」

それもそのはず、板前のような格好をしたアイルーが何匹も待ち構えていたのだ。

部屋の奥からは食欲を誘ういい匂いが漂っている。



「こんな可愛いアイルーがいる家に住めるなんて! 憧れの独り暮らしも出来るし凄い嬉し………ん? お帰りなさい?」


何かが引っ掛かかった。


「ただいま! サルサぁ…もうお腹ペコペコだよ」


「ご主人はまず手を洗うニャ。なんか色々ばっちぃニャ」

「酷くない!?」

「え? ハンマーさん今ただいまって? しかも……ご主人?」

「ん?」

ハンマーはキョトンとした顔をしながら続けた。

「村長から聞いてなかった? アクア、私の家に一緒に住むんだよ?」

「えぇ!? あれ? ハンマーさんの家はさっきのじゃ!?」

「あれは雪下ろしの手伝いしてただけだよ。今朝からやけに降ってねぇ……。さぁ! 共に愛の巣を築こうじゃないか!」

「ちょ!? 何言ってるんですか!?」

頬を紅潮させて慌てるアクアにハンマーは目に涙を浮かべて笑う。

「あはは! 冗談だよ!」

「もう! び、ビックリしましたよ! 」


しかしそのお陰で緊張はすっかり無くなっていた。

「ハンマーさん、これからお世話になりますね」

「ん、よろしくね!」


握手を交わす二人。
ハンマーとアクア、二人の初めての出会いはこうして幕を閉じた。



     ◆



「うわぁ! 綺麗な浜辺!」

翌日、アクアとハンマーはクエストのために密林に来ていた。
孤島の海も美しかったが、自然と一体になった浜辺の壮大さにアクアは見とれていた。

「あ! あっちに貝殻が落ちてます!」

昨日の体調の悪さもどうやら治ったようで、アクアは元気に走り回っている。

「あ、待って! そっちは……」

ハンマーが呼び止める間もなく、アクアはもう次のエリアへと移動してしまっていた。

「きゃ――――!?」

すると突然、アクアの悲鳴が響いた。

「あー、やっぱり……」

密林の砂浜にはヤオザミという凶暴な甲殻種が潜んでいるのだ。
言うの忘れてた! とハンマーもすぐに隣のエリアへ助けに走る。


―――すると

「あ! ハンマーさん! このカニミソ美味しいですねぇ!」

「え……」

ハンマーは目を疑った。
彼女が見たのは倒れた3匹のヤオザミの真ん中に座り、無傷でザザミソを頬張っているアクアの姿であった。

「……さすが上位ハンターだけあるね。心配する必要なかったか」

「ここでは『元』ですけどね」

でも……とハンマーは思った。

(ヤオザミは確かに雑魚だけど……経験を積んだハンターだって地面から襲ってくる奴等の攻撃を避けるのは難しい。それに小型モンスターの中じゃ体力があるほうだし……あの太刀はユクモの初期装備って言ってたよね……それで私が来る僅かの時間に3匹も?)

「ハンマーさん、ハンマーさん」

「え、え? 何?」

いつの間にかアクアが目の前でニコニコしていた。

「ハンマーさんも食べませんか? 密林には美味しいものが一杯ありそうですね!」

「いや……ザザミソは精算アイテムだから、ここじゃ食べちゃ駄目なんだよ?」

「え!? そうだったんですか!? ……ごめんなさい、でもこんな美味しいの食べちゃ駄目だなんて………」

ガックシとうな垂れる彼女を見て、ハンマーは苦笑しながらアクアの肩を叩いた。

「んじゃ、クエスト終わったらすぐに酒場に行こうか。酒場にはザザミソの他にも沢山美味しいものがあるし」

「ホントですか! なら早くクエスト終わらせなきゃ……っ! ハンマーさん!」

不意に遥か上空から聞こえてきた羽音にアクアが反応する。

「……丁度来たね。この地方のハンターの登竜門。『イャンクック』先生の登場だよ」

赤い体に黄色のくちばし。そして特徴である巨大な耳。

「クエェェ!」

【怪鳥】――イャンクックが土煙を上げながら二人の前に降り立ったのだ。

「コココココ」

イャンクックはまだこちらに気付いていないようで、明後日の方向を見ながら喉を鳴らしている。

「か、可愛い!!」

イャンクックを見たアクアの第一声はそれだった。

「クルペッコも可愛かったですけど、この子はそれ以上ですね! 辛そうな赤色に大きな黄色いクチバシ……そして大きな耳!」

アクアはウサギを初めて見た女の子のように感想をまくし立てた。

「……アクア? 気持ちは分かるけど、それが今回の討伐対象だからね?」

はしゃぐアクアを見て、ハンターとしての緊張感が全く感じられず、ハンマーはアクアをたしなめた。




「そう、でしたね………すみません」

アクアはハッとした表情をし、俯いた。
そして昨日のように顔色が悪くなっている。

「アクア……大丈夫」

「やるしか……ないですよね。でも『ここ』でなら……」

俯いたアクアはブツブツと何かを呟いている。

「クエェェェ!」

イャンクックがこちらに気付いて威嚇を始めた。
迫ってくるのは時間の問題。

「アクア! 気分が悪いなら下がってて!」

ハンマーは咄嗟に武器を構えるが、アクアは一向にその場を離れようとしない。

「アクア!!」

「お願い……『来ないで』……」

「クエェェ!」

突進を仕掛けるイャンクック。
ハンマーはすかさずアクアを庇おうと前に出る。

「お願い……」

するとアクアはようやく、俯きながらそう祈るように呟いて――顔を上げた。



「…………」


アクアはゆっくりとした動作で、まるで何か怯えるような顔つきで太刀に手をかける。



「………え!?」


その太刀を抜いた瞬間に、彼女の全身の雰囲気が変った。



【――クエストが完了しました――】


「あ……え……?」


そして、それに気付いた瞬間には討伐は終了していたのだ。


「………………」


ハンマーは言葉を出せずにいた。


まるで雪が降る様に無音。


欠けた月にも似た斬撃の嵐の中で、赤く咲き乱れた冷たい殺気。


彼女はその中で舞うイャンクックをただ見ているだけしか出来なかったのだ。





「……ハンマーさん?」

アクアの声にハッと我に返ると、アクアが何事もなかったかの様に笑顔を浮かべていた。

「お疲れさまでした! 早く美味しいもの食べに行きましょう!」

「……そうだね、酒場に行ったら色々話すことがありそうだ」

「………? それにしても可愛かったですねぇイャンクック! 討伐されちゃったのは残念ですけど……」

戦闘中に性格が変わるハンターは少なくない。理由は多々あれども、過酷な狩猟環境に順応するために無意識に自らを鼓舞している、というのが大半である。

だがさっきのアクアは違った。まるで『モンスターの存在』そのものを憎んでいるかの様な、異常なまでの殺気を帯びながらも、寒気がするほどの無感情。その矛盾した二つを有していたのだ。

(本人に自覚があるのか気になるけど……この様子だと恐らく無いな。自分では普通に戦ってただけって感じてるんじゃないかな………)

ハンマーはいつになく真剣な思考を隠しながら、アクアと共に酒場へと帰っていった。

     


     ◆



――アクア達は村に帰ると酒場に直行した。

「お待たせしました!」

受付嬢が大量の料理を持ってやって来る。

「わぁ! アプトノスのステーキに、女帝エビの蒸し焼き! それにサシミウオのお刺身まで!」

アクアは歓喜の悲鳴を上げ

「歓迎のお祝いだよ! ジャンジャン食べちゃって!」

ハンマーの財布は悲鳴を上げていた。

「ありがとうございます! じゃあ……すみませ―ん! この砲丸レタス炒め……トウガラシ多めで、とヘブンブレッドとレッドチーズのサンド2つ、あと達人ビールを辛口でお願いします! あ、それとここの覧にある揚げ物全部2循してください!」

「私は……あーうん、おすすめをジャンジャン持ってきて!」

(これはもう開き直ったもん勝ちだわ)

二人は夢中になって料理を平らげていった。

「いやぁ……久しぶりにこんなに食べたよ」

食事もほぼ終わり、二人は酒場の喧騒から少し離れた席で休んでいた。

「すみません……あまりに美味しかったもので、つい夢中に……」

アクアが申し訳なさそうに頭を下げる。

「いいっていいって! この酒場の料理は逸品だからね。気に入ってもらえて嬉しいよ」

「ユクモでは味わえないものばかりで、感動しました」

「……私はアクアの食べっぷりに感動したよ。さてと……」

ハンマーはデザートの氷結イチゴを手に取りながら、アクアに本題を切り出した。

「ねぇアクア、あんたの村……ユクモ村からこっちに来た本当の理由を聞いてもいい?」

「えっ……!?」

アクアは一瞬困惑した顔を浮かべたが、すぐに何かに気がついたようだ。。

「………やっぱりあの時……こっちに来ても駄目だったんですね」

アクアは目を伏せて黙っていた。

「やっぱり……ってのは?」

つい先程の事が嫌でも思い浮かんでくる。

「……密林の狩りの時、私は『変わって』しまったんですね?」

「うん……あれには驚いたよ。……でもその記憶が、無いんだね?」

「はい……。変わるとその前後の記憶が曖昧になるので……私もあるハンターに言われて初めて気付いたんです……『お前には【化物】が憑いてる』と」

彼女の目はとても悲しそうな光を湛えていた。

「化物……か。確かに鬼神みたいな気迫だったよ」

ハンマーは冷や汗を浮かべながら苦笑いする。

それを聞いたアクアは、決心したように話し始めた。

「……実を言いますと、私がハンターになったのはつい先月のことなんです」




「嘘ぉ!? 先月!? それであの腕前はありえないでしょ!?」

彼女の告白にハンマーは目を剥いて驚き、思わず食べかけの氷結イチゴを落とした。

「ええ、そうなんです。ハンターになって武器を持つためには、ギルドの規定年齢を越えなくてはなりませんからね。でも私は本当に先月にようやく誕生日を迎え、ギルドに登録してハンターになったばかりなんですよ」

「じゃあ20歳になってすぐハンターになったんだ……もしかしてそんなに急いだ理由と何か関係があるの?」

この質問に、目を伏せぎがちだった彼女はさらに顔を沈めて答えた。

「……私は幼い頃に両親をモンスターに殺されているんです」

ハンマーは再び目を見開いた。
ーポッケへの軌跡ー


「……だからそのモンスターを討つ為に。モンスターを狩るためには、ギルドの協力を得るのが一番ですからね……」

そう言ったアクアの眼は酷く冷たかった。

「そっか……ごめん。辛いこと思い出させたね。でもさ、敵を討つ為だけの人生なんて」

「私の生きる目的はそれだけなんです!!」

ハンマーの言葉を遮ってアクアが初めて声を荒げた。

「アクア……」

「……すみません。でもあいつは私の全てを奪っていきました。絶対に許す訳にはいかないんです……」

「アクアが狩りの時、『変わってしまう』のはその強い気持ちが原因なのかな?」

「……分かりません。そんなことが起こるようになったのはハンターになってからなので……」

「ハンターになってから……か。アクアがここに来ることにのもそれが原因?」

「……はい。あまり面白い話ではないかもしれませんが……」

アクアは小さな声で語り始めた。



     





アクアはハンターになった後、装備も揃えずにすぐに村のクエストを受注していた。

(すぐに功績を上げて、あのモンスターの情報を掴まなくちゃ……!!)

焦っていたアクアは初心者ハンターの基礎クエストである特産キノコの納品などを無視し、無謀にもアオアシラの討伐クエストに向かっていた。

「ここが渓流の狩り場……。こんな奥には来ること無かったから緊張するな……」

アクアはひとまず地図を見ながら狩り場の地形を確認していた。

「ん? あれは……ハチミツ! 調合用に採取しておこっと」

アクアはハチミツをポーチにせっせと詰めていく。
初めての場所、初めてのクエスト。
そこで見つけた貴重なハチミツは彼女を夢中にさせるのに十分だった。



だから気付かなかった。



迫りよる足跡と獣特有の臭いに。


パキリ! 枝の折れる音にアクアが咄嗟に振り返ったのと、アオアシラが地響きのような音を立てて吠えたのは同時だった。

「グオォォォ!」

「――――!?」

間近でアオアシラの咆哮を聞いて、アクアは身構える暇もなく固まってしまった。
その咆哮は飛竜の放つバインドボイスには遠く及ばないものだったが、初心者のアクアを硬直させるには十分なものであった。

ハンターにとって、一瞬の隙は命取りになる。

ハンターについてのそんな勉強は十分にしていたアクアだったが、想像と実戦では伝わる衝撃はケタが違った。

「グオォォ!!」

アオアシラの重く堅い棍棒のような腕が振るわれ、アクアの腹部に痛恨の一撃が叩き込まれる。

「うっ……げほっ!!!」

五メートルは吹き飛ばされただろうか。
アクアは気を失いそうな痛みを何とか堪えていた。
この場面で意識を失うことは命を失うことと同意義だ。

「ど、どこに……」


まずは見失ったアオアシラの位置を掴まなくては、とアクアはかすむ視界で必死に辺りを探した。

しかし一向に見当たらない。

「よかった……逃げたのかな」

ホッと胸を撫で下ろそうとしたその時、ズシリ…と真横で足音が聞こえた。

背筋が冷水を浴びたように冷たくなる。

「っ……!」

急いでその場から跳んで避けるのと、元の場所に太い腕が振り下ろされたのはほぼ同時だった。

「こっそり忍び寄るなんて……何て嫌なクマ!」

そう悪態をつきながら状態を整える。
痛みは動けるまでには回復していた。

「ここからは反撃ですよ!」

太刀を構えながらそう言うと、不意にアオアシラと目が合った。

「……っ!?」

その瞬間、異変が起こった。
自分の体が芯から氷のように冷たくなって、意識が沈んでいくような感覚が襲い掛かったのだ。

「何なの……これ……」

次第に視界が暗くなるのを感じ……やがてアクアは意識を手放した。



     



「ん……え……?」


アクアの意識が戻った時、初めに視界が捉えたのは目の前で倒れていたアオアシラだった。
あちこちを切り裂かれており、激しい攻撃を受けたのだろうとアクアは、ぼんやりとした頭で考える。

「一体誰が……」

そして、次第にハッキリとしていく意識の中で驚愕の事実に気付く。

「嘘……嘘……!? 何で……こんな……!!」

恐怖で体の震えが止まらなくなる。


「私が……やったの!?」



自分の手には血まみれの太刀が握られていたのだ。






その後どうやって村に帰ったのか覚えていない。
気が付くと自分の部屋のベッドに眠っていた。

赤黒い染みがベッタリと付いた装備のままで。

(夢じゃ……ないんだ)

着替えて外に出てみると、期待の新人ハンターだという自分の噂が村中に広まっていた。


その後も意識の途切れてる内に討伐が完了しているという異常な出来事は続いたが、いち早くハンターランクを上げたかったアクアは一人でクエストを受託し続け、駆け上がるように上位へと進んでいった。

クエストの中、気が付いたら血だらけになってることにも、もはや動じない。
彼女の頭はとっくに麻痺してしまっていた。



     



この話をハンマーは黙って聞いていた。

ここまで一気に話したアクアは水をコクリと一口含んで、続きを話り始める。

「上位になって少しした時、初めて他人と一緒に狩りに行ったんです―――」


アクアは狩りをしている時の記憶が無いのが怖く、他のハンターを避けていた。
しかしある日、アクアの名声を聞き付けた猟団が協力を依頼してきたのだ。

「ギルドからも指令が出ていて、引き受けざるを得ませんでした……」

仕方なく協力したアクアだったが、狩猟が終わってアクアが見たものは無惨に事切れたモンスターと傷だらけで呻く猟団のハンター達の姿だったのだ。

「私はハンターを……人を殺しかけたんです!」

幸いにも全員が軽傷で済んだこともあり、その猟団長は『二度と関わらないでくれ』という条件で事を穏便に納めてくれた。

「その時に言われたんです……『お前には化物が住んでる』って」

「酷い……。でも、今も意識が飛んじゃうんだよね?」

もしそうなら、先程もアクアに斬りかかられる可能性もあったのだろうか?

「はい……でも私もその後、必死に衝動を抑える訓練をしたんです! 今は突然襲われたり、武器を持ってモンスターが近づかなければ正気を保てます。……人も、襲いません」

「………一人でよく頑張ったね」

「そんなこと……ないです」

話終えたアクアは唐突に席を立ち、ハンマーに頭を下げた。

「……話を聞いてくれてありがとごさいました……私、村を出ます。 私と居ても危ないだけですから……」

「ちょっと待ってよ!」

そのまま走り去ろうとするアクアの腕をハンマーが掴んだ。

「離してください! これ以上迷惑はかけれません!」

「何言ってんのさ! アクアはこれから私の家で生活するんでしょ?」

アクアはキッとハンマーを睨むと、声を荒げた。

「どうしてあなたは私を避けないんですか!? 普通ならこんな不気味な人間、すぐに突き放しますよ!?」

それに対してハンマーはケロッとした顔で答えた。

「残念だけど、私はそんじょそこらのハンターとは育ちが違うからね。敵討ちや、アクアの不思議にも興味津々なの。 あとさ、私達もう友達じゃん? 困ってる友達は見捨てられないよ」

ハンマーが真っ直ぐな目で笑いかける。

そんな視線に耐えきれず、アクアはフイッと目を逸らしながら、

「……本当に……本当にいいんですか?」

消えるような声で、そう聞いた。

「二度は言わないよ? もちろんだって!」

アクアが再びハンマーを見ると、その目は変わらず、優しくアクアの目を見つめていた。

「………っ」

アクアの眼から不意に涙が溢れる。

噂は否が応でも広がり、村では恐れられて誰もが彼女から目を逸らした。
守ってくれる両親もすでにいない。
目的のモンスターも見つけられず、何も信じられなくなったアクアは、逃げるようにポッケ村へと移ってきたのだった。

そんな自分に再び居場所が出来た。

今までの悲しみは、彼女の眩しい笑顔に全て消し飛ばされた。

「改めてよろしくね? アクア」

ハンマーはそう言ってアクアの頭を撫でた。

「ハンマーさん……」

(『悲しい』以外でも泣けるんだ……)


アクアは、生まれて始めての嬉し泣きをした。


ハンマーはアクアが泣き止むまで頭を撫で続けた。


   
    



酒場での出来事の後、二人は家に帰ってきていた。

「またここに帰ってこれるなんて……」

アクアがまだ少し赤い目を綻ばせていると、ハンマーは呆れたように肩をすくめる。

「んな大袈裟な……てかもうアクアの家でもあるんだからさ。好きに使ってよ?」

「えっ、いきなりそんなこと言われても……こ、困りますよ」

「ま、そのうち慣れるさ。 さ、酔い冷ましにお茶でも飲もうよ。まだ聞きたいこと沢山あるしね」

「私も手伝います!」

ハンマーはアイルー達にお茶を淹れるように頼み、アクアはキッチンに椅子を二人分用意した。

「これからは二人で住むんだから、色々と準備しないとね。まぁ大体の物は揃ってるんだけど」

アイルーが淹れてくれた雪山草のお茶を啜りながらハンマーが呟く。

酒場でかなりの時間を過ごした為、薄暗い部屋の窓からはすでに明るい月の光が差し込んでいる。

「そういえばこの家、ハンマーさん一人しか住んでない割りには随分と大きいですよね」

ふと思いついたようにアクアが尋ねた。
他の家が一階しかないのに対し、彼女の家は二階建てで大きさも二倍はある造りだったので、疑問に思っていたのだ。

「あぁ、ここは昔とある猟団の宿舎だったんだよ。大分古くなってたのを私が安く引き取って、改築したんだ」

「この大きな建物をですか!? すごい、ハンマーさん大工も出来るんですね!」

「トンカチがあれば何でも作れるよ。匠と呼んでもいいよ! むしろ呼んで」

「いえ……それはちょっと」

「………」


ハンマーの自慢話が終わったところで、会話は酒場での話題に戻った。

「そういえばさ、アクアの話で気になるとこがあるんだよね」

「どの辺でしょうか?」

「アクアの探してたモンスターってユクモ地方じゃ見つからなかったんだよね?」

「はい……私も手を尽くして探したんですが見つからず終いで。もともと幼い頃の記憶なので外見も曖昧ですし……」

「幼い頃……か。思い出させて悪いんだけど、その時の話を聞いてもいい? 何か分かることがあるかもしれないから」

「構いませんよ」

アクアは湯気の立つ湯呑を両手で押さえながら、話し始めた。



「あれは嵐の酷い夜でした………」






◆◇◆◇◆◆◇◆◇◆◆◇◆◇◆





――いいかいアクア、絶対に外へ出て来てはいけないよ。
――すぐに戻るから心配しないで待ってなさいね。

「うん! きをつけてね!」

十数年前、アクアはいつものように両親を見送った。
アクアの両親はハンターで、狩りの依頼を受けながら生活をしていたので、朝でも夜でも依頼が入れば二人はすぐに出掛けていた。
なのでアクアはいつもの事だと二人を見送ったのだ。


一人、夜の家の中には激しい雷が鳴り響く。

「すごい嵐……おとうさんたち、だいじょうぶかなぁ……」

留守番には慣れていたアクアだったがやはりまだ幼く、嵐の激しい物音に怯え、寝付くことも出来ずに不安になりながら両親の帰りを待っていた。

彼女の一家はユクモ村から少し離れたところに住んでおり、辺りには誰もいない。

しかし嵐は収まるどころか更に勢いを増していった。


数時間が過ぎただろうか。
いつまで待っても両親は帰って来ない。

待っている時間が永遠にも感じられた。

「家がこわれそう………」

叩きつけるような雨と狂ったような暴風がアクアの家を襲う。

「おかあさん……おとうさん……こわいよ……」

その瞬間、猛烈な雷音が鳴り響いた。

「ひぃ……っ!?」

そして雷音の中、耳をつんざくような咆哮と人の悲鳴が聞こえたような気がしたのだ。









本当に不安で不安で仕方なかった。





その音がそれに歯車をかけた。




だから






「おかあさん!? おとうさん!?」








少女は咄嗟に家のドアを開けてしまった。










月明かりもない真っ暗な闇。激しい風と雨を浴びながらもアクアは両親を探した。


するとカッ! と光がまたたき、辺りが一瞬照らされたのだ。


「あ……………」



その瞬間アクアが見たものは、翼を持った巨大な生物と、血まみれで倒れる母を守るように戦う、ボロボロになった父の姿だった。


「おとうさ……!?」

駆け寄ろうとした時、巨大な生物と眼が合った気がした。



――そこでアクアの記憶はプツリと途切れた。




◆◇◆◇◆◆◇◆◇◆◆◇◆◇◆



「眼を覚ましたら、村長に保護されていました」

慌てて村長にモンスターと両親の話をすると、モンスターは去った後で両親はもう手遅れだったと、村長は悲しい顔で伝え、アクアを強く抱き締めた。

その後アクアは村長の家に住み、手伝いをしながら暮らし始めた。

しかし、幼かったアクアの心に出来た傷は癒えず、何も出来なかった自分を強く責め、ハンターになってあのモンスターを倒すと誓うことで、密かに鍛錬を積むことで心の傷を必死に押さえていたのだった。

「……以上が私が体験した出来事です」


「ありがとう……ごめんね。辛いこと思い出させて」

「いいんです。もう気持ちにけじめは付けましたから」


「でも収穫はあったかも。私、そいつに心当たりがあるかもしれない」

ハンマーがニッと笑う。

「本当ですか!?」

アクアの顔に驚きが浮かぶ。

「激しい嵐を呼び、翼をもった巨大なモンスター……『風翔龍 クシャルダオラ』」

「クシャルダオラ……?」

初めて聞く名前だった。

「そう。『古龍』って呼ばれてる生物」

「古龍………」

古龍とは、生物学的な分類が出来ない生物の総称で、特殊な力を持つ謎の多い生き物である。ただそこに『いる』だけで天災となり、ギルドでは今でも研究が続けられている対象である。

「こっちの地方には様々な古龍種が目撃されているんだ。その内の一匹、クシャルダオラは嵐を引き連れてくる力がある」

「嵐を引き連れて……あの時も嵐だった……もっと教えてください!」

「体は鋼の甲殻と大きな翼を持ち、風の鎧を纏っていることから、『鋼龍』や『風翔龍』とも呼ばれているよ」

「………私の記憶にあるモンスターと共通点があります! 確かに風を纏ってた気がします……でもやはり、見ててみないとなんとも言えないですね……」

「見て……あ! そういえば絵があったかも!」

ハンマーは思い出したように顔を上げた。
ー異変の兆しー


「ホントですか!? 是非見せてください!」

「よっしゃ、ちょっと待ってて!」

勢いよく席を立つとハンマーは二階へと駆け上がって行った。その後しばらく激しい物音が二階から響き、(何故か)埃まみれになったハンマーが一枚の額縁を持ってきてくれた。

「ごほっ…お待たせ。これが『クシャルダオラ』だ」

「これ……っ! ハンマーさん、間違い無いです! こいつがお父さん達を…………!」

絵を見るなり、アクアは目を見張って声を上げた。

「……やっぱりか。でもね、クシャルダオラを含めた古龍の目撃例ってのはかなり稀なんだよ。敵(かたき)を打つにしても、しばらくは情報待ちになると思う」

「そんな……。せっかく正体が分かったのに……」

アクアの目に焦燥が色濃く浮かぶ。

「でもね、せっかく情報が入ってもHRが高くないと古龍のクエストは受けれないんだ。だから暫くはHR上げを兼ねてこっちの環境に体を慣らしていこうよ」

どんなに実力があろうと今のアクアのHRは1。
これではまともなクエストに行けない……HR上げは重要な問題だった。

「確かに……そうですよね」

ハンマーの説得にアクアは次第に落ち着きを取り戻していくのが分かった。
いい子だな……とハンマーは心で呟き、今後の話を切り出した。

「焦るのは一番よくない結果を招くからね……あと、アクアにはアクアの中にある『力』の制御がもっと必要だと思うから、それもやっていこう」

「確かに……やっぱりハンマーさんに危険がある以上は1人で……」

「まーたそうやって。私はこれでもG級ハンターなんだから! ドンと恋っ!って感じ!」

「なんか変換……違ってません?」

それからアクアは毎日ハンマーとHR上げと『力』のコントロールを兼ねてクエストをこなし続けた。

もちろん、初めは上手くいかなかった――



□砂漠

「アクア! アクア!!」


「………っ!!!」

ハンマーの呼び掛けも効果無く、アクアはダイミョウザザミに特攻を仕掛ける。

(確かに凄い強さだけど、こんなに無鉄砲に突っ込むだけじゃいずれ危険になる……体の負担も大きいし、早く何とかしないと……)

「あ、そだ」

そして閃いた。


「アクア! ごめん!」



ハンマーは自分の愛鎚を天高く振り上げていた。



ガッツン!



鈍い音と共にハンマーの一撃(弱)がアクアの頭部に炸裂した。



「いったぁぁぁぁぁぁ!?」



頭に巨大なたんこぶを作ったアクアが目に涙を浮かべながらギッ!とハンマーを睨む。

「何するんですか!? 一歩間違えたら死んで………あ、私また……」

「眼が覚めた? ショックにはショックってね! 意識飛んだら私がハンマーで起こしてあ・げ・る」

「うぅ……ショックの意味が違うような気が……でもお願いします!」

「よし、任された。じゃあもっかい頑張ろう!」

「はい!」







「………」


「おーいアクア?」


「………」


「………」


ガツン。


「~~~~っ!? 星がっ! 星がぁ!」



「体で覚えるんだ!!」


「やっぱり急になんて無理ですって!!」





……そして1ヶ月後




ー酒場ー


「あの時は地獄でしたね…………」

アクアがげんなりとした表情でぼやいた。

「よく頭の形が変わりませんでしたよ……」

「ま、まぁそのお陰で今があるんだから!」

ハンマーは飲み物を差し出しながら明るくごまかす。

現在のアクアのHRは6。G級の一歩手前まで上がっていた。

「永久に記憶を失いそうになったりもしましたけどね……」

「あぁ……あの時はちょっとヤバかったね」

しかし特訓の成果はそれに見合う以上にあり、アクアは狩りの最中に意識を失わず、さらに高い身体能力を維持出来るまでに成長していた。

意識が保てるようになったお陰でハンマーとの連携も取れるようになり、連鎖的にクエスト達成のスピードも上がって、僅か1ヶ月という早さで上位の最高ランクにまで登り詰めたのである。

ハンマーの力を借りながらだが、今度はちゃんと『自分』の意思と力で。
アクアはそれがどうしようもなく嬉しかった。

「後はシェンガレオンを倒せば、晴れてG級の仲間入りですね!」

シェンガレオン……超特大の甲殻種で砦などを襲う危険生物。
倒せば莫大な功績を上げることができ、それがG級へと昇格するための条件の一つである。

「そうだね! サクッとやっちゃおうか!」

「簡単に言わないで下さいよ。第一いつ来るかも……」

「ごめんなさい、ちょっといいかしら~」

二人の会話を遮る形でギルドマネージャーが話しかけてきた。
どうやら急用のようである。

「ギルドマネージャーじゃん。どうしたの?」

「実はね~、各地で通常種よりかなり凶暴性の高いモンスター達が出始めたの~。被害は甚大。ギルドのハンターが各地に駆けつけてるわ。あなた達にも協力して欲しいのよ~」

「ええっ!」

「……一体どういうこと?」

急な知らせに二人にも緊張が走る。
しかし当のギルドマネージャーも困ったような顔で頬杖をついた。

「それがまだよく分かってないのよ~。ただ重傷を負ったり帰って来ないハンターが多いから十分に気を付けてね~」

「わかった! すぐに準備するよ。行こうアクア!」

「はい!」

「あ、後ね~興味深い話を聞いたの」

立ち上がった二人にギルドマネージャーが再び声をかけた。

「何ですか?」

「凶暴化したモンスターの種類は飛竜種や甲殻種、牙獣種と様々だけど~、それらのモンスターの目撃地にわずかだけど古龍の反応もあるらしいの」

『!?』



話はそれで終わったが、二人の中では『古龍』という言葉がぐるぐると渦巻いていた。




ー雪山ー

「やっぱり凍土とは大分気候が違いますね」

「ま、山の天気は変わりやすいっていうからね」

二人はギルドマネージャーから受けたクエストで雪山に来ていた。

「しかし……相手は『フルフル』ですか」

フルフルとは雪山など寒い環境に住む飛竜で、洞窟を好んで棲んでいる。
光の無い場所で生活している為、嗅覚が発達しており、代わりに眼が退化して無くなっている。
それに加え、伸縮性のある首や、ほぼ口だけの頭という不気味な風貌をしているために、気味悪がるハンターは多い。

アクアもそれに漏れず、凄く嫌そうな顔を浮かべてため息をつく。

「ま、確かに不気味だよね。でもそっちにも似たような奴がいるんでないの?」

「こっちにも『ギギネブラ』がいますが……まだ眼みたいなのがありますからね。フルフルに比べたら可愛い気があるってもんです」

「でも頭が二個あるように見えるし、上からでかい口で吸い付いてくるんだったよね? 私はそっちのが嫌だけどなぁ……」

そんな二匹が一部の女性に高い人気を博しているという事を知り、二人が衝撃を受けるのはまだ先のことである。

「まぁ、我が儘も言ってられませんからね。嫌な敵はすぐに倒しちゃうに限ります」

「だね。寒いし、早く帰って暖かいものでも食べよっか」

そう話しながら進んでいくと、フルフルが棲んでいるであろう洞窟へと辿り着いた。

「……ギルマネの話からすると、普通の奴より相当手強いと考えた方がよさそうだね」

「そうですね……。引き締めていきましょう」

無駄話はピタリと止み、二人の眼はすでに狩人の眼になっている。

「………確実に何かいるね」

「その様ですね……」

二人は警戒しながら、松明がなければ先の見えない洞窟の奥を散策したが、生き物一匹見当たらない。
洞窟は確かに異常を物語っていた。

「でもフルフルの気配もありませんね……」

「仕方ない、場所を変えて……しっ!」

ハンマーが何かを察知する。

「………来ますね」

「うん……」

暗い洞窟の壁を伝って歩く音、近付いて来る息づかいが聞こえてくる。しかし薄暗い洞窟ではその姿を見つけることが出来ない。

段々と近付いてくる音に二人が集中して構えていると、不意に音がピタリと止んだ。


「………」

「………」

辺りには不自然な程の静寂が漂っている。





パラッ……

と氷柱の欠片がハンマーの頭に当たった。

「!」

ハンマーがハッと真上を見上げて松明をかざす。

「アクア、上だ! ……えっ!?」

「そんな―――っ!!?」


頭上に張り付く不気味な影が松明の明かりに照らされる。
そこには今まで見たこと無いような巨大なフルフルがいた。
まだ見たことは無かったが、いわゆる金冠サイズで間違い無かっただろう。

「「ギャオオオオォォォ!!!!」」


「――――っ!」
「――――っ!」

高級耳栓を軽く貫通するほどの咆哮を上げた『そいつ』は地響きを起こしながら地面へと降り立った。

「流石に規格外過ぎるでしょこれ……!」

「嘘……こんなの見たこと無い……」

バチバチっ! という音と共に口に電気を溜め込んだ『そいつ』は咆哮で固まっている二人に向かって、8方向にも分かれる強烈な雷撃を吐き出した。

「やばい! 避けて!」

「……くっ!」

二人は電撃避けながら、もう一度『そいつ』を確認した。

「グルルルル……」
「グルルルル……」


「……こいつはアクアの好きそうなフルフルだねぇ」

「……そのようで」

見間違いではない。

そのフルフルには確かに首が『二つ』付いていたのだった。





     





「「ギャオオオオォォ!!」」

「ぐっ……!」
「うぁ……!」

二匹が同時に仕掛けるバインドボイスは凶悪な威力を誇り、食らった二人は完全に硬直させられていた。

そんな二人に向かい、フルフルは再び口に白い光を溜め始め、そして放つ。

強烈な咆哮を喰らった二人は、向かってくる電撃を前に動けないでいた。

(まずい! 早く避けないと!)

ハンマーは必死に体を動かそうとしたが、体は動こうとしない。

これまでか…… そう思った時、上から降ってきた氷塊が上手い具合に体に当たり、そのショックで体の自由が戻った。

「アクアァ!」

「ハンマーさん!!?」

ハンマーはまだ動けないアクアを大鎚でかちあげると、自分も電撃の回避を試みた。

しかし、

「うっ……くそ!」

僅かに遅く、電撃がハンマーの足をかすめる。
ダメージは軽かったが高密度の電撃に足が麻痺を起こして地面に倒れ込んでしまった。

フルフルが体を低くさせ、飛びかかりのモーションを取る。

「………っ!」

ハンマーはまだ痺れる足を引きずって回避を試みるが明らかに間に合わない。

あの巨体でのボディプレス……喰らったらひとたまりもないだろう。



死の気配が近くまで忍び寄ったその時。




「だぁぁぁぁ!」

アクアが無我夢中でフルフルに斬撃を加えた。

「「ギャオォ!!」」

急所を捉えた攻撃にフルフルの注意がこちらに向く。
その隙に、何とか痺れの取れたハンマーは体制を立て直した。

「ありがとうアクア! 咆哮とブレスのコンボは思った以上に厄介だ……奴の正面には立たないように立ち回ろう!」


「了解です!」

しかし、こんなモンスターとの戦闘経験がない二人は苦戦を強いられた。

フルフルの頭を叩く方法は熟知していたハンマーだったが、頭が2つとなると大分勝手が違うようで、頭に上手く攻撃出来ずにいた。

「アクア! フルフルは足が脆い! 二人で集中攻撃して転倒を狙うよ!」

「はい!」

二人は転倒を狙って足元を攻撃し始めたが、フルフルもそれを察知して攻撃を激化させる。

片方が叫んで動きを止め、もう片方が攻撃をする。

そんな極悪コンボを二人は紙一重でかわしていく。

すると遂にフルフルの足が限界を迎え、体を地面に打ち付けた。

「今だ!」
「今です!」

掛け声と共にハンマーはフルフルのくねらせる頭二つを、驚異的な破壊力を持つハンマーで殴り付け、アクアは戦闘中に練った気を爆発的な攻撃力に変え、斬撃の嵐をフルフルに見舞った。
太刀使いだけが使える大技『気刃切り』である。
アクアの剣技はユクモ流なので最後に巨大な円を描く『気刃大回転切り』を加えて放った。

「私らのターンはまだ終わらないよ!」

そしてフルフルが起き上がろうとした瞬間にハンマーが上手くスタン(気絶)を取り、スタンが解けたら即座にアクアが落とし穴を展開させて落とす。

見物人がいたら見惚れてしまいそうな程の流れるような連携が決まっていた。

が、フルフルも異常な程のタフさを発揮していた。
通常の個体ならとっくに倒れているダメージを負いながらも力強い抵抗を続けていた。

「どんだけタフなんだよ!」

「ハンマーさん! もうひと頑張りです!」

アクアがすかさず声をかける。
二人が狩りを共にして一月以上。お互いが集中を切らさないよう働きかける、理想の連携が生まれていた。

「オッケー! でもこっちも限界が近い。気合いで持ちこたえるよ!」

「はい! 全力で畳み掛けましょう!」

ハンマーとアクアはそれを合図に全力の猛攻を繰り広げた。

そして、



「「ギャォォォ…………」」

洞窟に響く断末魔と共に、ズシン! と音を立てて巨体が氷の床に沈む。


「……ふぅ」

「何とかやりましたね……」

二人は同時にペタリと座り込んで、掴み取った勝利を喜んだ。

「さ! 剥ぎ取りを始めましょう!」

「そうだね!」


狩人の一番の楽しみ、剥ぎ取りタイム。

もしかしたら新素材が手に入るかもしれません! とアクア達は張り切って剥ぎ取りを始めた。


「ハンマーさん! これは一体……?」

しかし……期待は予想外の出来事に塗りつぶされた。



「嘘……。これは……ありえないでしょ」



アルビノエキスを取ろうとしたアクアが、驚愕の表情でハンマーに見せたもの。

それは熟練ハンターでも手に入るか分からない貴重なものだった。
並みのハンターなら教科書でしか見ることが出来ずに生涯を終えてもおかしくない代物。

本来なら飛び上がって喜んでもおかしくはないのだが……。


「……これは早くギルドに報告しないとね」






『飛竜』フルフルから取れたもの。
それは『古龍』の血であった。
-鋼龍の影-



人間や竜の血とも違う不思議な色をした液体
――『古龍の血』

二人はそれを持って雪山を後にした。


ーギルドー

二首のフルフルから取れた『古龍の血』をギルドへ持ち帰った二人は、ギルドマネージャーに呼び出されていた。

「こんちわ―」
「失礼します」

「いらっしゃい~。こっちに座って~」

ギルドマネージャーは部屋にやって来た二人をのんびりとした口調で迎えた。
しかし顔は至って真面目なので、素でこんな口調なのだろう。

「それで……話って何でしょうか?」

「あのフルフルのことで何か分かったの?」

そんなに急かさないで~、と言いながら彼女は二人にお茶を出し、お茶を一啜りしてから本題に入った。

「実はあなた達が戦ったフルフルのように突然変異したモンスターの目撃情報が各地から来ているのよ~。討伐したハンター達によると、その全てのモンスター達から『古龍の血』らしきものが取れたそうよ~」

「!?」

危なく吹き出すところだ。
お茶なんか飲んでられないほどの緊急情報だった。

「じゃあこの前言ってた『狂暴化したモンスター』ってのは全部あんな奴等だってことか……」

あの強さはG級にも引けを取らなかった。
多くのハンターが返り討ちにあったのも納得できる。

「では『古龍の反応』っていうのは変化したモンスターの血から出ていたってことなんですかね?」

「多分そうだと思うわ。だから古龍観測所ではそれらのモンスターのことを『古龍化』したと呼んでいるの。古龍の血が取れるんですもの~。確かにもう古龍よね~」

「んん……クシャルダオラ探してる時になんて紛らわしい……」

「確かに……」

あ、それなんだけど~ とギルドマネージャーが付け足すように口を開いた。

「古龍といえば、最近クシャルダオラの目撃が増えてきていの~」

「クシャルダオラの!?」
「クシャルダオラのですか!?」

二人はその言葉に激しく反応した。

「でもその場所がねぇ~……通常の個体よりも広い範囲で目撃されてるのよ~」

「広い範囲で?」

ハンマーが眉をひそめる。

「普通のクシャルダオラなら雪山とか砂漠で、珍しくても密林でしょう~? なのに今回は沼地や樹海、森丘でも目撃されちゃってるのよね~」

「それは確かに広すぎるな……」

ハンマーは何か考えるように首を捻る。

「クシャルダオラが今どの辺にいるかは分かってるの?」

「まだ分からないわ~。今回は異例の行動範囲の広さでしょ?流石の観測所でも追いきれてないの~」

「……あのさ、ちょっと頼みたいことがあるんだけど」

ハンマーが思い立ったように話しかけた。

「何かしら~?」

「『古龍化』したモンスターの出現地域を確認できるだけ全部教えて欲しいんだ」

「ん~あなたの頼みだしね。企業秘密だけどいいわ~」

ハンマーはギルドマネージャーから出現情報を細かく教えてもらうと、しばらく考察し、やっぱり…… と呟いた。

「古龍化したモンスターの目撃場所は、雪山や砂漠を始めとして徐々に沼地や森丘にも広がってる。これはクシャルダオラの目撃情報と一致してるんだ」

だから とハンマーが続ける。

「理由は分からないけど、クシャルダオラの出現はモンスターの古龍化に関係してると見て、間違いないんじゃないかな」

「クシャルダオラが古龍化の原因……!?」

アクアは驚きを顔に浮かべながら、ハンマーの話に聞き入る。

「そしてこの考えが当たってるなら、次にクシャルダオラが向かう場所には見当がつく」

「本当ですか!?」
「え~本当~?」

アクア達が驚いた声を上げる。
ギルドでも把握出来ていないことだけに期待が高まる。

「うん。この二つとクシャの移動法則を関連付けたら簡単なことさ。古龍化したモンスターもクシャルダオラも、まだ火山では目撃されていないんだよ。だからクシャルダオラは近い内に火山に『何か』をしに行く可能性は十分にあると思う」

「なるほど~観測所にも話を伝えて来るわね~」

そう言って、ギルドマネージャーは(やや)駆け足で出ていった。

「……ハンマーさん!」

アクアが強い声でハンマーの名を呼ぶ。

「分かってるよ、アクア。じゃあ準備しようか! 火山での対決に向けて!」

「はい!」

二人はそう言うと勢い良く立ち上がった。


          


夜、火山へと向かう準備を終えた二人は明日に備えて早めの就寝をしていた。

「ふぁぁ………ん?」

深夜、ハンマーがふと眼を覚ますと、隣のベッドにアクアが居ないことに気が付いた。

(こんな時間にどこへ……?)

心配になり彼女を探すと、彼女は2階のベランダにいた。

「アクア、どうしたの? 風邪引くよ?」

「わ!? ハンマーさん……」

ビクリと振り返ったアクアが暗く思い詰めた顔をしていることに気付き、ハンマーの頭は一瞬で目を覚ました。

「一体どうしたの? こんな時間に……」

「ちょっと考えてしまうことがあって……」

アクアの声はとてもか細く、今にも消えてしまうのではないかと思うくらいに掠れていた。



「……ハンマーさん、ギルドでクシャルダオラがモンスターを凶暴化……古龍化させてるって言いましたよね?」

「……まだ推測だけどね」

「私も……そうなんでしょうか?」

「!」

そう言った彼女の肩は暗い中でもはっきりと分かるほど震えていた。



その可能性は確かに、ある。





「もしあの時のクシャルダオラが今回の奴なら……私の中にも古龍の血が入ってしまってるんでしょうか!? そうだったら私は………!」

「アクア!」

「!?」

ハンマーがアクアの肩を抑えるように抱き締めて力強く叫んだ。

「心配しない! アクアには体に異変は無いんだから! ……もし仮にそうだったとしても、影響は薄いんだ。それにアクアはもう自分の力を抑えられるじゃん!」

「でも元凶のクシャルダオラに会ったらまた………」

「私はアクアのことを信じてる。それに本当にクシャルダオラが原因だったら、そいつをぶっ倒せばアクアも元に戻るかもしれない! 一石二鳥じゃんか!」

もう一人じゃないんだから、一人で考え込まないでよ……、とハンマーはアクアを優しく撫でた。

「ハンマーさん……ごめんなさい。私また下向きに考えて……痛っ!?」

俯こうとしたところを思いっきり叩かれた。

「さあさあ! 明日はもう出発なんだから弱気になってる暇は無いよ? もし影響を受けたとしても、また今みたいに叩いてあげるからね~」

ニッと(物騒なことを言って)笑いかけるハンマーにアクアもつられて笑ってしまった。

「ふふ……ちゃんと手加減してくださいね?」

やわらかい月の光が応援するかのように、二人を優しく照らしていた。



     


早朝、日がまだ昇りきらない内に二人は家を出ていた。
火山へのは道は遠く、ネコタクを使ってもかなりの時間が掛かってしまう。

ハンマーがネコタクの予約をギルドに申し込んだのだが、『古龍化』モンスターの討伐に多くのハンター達がネコタクを使っていたので、こんな早朝のネコタクしか残っていなかったのだ。

しかし他にも理由があった為、それはむしろ好都合といえた。

「いやぁ~……早朝はやっぱ……眠いねぇ……」

ハンマーが眼をショボショボさせて言う。

「昨日の元気はどこ行ったんですか……。全く! 『今更眠気なんかに負けられるか―!』ってトランプなんか始めるからですよ! ……ふぁ……私も少し眠いです……」

「あはは、アクアったらだらしないねぇ! それでも女の子?」

「どの口が言ってるんですか!?」


「おやおや、こんな朝早くから元気にどこへ行くんだい?」

「!?」

二人が村の出口に差し掛かった時、不意に横から声をかけられた。

慌ててその方向に視線を飛ばすと、なんと村長がいつもの場所で焚き火に当たっていたのだ。

「あちゃ……村長……また今日もお早いんだから」

「お……お早うございます……村長」

村長はにっこりと笑い掛けながら(ただし目は笑ってない)、「待っていたよ」とやわらかな声で言った。

「火山へ風翔龍を討伐しにいくそうだねぇ」

「やっぱり知ってたか……」

「村長さん、耳が早いですよ……」

「わたしゃ、これでも村長だからね」

しわだらけの顔を更にくしゃくしゃにして村長は得意げに笑った。

今までは様子の違うクシャルダオラだから、多数のハンターで迎え撃とう、という提案があったのだが、もし相手がそれに気付き、逃げられてしまうと今度こそ場所の特定が困難になってしまうとハンマーが提案し、わずか二人という少数精鋭で討伐に向かうことをギルドに納得させていたのだ。

――アクアもケリは自分でつけたいでしょ? ……それにもし暴走しても私だけなら平気だしさ!

と本当の理由を教えてくれたハンマーに感謝したのは、昨日の夜のことである。

――だから二人は村の人達に心配を掛けないように、ギルドだけに話を通して討伐に向かうつもりでいたのだ。

「私が代表して見送らせてもらうよ。なぁに、あんた達はこの村の自慢のハンターだからね、安心して見送れるよ」

「村長さん……」

「へへっ、こりゃあ頑張らないとね!」

そして村長は「そうそう」 とアクアの方を向き、そばに置いてあった小包を差し出した。

「村長さん、これは?」

アクアが不思議そうに受け取った小包を見つめる。

「これはユクモの村長からあんたに渡してくれ と届いた物だよ」

「ユクモの村長から!?」

思わず小包を落としそうになる。

「とりあえず開けて御覧よ」

「は……はい」

村長に促され、小包を開けるアクア。

「これは………!」

小包に入っていたのは綺麗に磨かれた一振りの小太刀だった。

「お……お父さんの武器!? 無くなったと思ってたのに……どうしてこれが?」

アクアは形見の小太刀を見つめた。
今ならこの武器の価値が分かる。
片手剣の中でも最高クラスの武器――小太刀【砂凪】。


「ユクモの村長がボロボロになったそれを発見して、加工屋に頼んで鍛え直してもらったんだとさ。でもその武器は特殊だからね。直すのに今まで掛かってしまったと言っていたよ」

「村長が……そんなことを……」

小太刀【砂凪】には『龍属性』という特殊な属性が宿っている。

『龍属性』は『火』、『水』、『雷』、『氷』の4属性や、毒や麻痺などの状態異常の属性と違い、加工屋の手では容易に付加出来ない未知の属性である。

古龍や一部の飛竜が苦手とする成分を含んでいるらしく、主に地中から発掘された太古の武器に宿っていることが多い。ギルドでは古龍と共に大きな研究対象になっている。

「……私が村を出るとき、唯一止めてくれたのが村長でした。でもあの時の私は村長のことも信じられなくなってて……あんなに冷たく振り切って来たっていうのに……」

アクアの頬を何粒もの滴が流れる。
母親のように思っていた。でも見放されたと勝手に思っていた。
もう二度と会えないと思っていた。

でも……

「一段落着いたら、手紙でも送ろっか」

「……そうですね」

――必ず

そう誓い、アクアは父親の形見を腰に差すと、愛用の太刀を背負う。

「じゃあ行ってくるよ」

「必ず戻ってきますから」

「あぁ、待ってるよ」

二人は頭を下げ、再び足を踏み出そうとした。



――すると


「おーーい! 二人とも!」

「絶対に無事で帰ってくるんだよ!」

「あ! いつもは何かと仲の悪い加工屋のおじさんと雑貨屋のおばさん!」

「お姉さんでしょ!」
「お兄さんだろ!」

もう結婚してしまえ と思う。

それを合図のようにゾロゾロと村人が集まり、口々に激励の言葉を投げ掛けた。

「ハンマーさん! 飲み代のツケ残ってますからね!」

「アクアちゃん! 頼んだぞ!」

「ハンマーさん! 今度はドリンク間違えるなよな!」

「アクアちゃん! 手を振ってくれ! ありがとう!」

「おやおや……結局出てきてしまったのかい。全く……こういう旅立ちは静かに行うもんじゃというのに……」

ブツブツと言いながらも村長の顔は笑っている。

「皆さん……ありがとうございます!」

「パパッと片してくるからね!」

(ここにも、こんなに私の味方がいる……)

胸がギュッと熱くなる。


(にしてもアクアとの差は一体……?)


一方ハンマーは拳をギリリと握っていた。



村人全員の見送りを背に、二人は改めて火山への一歩を踏み出す。


「やばい! ネコタクの時間ギリギリだ!」

「えぇ!? とにかく走りましょうハンマーさん!」

「ちょっ!? 待ってよアクアぁ!」

「全く慌ただしい娘達じゃのぅ……」

走り出した二人を見てそう呟きながらも、焚き火に当たり直した村長の顔はニッコリとほころんでいた。


      
ー黒と金の狩人ー


ー砂漠ー

アクアとハンマーが火山へ向かう少し前のこと。

太陽が執拗に照りつける砂漠に、二つの影が並んで歩いていた。


「はぁ……。やっぱり砂漠は暑すぎるね……つらい……」

そうバテ気味に呟いたのは『全身黒ずくめ』の見るからに怪しい男。

「そんな暑苦しい『モノ』かぶってたら暑いに決まってるでしょう!?」

横にいた金髪の少女が、そんな男に鋭く突っ込んだ。

「いや……これはもう体の一部みたいな物だから……」

「うっわ……ホントみたいね」

彼の頭には真っ黒な『スカルフェイス』が装備されていた。
そんな不気味なモノから直に汗が流れているのだから訳が分からない。


男を見ながら全力で引いているザザミS装備の彼女は『シャワ(shawa)』、頭以外も全身黒づくめな男は『バルス(varus)』。2人ともハンターである。

二人は砂漠にとあるモンスターの討伐に来ていた――――




「全く……いくら報酬の為だからってこんな怪しい男と組まなきゃならないなんて……」

「まぁまぁ、そう刺々しないで」

「だったらいい加減それを外しなさいよ! 一回も素顔を見せないし……本当に不気味よそれ」

「だからそれは出来ないんだってば……」

こんな言い合いを続けている二人の出会いはつい先程、ドンドルマから少し離れた町の集会ギルドでの事だった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「えぇー! このクエストは二人以上でないと参加不可!?」

いつもよりも騒がしいギルドの中、シャワは受付嬢に猛然と詰め寄っていた。

「ごめんなさい。今回出現しているモンスターは今までに無いほど危険な可能性があるから、ギルドからの指令で二人以上でないと受注出来なくなってるのよ」

「そんなぁ……こんな報酬のいいクエスト逃したくないのにー……」

シャワがギリギリと悔しがっていると、受付嬢がある提案をしてきた。

「そういえば、さっきも同じようなハンターさんがいたわよ? その人と組んでみたらどうかしら?」

「え……」

シャワは一瞬ポカンとし、

「えぇぇ!? 他のハンターと組めって言うの!?」

露骨に嫌そうな顔をした。

「大丈夫、自信を持ちなさいよ。異例の若さと早さで上位になったのはあなただけなのよ? それに、今後の参考に一度くらいはソロ以外の狩りも経験してみないと」

シャワはまだ16になったばかり。
しかし、とある一件で年齢以上のハンターのセンスをギルドに認めさせ、上位ハンターにまで登り詰めた実力者である。

しかもシャワはソロ限定でクエストをこなしており、その評価も加えられて常人離れしたスピードでHRを6まで上げたのだ。

しかしなぜソロ限定だったのか?

「いや………ん~……でもなぁ………」

表情を曇らせてうつむく彼女。

一見強気な性格のシャワだが、実はかなりの人見知りなのだった。

受付嬢は昔からそれを知っていたので、こう続けた。


「私の勘が間違っていなかったら、あのハンターさんとならシャワさんはきっと上手くやっていけると思うわよ?」

「その根拠はどこから来るのよ……?」

「そうねぇ……私の彼氏いない歴が最短でも0年とか?」

「………シェリー」

シャワは遮るように受付嬢の名を呼んだ。

「ちょっとぉ、勤務中に名前はやめてってば」

受付嬢は匿名性やミステリアスさも売りにしているのは知っている。ちょっとした嫌がらせだ。

「で、その『ハンター』ってのはどこにいるのよ?」

これ以上彼女の自慢話を聞くのも癪だし、どうせ何を言っても会わせられるのだろうとシャワは半ばやけになってハンターの場所を訪ねた。

「あら、もう後ろにいるわよ? さっき手招きしときましたからねぇ」

シェリーはシャワの後ろに向ってにっこりと営業スマイルを浮かべていた。

「えぇ!?」

そんな! とシャワは後ろを振り向く。


「  」

驚き過ぎて声を忘れてしまった。



真っっっ黒!

そんな怪しすぎる男が立っていたのだ。

「どうも、初めまして。バルスっていいます。君が噂のシャワちゃんだね? いやぁ、僕も一人で困ってたんだよ! 良かったら一緒にブハァッ!?」

思わず殴り飛ばしてしまった。

「何この怪っしい奴!! 不審者よ! 不審者! ギルドナイトさ―――ん!」

「ちょっと、違うってば。見かけはちょっとあれだけど、ちゃんとしたハンターさんよ?」

くすくすと笑いながらシェリーが「大丈夫ですかー?」と転がっている男に駆け寄る。
あれが彼氏いない歴0年の秘訣なのかしら……?

「痛たたた……怪しまれるのは慣れてるけど、いきなり殴られたのはこれで二度目だよ……というか君も結構酷いこと言ってるからね……?」

バルスと名乗った男は(何故か)腫れ上がっているスカルフェイスを撫でながら立ち上がった。

「あ……ごめんなさい。で、でもあんたが怪しすぎるのが悪いわよ! なんで全身真っ黒なのよ!」

「いやぁ…なんでって言われてもポリシーと言うか……」

と頭を掻くバルス。

「照れるな! そんなポリシー捨ててしまいなさいよ!」

「はいはーい、二人共。混んできてるから話はクエスト中にしてくださいね。あ、準備はしといたから」

「え!? ちょっと何!? 引っ張らないでよ!」

「痛い痛い痛い! 腕はその方向には捻れないから!」

と、シェリーに無理矢理砂漠に送り込まれてしまったのだ。

    

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「全くシェリーの奴……帰ったら覚えときなさいよ。……それにしても、一体ターゲットは何処にいるのかしら? これだけ歩き回っても見当たらないなんて」

「う―ん……岩場の方にもいることがあるよね。そっちも探してみようか?」

「そうだったわね。……ええっと、岩場はどっちだったかしら?」

「太陽があそこだから……こっちだね」

バルスは太陽の位置と周りの風景を照らし合わせ、すぐに一点を指差した。

「あなた結構手慣れてるわね……どの位ハンターやってるの?」

ふと気になって訪ねてみる。

「ん―、ハンターになったのは10年位前かな?」

「おっさん!?」

少し距離を取る。

アブナイ……若そうな声に騙されるところだった。
スカルフェイスのせいで声がくぐもってるから今一声で年齢を判断出来ないのだ。

「失礼な! これでもまだ若いんだよ!?」

「だからどこが『これでも』で『まだ』なのか分からないのよ!」

時々口論を交えながら、二人は岩場を目指しながら話続けた。

「僕は旅をしながら狩りをしてるからね。あの街に来たのはつい先月なんだ」

「旅? 珍しいわね。普通なら拠点は1つに絞るのに」

「……ちょっと目的があってね」

「ふ―ん。そう言えばここらじゃ見ない装備をしてるわね」

バルスはこの大陸のものではない、ブナハ(黒く着色済み)と呼ばれる装備などを組み合わせて身につけていた。

「普通はその大陸のギルドに登録してるから管理外の場所に移動する時は装備は持ち出せないんだけどね。その辺は旅のハンターの特権かな。他にも例外はあるけどね」

「ふ―ん、そういうのも悪くないわね」

そういえば、 とシャワは思う。

(不思議ね……初めて会った人とこんなに普通に話せるなんて………)

いつもならもっとギクシャクとしてしまうのに、彼には昔からの知り合いのように気兼ねなく話せてしまう。

「ねぇバルス、もしかしてどこかで会ったことあったかしら?」

「んん? こんな可愛らしいお嬢さんに会ったら忘れないはずだけどな?」

「……セクハラで訴えるわよ?」

「ごめんなさい」

(逆に怪しすぎるから一周回っちゃったのかしら……?)

可能性は十分に高い。
しかし話していると、外見はともかく中身は案外まともだというのも分かってきた。

「まぁ食えない性格してるとは思うけどね」

ボソリと呟く。

「ん? 何か言った?」

「別に?」

そうこうしてる間に、岩場に到着した2人。

到着した岩場は周りを巨岩に囲まれた比較的涼しい地帯である。
砂漠の生物の避暑地としても機能しており、今日も涼みに来たアプケロスが並ぶように草を食んでいる。

「うーん、いないかな? ま、取りあえず一旦涼んで……」

しかしバルスが岩場に一歩足を踏み入れた瞬間、場の気配は一変した。





――――砂漠の生物は過酷な環境にいる分、テリトリーを犯す者に激しい対応を見せる。





「! 近くにいるわ!!」

シャワが咄嗟に警告する。
その後すぐに辺りが大きく揺れ始めた。

「凄い地響きだ……相当でかいな」

バルスは背負っていたランスを構え、シャワもすぐにライトボウガンへ弾を装填し始める。

すると、大きくなってきた地響きが目前でピタリと止まったのだ。

「…………?」

「足元っ!」

「……っ!?」

シャワが叫ぶと同時にバルスも跳んだ。

さっきまで自分達が居た地面が消し飛ぶ。
代わりに巨大な塔が現れたのが、砂煙の中でも確認できた。





――――そしてその範囲はその生物のレベルと確実に比例している。





「……確かにこの巨大さは一人じゃ辛そうね」

「……しかも何か多くないかい?」

「あなたにも見える? なら気のせい……じゃないようね」

二人は冷や汗を掻きながら見上げた。

「ギャオォォォォォン!!!」

砂煙の中から現れたのは、砂漠の守護神とも呼ばれる偉大な存在。

ただし通常のハンターが出会うような固体とは訳が違った。

3本角、そして灰色の巨大なディアブロスの咆哮が砂漠に響き渡った。

砂を震わせる程のバインドボイスをバルスの盾が一身に引き受ける。

「戦闘開始よ!」

「OK!」

炎天下の砂漠の中、大きな影と小さな影二つが激しく動き回る。

「デカかろうが角が多かろうがね、弱点は変わらないわよ!」

シャワが撃ち込んだ氷結弾がディアブロスの尻尾を正確に貫通する。

「おぉー、噂に違わない腕前だね」

バルスは氷属性を纏う槍を振い、ディアブロスの足を軽やかなステップで攻めながら声を漏らす。

この地方にはいない、ベリオロスという飛竜の素材で出来た槍である。

「喋る暇があったら攻撃しなさいよ!」

シャワは弾をリロードしながら怒鳴る。

「う―ん、甲殻が大分固いな……これは長期戦になりそうだ」

「ちょっと! 聞いてるの!?」

「大丈夫、その可愛い声はちゃんと聞こえてるよ!」

「――っ!? 調子狂うわね……!」

そかしいくら攻撃してもディアブロスは一向に弱る気配がなく、二人は徐々に消耗し始めていた。

「……くっ! また潜ったわ!」

「音爆弾を投げるよ!」

バルスは迫ってくる砂煙に向かって音爆弾を投げる。

苦手な高音を聞いたディアブロスはたまらず飛び出してくる……はずだったが。

「!?」

「バルス!!」

何故か音爆弾の効果は全く見られず、バルスはディアブロスの突き上げを食らい、空高く舞い上がった。

「ぐ………っ!」

盾によって辛うじて角の直撃は免れたバルスだったが、盾は弾き飛ばされ、衝撃によるダメージも大きく体の自由はほとんど効かない。

そして落下地点には……


「……串刺しがお好きなのかな?」

ディアブロスが角を構えて待ち受けていたのだ。

まさに絶命絶命である。

「……間に合って!」

シャワは急いで生命の粉塵を振りまく。

「これは……」

粉塵を纏った優しい風がバルスを包み込み、動けるくらいに回復したバルスだが、まだ空の上である。

「くっ……不味いな……」

落下しながら考えるバルス。

シャワはディアブロスの気を引こうと必死で弾を撃ち込んでいるが、角竜の狙いは一向にぶれない。

「こんなところで…………っ!」

バルスが諦めかけたその時、下から声が聞こえてきた。

――……を……っ……て!!

「ん……?」

風の音でよく聞こえない。
バルスは音を遮る風の中、必死に耳に意識を集中させた。
出会って間もないが、バルスは不思議と彼女を信頼していた。

「槍をこっちに投げて!」

「!」

ハッと手を見るとそこにはしっかりと槍が握られていた。

「あんなに激しく飛ばされたのに武器を手放さないなんてな………」

バルスは全ての力を使い、下に向かって槍を投げた。

「何を考えてるかは分からないけど……シャワちゃんを……信じるよ…」

バルスの意識はここで途絶えた。


降ってきた槍はディアブロスの近くにうまく突き刺さる。
岩場付近なのでやや固めの土なのが幸いしたようだ。

「おりゃ――!」

シャワは刺さった槍目掛けて走り、跳んだ。

シャワは槍を踏み台にしてディアブロスに飛び乗ったのである。

そして暴れる角竜の背を走りながら、シャワは落ちてくるバルスを何とか角の手前で受け止めることに成功してみせたのだ。


     


「………早く起きなさいよ!」

スカルフェイスを叩かれる衝撃でバルスはハッと意識を取り戻した。
どうやら五体満足で助けられたらしい。

「シャワちゃん……ありがとう。……ところでここはど…ゴボッ!?」

回復薬を無理矢理飲まされながらバルスは尋ねた。

それに対してシャワはやや言いにくそうに、

「ディアブロスの……上、かな」

と言って目を逸らした。

「あー道理で揺れると……ってえぇ!? ……うわっ!」

「きゃあ!」

ディアブロスは違和感を感じたのか、暴れながら走り出した。

「ちょっと! ねえ、どうしよう!?」

「僕に言われても!」

「もともとあんたを助ける為にこうなったのよ!? 音爆弾使ったからって油断するからよ!」

「怒ってもいないディアブロスに音爆弾が効かないなんて分かるはずないじゃないか!」

二人は必死にしがみつきながら言い合いを続ける。

そんな二人を乗せたディアブロスは砂漠の彼方へと走り出していった。

                         



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Author:楽太郎
モンハン好きの誰しもが自分の『世界』を持っているはず。この話はそんな世界の一部分です。
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