上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
とある山間(やまあい)の谷に湧き出た温泉を中心に築かれた村『ユクモ』。

季節によって色合いを変えるこの穏やかな山村には、「ユクモの木」と呼ばれる良質な木材が扱われており、さまざまな地へと出荷されている。
それに加えて、ギルドが運営する集会所と露天風呂をかねた大規模な入浴施設があり、その高い効能から観光地としても高い人気を博しているのだ。

「はぁ………」

そんな浴場で彼女は一人、ぷかりと温泉に浮かんでいた。
各地から特別な湯元を引いてブレンドされた湯は、その効能を示すかのように艶やかな色彩を揺らしている。
やわらかな湯煙の漂う中で、水面にゆっくりと波紋が拡がっていた。

「あ、いたいた! アクアー!」

「う……ハンマーさん」

足音と共に温泉に明快な声が響くと、アクアと呼ばれた少女は湯の中でむくりと体を起こす。

「探したんだよ? そりゃ村長に泣きながら迎えられたら逃げたくなるのも分かるけどさ……土地勘の無い私を残していくのはどうかなぁ?」

頭以外をナルガ装備で固めたウインドボブの女性――ハンマーはそう言いながらジトッと家(村)出娘を睨む。

その恨めしげな声にアクアは「……すみません。つい……」と言ってブクブクと鼻頭まで頭を湯に沈めてしまう。

「コラァッ、いい加減出てこーい!」

「…………」

そんな彼女の声にもアクアは無言のまま上目遣いで見つめ返すだけで、動こうとしない。

「アクアー? 早く私に村の案内と温泉のマナーを伝授しないと……」

ニコリとしながらゆっくり背中の大鎚を置くハンマー。その様子にアクアはゾワリと急激な不安に襲われた。

「えっ? ……ハンマーさん? ちょっ……何を!?」

「こうなるぞぉぉぉ!!」

「きゃぁぁぁぁっ!?」

ナルガもびっくりな速さで脱衣したハンマーが、脱いだそのままに温泉に飛び込んだのだ。

盛大に水飛沫が飛び散り、溢れたお湯が洗い場の桶を浴場の端まで押し流す。

「……ぷはっ! 何するんですか!?」

大量のお湯を浴びたアクアが頭を振るわせながら抗議すると、ハンマーはニヤリとして高らかに笑い始める。

「あはははは! うじうじしてるからそうなるのだー!」

「なぁっ!?」

その一言にムッとした表情を浮かべたアクアは、両手を筒状に重ね合わせ、標準を定める。

「喰らえ! ユクモ流水鉄砲!!」

その両手から発射されたお湯は、物凄い速さで直線を描き、ハンマーの額に直撃。水鉄砲にあるまじき着弾音を響かせた。

「いっっったぁ!!! 何その水圧っ!? ならこっちはポッケ式水鉄砲!」

「えぇぇ!?」

目頭に涙を浮かべながら両手を正面に突き出すハンマー。瞬間、アクアの目の前にお湯の壁が立ちはだかった。

「ぶわっ!? げほっ、げほっ! ただお湯被せただけじゃないですか!」

「勝てば、いいんだよ」

「めちゃくちゃ悪い顔してますよっ!?」

その後も二人はああだこうだ言いながら遊び散らし、お湯が半分になるまで続いたのだった。


     



「はぁ……疲れた」

ぐでーっと背中を岩場にもたれてハンマーが呟く。

「誰のせいですか誰の。てかタオル巻いてくださいよ。マナー違反ですよ? 混浴なのに」

「だって誰かさんが教えてくれないんだも……って混浴!? ちょちょ……タオルタオル!」

「更衣場にあったじゃないですか! まったくもう……」

慌てて更衣場に駆けていくハンマーを見ていたアクアであったが、不意に彼女の口から笑いがこぼれた。

「……ふふっ」

(本当に帰ってこれたんだ……ハンマーさんと一緒に)

「うーん」と足を伸ばしてアクアは、懐かしい温泉の香りに身を任せ、ゆっくり瞳を閉じる。

これからどうしようか、何をしようか……そんなことを考えながら。





この物語はアクアとハンマーがヨルヴァ達と出会う、およそ2年前の話である。




      



「うーん……のぼせたかも……」

「鍛え方が甘いんですよ!」

「こちとら雪山勤務だったんだから……しょうがないじゃん……」

これ見よがしにニヤリと言い放つアクアに、顔を蒸気させたハンマーはふらふらと言い返す。

「とりあえず一旦休憩にしましょうか。特製ドリンク飲みます?」

「うん……何かスッキリシュワッ! としたのない?」

「沢山ありますよ?」

「じゃあ何か適当なのをお願……」
「一緒に選びに行きましょう!」

「え、私は少し横に……ちょっ、引っ張んないでぇ……!」

力なく引っ張られていくハンマー。
後にも先にもアクアが主導権を握れたのはこの時だけだという。





「ぷはぁー、やっと生き返った!」

「そのボコボコーラってどんな味です?」

「ん、一口いる?」

「じゃあ私のユクモラムネもどうぞ」

二人が集会所の椅子に腰かけてドリンクを飲んでいると、入り口の方から騒がしい声が聞こえてきた。


「えー? いいじゃん、せっかくの混浴なんだよ?」

「だからなぁ! 混浴だからって必ず一緒に入らなきゃならない訳じゃねぇだろ!?」

やって来たのはアクアよりも少し年上に見える、浴衣を着た男女だ。女性は美しい白髪、男性は燃えるような赤髪をしている。

この集会浴場の階上や周囲には宿泊施設が造られており、怪我や万病に効くという効能を聞いて遠くから湯治にやって来る客やハンターは多い。

(浴衣を着ているってことは多分あの二人も……でもなにか様子がおかしいですね)

「何さ、減るもんじゃなし」

「そういう問題じゃねぇって言ってんだよ……てかまず手を離せ」

「いーやーだー」


浴衣(ご当地ギルド限定販売! 桃色アイルーダルマ(ver 1980z)の女性がニヤニヤしながら男性の腕を引っ張る。
赤髪の男性は抵抗しながら困り半分、イラつき半分にため息をつく。

アクアの感じた違和感は簡単に分かった。男は温泉に入ることを非常に嫌がっているのだ。

(あぁ……きっとインナーとタオル着用のことを知らないんですね。可哀想に思いっきりからかわれて……ん?)

アクアが不憫そうな顔をしている横で、ハンマーが二人の方を見つめながら、腕を組んで黙り込んでいたのだ。出会った頃からしていた、考え事をする時の癖だ。

「どうかしたんですか?」

「いやさ、あの子どっかで……」

ハンマーは浴衣の女性を見つめていた。

「知り合いなんですか?」

その質問にハンマーは「んー」と唸っていたが、突然表情をパッと光らせ嬉しい悲鳴を上げた。

「あぁぁ!!! やっぱりそうだ!」

ハンマーはすぐに手を振って駆け寄ると、浴衣の女性の手を取ってブンブンと振り回す。

「チョモ! チョモじゃん! 久しぶりー!」

浴衣の女性――チョモは突然の出来事に「わっわっわっ!?」と困惑していたが、ハンマーの顔を見た途端、こちらもパッと表情が輝いた。

「おぁぁー! ハマちゃんじゃん! ホント久し振り! どうしてここに? っておいコラ」

感動の再開。そんな雰囲気の中、浴衣の男はどさくさに紛れての逃亡を図ったが、ガッチリと帯を捕まれてしまい観念する。

「いやーマジで、ホントに久しぶりだね。五年ぶり位?」

「それくらいだね。へー、その様子じゃしっかりハンターやってるみたいじゃん! で、そっちの彼女は?」

ハンマーと握手を交わしていたチョモは、ハンマーの後ろで様子を伺っていたアクアに視線を向けた。
きらりと輝く白髪と笑顔が合間って思わずアクアはドキリとしてしまう。

「あっちはアクア。この村出身のハンターで、色々あって今は私の相方なんだ!」

「あ、相方ってそんな……」

面と向かってそんなことを言われると少し照れ臭くなってしまう。
そんなアクアを見てチョモはニヤニヤとしている。

「ふぅん、そかそか。ハマちゃん、ハンター以外もうまくやってるみたいだねぇ」

「いやーそれほどでも、ある」

「ハンマーさん何言ってるんですか!? てかさっきから呼ばれてるハマちゃんって……?」

アクアは突然のやり取りにすっかり困惑してしまっていた。

「ハマちゃんは単純に名前が紛らわしいから自然に」

「あぁ……納得です」

「あ、自己紹介が遅れたね。私はチョモ。んでこっちでムスッとしてるのがフレアね。二人ともギルドナイトをやってるんだ」

「ギルドナイト! 凄い……初めて見ました!」

アクアは自分の質問をサラッと躱されたことも忘れて驚いてしまう。
実質ハンターのトップが目の前にいるようなものなのだ。

「いやいや、普通のハンターが公務を嫌々こなしてるだけだから! そんな尊敬されるもんじゃないって」

そう言いながらも、にやけながら手をひらひらさせるチョモ。
まんざらでも無さそうだ。

「ん? 今フレアって言った?」

「そうだよ? こいつがフレア。あ、ハマちゃんはコイツとちゃんと会ったの初めてか」

「あの時はゴタゴタしてて言えなかったから、遅れたけど今言わせて。五年前は世話になったよ……本当にありがとう、フレア」

「たまたまだったんだ。気にすんな」

フレアはそれだけ言うとプイッと横を向いてしまう。

「何照れてんのよ! いいのよハマちゃん。こんな奴だから、もう恩義なんて感じることないわ」

「何でお前が勝手に締めてんだよ!?」

再び言い合いを始めた二人を尻目に、アクアはハンマーに小声で話しかける。

「あの、ハンマーさん……五年前って?」

「あぁ私ね、五年前の紛争でフレアとチョモに助けられたんだ。まぁ命の恩人って感じ」

「そんなことがあったんですか!?」

さらっと話された過去に驚きを隠せないアクア。
そんなアクアにハンマーは申し訳なさそうな顔になる。

「ごめん。別に隠してた訳じゃないんだけど、内容が内容だし……なかなかタイミングが、ね」

「いいんですよ。ちょっと驚いちゃいましたけど、時間は沢山ありますから。じっくり聞き出してやりますよ」

「あはは! 期待してるよ」

「ねぇねぇ! せっかく会ったんだしさ、クエストに行こうよ!」

口論が終わったのか(よく見たらフレアが膝を着いていた)、チョモが二人にそんな話を持ちかけてきた。

「お! いいね。じゃあ何に行く?」

「さっきさ、丁度いいのが貼ってあったんだよ。ほらこれ」

チョモがひらりと1枚の紙を取り出した。

「『雨に煙る、双子の山 』って……ど、ドボルベルク二頭ですか!?」

「水没林で探索隊が緊急信号を発信してるらしいの」

「なら急がなきゃですね」

「よし、じゃあ各自用意を済ませたらここに集合して、すぐに出発しよう!」

その後、それぞれが準備へと向かいおよそ10分が経過した頃、チョモを除いた三人は既に集会所に集まっていた。

「おっせーなぁチョモの奴……何してんだ?」

「まぁまぁ、私たちも今来たばかりですし……」

三白眼をギラギラとさせているフレアをアクアがなだめる。

「ふーん、フレアって大剣使いなんだ」

ハンマーがふとフレアに話しかけた。

「そういうアンタはハンマーなんだな」

フレアの武器は焔剣リオレウス。火竜の上鱗や翼膜、獄炎石をふんだんに使用した大剣で、ハンマーのデッドリボルバーと同レベルの威力を持つ武器であった。

「………」
「………」

二人は互いの武器をじっと見つめた後、何気ない一言を放った。

「ああ、火力バカなんだ」
「ああ、火力バカなのな」

一瞬、空気が止まる。

「はぁ!?」
「あぁ!?」
「えぇ!?」

突如険しい剣幕で睨み合い始めた二人にアクアはおろおろとする。

「おいおい、聞きづてならねぇな! 誰が火力バカだって? 俺はきちんと戦略立てて戦ってんだ! そっちの『トンカチ』と違って振り回すだけとは違げぇんだよ!」

「トンカチ!? 何言ってんの、私のちゃんと理にかなった立ち回りに鈍い大剣が敵う訳ないじゃん! ただの『板』が出来るのはせいぜいピロピロした尻尾を切るくらいだけでしょ!」

「板だと!? ふざけんなよ!」

「なにさ!!」

「あ……あの、二人ともあることないこと言わないほうが……」

少なくともハンマーさんの立ち回りは『理』にかなってはないです……。
静かに突っ込むアクアを意にも介さず二人が口論を続けていると、酒場の扉が開く音がした。
少なくともハンマーさんの立ち回りは『理』にかなってはないです……。
静かに突っ込むアクアを意にも介さず二人が口論を続けていると、酒場の扉が開く音がした。

「お待たせー! いやぁ浴衣って脱ぐの難しいねぇ。こんがらが……って何してんの?」

「あ、チョモさん……実は……」

アクアは経緯を簡潔に説明したのだが、チョモはケロッとした表情で聞き終えてこう言ったのだ。

「ふんふん……なるほど。んじゃ、クエスト出ようか」

「ええっ!?」

この人は話を聞いていたのだろうか……そう思ってしまうほどあっけらかんとした顔をした彼女はすぐにクエストの手続きを済ませてしまった。
そしてトテテ、と口論真っ盛りの二人に近づく。

「へい! 野郎ども! ここで言い合っても仕方ないんだからさ、もっといい方法で決着つけなよ」

「いい方法で?」

「決着? てか私も野郎!?」

二人は興味が沸いたのか、口論を止めてチョモの方を向く。
そんな二人にチョモはニヤリとして言い放った。

「今回のターゲットはドボルベルクは二頭……。この意味は分かるね?」





     




「チョモさん……ホントに大丈夫だったんでしょうか?」

ジットリと湿った地面に足を取られないように用心しながら、アクアは不安な表情を浮かべて言った。

クエストの舞台である水没林はその名の通り、半分ほどが川に沈んでしまった湿林帯で水陸に対応した狂暴な生物が数多く生息している危険な区域である。

今は時期の関係で普段水没している場所も歩けるような水位に落ち着いているが、肌にまとわり付くような生ぬるい空気は変わらずに心地悪い。
水位が落ちているため海竜と呼ばれる危険な種類は息を潜めているが、代わりに姿を現すモンスターもいる。
ドボルベルクはその内の一匹である。
普段の二人なら問題ない相手なのだけれど……。

「大丈夫だって。アクアちゃんはハマちゃんが本気でそんな下らない理由で喧嘩すると思う?」

『私に考えがあるから』と喧嘩中の二人にドボルベルク一匹を任せた自称策士(と自分で言ってた)が言うのだから何か考えがあるのだろう、それは分かるのだが。

「んー……それは確かにそうですけど」

実際に喧嘩を見ているので答えが鈍ってしまうのだ。

「ま、ハマちゃんが大剣使いを、フレアがハンマー使いを苦手にしてるのは確かなんだけどねぇ」

「そうなんですか?」

これまた初耳である。
でもなんで……?

そんな表情を見て取ったのかチョモは続けて話し出す。

「んん……フレアのほうは私が原因なんだけども……」

チョモは「あはは」と恥ずかしそうに笑い、次に困ったような顔になる。

「実はね、ハマちゃんのほうはよく分かんないんだよねぇ……」

「話してくれなかったってことですか?」

「いや、どうやら本人も分かってないみたい。本気で嫌いな訳じゃないし、大剣の利点だって十分に理解してるっていうんだけど……何でか苦手意識が出ちゃうんだって」

「不思議な話ですね……知らずにトラウマとか抱えてたり?」

「あの子にトラウマとか全然想像出来ないけどね」

「同感です!」

「あはは! やっぱりそうかぁ……。ねぇ、ハンマーと会ったときの話聞かせてよ、ドボル探しがてらさ。向こうは問題ないはずだし」

「いいですよ。その代わりハンマーさんの昔話、聞かせてください。あの人……ほとんど話してくれなくて」

「……分かった、私の知ってることなら。でも許してあげて? アイツお姉さんぶってるから、あなたに弱いとこ見せたくないんだと思う」

「……それは分かってます。結構無理、させちゃってますから」

「そっか……なら教えるべきだろうね。でもそっちのほうが先だよ! その後でちゃんと話すからさ」

そんなチョモにアクアは「約束ですよ?」と言い、ゆっくりと思い返し始めた。忘れもしない、あの日。

「懐かしいですね……あれは、とある理由で私がポッケ村を訪れた時のことです……びっくりしましたよ、あの人屋根の上から―――」

二人はしばらくの間思い出話をし、アクアは『ハンマー』について、その過去を初めて知ることになる。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「いた!」
「いた!」

「俺が先に見つけたぞ!」
「私が先に見つけたよ!」

「……何っ!?」
「……なっ!?」

一方その頃。
話題の二人は相変わらずの様子で、蒸し暑い水没林の空気を更に居心地の悪いものにしていた。

「アンタは下がってろ。こいつは俺一人で仕留める」

「何言ってるの? ここは私だけで大丈夫だから二人のとこに行ってきなよ」

「ホントに強情だな」

「そっちこそ」

ぐぬぬ……と睨み合っていると、不意に辺りが暗くなった。

「な……何?」

「おいおいおい! ヤバイぞ上だ!」

「えっ……うわぁ!?」

二人が咄嗟に横へ飛んだ瞬間、その場には巨大な塊が深々とめり込んでいた。
圧倒的な質量による衝撃に二人はバランスを取れずによろける。

「くっ……あんなデカイ奴の攻撃に気がつかなかったなんてよ!」

体を軸にして尻尾を回転させ、その勢いで飛び上がり相手を叩き潰すドボルベルク最大の攻撃――通称『ムロフシ』。名前の由来は定かではないが、東方の島にいるという英雄の名から取られたというのが有力だ。

「言い合いなんてしてる場合じゃなかったね……!」

「全くだ……! んの野郎、俺がぶった切ってやる!」

フレアはドボルベルクの正面に回り込むと、反動で動けない隙をつき顔面に強烈な溜め切りを叩きつけた。

「ヴォォォォ!!」

呻き声と共に強固な角が片方砕ける。

「見たか! これが大剣の……っておい!?」

自慢しようと後ろを振り返ったフレアは、あり得ない場所で彼女を発見した。

「甘い! 弱点を直接、叩けばいいんだ、よ!」

ドボルベルクの巨大な背中を息を切らして駆け登っていたハンマーは、ドボルベルクのスタミナの源、そして弱点でもある露出したコブに向けて、デットリボルバーを勢いよく振り下ろした。

「あり得ねぇだろ……」

背中で起きる衝撃と爆炎。
呻き声と共に倒れるドボルベルクと、ドヤ顔のハンマー。

「………」

一撃でダウンを取ってしまった彼女にフレアは一瞬唖然とするが、すぐに自分の仕事を思い出し駆け出した。

「全部持ってかれて堪るかよ! 最後はきっちり頂くぜ!」

言うなりフレアはダウンして目の前にさらけ出された柔らかいコブに向かい、自慢の大剣を叩きつける。

「オォォォォ!!」

ドボルベルクの口から悲痛な叫びが上がり始めた。
切り口から溢れ出した炎がコブを一瞬で包み込み、たちまちに背中の苔や茸に燃え移ったのだ。

「どうだ! 俺の火力舐めんなっつんだ!」

「うわぁ……何この無茶苦茶な火力……」

そんな二人の視線の先で燃え盛る火炎は、ドボルベルクの驚異的な生命力までも飲み込み、水没林で猛威を奮っていた怪物を動かぬ山へと還したのだった。

「やるじゃん」

ふぅ、と息をつくフレアの元にハンマーは歩み寄っていた。

「別に。耐久度から見てもこいつは下位のランクだ。そっちこそ滅茶苦茶なもん見せてくれたな。確かに効率……のいい立ち回りだったわ」

「あんなのその場の勢いだよ。フレアこそ、何なのあの無茶苦茶な火力! 上位の武器にしちゃ強すぎでしょ」

「あぁ、加工屋に頼んだ特注品だからな! 扱いが少し難しいが頼りにしてんだ」

「あはは! 結局『火力命!』じゃん」

「うるせぇ! そっちだって結局は力まかせじゃねぇか」

「………」

「………」

再び沈黙が流れ出す。しかしその沈黙は、堪えきれずに吹き出したハンマーによって簡単に破られた。

「やめやめ! ごめんね、本気で言ってた訳じゃないんだ。ただちょっと熱入っちゃって……ね」

その言葉にフレアもフッと肩の力が抜け、バツの悪そうな顔になる。

「悪ぃ、俺もそうだ。アンタが本気で言ってないのは分かってたんだがつい……な」

こんがり焼け焦げたドボルベルクを背景に、二人の周りでよどんでいた空気は綺麗さっぱり消え去っていた。

「いやぁ……私、自分でもよく分からないんだけど大剣使いってのがどうも苦手で……」

「トラウマか? 俺も昔のトラウマでハンマー使ってる奴をつい警戒しちまう……」

「それ……もしかして、チョモのせいだったり?」

「……昔のアイツの話は知ってんだろ?」

「……一時は相当だったらしいね」

過去を思い返してげんなりするフレアに同情するような顔を浮かべていたハンマーだったが、何かを思い出したように慌てた表情を浮かべた。

「いけない、あと一匹いるんだった! 二人を手伝いに行かないと!」

「そうだった! ……ってちょっと待て」

「ん?」

ハンマーを引き止めたフレアはニヤリとして言い放った。

「焦る必要ねーよ。向こうにはいるのは俺のおっかない相方とアンタの相棒だろ?」

慌てていたハンマーも、その言葉にはたと思い止まる。

「ああ……確かによく考えたら……」

二人は彼女らが戦っている場面を思い描くと、アハハと笑って傍の切り株へと腰を下ろした。

「全然心配ないね」
「全然心配ねーわ」

むしろドボルベルクが可哀想に思えてくる。
後は向こうが終わるのを待つだけという結論に達し、くつろいでいるとハンマーが思い出したように口を開いた。

「あ、実は私の相棒も意外とおっかないんだよ」

その言葉にフレアは片眉を吊り上げ、意外そうな顔を浮かべる。

「マジか。そんな風には見えなかったけどな」

「いやいや、さっきだってさ……」

「嘘だろ? でもそんなこと言ったらチョモの奴はな……」



     



「……チョモさん、なーんか失礼なこと言ってますね」

「うん。ばっちし聞こえてる」

愚痴に花を咲かせる二人から、およそ五メートル離れた木陰。
そこには話題の相方達がとっくにドボルベルクを討伐して隠れていたのである。

「一応心配して来てみたら何なのあれ? 流石のおねーさんも怒っちゃうよ?」

「私も最近ハンマーさんに甘くし過ぎてたかなぁと思う節がありまして……」

二人分の冷たい視線が突き刺さっていることに当の二人はまだ気付いていない。

「――そこでチョモの奴が言うわけよ!」

「アハハハ! それだったらアクアだって――」

二人の盛大な笑い声に木陰の葉が次第に震えてくる。

「……いくか」

「ええ」

もし誰かがこの場にいたなら、木陰から迅竜が飛び出したと錯覚しただろう。

切り株に座って呑気に談笑していた二人がその殺気に気付いた時にはもう遅く、ピタリと背後まで迫られていた。

「うぐっ!? ……が……ぁ……チ……チョモ……さん?」

がっちりと裸絞めを決められたフレア。
色々な意味で血の気が引いていく。
そして追撃の如く、後ろから凍るような言葉が襲いかかってきた。

「おい。人が散々心配して気ぃ回してやったってのに何しくさってんだコラ。その鬱陶しい髪刈り上げてボンズスタイルにしてやろうか? あ?」

(やばいやばいやばいやばい……昔のチョモに戻ってるじゃねーか! しかも全盛期のだ……)

「黙ってちゃ分かんねーだろうが!」

「はい! すみません!」

(やっぱこっちの方が断然怖いだろっ!!?)

フレアの叫びは心の中で木霊し続けた。



「ア……アクア? この喉元を通って地面に突き刺さってるモノは……ひっ!?」

一方、アクアは突き刺した太刀をピタリと喉に押し付け、ゆっくりとハンマーの耳元に囁いていた。

「ねぇ……、ハンマーさん? 私そろそろユクモ天一式から装備を変えようと思ってるんですけどね? ナルガ装備にしよっかなぁ……なんて思ってるんですよ」

「アクア……さん?」

アクアが後ろでにっこりと微笑むのが分かった。

「その装備、ひん剥いていいですか?」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ!!」


(絶っ対にこっちがおっかないでしょ!!)

今後一生ハッキリしないであろう議題が浮かんだ瞬間だった。

その頃、隣のフレアは朦朧とする視界にあるものを捉えていた。

「お……い、あそこに…………何か……」

弱々しく震える手で一点を指す。

「ん? そんな浅はかな嘘でアタシの気を引こうったって……」

そう言いながらもその方向へ視線を向けたチョモは、有り得ないものを目撃することになる。

「何……あれ」

チョモが見たものは薄暗い木々の奥を移動する影。
その影はふらふらと動いており、人間でいう後頭部から背中にかけてが大きく膨れ上がっているように見えたのだ。
奇怪な動きとその容姿が相まって不気味であり、無意識に腕に力が入ってしまう。

「アクアちゃん……あれ見て」

「え? どこですか?」

「あれあれ! 変なのがいる!」

「……ホントだ。何か……お化けチックな気配が……」

「わー! 言わないで! 余計怖くなるからっ!」

(※人の首を絞めています)

「わ、私だって怖いですよっ!」

(※人の喉元に刃物を突き立てています)

そんなやり取りをしていると、更に驚く事が起きた。今までふらふらと動いていた影が不意に止まり、そのまま地面に吸い込まれるように草むらへ消えていったのだ。

「消えたっ!!?」

半ばパニックになって更に腕に力の入るチョモにアクアは慌てた声を飛ばす。

「あれは倒れたんですよ! 様子を見に行きましょう!」

「わ、私も行くの?」

「私だけじゃ色々と不安なんです! それに本当に怪我人だったら大変ですよ! 治療出来るのはチョモさんだけなんですし。さ、行きますよ!」


アクアは行きたくないオーラたっぷりのチョモの手を取る。その眼には有無を言わせない光が灯っていた。

「うぅ……分かったよー。でも怖かったらすぐ戻るからね!」

そう言ってチョモはぐったりとするフレアを地面に転がし、アクアと一緒に影が倒れた場所に走り出した。



「ふぅ……何とか助かった」

二人が走って行くのを見届けると、ハンマーは安堵の息をつき冷や汗を拭った。

「フレアは大丈夫? 結構危なかったんじゃ……ってフレア!? ……顔が真っ青じゃん!? 死ぬなぁ!」

「……っ!?」

ハンマーの渾身の一撃を受けたフレアは血の巡りは良くなったものの、暫く起きることはなかったという。



  
   




「チョモさん! 人ですよ! 女の子が倒れてます!」

いち早く駆け付けたアクアが驚いたように叫んだ。

「良かった……お化けじゃなかった……って容態は!?」

「どこにも外傷はないみたいですね。気絶してるだけみたいです」

うつ伏せに倒れていたのはシャワよりも年下に見える少女だった。赤地に黒が混じった縞々の髪に、赤い棘のついた甲殻で作られた装備を身に付けている。
髪型は細めのツインテールで片方には白い羽根飾りが付けられており、そして背中には……。

「なるほど、あの膨らみはこれかぁ」

少女の背中には熊の頭を模した、リノプロヘルムと呼ばれる巨大な防具が背負われていたのだ。
荷袋代わりにしていたのか、倒れた衝撃で中に入っていただろう様々な種類の草木が散らばっている。

「これは野草……ですかね?」

「んー見たことないものばっかりだね」

「一体どうしてこんなところを……」

「イャンクックの装備を着けてるってことはハンターなんだろうね。それに……」

チョモが何か言いかけた時、少女の体がピクリと動いた。

「んん……」

「動いたっ! 大丈夫!?」

「………」

何かを言おうとしているが、声が小さくて聞こえない。アクアは膝をついて少女の口元に耳を近づけた。

「おなか……」

「えっ?」

「おなかすいた……」

アクアはゆっくりと立ち上がる。

「……チョモさん」

「その子何て?」

「この子治療いらなかったです」

「へ?」

持っていた携帯食料4、こんがり肉3、水を提供したところ少女はたちまちに元気になった。








「私、ルシャ! さっきはありがとうでした!」

ルシャ、と名乗った少女はペコリと頭を下げる。
先程の出来事など無かったかのように回復したルシャは、アクアとチョモ、そして遅れてやって来たハンマーに可愛らしい笑顔を振り撒いていた。

「元気になって良かった! ちゃんとお礼も言えて偉いねー」

先程の怒りは何処へやら、アクアはニコニコとしながらルシャの頭を撫でる。

「良くしてもらったら、ちゃんとお礼言うように言われてる!」

言葉には若干の片言が混じっており、イャンクックの装備とも合わさって何処か異国の雰囲気を纏っていたが、アクアはそんなことは気にならないようでルシャに負けないくらいの笑顔を見せていた。


「そっかー。ルシャちゃん偉い偉い!」

「えへへー」

(あれ? この子こんなキャラだっけ……?)

(どーも年下に甘いとこがあるんだよね……アクア。あんな笑顔、私見たことないよ! 一線越えなきゃいいんだけど……)

(いやいや……流石にそこまでは……)

「ハンマーさん! チョモさん!」

「なっなに!?」
「なにかなっ!?」

ひそひそと話していた二人だったが、アクアがバッとこちらを振り向くのでビクッとしてしまう。

「一先ず村に帰りませんか? 目的も果たしたことですし、ルシャちゃんのこともあります」

「確かにそうだね」

この少女が何故行き倒れていたのか、その理由も聞かなくてはならない。

「じゃあここはギルドナイトの私が連れてくよ。その方が話も進むだろうし……面子的にもねー。二人はクエスト完了の手続きをお願いできるかな?」

「分かりました。じゃあルシャちゃんはこのお姉さんに着いていってね。また後で合流するから」

「あい! またねアクアお姉ちゃん!」

「!?」

途端アクアの顔が赤くなった。

「……もう一回言ってくれないかな?」

「アクアお姉ちゃん?」

「もう一回!」

「アクアお姉ちゃん!」

「……もういっ」
「ストップストップ! アクア! それ以上は何か危険だよ! チョモ、早く連れてって!」

「任せて!」

「ふぐっ!」

ガッチリとアクアの顔面にアイアンクローを決めたハンマーの言葉に促され、チョモはルシャの手を引くと、倒れているフレアに向かって足を上げる。

「いつまで寝てんのっ! さっさと行くよ!」

「……っ!? おま……誰のせいだと……分かった! 分かったから引きずるなぁ!」




     



「ふぁんふぁーふぁん、ほぉろほぉろふぁなひてふぉらへまへんふぁ?」

三人がエリアの外へ出た頃、くぐもった声がハンマーに聞こえてきた。

「あ、ごめんアクア……大丈夫?」

「ぷはっ。さっきはすみません……ちょっと舞い上がりすぎました」

「いや……私もちょっと強く掴み過ぎたかも」

アクアの顔にはしっかりと手形がついていた。

「いえいえ、多分丁度良かったですよ」

「あはは……」

少し前に怒られてる手前、若干腰が引けてしまう。

「ところでハンマーさん」

「なっ何?」

不意に口調が固くなったアクアにハンマーは覚悟を決めて身構える。

「……チョモさんから聞きました。ハンマーさんの昔話」

「私の……昔話?」

突然の告白にハンマーはキョトンとしてしまう。

「今回チョモさん達に出会って思いました。私、ハンマーさんのこと良く知ってるつもりだったけど、全然知らなかったんだなって」

「いやいや、私の過去なんてそんな大したこと……」

「私が辛かった時にハンマーさんは助けてくれたのに、ハンマーさんが辛かった時に私が何も出来なかったことが悔しくて……」

「アクア……」

「まぁそんな気持ちでここに来たら悪口大会やってたんで腹は立ちましたけども」

「…………」

「っとその話は置いといて、私こう思ったんです。まだ遅くないかなって」

「ハンマーさんと出会ってから、私も成長してきたつもりです。これからはバンバン支えていきますからね! 相方として、です」

「……そんなこと言われたら期待しちゃうよ?」

「期待しちゃってください!」

「あはは! じゃあ改めてよろしくね? アクア!」

「よろしく! ハンマーさん!」

二人はお互いに笑い合うと、クエストの手続きをするためにベースキャンプに向かい始める。


「それにしても……あのタイミングで言われるとは思わなかったなぁ」

ハンマーが苦笑してそう言うと、アクアはキッとして答える。

「確かに変なタイミングでしたけど、あそこで言わないとまた色々とはぐらかされるような気がしたんです」

「あー確かに……。ごめん、言うような話じゃないなって遠慮してた」

「遠慮なんてしないでください。相方だってハンマーさんが言ったんですよ?」

「そうだね。じゃあ頼らせてもらいますよ? 相方!」

「了解ですっ!」


以前からお互いに対してほんの小さなものだが遠慮、気遣いというものがマイナスの意味で存在していた。出会ってからそれは次第に薄まっていたのだが、最後の一欠片が取れないでいた。
それが取れた気がした。
周りから見たら些細なことだろうが、二人はたまらなく嬉しくて。
この時の二人は、これからどんなことが起きたとしても大丈夫だと信じていた。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「ルシャちゃんただいまー!」


「おかえり! アクアお姉ちゃん!」

クエスト終了の手続きを済ませたアクアとハンマーは足早にユクモ村へと帰還していた。

「ごめんハンマー! ちょっと仕事のほうを先にしてて、ルシャちゃんのことはまだ簡単にしか説明してないんだ」

「仕事? そっか、休暇で来てた訳じゃなかったんだ」

「失礼な! 私達が遊んでるように見えた?」

「見えた」

「すいません、見えました」

「………」

「まぁそうだろうさ」

喉をさすりながらやって来たフレアがチョモの頭にポンと手を置く。

「俺たちがここに来たのはある調査をするためなんだ」

「ある調査?」

「あぁ、実は……」

その時、集会所の外から女性の悲鳴が上がった。

「まさか……嘘だろ!?」

「行くよフレア!」

ギルドナイトの二人が慌てて飛び出す。

「私たちも!」

「はい!」

それに続いて二人も外へ出たが、そこで待っていたのは予想を上回るものだった。





「だっからあれほど止めときなさいって言ったじゃない!」

「えーそんなに変かな?」

「変過ぎるわ! 完全アウトよ!」

「せっかく買ったのになぁ……」

「大体、頭装備二つって事態おかしいのよっ!」



「アクア……あれって」

「ええ……」

見ればギルドナイトの彼らも唖然としている。

そこにいたのは真っ黒なスカルフェイスの上に真っ赤な帽子『ギルドバードロポス』を被った変人と、それを良く通る声で罵倒する金髪の少女だった。

「バルス! 何やってんだお前!」

我に帰り、それが知り合いだと気づいたフレアは少女とバルスの間に割り込んでいた。

「大丈夫かっ? こいつは変人だが悪い奴じゃないんだ! 許してやってくれ!」

「……ありがとう。で、バルスこの人誰?」

「ごめんフレア、その子僕の連れなんだ」

「んだと!? じゃあさっきの悲鳴は……?」

フレアが辺りを見渡すと、一人の村人がおずおずと前に出た。

「すいません……私が驚きすぎて」

「いや……気にしなくていい。正当な判断だ」

「それ酷くない?」

「反論の余地なんか無いわよ!」

場が落ち着いたのを見計らってアクアとハンマーも二人の前に出る。

「バルスさん、シャワちゃん! お久しぶりです!」

「わぁアクアさん! 久しぶり!」

「黒いの相変わらずだね。元気してた?」

「ハンマーさんじゃないか! こっちはいつも通りだよ」

「ハマちゃん! なにこの面白そうな人達! 紹介してよ!」

知ってる者、初対面の者。挨拶を終えた時、そこには六人のハンターが揃っていた。

「私もまぜて!」

「あ、ごめんねルシャちゃん。この人たちは私とハンマーさんの友達。強いんだよ?」

「私、ルシャ! よろしく!」

「ルシャちゃんだね、僕はバルス。よろしくね」

「シャワよ………よろしく」

二人が挨拶を済ませた時、それは起きた。

「大変だーー!! 空が! 空が!」

血相を変えた村人がこちらに走って来たのだ。

「ハンターさん! 空を見てくれ!」

「空?」

全員が村人の指差す方向を見る。

「……っ!」

ユクモ村で霊峰と呼ばれるこの辺りで一番高い山。
その頂に巨大な渦巻く黒雲が浮かんでいたのだ。

「……情報は本当だった、って訳かよ」

苦虫を噛み潰したような顔でフレアが呟く。

「情報って?」

「ギルド本部にある垂れ込みがあってな。そいつがどうも引っ掛かって調査に来たんだ」

チョモがそれに続けて口を開く。

「垂れ込み内容は『近い内にユクモに嵐竜が来るので討伐してほしい』ってのでね。まぁサボりもくて……ん゛ん゛! 調査に来てみたら村は平穏そのものでさ。てっきりガセだと思ってたんだけど……」

「古龍の出没予想なんて古龍観測所だって出来ねぇよ。……これは何かあるぜ」

「でも行くんでしょ? 会って間もないけど、二人とも眼がそう言ってるわ」

シャワはそう言うと「それに……」と続けた。

「ハンマーさんとアクアさんの知り合いなら尚更、ね?」

フレアとチョモは苦笑して答える。

「もちろん!」
「もちろん!」

「バルス、せっかくのユクモだけどまだ温泉に浸かる暇はないみたいね?」

「一番楽しみにしてたのはシャワだけどね」

「うるさい!」

「アクア、こっちは全員準備万端みたいだよ?」

みんなの視線を一身に集めたアクアは目を瞑り、すぅと息を吸ってから、大きく目を見開いた。

「大事な村なんです……! 皆さん! 私と一緒にこの村を守ってください!」

予告された古龍の出没。
不穏な空気を含んだこの依頼に、五人のハンターはいつもと同じ口調で答えた。


『一狩り行きますか!』

この世界には数多くの伝説が存在する。


初めてハンマーという武器を使用し、それを広めたという老ハンターの話。

かつて老山龍の尾を切断したと言われる巨大な龍人族の長の武勇伝。

一人のハンターと協力し、一代にして交易盛んで豊かな村を築いた男の逸話。

自分達の狩りを自伝として公表し、時に泣き時に笑う内容で人々に希望と勇気を振り撒いた猟団の物語。

並べあげるとキリがないが、その中で何が一番有名かと聞けば誰しもが口を揃えてこう言うだろう。


『ココットの英雄』だと。



まだハンターという言葉が存在せず、人間が今以上にモンスターの脅威に脅かされていた時代。
ココット村で育った彼が3人の仲間と共にモンスターを狩ることを生業としたことがモンスターハンターの始まりと言われている。
一角竜の狩猟は単身のみで行うなどその技量は今のハンター以上とも言われており、今も彼はココット村の村長兼生ける伝説として存在しているのだ。

そんな彼が犯した、取り返しのつかない失敗が一つだけある。

――――――――――――

『ハンター』が職業として認められた後も彼と仲間の三人は村の為、ギルドの為に狩りを続けていた。
そんなある日、雪山に謎のモンスターが出没しているとの情報を知った彼らは、一緒に行きたいという婚約者のハンターを振り切れずに五人で狩猟に向かったのだ。
『自分達なら守れる』そんな考えが満身だと気付いたのはターゲットに出会った後であった。
今までに見たことの無いような激しい動きとパワーに奔放された四人は苦戦し、彼は重傷を負ってしまう。
動けない彼に迫り来る剛爪。絶体絶命の彼の前に飛び出したのは、他でもない、ハンターになって間もない守るべき婚約者、その人だった。

――――――――――――



【五人以上でハンターが狩りに出ると、死人が出る】

後に『ココットジンクス』と呼ばれるこの言い伝えは、このような悲しい事件が二度と起こらぬよう彼が提案したギルドの掟の数々と共に今も全てのハンター達に受け継がれている。





◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




「今回、ココットジンクスのことは忘れよう」

「えぇっ!?」

アマツマガツチ討伐を決意して、一時間が経過した頃である。
各自が出来る限りの準備をして集会浴場に集まり、人数制限のことを思い出して慌てていると、遅れてきたハンマーがそんな一言を放ったのだった。

「で、でもギルドから許可が降りないんじゃないですか?」

アクアがそう言うことを分かっていたかのようにハンマーはチッチッと指を振る。

「私が何のために遅れてきたと思う? 論破してきましたよ! 当然!」

ハンマーが自慢気に鼻を鳴らす横でバルスが確かに、と頷く。

「あまり前例のない古龍討伐だけど、昔から古龍に関しては五人以上での狩りが認められるケースがあるね」

「でもどうしてかしら? 五人以上の狩りが認められないのは、ジンクス以前の問題に大人数だと指揮系統の乱れや混乱を招きやすいからでしょ?」

シャワの投げ掛けた疑問にチョモが顔を上げた。

「指揮とか、作戦なんか通用しないくらい強力だからじゃない? 考えてみ? ティがレックス相手にオルタロス4匹で何が出来ると思う?」

したり顔で言うも、シャワはその問いに疑問の表情を崩さない。

「……想像してみたけれど、オルタロスじゃ5匹どころか100匹いたって敵わない気がするんだけど……」

「あー例えが悪かったかも。でも私が言いたいのはそんな感じのこと」

「どんな感じだよ! チョモ……お前ギルドナイトのくせしてそんなことも分かってねぇのか?」

「うっさい! そう言うフレアは分かってんだろうね!?」

「あぁ? ったりめーだろ。いいか? まずクエストが四人までってのはハンター条約第一章の……で古龍が出没した時には第五章に書いてある緊急時における被害状況とその予測が規定値を上回るから………でまぁここで簡単に言えばジンクスとルールの逆転が起きるから五人以上でもいいってこと。わかるか?」

「全然?」

「分かりません……」

「私は分かるわ」

「僕も知ってる」

「私ってばいつの間にかそんな難しいことを論破してたのか……」

「皆何話してるの?」

「チョモぉ! お前より年下の子が分かってんぞ!?」

「うぐ……だぁーもういいじゃん! もう済んだ話を掘り返す男は嫌われるよ?」

「ぐ………」

ギロリとジト目で睨まれてフレアは渋々と本題に入る。

「各自温泉は入ったんだな? なら六人の許可はもう降りてんだ、後は霊峰に行ってアマツマガツチをぶっ倒すだけだ。ハンマーの言った通り今回はジンクスに縛られてる暇はねぇ! 死にたくなきゃその前に動くだけだ! 行くぞ!」

フレアの言葉にメンバー全体の闘志に火がつくのが分かった。

(おぉ、何かいつになく勇ましいね)

(一応ギルドの騎士団長だからね。士気上げんのは上手いのよ)

そうして六人はネコタクに乗り込み、暗雲立ち込める霊峰に向けて出発した。





     



「―――で、これはどういう事?」

ネコタクで運ばれた霊峰の麓。そこで発せられたシャワの言葉に全員が空を仰ぐ。

「どうしたの? みんな?」

「何でこの子が着いてきちゃってるわけ!?」

シャワの怒声にも臆さず、何も分かってない様子でニコニコとしているルシャを前に、他のメンバーはしどろもどろに言い訳を始める。

「いやぁ……僕も見覚え無い樽が積んであるとは思ってたんだけどね?」

「私はてっきり誰かの荷物だと……」

「お、アクアも? 私もそう思ってた」

「寝てた」

「私も」

ギルドナイトの二人は弁解すらしない。

まさかの七人目の登場に一同は混乱を極めたが、その時アクアが思い切って「皆さん!」と注目を集めた。

「もう敵は目前なんです。来てしまったものは仕方ないと思いませんか? ちょっと不安ですが、ルシャちゃんにはキャンプで待機してもらって討伐に向かうべきです」

敵の行動が分からない以上、決して安全とは言えないキャンプに一人残すのは危険極まりないが、それでも戦前に共に出るよりは安全だと思えた。

「確かにアクアの言う通りだ。もう戻ってる暇はないしね。ここで食い止めれなかったら村が危ない」

「ハンマーさん……ありがとうございます」

他はどう? というハンマーの視線に残りの四人も無言で首を縦に振る。

「ルシャちゃん、危険だからここから離れちゃダメだよ? 必ず戻ってくるから」

「アクアお姉ちゃん、ごめんなさい。私置いてかれたくなくって……」

涙目で謝るルシャを数回撫でると、アクアは山頂への入り口を睨んだ。

「パパッと終わらせましょう!!」


アクアの号令と共に全員が戦地へと足を踏み出した。眼には恐れはなく、狩人の光を灯している。

(こんなに頼りになる仲間……他にいませんね!)


自然と力が沸いてくる。
アクアは愛刀の柄を力強く握りしめた。





――――――――――





目の前が暗い。
体は鉛のように重く、節々に刺すような痛みが走る。


「う…………」

何とか体を起こし、痛みできつく絞られていた目を開ける。

腕、脚……何とか五体満足のようだ。

「皆は……」

アクアはポーチから回復薬グレートを取り出して飲み干すと、太刀を杖代わりに体を引き起こす。
他の仲間はまだ倒れたまま動いていない。

「早く、助けないと……!」

最低限の回復をしたアクアはまだ重い足を引きずって走り出した。
早く、早く。そうしないと、本当に殺されてしまう……っ!


アマツマガツチを初めて見た印象は昔の書物でみた天女であった。
ひらひらと帯のようなものを身に纏った神々しいその姿に一瞬心を奪われる。
しかし嵐龍の猛烈な敵意を含んだ咆哮に、相手が自分達の命を脅かす存在だと改めて気付かされた。

宙を泳ぐかの様な動きと捉えがたい攻撃に六人は苦戦しつつも、比較的順調に戦えていたと思う。
アクアとハンマーの連携にフレア、バルスの攻撃。そこにシャワの弾、チョモの笛による援護が入り、初めてとは思えない動きが出来ていたのだ。

誰しもが「いける」と思った時、異変が起きた。
嵐のような天候が更に黒々く、雷鳴轟く禍々しさに変わり、アマツマガツチ自体も同じような禍々しさをその体に現したのだ。

今までは遊びだったのだと思わせる激しい動き。
それについて行けずメンバーには次第に傷が深まっていく。
何とか回復する隙を見つけるべく立ち回っていた六人だったが、その時不意にアマツマガツチが天へと舞い上がった。

やっと隙を見せた! そう思い各自が回復薬へと手を伸ばしたとき、ハンマーの怒声が飛んだ。

「何かヤバイのが来る!! みんな避けろぉぉぉっ!!!」

次の瞬間、天より一本の水柱が地上に突き刺さり、そのまま山を切り裂いた。



     
結果的にハンマーのお陰で直撃は免れたものの、その後地面から吹き出した強烈な水流にアクア達は弾き飛ばされた。

それでも切り裂かれた岩や地面を見て、もし腕の一本でもあれに当たっていればと思うとゾッとする。

「ハンマーさん! 大丈夫ですか!? これを……」

ダメージで身動きの取れないハンマーに回復薬を流し込む。
薬も底を尽き始めていた。

「アクアさん! こっちは大丈夫よ!」

「こっちも! アマツマガツチは拘束弾で足止めしてある! 今の内に!」

「チョモさん! シャワちゃん!」

離れて支援をしていた二人は無事だったようで、それぞれがフレアとバルスの治療を行っていた。

「アクア……私はもう大丈夫」

「ハンマーさん!? ダメですよ! まだ体が……!?」

アクアは驚いて目を見張った。かなりのダメージを負っていたはずのハンマーがむくりと立ち上がったのだ。

「どうして……っ!? それ……秘薬ですか!?」

「あはは、なりふり構ってられないっしょ」

世の中にはハンターにしか調合、使用を認められていない強力な薬品が存在する。狂走薬や鬼人薬など、使い続けると体に悪い影響が出るものがそれに当たる。ハンマーの使用した秘薬という薬は、その中でも特に効果と影響が高いものだった。

「負けて後悔するより、勝って喜んだ方が何倍もいいでしょ?」

「……帰ったらお説教です!」

私たちは拘束の解けたアマツマガツチに猛然と挑み続けた。
巨大な竜巻を操りながら襲いかかるアマツマガツチの攻撃を躱し、時に庇いながら休む間もなく攻め続けた。
六人の体力はとっくに限界を通り越していたが、アマツマガツチの動きも段々と鈍くなっているのが分かっていたからだ。
どちらが先に倒れるか、終わりは確実に近づいていた。


――その時である。


「そこまでです」

私達とアマツマガツチの丁度間。
そこに何かが投げ込まれたかと思うと、突然目の前が激しい光に包まれた。

「閃光玉!? 一体誰が………っ!!?」

アクアの体に突然痺れが走り、そのまま倒れ込む。

(麻痺!? 今度は何が……!?)

目の前に古龍がいるというのにこのままでは自殺行為だ。
何とか状況を把握するために目の回復を必死で待ち、やっと視界が回復した瞬間、アクアは目の前の光景に言葉を失った。

「嘘………なんで………」

遠くでは目を回して暴れるアマツマガツチ。
目の前には同じく倒れて動けないであろうメンバー達。そしてその奥には二つの人影が立っていた。
一人は赤い衣を纏い、リノプロヘルムを被った人物。後ろには黒い布を巻いた大剣が背負われている。


そしてもう一人は……。

「……ルシャちゃん?」

「あい。皆お疲れさまー」

ニッコリと微笑む彼女の両手には、アイルーとメラルーを模した双剣が握られていた。

「どうして……? 一体何が……」

「あはは! どうしてって? お姉ちゃん達は利用されたってことにまだ気付かないの?」

「私……達を、利用?」

「うん。私を助けるとこから……むしろその前からぜーんぶね」

「! まさかあの垂れ込みはお前が……!」

怒りを露にしてフレアが怒鳴った。だがルシャはそれを楽しむように話し続ける。

人懐こい笑顔はもう浮かべていなかった。
「私、薬とか得意なんだ。 空腹に見せるお薬やお姉ちゃん達に使った痺れ薬もぜーんぶ手作りだよ。痺れ薬の使い方は簡単、ここに塗ってチョコッと引っ掻くだけー!」

じゃーん! とルシャは得意気にアイルーの双剣を見せつける。
パペット人形に棒が付いたそれだけの物に見えるが、その小さな腕の先端にはギラリと細長い爪が光っていた。

「てかほんとね、いくらマリさんの指示だからってあんな演技やだよ! 人に媚なんか売りたくないし! それに……」

ぷくりと頬を膨らませるルシャだったが、次の文句は隣の人物に手に阻まれることになる。

「んむっ!?」

「ルシャ、お喋りはそこまでです。奴の眼が回復しますよ」

「むぐっ!」

リノプロヘルムのせいで声はくぐもっていたが、ぞくりとする冷たさが感じられる女性の声だった。

「あいつ痺れさせる?」

「必要ないです」

そう言うと女は背中から大剣を取り出した。
はらりと落ちた黒布。その中から出てきたのは怪しい紫色の光を纏った、見たことの無いほど歪(いびつ)な武器。

「ギュオォォォォ!!」

視界の回復したアマツマガツチは、一番近くにいた女に目掛け巨大な水の塊を吐き出す。
しかし女は大剣を片手で軽々と振るい、まるで煙でも払うかのように水弾を掻き消してみせた。
大剣を包み込んでいる光はその輝きを増し、陽炎(かげろう)が大剣をまるで生きているかのように揺らめかせていた。

「ハンマーさん……」

ハンマーの横からアクアが小さな声で呟く。

「あれは……あってはいけない剣だと思います……」

その声は微かに、震えていた。

「……私もあんなに不気味な武器は初めて見るよ。しかも大剣……今までで一番嫌な気持ちだ」


気持ちが悪い。

今すぐ逃げ出したい。

そんな気持ちに刈られたが、動かせるのは首から上だけの状況では会話するくらいしか出来ない。
後はただ、ただ見ているだけ。

「ギュオォォ!!」

自分の攻撃が効かなかったと分かったのか、激昂したアマツマガツチは風を纏って突進を仕掛けた。
巨体は風に乗り、恐るべきスピードで女へと向かう。当たればひとたまりもないだろうその攻撃を女は何故か避けようともしない。

「あの人死ぬ気ですか!?」

そう叫んだアクアは次の瞬間、異常な出来事を見ることになる。

「手負いの古龍なんて片手で十分です」

女はそう言うと大剣を高く振り上げ、体を大きく捻り勢いよく剣の腹をアマツマガツチの頭部に振り下ろした。





信じられない、と誰しもが思った。
黒い雷が散ったと同時に、何とアマツマガツチは地面へと叩きつけられたのだ。固い地面に頭が半分ほど沈んでいる……相当な威力で無ければああはならない。


「ルシャ、血を」

「はーい」

この出来事に全く動じていない様子で、ルシャは懐から注射器を取り出して動けないアマツマガツチから血を抜き取る。

「採れたよー、アマツマガツチの『生き血』」

「上々です……なら、もうこれは用済みですね」

女は再び大剣を振り上げると、瀕死の古龍に今度は切っ先を向けて躊躇無く振り下ろした。

「そんな……」

自分達が弱らせたとはいえ、たった二撃でアマツマガツチを沈めてしまったのた。
素顔の見えない女にアクアは得たいの知れない恐怖を感じた。返り血を浴びたリノプロヘルムがより一層の不気味さを醸し出している。

「さて、と」

目的を達成したのか、貴重なアマツマガツチの素材に見向きもせずにこちらに体を向ける。

「ルシャが『お世話』になりました。私はマリアンと言います」

「よく言うぜ! 全部てめぇ等の作戦だったんだろ……っ! ……ん?」

その時フレアがハッとした表情になった。

「お前……この前の古龍化騒動の時に目撃されてたリノプロ女か!?」

「おやおや、目撃されてましたか」

「あの事件の……関係者?」

アクアの目が大きく見開かれる。

「あなたが……あのクシャルダオラやモンスターの古龍化を?」

「まぁ、そういうことになりますね」

髪の毛が逆立つのを感じた。

「お前がっ…! お前が居なかったらお父さんとお母さんはっ!!!」

「アクア落ち着いて! 興奮すると毒が回っちゃう!」

「………でもっ!!!! ……っ、……すみません」

必死にアクアをなだめたハンマーだったが、そこに再び冷たい声が聞こえていた。

「彼女には可哀想なことをしました。しかし、貴女も落ち着いてる場合ですかね?」

「……どういう意味?」

「忘れたんですか? 随分と都合のいい頭をしてるようですね」

マリアンはそう言うとリノプロヘルムに手をかけた。

「え、マリさんそれ取っちゃうの?」

「元々そのつもりで連れてきましたからね。そう言えばルシャ。持って来させたリノプロの替えを薬草まみれにした件には、キツイ仕置きを用意しておきますからね」

「だ……だってリュック持てなかったし……丁度収まったし……」

「………」

「ご、ごめんなさい」

「………」

「い、いやぁぁぁ! オンプウオの踊り食いはもう嫌ぁぁぁぁ!」

「……少し黙っててください」

マリアンは躊躇無くルシャを大剣でかち上げる。
「あぁぁぁぁ」とルシャはアマツマガツチの上へとぽすりと落ちて動かなくなった。

「話がずれましたね。『ハンマー』と言いましたか? まずはこれを見てください」

マリアンはリノプロをゆっくりと外し、素顔を晒す。

「え…………」

ゴトリ、と置かれたリノプロヘルムの音は静かに木霊している。


「ハンマー……さん?」

全員が息を飲んだ。防具の下から現れた素顔はハンマーにそっくりだったのだ。

違うのはハンマーよりも冷たく鋭い目と、片側だけ長く胸元まで垂らされた、ウェーブのかかった髪だけ。

「何でそんなに私に………」

驚きの隠せないハンマーにマリアンは「はぁ」と息を吐くと、倒れたハンマーに近づき胸倉を掴んで吊り上げた後、後ろへと放り投げた。

「ぐ……っ!?」


「ハマちゃ……っ!? ……てめえ!」

「ハンマーさん!? 大丈夫ですか!? 何て事をっ……!!」

「記憶を二度失っている……そんなことは分かっているつもりでしたが、こうも憎く思えるとは」

「記憶を……二度?」

力の入らない状態で放り投げられたのだ。相当の苦痛だろうがハンマーは気丈に質問を返す。

「一つは傭兵施設に入れられた時。もう一つは紛争が終わった時。私が関係しているのは一つ目の記憶です」

「私が施設に入る前の記憶……? 私は紛争中に捨てられて……」

「まどろっこしいですね! それは施設ですり替えられた記憶でしょう!」

淡々と話していたマリアンが初めて声を荒げた。





「単刀直入に言ってしまいましょうか……私と貴女は双子です」

「……………っ!?」

「物語ではよくありますよね? 生き別れた兄弟や姉妹の感動の再開……良く出来ていますよねぇ? でも現実ではそんな夢物語は存在しません」

冷たい、冷たい嗤い。
そしてアクアは耳を疑うことになる。
マリアンはそのままの口調でこう続けたのだ。









「そうでしょう? ハンマー……いえ、『マリディア』」


「マリ………ディア?」

「そう。それがあなたの本来の名前です。今の名前はただの……」

「違う! この名前は私の大切な……っ!」

ハンマーが動揺を隠せずに叫ぶ。
しかしマリアンは「ふぅん」と嘲るように笑った。
他の者は突然の出来事に声も出せない。

「誰から貰ったかも分からないで、ですか?」

「!? 知ってるのか!?」

「ええ、知ってますとも。ですがそれを教える義理はありません。言ったでしょう? 私はマリディア、貴女を強く憎んでいます。殺されないだけでも感謝して欲しいものです」

「私が……何を?」

その瞬間、アクアはマリアンの冷たい目の中に一瞬儚げな色が揺らめくのを見逃さなかった。

「あなたは当時、やんちゃな子供でした。両親と私は仕事をサボって遊ぶ貴方の代わりに働いたものです」

「とは言ってもそれに強い不満を覚えることはありませんでした……あの日までは。あの日、紛争の被害はついに私たちの村にまで広がりました。あの時、皆と村から逃げず、家に隠れるという危険な選択を取らざるを得なかったのはマリディア、あなたがドジをして足を挫いていたからです」

「…………」

「父は優秀な兵士でした。父の率いる兵隊は村を守る最後の砦……しかし敵兵は村へとやって来ました」

マリアンは淡々と話を続ける。失った自分の過去……自分の咎……それを聞いているハンマーがどんな表情を浮かべているのか、アクアの位置からは窺うことは出来ない。

「私たちを残して家を飛び出した母親がどうなったか、想像するのは易いことでしょう。私は双子の姉として震えるあなたを抱き締めていました。母に任されていましたからね」

「敵兵は幾許(いくばく)もせずにやって来て家を叩き壊しましたよ。倒れてくる柱からあなたを庇い、大怪我を負って呻く私の目の前で無傷の妹は兵士に連れられていきました」


「取り残された私は酷く絶望しましたよ。結局自分以外の者のためにいくら尽くしたとしても、返ってくるものは無い。無いどころかマイナスになって返ってくる。この世界を憎みました。呪い壊したい程、ね」

「マリアン……お前……」

「瓦礫から自力で抜け出した後の経緯は省きます。下らないものですから」

結論から言います、そう言ったマリアンの次の一言は全員を戦慄させた。



「私はこの世界を壊します」

その言葉は重く、胸に食い込んだ。とても嘘とは思えない。それが出来るという自信を持った本気の言葉だった。

「マリアン! 憎いのはこの私だろ!? 世界は関係ない!」

「先程も言いましたが、私が憎んでいるのはそんな小さなものではありません。世界中を歩いて分かりました。弱いものが貶められ、自分の事しか考えれない金と権力の持ち主だけが得をする世界……こんなもの壊れて当然です」

「そんなこと……っ」

「『そんなこと無い』……本当に言えますか? 『ハンターになって世界を見る』でしたか? あなたが今まで見てきたのは、世界のほんの一部だって本当は気付いているんでしょう?」

「私は……」

「世界を見て回るだなんて言いながら、楽しむだけ楽しんで嫌なことには見向きもしない。好きなときだけ人助けを気取って満足して終わり。あなたのやってきた事は只の自己満足なんですよ」

「………っ!」

「そんなことありません!!」

「アクア……?」

アクアは叫ばずにはいられなかった。

――だって私が背中を追い続けたこの人は………。

「私はずっと見てきたから分かります! ハンマーさんは何時だって真っ直ぐでした。緊急性の高いクエストを進んで受けて、必要だと感じたら依頼以上のこともやってました。一緒に温泉に入ったとき気付きましたよ……身体中傷だらけ。どんなことにも全力でぶつかっちゃう不器用な人だけど……ハンマーさんは立派なハンターです!」

――そして私の一番の目標だ。

「熱弁ありがとうございます。でもね、アクアさん。その一時的な救済で一体何が変わると思いますか? たった一度問題を解決したところで人はまた繰り返す。上辺だけを取り除いたところで本質なんか変わりようがないんです」

しかしマリアンの言葉にアクアの心は揺らぐことは無かった。



                           次話へ
プロフィール

楽太郎

Author:楽太郎
モンハン好きの誰しもが自分の『世界』を持っているはず。この話はそんな世界の一部分です。
楽しんで読んでもらえたら幸いですね
(・◇・@)

お客様カウンター
こんなお時間ですニャ
検索フォーム
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
最新トラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。