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父親の言葉は大きな衝撃をフレアに与えていた。


「血を見ると錯乱してしまうのはその為だろう……」

「チョモは今どうして……!?」

聞かずにはいられなかった。

「大丈夫だ。少し時間が経てば落ち着くだろう」

「よかった……」

安心したフレアだったが、父親の次の一言で再び驚愕することとなる。

「フレア、もうすぐお前は10になるだろう」

「え、そうだけど……」

「いい時期だったのかもしれないな。領主の息子…いや、私の息子として命令する。知識をつけ、鍛練を積むために街へ出なさい。そこでお前の未来を決めてこい」

「街へ……? でも……」

「確かに急な話だ。お前が納得するまで話をしよう」


父親の話はチョモの、そしてフレアの為にも重要な話であった。
今のチョモにこれ以上刺激を与えれば心身共に危険にさらすことになる。
これ以上チョモのような子供を増やして欲しくない、そのためにはお前の力が必要なのだ――父親の言葉はフレアの心に正義の心を芽生えさせるに十分であった。


――次の日の朝、フレアは村を静かに後にする。


しかし顔はすでに希望で満ちており、その胸には秘めた熱意があった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



当時の私は大人しい子供だったらしい。

貧しくも、明るい父親と優しい母親と一緒に暮らしていた。

だけど、あの時……

私の目の前は一瞬にして真っ赤になった。

その後の事はよく覚えていない。

気付いたら知らない天井を見ていた。

するとシスターという女性が、涙の止まらない私をいつまでも抱き締めてくれたのを覚えている。

「ねぇシスター。どうして他の子は居なくなっちゃうの?」

ある時私はシスターにそう聞いたことがある。

すると、

「あの子達は新しい希望の光を見つけたのよ。大丈夫……あなたも直に見つかるわ」

と言っていつものように抱き締めてくれた。

「……? シスターはいなくならない?」

「えぇ。私はいなくなんてならないわ、あなたが自分を取り戻すまでは」

シスターの説明はよく分からなかったけれど、シスターがいてくれるならそれで良かった。

しばらく経つと、私以外の子供はついに一人も居なくなった。

シスターによると、

「それは良いことなのよ」

と言っていたが、何が良いのか全く分からなかった。

一人で一日の大半を過ごすことに慣れた頃、私は柵の外の世界に思いを馳せることが多くなっていた。
ぼんやりと覚えている外の記憶……でもよく思い出そうとすると頭が痛くなるからやめた。

そんなある日だ、私は一人の少年と出会ったのは。

フレアといったその男の子は、私の憧れていた外の子供だった。

「外に出てみようよ!」

彼は私の憧れを一瞬で現実にしてくれた。

彼と遊ぶことは今までのどんなことより楽しく、新鮮なものだった。

シスターにバレないかと不安だったが、何とか誤魔化せていた。


「俺さ、ギルドナイトになるのが夢なんだ」

森にある小さな湖、そのほとりである日、寝そべりながら彼は夢を語った。

「『ぎるどないと』って?」

初めて聞く言葉に私は首を傾げる。

「悪い奴やモンスターを倒して平和を守るカッコイイ人達なんだ! 俺の憧れの存在だぜ!」

そう言ったフレアの目はキラキラと輝いていた。

「そんなカッコイイなら、私もなりたいなぁ」

思わずそんなことを呟く。

「チョモならなれるよ! 一緒に村の平和を守ろうぜ!」

「うん!」

私とフレアは指切りを交わした。

「ずっと一緒な!」

「ずっと一緒!」

約束を交わすというのがこんなにもドキドキするものだったなんて、私は嬉しくてたまらなかった。

でもその後、一緒に森を走り回って遊んでいたフレアが転んだ。

大丈夫? そう言って駆けつけた後の記憶が、私にはない。




――そして目が覚めたら



フレアは村からいなくなっていた。




騙された。


裏切られた。


約束を破られるのがこんなに辛いものだなんて、私は胸が今にも張り裂けそうだった。

その頃からだろうか、私の心がネジ曲がってしまったのは。



それから数年経った頃、孤児院を出た『アタシ』はハンターになっていた。


――理由?

報酬がいいから。

それを期に髪はバッサリと肩まで切った。

邪魔だったから。

昔から『アイツ』と森で罠などを作って遊んできたせいか手先は器用だったから、ギルドの規定年齢なんて簡単に偽造できた。


私が選んだ武器はハンマー。

苦手な血があまり出ないからだろうか……自然にこの武器に手が伸びていた。

初めのうちはアタシも一生懸命戦っていた。

けれどアタシはすぐに気付くことになる。


自分には狩りのセンスが無かったと。

大量の血を見ればまだかすかに震えてしまうし、殴り付ける感触も慣れなかった。

そんな当時のアタシの面倒を見てくれたのは、夫婦で狩りをやっているというハンターの二人組だった。

彼らはとても優しく、

「君はそこで見てればいいから」

と笑って、二人で狩ったモンスターの報酬を無償で分け与えてくれた。

彼らも初めのうち位は…… と考えていたのだろうが、

私はそれにヤミツキになってしまっていた。

何も働かないで報酬だけを貰う。

こんな楽なことがあるだろうか?

その夫婦も暫くはそれを許してくれていた。

だがある日、急に別れを告げられた。

その時私が思ったのは、悲しみでも怒りでもなく、
「あぁ、次の相手を見つけないと」という無機質な考えだった。

それからは一緒に狩りをしてくれるハンターを転々とし、様々な理由をつけて彼らから報酬を奪っていった。

しかしそんな横着が永遠に許されることはなかった。ある日、噂を聞き付けたギルドナイトが私に警告を伝えにやって来たのだ。


それがフレアとの再開だった。



「お前……チョモ……か!?」

「………あんた、フレア?」

彼を見た瞬間、懐かしさが一気に込み上げる。

実に五年ぶりの再開だったから。

「お前……今までどこに居たんだ! 俺は必死に……」

「うるさい!」

でも私の口から出たのは拒絶の言葉だった。
懐かしさと一緒にそれ以上の憎しみが浮かび上がってきたのだ。

「私を置いて村を出て……もうお前の事なんか知らないんだよ!!」

それでも……。

「チョモ……俺は……」

嗚呼…… とアタシはそれでも自覚した。

アタシは……私はこんなにも寂しかったのだと。
一番強い思いは悔しいことに喜びだったのだから。

その後もアタシは活動をやめることなく、その度にフレアはアタシの元へとやって来た。

初めは激しく拒絶していたが、フレアのあまりのしつこさにアタシも拒絶することを諦め、昔とはだいぶ違うが、普通に会話を交わすようになっていた。


そして今に至る。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



ずいぶん長く回想をしていた様な気がする。

夕方の草むらに寝そべっていたチョモは足音を聞いて起き上がった。

「あ、フレア……」

やけに哀愁を漂わせながら歩くフレアを発見したのだ。

フレアからは死角になっていてこちらの姿は見えない。

(あ……そういえば領収書置いて出ていっちゃったからなぁ……もしかして皿洗いでも?)

彼女の小さな良心がチクリと疼く。

(でもアイツが怒鳴り込んでくるから悪いんだ!)

そうやって一人で弁護していると、

「あいつがああなっちまったのは……やっぱり俺のせいだよな」

彼らしくない、えらく沈んだ声が聞こえてきた。

(……フレア)

彼が自分が倒れたのがきっかけで村を出たことは、後で村人から聞いて知っていた。

(違う……確かにきっかけはそうだったかも知れないけど、その後は私の……)

「おい! ついに見つけたぞ!」

「………っ!?」

突如、チョモは後ろから何者かに後頭部を殴られ、彼女は静かに意識を落とした。


             ◇

ピチャン、と水滴の落ちる音でチョモは目を覚ました。


「…………ここは?」

辺りは暗く、様子は分からない。

「……うっ!」

頭に激痛が走る。
だいぶ強く殴られたようだ。

少し目が慣れてきた。
どうやら倉庫のようだが、周りはやはり暗くてよく見えない。

「………っ! 体が動かない!?」

ここでチョモは腕と足を強く縛られていることに気付いた。

「おっ、目が覚めたみてぇだな」

「誰!?」

不意に後ろから声をかけられ、チョモはそちらに顔を向ける。

「は? まさか俺を忘れたわけじゃないよな?」

「……お前っ!」

そこに立っていた男は以前チョモが手柄を横取りしたハンターの一人だった。

「まだまだいるぜ?」

ぞろぞろと後ろの暗がりから現れたのも今までチョモが騙してきたハンター達だった。

「私たちはねぇ……分かると思うけどさ、アンタの被害にあった連中の集まりよ」

またもや見覚えのある一人の女がそう言って睨み付けた。

「散々ギルドに文句を言っても全く被害が減らねぇからよ、調べたら一人のギルドナイトがてめーのことを庇ってるやがった! ギルドナイトが庇ってんならラチがあかねえ……だからこうして集まって直接お前に報復してやろうって決めたんだ」

(まさか……フレアが?)

チョモの頭に彼の姿が浮かぶ。

「でもお前の周りにはいつもその邪魔なギルドナイトが引っ付いてやがって……今日は運が良かったぜ」

『いつか必ず後悔するぞ!?』

(フレアはアタシがヤバイことを知ってたからいつも近くに………?)

「よくもこんな人数を手玉に取りやがったな……生きて帰れると思うなよ? っておい! 聞いてんのか!」

倉庫中に怒声が響き渡る。

「……っ!」

怒鳴った男が近くに落ちていた角材を拾うと、それを持ってチョモに近付く。

「全く反省してないようだからな、この際しっかり反省させてやるよ! 死ぬまでな……」

(コイツら……本気でアタシを殺す気だ……)

「す、好きにすればいいだろっ!」

そうは言ったが体が恐怖に震えるのを止められない。

「その威勢がいつまで持つかな? 順番にコイツでぶん殴っていこうぜ、まずは俺からだ」

(これが報いなの……?)

「覚悟しろよ」

冷たい低い声でそう言うと、男は角材を振りかざす。

「ひっ……!」

それを見たチョモは咄嗟に目を瞑る。



(ごめん……フレア)




その瞬間、鈍い音が倉庫に響いた。






「ぐあぁぁ!?」

チョモは驚いて目を開いた。
初めに目に映ったのは角材を落として吹き飛ぶ男の姿。


――そして

「ちょっとは反省したか?」


「え……?」


そして次に映ったのは紅。


「てめえ! 何で邪魔しやがる!」

取り巻きの男が怒鳴る。




「てめぇら……チョモに手ぇ出してんじゃねーよ!!!」

フレアは叫び、長く赤い髪が宙に舞う。

その瞬間、フレアはハンター達を一蹴していた。

その髪は倉庫の合間から入り込んだ月の光に照らされ、まるでルビーのように輝いていた。

「あ…………」

一瞬で目を奪われる。

「チョモがこんなことをしちまったのは俺の責任だ! だからな、コイツに危害を加えてみろ! 全員ぶっ飛ばすぞ!」

「ふ……フレア!」

フレアは鬼神のような形相でチョモの前に立ちはだかっていた。

「ちっ……! あのギルドナイトかよ……だがよ! お前のやってることは正しいのか!? ギルドナイトだったらまずソイツをとっ捕まえろよ!」

ギルドナイトは並みのハンターでは太刀打ち出来ない強者の称号。

すでに大半のハンターは逃げ出しており、追い詰められた男はフレアにそんなことを口走っていた。

「俺がギルドナイトになった理由は2つ。1つはあらゆる戦争を終わらせること」

そしてもう1つは……とチョモを指差した。

「コイツを守ってやることだ! 分かったらとっとと失せやがれ!」

「……くそっ、いかれた野郎め! 覚えてやがれ!」

フレアの一括に男は完璧な捨て台詞を吐いて、慌てて逃げ出していった。

「ふぅ」

場が収まると、フレアは軽く息を吐く。

「フレア……?」

初めて本気で怒ったフレアを見て、チョモが恐る恐るといった様子で声をかける。

「俺はさ、あの日からお前を守るって誓ってたんだ」

フレアはチョモに背中を向けたまま話り始めた。


「だから親父から街へ行けと言われた時、チャンスだと思った。あの時の俺はまだ何も持っていなかったからな」

「フレア……私は……」

「だけどな! 今は違う。5年間ギルドナイトになるために必死でやった!」

フレアはそう言ってチョモの方に振り返った。
額から赤い筋が何本か流れた。
角材が当たっていたのだろう。

「お前を置いてきちまったことを悪いと思ってたから、今まで様子を見ちまったがな! こんなことになるならもう遠慮はしねぇ! 引っ張ってでもお前を更正させてやる! 二度と目を離さねぇから覚悟しとけよ!」

ビシッ! とチョモに指をさすフレア。

急な展開にポカンとしていたチョモだったが、

「へへっ……よろしくね! フレア」

昔のような眩しい笑顔をフレアに向けた。

「あ……ああ! 任せろ!」

昔同じような会話をしたような気がした。
「と、ともかく! これに懲りたらあんま無茶なことすんなってことだ!」

勢いで言ってしまったことを後悔しているのか、フレアは照れ臭そうに横を向いてしまう。


「…………ありがとね」

「ん? 何か言ったか?」

「別に」

不思議だ。
フレアの横顔を眺めていると、心にふんわりと暖かいものが流れ始る。
忘れかけるほどに久しぶりの感覚だった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



―孤島―

「うぅ……」

「チョモ……流石になまりすぎだろ……」

あれから三日後、二人は孤島に狩りの練習に来ていた。

「仕方ないでしょ! 真面目に戦うなんてホントに久々なんだから!」

チョモは肩で息をしながら言う。

「でも下位のクルペッコだぜ……? 肩書きは上位ハンターなのになぁ……」

「私もここまでとは思わなかったっての……」

あの一件以来、なぜかチョモは一人称を『私』に戻した。

髪も以前より少し伸び、少し大人っぽいイメージになっている。

「よし、分かった。お前は後ろに下がっとけ」

フレアは大剣を握ると、地面に降り立ったクルペッコに向き合う。

「ちょっと! それじゃ……」

前と変わらないじゃん! そう言おうとしたチョモだったが、フレアはクルリと彼女の方を見ると、

「ちげーよ。チョモ、お前俺のサポートに回ってくれないか?」

「さぽーと?」

「あぁ、粉塵とか罠とか一応持ってきてただろ? お前はそっちを全力でやってみてくれ」

「! 分かった!」

狩りはただ攻めるだけではない。
一人一人役割を分担することで狩りを何倍も有利に進めることが出来る。
そんな基本をチョモは今思い出した。

「手が空いたらそのハンマーで遊撃しながら麻痺を狙ってくれ! 大丈夫。お前なら、出来るさ」

「……任せて!」

心のどこかで焦っていた自分がいたのかもしれない。
フレアの言葉はチョモのそんな焦りを見越したように、力強く胸に響いた。


チョモの眼は、初めて、ハンターの眼になっていた。



――そこからのチョモの活躍は、彼女の実力を知ってるものが見れば目を疑う程のものであった。

幼い頃に培ったテクニックで的確に罠を仕掛け、フレアが傷ついた時には抜群のタイミングで回復させた。

ずっと相手の様子見を続けてきた彼女の目は、とても優秀な観察眼へと育っていたのだ。

(すげぇ……! 狩りがこんなに楽になるかよ普通……)

ふとした思い付きから彼女の隠された才能を発見してしまったフレアは若干の焦りを感じたものの、それを知ってか知らずかチョモは着々と腕を磨いていった。


「こりゃどえらいのを起こしちまったかもなぁ……」


~組めば怪我をしないで狩猟から帰ってこれる、女神のようなハンターがいる~


そんな噂が広まるのは時間の問題だった。


――数ヶ月後


二人は村を離れ、街のギルドに拠点を移していた。

「フレアー! また狩りに誘われたから一緒に来てよ!」

「またかよ!? この人気者が……俺はまだギルドナイトの仕事が残ってるんだぞ。たまには一人で行って来たらどうだ? 『天 山 の 女 神』 様 !」

大層な二つ名を貰ったもんだ とフレアはニヤリとしながらそんな彼女の顔を見た。

「ちょっ……! そんな名前で呼ばないでよ! それに目を離さないって約束したじゃん!」

チョモはぷぅと膨れてフレアに詰め寄る。

「あぁ、そうだったな」

んな彼女の様子に、そフレアはやれやれと腰を上げる。

今、フレアとチョモは一緒にギルドナイトの仕事をしながら狩りの依頼をこなしている。

「じゃ、行こっか!」

にぱっと微笑むチョモ。

装備している天城シリーズという防具も相まって、本当に女神のようだ。
でもそんなことは思っても絶対に言いたくはない。

そんな彼女がハンター達の絶大な人気を獲得し、ギルドも説得して『ギルドナイト補佐』という美味しいポスト(低労働高報酬)を無償でもらってフレアを大変悔しがらせたのは少し前のことである。



~~~~~~~~~~~~


「……チョモ。少し大事な話がある」

狩りの帰り、前を歩くチョモにフレアは真面目な声で呟く。

「ん?」

チョモはきょとん とした顔でこちらを向いた。

「また紛争が始まった。しかも今度は大きい」

「…………」

それを聞いた彼女の表情も引き締まる。

「紛争を止めに行くっていうの?」

「……そのつもりだ。上には話を通してある」

フレアの表情は揺るぎのないものだった。

「なら私も行く」

「駄目だ。お前にはお前の仕事が……」

「私がギルドナイトの補佐になった理由を教えよっか?」

「………」

「アンタをサポートするためだっての!」

フレアの肩を叩き、ニッ! と笑う彼女の顔もまた揺るぎないものであった。

「はぁ……言っても、止まらねぇよな」

頭を掻いて、フレアは本日何回目かのため息をついた。

「……よろしく頼むぜ? 相棒」

「うん! 任せて!」

数日後、彼らは共に紛争地帯へと向かった。












各地でモンスターの古龍化騒動が起き始めたのはこれから五年後……。
ユクモから一人の少女が旅立つ所から始まる。






END
M237――このたった四文字の羅列が、彼女を彼女たらしめる唯一の言葉だった。


砂漠と樹海の間にある険しい岩場の、一歩踏み間違えればそのまま奈落へと消えてしまうであろう切り立った崖。
今、彼女は一人そこに佇んでいる。

あぁ、また戻って来ちゃった……、その一言は崖下の暗がりから吹き抜ける風の音にかき消された。
しかしその風も、彼女の頭に未だ響く声までは消してくれない。

強風の吹き荒れるこの場所は昔から危険地帯とされ、近付く者は皆無。
だが、だからこそ『施設』はここに存在していた。

国によってひた隠しにされるこの施設は、戦場で駒にされる兵士の育成を主としている。
『義勇軍』……そんな風に言えば聞こえは悪くないのかもしれない。
戦場に唐突に現れて犠牲も構わずに勝利への道を切り開く彼らは、戦場では英雄扱いを受ける。
しかし幼い頃から休む暇なく一般教養や世界情勢、戦闘に戦略……ただ勝つ為だけの情報のみを教わってきた彼等にとって、周りからの風評など本当に意味の無いものであった。

そんな生活の中、彼女が特に嫌ったのは毎朝に行われる意味の無い整列だった。

いや、意味はあるのだろう。
それでも、と彼女は思う。これに意味を見出だすのは馬鹿げている、と。

戦争があれば『国の為』と戦地に駆り出され、終われば再び息苦しいこの場所へと戻される。

すると大抵、番号順に並んだ彼女の前後には見知った友人は消え、番号の繰り上げられた知らない人間になっているのだ。


今回もまた、いなくなった。

戦場で響き渡る悲痛な叫びは暫く頭から離れることはない。施設での洗脳まがいの教育を受けながら10年……彼女は楽になろうと、しようと促す心に逆らい、永遠とも思える時間を戦ってきた。

――私達はただ在るべき所に戻るだけなんだよ。
前回まで彼女の前にいた女性はそう語っていた。

戦場で拾われた私達は、やはり戦場に還るのが自然なんだ――そう言った友人が最後、どのように還っていったのかは知らない。

そうなのかもしれない、それでも私が私でなくなるのは……きっと凄く恐ろしいことだと思うから。だから彼女は今まで生き残り続けた。

人一倍頑丈だと思っていた心が、静かに壊れ続けていたことには気付かずに。



「やぁ、また会ったね」

崩れ去る寸前の心を救い上げたのは、ある日を境に彼女の前に居座り続けた一人の男だった。

「……あんたはまだ死なないんだね」

「いきなり失礼だな、君は」

始めての会話はこんなものだった。

「私の前後は特によく死ぬ」

彼女は淡々とした口調で目の前の男を見る。

「でも僕は随分と長く君の前にいるよね」

男はそれに飄々と返す。

「……だから久々に興味が沸いたんだ」

「それはありがたいことで」

――実は僕の前後もよく死んでたんだ、後で男は相変わらずの軽い口ぶりでそんなことを言っていた。



          ◇



日差しが執拗に身を焦がす炎天下、砂漠の近くにあるこの場所にとって夏場は地獄である。

「あんたのお陰かな? ここに帰ってきても声にうなされなくなった」

「……それはこちらこそ、と言わなきゃならないね」

涼しい日陰を陣取って座っていた彼女の謝礼に、男は多少驚きながらも礼を返す。

それよりもそこを譲って欲しいんだけど……、と汗を拭きながら懇願するが、いやだ、と一蹴されて男はがっくりと肩を落とした。


戦場での毎回の活躍により優遇された二人は、訓練さえこなせば比較的自由な時間が与えられている。

だから初めて会話したあの日から、互いに興味を持った二人は時間を見つけてはなんということのない会話を交わしてきた。

戦友……外の平凡な世界でなら親友と呼ばれてもおかしくない仲になるのに時間はそれほど掛からなかっただろう。

「なぁ、124」

いちにいよん、そんな間抜けた呼び方で彼女は話しかける。

「何だい?」

「名前……ってあるでしょ? 欲しいと思わない?」

「これのことじゃなくて?」

男は胸に付けられた『M124』のプレートを指差す。

「いや……何というかもっと意味のある言葉……かな?」

二人が初めて言葉を交わしてから数ヶ月、彼女の顔には生気が戻っていた。

「……でもこんなところじゃ必要ないんじゃないかな?」

首を傾げる男もそれは同じだった。
会話をする、心を通わせる……それだけのことが出来ないだけで心は簡単に壊れてしまう。
それに気付いてから、二人は話す時間を特に大事にしていた。

「でもさ、皆同じような呼び名じゃん? 個性は必要だと思うんだ」

「ははっ、個性か……教官が聞いたら鞭が飛ぶだろうね」

『傭兵たるもの個人より集団を重んじるべき』とは彼等を『熱心』に教育している教官の口癖である。

「茶化さないで。でもさ、昔は私たちにだってあったはずだよね?」

「……全然覚えてないけどね」

戦場で拾われた彼等に施設が施すのは、彼等に番号を付け、記憶と一緒に名前を忘れさせること。
個々の感情を消すには、それが一番効果的だった。

「ならやっぱりもう一回欲しいよ」

「付けたとしても、ここで使ってもらえる訳じゃないし……最悪、処罰が下るかもしれない」

突発的なことを彼女が言うのはいつもの事だったので、男はたしなめるように言った。

「ねぇ、試しに二人で名前を付け合ってみようよ! 私達だけで使う内緒の名前! それにもしさ、世界に出たときに名前がなかったら大変だよ?」

もし世界に出たら。
これは最近の彼女の口癖だった。
血生臭いこの世界を一歩越えた所にある広大な世界。しかし逃げることの許されない彼女らにとっては途方もない一歩。

それは彼女も分かっているはず。
それでも彼女は諦めない。

「さぁさぁ!」

わくわく、といった言葉が溢れるように彼女は彼を捲し立てる。

「君も大概話を聞かないね……でもまぁ、ちょっと面白そうかな」

ここまで彼女が促すことは珍い。男はやれやれ、と押し負けた。

「でしょ! じゃ、お互いにお互いのを考えようよ。あ、ちゃんと意味も考えてね!」

「はいはい……」

二人はしばし考え、悩んだ。

「決まった?」

「まだ。そっちは?」

「もうちょい」

「「うーん……」」

いつの間にか男も名前を考えることに夢中になっていた。


「決まった! そっちは決まった?」

「今しがたね」

「じゃあこの紙に書いて発表しよう!」

「無駄に用意がいいね……」

「書けた? じゃあせーので発表しよう!」

「分かった分かった」


「「せーの……」」


二人は同時に紙を見せ合った。



          ◇



彼等のイニシャルはそれぞれの役割で決められている。

A~なら単純な戦闘部隊。
I~なら情報戦略部隊。



M~なら対モンスター部隊。


戦場には血の臭いを嗅ぎ付けたモンスターが頻繁に現れる。
そのモンスターを討伐、撃退するのがMのイニシャルを持つ者の任務である。

ギルドのハンターと同じような働きをするが、こちらは登録されない非合法なハンター。ギルドではやらせないようなことも平気でやらされていた。

特に優秀な人材がこれに当てられるが、一番に危険も多い。

それでも人を殺すのより何倍もいい、とはあの男が言った言葉である。



その男が

「おい! 目を醒ませ! 『―――』!」

戦火の真っ只中、飄々としてる普段の様子からは想像出来ない程の声を張り上げていた。

激しく燃え上がる家々。
倒れた人の上を逃げ惑う人々。
それに襲いかかる小型の鳥竜種。

そして、

二人の目の前、死屍累々の光景の上に事切れていたのは巨大な一匹の轟竜であった。

「ごめん……『―――』。今度は……私が還る……番みたい」


男の腕の中で、かすれた小さな声で彼の名前を呼んだのは、あの日『名』を与え合った相棒。

彼女の背中には巨大な爪痕が残っており、何が起きたかを明白に物語っていた。止まらない血は、まるで二人を呪うかのように辺りを紅く染め上げる。

いつかはこんな日が来ると分かっていたつもりだった。
だけどその時は自分が死ぬと思っていた。

「君はもっと広い世界を見たかったんだろ! ……その為に戦ってきたんだろ!?」

段々と息が弱まっていく彼女に男は必死で話しかける。

「私は……あんたに凄く感謝してる。私が……最後まで私でいられたんだから」

弱々しくも彼女はそういって笑いかける。
いつも爛漫とした彼女からはかけ離れた姿だった。

かけ離れ過ぎていた。

過酷な環境に敷かれながらも懸命に生きようとした。潰されそうな心を奮い立たせて『自分』を貫き通してきた。

そんな彼女の最後がこんな呆気ないものなのか!?

動かない彼女を抱いたまま、気が付けば男は空に向けて叫んでいた。

「こんなのあんまりだろう!? 神様って奴がいるなら出てこい!!! どんな代償でも払うから! 払ってやるから! 『―――』に! 『―――』に世界を……広い世界を見せてやってくれよ!!」




――叫びは空に大きく木霊する。

















――白い稲妻が一つ、落ちた気がした







◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




…………?

………ここは?

薬のツンとした臭いが鼻孔を刺激する。

辺りを確認するために身を起こそうとするが、

「痛っ!?」

突然走った背中の痛みに思わず声が出た。

「気がついた!? 良かった……」

声を聞き付けてやって来たのか、女性の声が私の元へ届いた。

「ここは……うっ……!?」

目覚めたばかりだからか目の前がボヤけてうまく見えない。

「今は起きない方がいい。アンタ、私が見つけなきゃ今頃……」

真剣な声。

私は相当危なかったらしい。

戻ってきた視力が捉えたのは、彼女の白い髪がふわりと揺れるところだった。

「……ありがとう」

痛みを堪えて何とかその一言を絞り出す。

「いいって。私がしたのは応急措置だけ。礼を言うならアンタを見つけた私の相棒と医者に言いな」

相棒に手出したらダメだぞ……って怪我人に何言ってるんだか、とからからと笑う彼女。

私が目を覚ましたのが随分と嬉しいらしい。

「あ、自己紹介しとかなくちゃね、私はチョモ。色々やってるけど、今は医者の卵みたいな感じ。アンタは?」

「私は…………っ!?」

え?


あれ?


あれ……?


記憶は……ある。

施設で傭兵やってて……戦場で……怪我……したん、だよね?

名前は……そっか初めから……ない………いや!

あった

あったはず………なのに……


何故か、思い出せない。


「大丈夫? やっぱりまだ休んでたほうが……」

焦りが顔に出ていたのだろう、チョモが心配そうにこちらを見る。

「私の……」

「ん?」

「私の荷物に何か……」

何かあるはず……

「えっと、アンタの荷物は……この小さな袋だけみたい」

私は彼女から引ったくるように袋を受けとった。
間違いない、私が身に付けていた小物入れだ。

急いで中を確認すると、施設の登録標が入っていた。

急いで名前を確認するも、そこには「M237」と書かれているだけ。

(違う……これじゃない!)

袋をひっくり返すように探していると、ひらり、小さく折り畳まれた紙切れが落ちた。

何だかとても懐かしい気がする。

素早く、しかし丁重に紙を開いていく。

書かれていたのは

【Hammer】

の一文字。

すとん、とその言葉は彼女――ハンマーの胸に収まった。

(あぁ……そうだ。これが私の名前……)

「思いだした。私の名前は……ハンマー」

「ハンマー……? えらく突飛な名前だね……由来は?」

思い出せない誰かがつけてくれた名前。

『君の好きな武器とかけてみたんだ』

誰とも分からない声がした気がした。

でも由来を聞いて、無理やりすぎだろう、と大笑いしたことだけは覚えている。


「『傭兵なんて肩書き、叩き潰せ』」

本当に……思い出せないのに、涙が止まらないくらい……可笑しい。



怪我も完治し、チョモに礼を言って別れた後、ハンマーはギルドへと向かった。


理由は二つ。

一つは慣れた仕事だから。

二つ目は、治療を受けているとき彼女に言われたのだ。

――世界を知りたいならハンターになればいいよ、と。


                          【次章へ】
「竜・撃・砲! 点火ぁ!」

いい年をしたオヤジが豪快に吠える。

「属性解放突き……フィニッシュ!!」

同時に銀髪の少年が叫ぶ。

「溜っ……さん! スタンプ!!!」

それに続くように桃髪の女性が、担いだ大槌を力の限り叩きつける。

一瞬にして、目の前が爆風に包まれた。

「おぉ………」

あまりの衝撃に思わず吐息を漏らしてしまう。


【目標を達成しました】


「お疲れさまぁー! いやぁ! 今の良かったなぁ!」

「ああ! やっぱ最後は大技でドカーンだな!」

「だよねぇ! わかるわかる!」

「「「あっはっはっはっ!!」」」

三人は肩を組み、すっかり意気投合して笑っている。

(仲むつましいのはいいことだな………ん?)

そこでふと思った。

(……あれ? これ、もしかすると私……所謂空気というやつなのではないか?)

先程の激闘を熱く語る三人の傍らで弓使い――モモは一人、愕然とした表情でたたずんでいた。


        ◇


――桃姫(ももひめ)。
この名前は大袈裟で嫌いだ。
普家の生まれの私にこんな大層な名前をつけた両親が少々恨めしい。
その為普段、他人と接する際には『モモ』という略称で通している。

さて、突然ではあるがここで少々自己紹介をしてみようと思う。

私はこの大陸でいう『東の国』と呼ばれる国々の出身で、修行の為この地で狩人を営んでいる。

なぜ先程、他の狩人達と温度差が出来ていたかって?

うむ……しかしあれは私が悪いのであろうか?


始まりは、私がとあるギルドの酒場を訪れた時のことだ――



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「それでは! この依頼書にサインをお願いしまーす!」

昼間から騒がしく、酒の臭いが立ち込める酒場――大体どこのギルドに行ってもうるさかったが――の喧騒に負けないように声を張り上げる受付嬢に若干申し訳ない気持ちになりながら私は署名……サインをした。

「これでお願いする」

「んん?? この何て読むんですか??」

受付嬢の表情には『はてな』の記号が読んで取れる。やはりそうなるか……。

「すまない、東の国の文字なんだ。言葉は慣れたのだが……どうにもこちらの文字は苦手で」

すると受付嬢は『ああ、東の国の』と言うと、慣れた様子で他の受付嬢に呼び掛けた。
呼ばれてきた彼女はどうやらこちらに精通しているらしい。契約書をペラリと眺め、把握したように顔を上げる。

「お待たせしました。桃姫様ですね。確かに契約を承りました」

「恩に着る」

「では受注板に書き加えますので、準備が出来ましたら申し付けください」


何とかクエストの受注を終わらせる。
今回は割とスムーズに出来たが、このやり取りをクエスト終了後もやらなければいけないかと思うと、些か肩が重くなる。

もはや契約書もモモで通してしまおうかとも思うが、契約不履行だなどと面倒事が起こるのは御免なのでそれは止めておきたい。

「さて……」

そう言ってモモはクエストの受注板の前に立ち、酒場を見渡した。


クエストは貼った。
後は協力者が申し出てくれれば心強いのだが……。

そう思いながら声をかけるに値する狩人を探す。


何せ今回の相手は……


「お、黒ティガじゃん! 何々? お姉ちゃんが受注者?」

私の横、丁度肩下の位置から声をかけられた。
顔を斜め下へと傾け、声の主を確認する。

「あぁ……そうだが、少年はハンターか?」

「あぁ! 姉ちゃんも俺をガキ扱いすんだな!?」

そう言われても……と言葉に詰まる。
齢は十五程だろうか、銀髪に浅黒い肌の少年が『お姉ちゃん』などと呼び掛けてくるのだ。
依頼人かとも思ったが違うようだ。

「オイラはこれでも23! れっきとした上位ハンターだぜ?」

「何だと!?」

少年は腕を首の後ろに組み、私をキッとした目付き(しかし上目遣いかジト目にしか見えない)で睨み付けている。

流石に嘘だと思ったが、よく見ると背にはこちらの大陸で普及している武器だという剣斧……スラッシュアックスが刃を光らせているし、何より目についたのが……銀髪から覗いている尖った耳。
これには心当たりがあった。

「少年は龍人族か?」

「だから少年じゃないっての! ……そうだよ。爺ちゃんが龍人族だから『くおーたー』っていうらしいけど」

龍人族は人間や獣人とは別の種族で、人間よりも遥かに長い寿命を誇り、鍛冶や調合などの高度な技巧を備えている。しかし反面人口は少ない。
ポッケ村のギルドマネージャーや村長、行商婆さんなどがそれにあたる。

「龍人族のくおーたー? ……あぁ、少年の龍人の血は薄いのだな」

聞き慣れない単語が飛び出したが、頭を回転させれば意味くらいは理解できる。
覚えなければいけない言葉はまだまだ多いな。

「薄いっつってもその辺のハンターよりかは頑丈に出来てるぜ! なぁ、オイラも丁度腕試しがしたかったんだ! 連れてってくれよ!」

手を合わせ、今度こそ上目遣いで覗き込んでくる。
こうしてお願いする姿はどこまでも少年なのだが、これで私とあまり変わらないとは……。

「いいだろう。こちらこそ宜しく頼む」

「任せといて! オイラはヨルヴァ。お姉ちゃんは?」

「モモと呼んでくれ。それと『お姉ちゃん』はやめてもらいたいんだが……」

どうも呼ばれ慣れない。

「分かったよモモ姉ちゃん!」

「…………」

ニシシとヨルヴァは笑う。……さてはこの少年もどき、遊んでいるな……?

一言いってやろうと口を開きかけた時、後ろから心臓が止まるかと思うほどの大声が飛んできた。

「おぅおぅ! 黒ティガだな? ワシも参加させてくれい!」

「……っ!」

驚いて振り返ると、更に驚いた。

アオアシラと見紛う程の巨体。厳つい顔つきに色濃く強調するヒゲ。鍛えられた体は鎧の上からでもはっきりと分かる。

そして何より……

「何だよこの馬鹿デッカイおっさんは!!?」

ヨルヴァが驚きの声を上げる。

「おっさんではない! 今年でまだ40半場だぞ!」

「それはもうおっさんだって……」

そう、彼が纏う雰囲気は圧倒的な中年……もといベテランのオーラだった。

「ほれ、これがワシのギルドカードだ」

「あ、オイラのも! はい」

「私のも受け取ってくれ」

三人はギルドカードを交換し合う。
ギルドカード交換はこの世界での挨拶代わりである。
相手の力量もおおまかに分かる。便利なものだ。


「ハルクヴィン・ベルンハイト……凄い名前だな」

どこぞの貴族の生まれなのだろうか?
しかもG級だ。
まじまじと大男を見上げる。

「ハッハッハッ! 大層な名前だろう? 面倒臭いからハルクと呼んでくれ」

ハルクは豪快に吠えると、手を出してモモとガッシリと握手を交わした。

「私はモモだ。宜しく頼む、ハルク殿」

「俺はヨルヴァ! ヨロシクな! ハルクのおっちゃん!」

「どのぉ? そんな呼び方せんで普通にハルクと呼んでくれ。そのほうが気兼ねせんでいいわ。それよりも小僧! ワシはまだおっさんじゃないと言ってるだろうが!」

「ワシなんて言ってる時点でもうおっさんだよ!」

唸るハルクにヨルヴァが食って掛かった。
大柄なハルクに物怖じせずに怒鳴り返す。

そこなのか?
そこなのか??

モモも急に繰り広げられた口論に混乱してるのか、些かずれたことを考えながら二人を見ることしか出来なかった。

険しい剣幕で口論する中年と少年……見ているこっちがハラハラする光景だ。

しかしそんなこんなで口論は五分ほど続いた。

はぁはぁと肩で息をしながらハルクはヨルヴァを睨み付ける。

「ふん、ハッキリとよくモノを言う小僧だ。嫌いじゃないぞ」

そしてニッと笑い手を差し出した。

「ヘヘッ! あんがとよ!」

後で訊いた話だと『魂を分かち合った』らしい……そんな二人がガシリと握手を交わしたところで、モモは二人に話しかける。

「もういいだろうか? 二人の腕が確かなのはギルドカードを見れば分かったが、相手はティガレックス亜種だ。出来ればもう一人欲しいと思うんだが……」

ティガレックス亜種……通称『黒轟竜』。
温泉地で有名なユクモ村のギルドが発見した、いないとされてきたティガレックスの亜種。
通常種より凶悪かつ狂悪な行動、咆哮というレベルを超えた衝撃波……どれをとっても全力を尽くさないと一瞬で命を落とすだろう相手だ。

「確かになぁ。モモ姉ちゃんは弓だろ? ならもう一人近接がいたほうが大分安定するね」

ヨルヴァの翆色をした眼がキラリと光る。
流石は上位ハンターだ。戦略の話になると雰囲気がガラリと変わった。

「ならワシに心当たりがあるぞ」

それに続いて、むすっとした顔(後にこれが普通だと分かるのだが)のハルクが口を開く。

「本当か?」

モモがハルクを見上げた。G級ハンターの見立てなら期待ができる。

「ほれ、あそこの席に二人組がいるだろ? あの二人は恐らく相当やるぞ」

ハルトの指した方向には確かに二人の女性ハンターが座っていた。
一人は寝ているのだろうか? 昼間から飲み潰れているなら少し不安になる。

「私が声をかけてこよう」

オイラも行こうか? と言うヨルヴァに大丈夫だといってモモは二人の席へと向かい足を進めていった。

頼み事をするのだから複数でいくのは礼儀に反する。

近付くていくと、二人の会話が聞こえてきた。

「アクアー? 大丈夫?」

桃色の髪をした女性が机に伏せているポニーテールの女の子に声をかけているようだ。

「無理です……海越えはやっぱりキツいでした……」

「言葉がおかしいよ……こりゃしばらくはダメだなぁ」

「ちょっと失礼する」

困ったようにポリポリと頭を掻く彼女にモモは声をかけた。

「ん? 何か用?」

「実は――」

きょとんとこちらを見る彼女にモモは訳を話した。

「黒ティガかぁ~。私まだ戦ったことないから是非とも参加したいんだけどね……」

ちらり、と机の少女に目をやる。
やはり彼女が心配なのだろう。

「うぅ……ハンマーさん、私はしばらく休んでるので……行ってきてください」

具合の悪そうな声でアクアと呼ばれた少女は机に伏したままハンマーにそう言うと、再び動かなくなった。

どうやら船酔いらしい。
この酒場のあるギルドは小さな港を構える町にある。話によると、やはり彼女たちは他の大陸からやって来た旅のハンターだった。

「ん~じゃあせっかくの頼みだし、アクアは受付嬢に頼んで見ててもらうとするか」

そう言った彼女のギルドカードを見るとこちらもG級。ハルトの見立ては正しかったようだ。

「あ! モモ姉ちゃん交渉成立?」

ハンマーを連れて二人のところに戻ると、それを見たヨルヴァが駆け寄ってきた。

「私はハンマー! どうぞよろしく!」

「カッコイイ名前だなぁ!」

「まったくだ! やはり期待できるな」

「本当? 嬉しいねぇ」

そして四人は自己紹介と軽い雑談を交わした後、準備を済ませて黒轟竜が住まう火山へと向かったのだった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


そして冒頭のシーンに戻る。

三人の働きは素晴らしかった。
ハルクは隙の無い豪快なガンランスの攻撃で的確に黒轟竜を弱らせ、ヨルヴァは素早い身のこなしで剣斧を振り回し、ハンマーさんはその名の通り巨大な鎚を盛大に敵に打ち付けた。

その後ろで私は黙々と弓を射る。
三人のような豪快な技は無いけれど、この武器が私に一番合うと思っている。


龍木という特殊な素材を東の国の技術で加工して出来たこの弓――龍弓【日輪】。

相棒であるこの弓は、この大陸に伝わる『曲射』という技術こそ出来ないものの、大変優れた性能をもつ武器だ。

だからそれはいい。

だがこの『あうぇい』感は流石に寂しい。

「皆……お疲れ様。手伝ってくれて感謝する」

おずおずと話しかけたモモ。

すると、どういうことだろうか

「お! 今回のMVPのお出ましだ!」

ハンマーがモモを見るなりそう言った。

えむぶいぴぃ……?

どういう意味だろう?


困惑するモモを『待っていました!』とばかりに取り囲み、三人が口々に話しかける。

「ありがとな! モモ姉ちゃんのお陰でスッゲー楽に動けた!」

「うむ、特に突進してきた時の奴の牽制! 見事だったぞ!」

「よくあんなとこ狙えたよねぇ! 狩り中なのにちょっと感心しちゃったよ!」

「あ………あの?」

初めて贈られる称賛の嵐にモモは挙動不審になってしまう。

弓なら援護して当然、そんなことを言われてきたモモにとって、三人の言葉は胸に染みるものだった。


「皆だった最後の大技、本当に感動したぞ!」

負けじと称賛の言葉をかける。

「お! やっぱりモモ姉ちゃんから見ても凄かった?」

「やっぱりさっきの、外からみたら凄かったでしょ? 私も見たかったなぁ」

「仕方ないだろう。 ワシ達はずっとモモの弓の技術を堪能したんだ。最後くらいワシ達も目立たんとな!」

「そんな……それは買い被りすぎだ!」

「あ、照れてるの?」

「ち……ちがう!」

「モモ、自信を持たなくては駄目だぞ?」

「そうそう。私なんてほら! 自信の塊だし」

「……モモ姉ちゃんはこうなっちゃダメだからね?」

「えー? なんでよ?」

「「「あはははは!」」」

お互いを誉め、認め合う。それがとても大事なことなのだと改めて思い知らされた。

「さぁ! 次は何に行こうか?」

「ワシは強い奴なら何でもいいぞ!」

「あー! 私ももう少しこのメンバーで狩りたいなぁ。アクアに言ってもう少し滞在しようかな」

「そうしなよハンマーのねーちゃん! モモ姉も喜ぶよ! ねぇ?」

「もちろん! 是非とも宜しくお願いしたい!」

「オッケー! 今度はアクアも紹介するからね!」

「っていうかヨルヴァ……その呼び方は流石に恥ずかしいんだが……」

「いいじゃん! 似合ってるって!」

「全く……」

胸がまだ暖かい……

そうか私はこれを学ぶ為にここに…………


「モモねー! 次はジエンモーランだって!」

「!? 流石に急すぎるだろう!」

「大丈夫大丈夫! この私に任せときなさい!」

ハンマーが私の肩を叩く。

「ワシの力とどちらが上か、比べてやるわ!」

ハルクが高らかに吠える。

「おっちゃん、そんなことやったら砂漠に落とすからね?」

ヨルヴァの呆れた声が聞こえてくる。


仲間と打ち解けるのは簡単なことなんだ。
自分の心を開けばいい。
そうすれば時間なんていらない。

「私は大タルGを持っていくぞ!」

「えぇ!? じゃあ起爆合戦だ! ジエンの戦闘中に飛び交う爆発……カッケェ!」

「なら私はマタタビ爆弾かなぁ。ピンク色にしてやる!」

「ガンランスの威力を忘れてもらっちゃ困るな!」

四人の笑い声が火山の岩場に響く。


ただ狩るだけが狩人じゃない。
そんな簡単なことに今気づいた。
こうして人の輪は広がっていき、世界が広がっていく。


その世界はどのくらい輪を広げれば包むことが出来るのだろうか?


モモはクスリと笑った。


これからの狩りがとても楽しみなんだ。
「どりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「うるぅぅぅぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


昼下がり、水没林の一角に熱い雄叫び(×2)が響き渡る。

「………はぁ」

また始まるのか……とモモは呆れるようにため息をつく。
すると、それと同時に小規模の爆炎が目の前の男達を包み込んだ。

「うわぁ!?」
「ぐぉお!?」

同時に反対方向に吹き飛ぶ二人。
その場に残ったのは脚を引きずるロアルドロス一匹だ。
離れにいたモモは呆れ顔をしつつも素早く矢をつがえ、弱った水獣の眉間を的確に射抜いた。

「ウルルゥ……」

急所を射られたロアルドロスは力なく呻いた後、地面に横たわり動かなくなる。


【目標を達成しました】


「ふぅ………『クエスト』は無事に終わったな」

周りを確認し、一息ついてモモは大弓を背にかける。

さて…………問題はこの後なのだ。

「おっちゃん! 砲撃するときは周り見ろってあれだけ言っただろ!?」

「小僧こそ無闇やたらに斧を振り回しおって! 少しは位置取りを考えて立ち回ったらどうだ!」

「やはりか……」

険しい剣幕で焦げ臭い二人がまたもや言い合いを始めている。
ガルルと睨み合い、一発触発の雰囲気である。

「あのさぁ、とりあえず小僧ってやめろよ! オイラもう20過ぎてんだぞ!?」

「儂からみれば10も20もケツの青いガキに変わりないわ!」

「んだと!?」
「なんだやるか!?」

「二人とも、少し落ち着い……」

「モモは下がっていろ!」
「モモねぇは下がってて!」

「ぐぬ……」

二人は同時に振り向くと、モモに同じ言葉を吐く。 綺麗にハモっていたが、そんなことを言ってる場合ではない。

「………ううむ、一体どうすれば」

尚も言い合いを続ける二人を見据え、モモは困り果てて天を仰ぐ。一本に纏められた長い黒髪は、そんな主とは裏腹にさらりと風に泳いでいた。


    ◇


ハルクとヨルヴァの喧嘩が起こり出したのはハンマーさん達がパーティーを抜けてからだ。
元々一時的にパーティーを組んでいただけではあったが、別れの日が訪れた時はやはり名残惜しかった。

『ごめんね……私達もまだいたいんだけどさ』

『すみません……待ってくれてる人がいるので』

『そんな寂しそうな顔しないでよ! ハンターなんだ。また何処かで会えるよ』

『あ! なら連絡取れるようにしましょうよ!』

『それだ! ………ほら、これで。何かあったらいつでも頼ってよね!』


ギルドカードは情報の掲示だけでなく、ギルドを通せばカードの持ち主がいるギルドまで手紙を出すことが出来るという事を私はこの時初めて知った。
方法は簡単。カードにそれを許可する特殊な署名を書き足せばいい。
しかし重要な個人情報の為、信用のおける間柄でないと行ってはいけないという鉄則があるが。


ともあれ、二人と別れた後、私とハルク、ヨルヴァの三人は『パーッと狩って寂しさを紛らわせよう』とクエストに行ったのだ。だが早くもそこで気が付かされた。

あの二人は極めて優秀なハンターだったということに。
一つ分かりやすい例を挙げれば、人と人との繋がりを円滑にすることに長けていたのだ。

考えてみれば、ガンランスとスラッシュアックス、そしてハンマーか太刀……これらは近接ではかなり個性的で癖を持つ武器。
慣れないパーティーでそんなものを好き勝手に振り回せば他人に影響を与えるのは必至であったのだ。

案の定、向かったクエストではハルクの砲撃にヨルヴァが巻き込まれ、ヨルヴァのスラッシュアックスはハルクの攻撃を何度も妨害。加えて私の矢も二人に襲いかかるという散々なものであった。

何故上手くいっていたか……その理由に気付くいたのは愚かにも二人が居なくなってからだったのだ。

あの二人の戦闘中の指示を思い出す。

『ハルクは翼を重点的に! ヨルヴァは尻尾を! 私は頭で、モモも私の攻撃の合間に頭を狙って!』

『ヨルヴァ君は足元を! ハルクさんは固い顎をお願いします! モモさんは柔らかい腕を!』

今思い出しても惚れ惚れするほど的確な指示だった。
各武器の特性とその立ち回りを配慮しながら絶妙なタイミングでそれを伝えていたのだ。

聞いてみればハルクもヨルヴァも、加えて私もほとんどソロで活動していたハンターでパーティープレイの経験値が圧倒的に少ないのだ。

「大体小僧こそワシのことをいつまでもオッサン扱いしおって!」

「オッサンにオッサンっていって何が悪いのさ!? 少しは自分の歳を自覚したほうがいいって!」

「まだまだ現役だ!!」

「よさないか! もうじき帰還時間だぞ!」

――にも関わらず、狩りが上手くいっていたのは自分たちが優秀だからだと過信していた結果がこれだ。
指示を真似しようとしたこともあったが勝手が分からずに反感を買い、結局おのおのが好きに行動してしまった。

今回は私が仲介役をしているが、口論に交じることも多々ある。
それを止めてくれるのは、情けないことにネコタクを引っ張ってくるアイルーなのだ。

「ふん、次は気を付けろ」

「そっちこそ」

「…………」

このままではパーティーの解散は近い……そう感じさせる雰囲気で三人はギルドへと帰還した。

何とか策を考えなくては……。




      ◇




恥ずかしい話だが結論から言おう。
困りに困った私はハンマーさんの元へ相談の文を綴った。

二日と経たず返事の文はギルドに届いていた。
返って来ないのでないかと不安だったので彼女に心から感謝したのだが……。

届けられた文には、思わず首を傾げるような内容が綴られていた。

『広い視野と広い心をもって、最後に大きな一つ決断をしなさい。モモにはその才能があるよん』

書かれていたのはこれだけだ。

あんまりだよん。

「…………?」

申し訳ないが全くをもって分からない……。
まさか更に困惑することになるとは思わなかった。
そして文末の『よん』……。
些か腹が立つ。

「不味いな………」

頼りにしていた友人のG級ハンターの言うこと不明で、あの二人も今のところは酒場で騒げば喧嘩は収まっているが何時までも続くとは思えない……。

(決断……? 何を決断しろというのだろうか……?)

うむむむ、と悩んでいるとヨルヴァが慌てた様子で駆け寄ってくるのが見えた。

「モモ姉! なんか凄そうな人が一緒に狩りに行きたいって!」

相変わらず恥かしい呼びかたを変えない少年だが、問題はそこではない。

「凄そうな人が?」

「うん! ほらあっちに………ぶふぉ!!??」

「!?」

後ろを振り向いたヨルヴァの目の前には何時の間にか妙齢の女性が立っていたのだ。
寝むそうにも見える細目に、腰まで伸ばされた黄緑色のポニーテールをしていた。

ほぼ0距離だったため、ヨルヴァは勢い良くそんな彼女の豊かな谷間へと突っ込んでいた。

ハルクがこの場にいたなら『何とも羨ましい!』と豪快に笑っていただろう。
喧嘩中? きっと構わずに笑う。彼はそんな男だ。

「ぷはっ……ごごご、ゴメンナサイ! オイラそんなつもりじゃ!!!」

目を回し、顔を真っ赤にさせたヨルヴァが尻餅をつきながら必死に弁解している。
生意気を言うわりには意外とピュアなようだ。

「……気にしてないわ。それより貴方達のパーティーに参加したいの」

「えっ……」

足元で騒ぐヨルヴァを気にも止めない様子で、彼女は澄んだ眼をジッと私に向けてくるのだ。少しどぎまぎする。

「それは別に構わないんだが……何故私達のところへ? 他にもっと優秀なパーティーがいると思うが?」

「…………」

何故そんなことを訊いたかと言えば、彼女の装備がそれを語っていたとしか言いようがない。
彼女の身に纏った防具はガブルSというもので(酒場の男達は『ちゃいな!』『ちゃいなだ!』と意味の分からない言葉を発していたが……)それほど珍しい類いではない。眼を惹いたのは持っている武器だ。

蒼い海竜の甲殻で作られたバレル。少し形は違うが同じ色のフレームとストックを組み合わせたヘビィボウガン。

聞いたことがあったのだ。砂漠に建てられた街『ロックラック』。そこでは一般のハンターが使っているボウガンとは違い、パーツを組み合わせることによって様々な性能のボウガンの作成が出来る、と。

「……あ、あの、素晴らしい武器をお持ちのようで……少し拝見してもよろしいですか?」

気付けば、今するべき内容では絶対にない言葉が私の口から漏れていた。

「……別に構わないけれど」

この時の彼女の「……」が決して嫌そうだったり、怪訝な雰囲気を浮かべていなかったことをまず弁解しておきたい。
あくまで無表情。
彼女は喋る前に一度相手の顔をじっと見る癖があるようなのだ。
ほんとに。



話は飛躍するが、何を隠そう私はボウガンが大好きなのだ。
ただ死ぬほど残念なことにボウガンとの相性が悪かった為使うのは諦めている。

「凄い……雷迅砲サンダークルスのバレルにあえて雷砲サンダークルスをセッティングか……なるほど、これで撃てる弾が………素晴らしい………!」

「モモ姉……目付きが怖いよ?」

目を光らせ、息づかいを荒くしてボウガンを凝視している私にヨルヴァは若干距離を置きながら、傍らの女性に話しかける

「おねーさん、名前は?」

言われた彼女はスッとギルドカードを差し出した。
名前の部分には『am』と記されている。

「……アム?」

「……アンよ」

無表情で即訂正された。よく間違われるのだろうか。

「ふーん、ねぇアン姉さん。それでどうしてオイラたちのとこに?」

常識人なはずのモモが戦闘不能のため、ヨルヴァが代わりを勤める。

「……気分ね。たまたま」

「ふーん、そっか。で、お姉さんは何を狩りたいの?」

並みの人間なら威圧されそうな程の無表情で話すアンにヨルヴァは気にせずに質問を続ける。

「……黒轟竜」

「黒ティガ……か。うん、分かった。……でもオイラ達の今の現状、ギルドから聞いてはいるよね?」

二人が抜けて以降、些細なことで争いが絶えずクエストを失敗し続け、今ではロアルドロス程度のクエストにしかこなせなくなっていたのだ。

「……私に任せて欲しい」

「……オッケー。でもこれでダメならこのパーティー……マジに潮時かもね」

ヨルヴァはボソリと悲しそうに呟くと、『モモ姉! クエストだよ!』と未だボウガンにへばりつくモモを引っ張っていった。


     


大量の溶岩を噴射する巨大な火山の麓にあるベースキャンプ。離れていても熱帯並みの温度が辺りを包んでいる。

「小僧、分かってるな?」

「おっさんこそ」

クエスト開始から険悪な雰囲気が立ち込め始める。
お互いクエストを無事に終わらせたいと思っているだけなのに何故か噛み合わない。

「二人とも……」

「……行きましょう」

たしなめようとしたモモに被せてアンは三人を促す。
ハルクより高いランクのG級ハンターの言葉に二人は睨み合うも渋々としたがった。

「見当たらんな……」

「隠れてんのかな?」


いくつものエリアを黙々と進み、クーラードリンクの空き瓶が二つばかり転がった頃、


「……いたわ。構えて」

「しゃあ! やってやるぜ!」

「速攻で終わらせてやるわ!」

「よし………」

遂に目的を発見し、四人は武器を構えた。



――しかし


「……モモ。あなたは下がっていなさい。戦闘に参加しなくていい」

アンの口からあり得ない言葉が出たのだ。

「そんな!? 一体何を考えて……!」

「……黙って。静かにそこで、しっかり見ていなさい」

「………っ!」

有無を言わさないアンの剣幕に押され、モモは何も言うことが出来なかった。

(何故!? 最後の狩りになるかもしれないのに………!)

モモも薄々感じ取っていた。ヨルヴァが、恐らくハルクもそう考えていることに。
だからこそ絶対に成功させるべく念入りに支度もしたのに。


(この様は何だ!?)


もうあんな女の言うことなど無視して狩り場に出てしまおうか……そう考えた時、私の目に映ったのはあり得ない……いや、懐かしい光景だった。

「はぁ!」

「せやぁ!」

二人がお互いを邪魔することなく攻撃をしている。

何故……と思ったが答えは目の前にあった。

アンの撃つ弾は二人の間をすり抜け、黒轟竜の額に直撃し怯む。

「……ハルク、後ろへ」

静かだがよく通る声でアンはハルクに指示を飛ばした。

「む!」

「そりゃぁ! おっさんナイス立ち回り!」

それを聞いたハルクが後ろに回り込み、切り上げを始めると、前にいたヨルヴァがティガレックスの頭に属性解放突きを撃ち放っていた。

「凄い………」

モモは怒りを忘れて驚いていた。

ヨルヴァの独特な動き、ハルクの癖、そしてそれを察して指示を出しながら攻撃するアン。
彼らの動きを外側から見ることによって、モモは自分の視界が遥かに広がったのを感じた。

そして理解した。
アンの指示は二人の動きを的確に読んで行っていて、同時に少しでも間違えると即、大事に至ってしまうことも。

そんなリスクを私は負う覚悟があっただろうか?
いや、無かったから半端な指示しか出来なかったのだ。


「そうか………」

あの手紙の意味がやっと分かった。


【目標を達成しました】


「すげぇ! きちっと狩れたよ!」

「うむ! 素晴らしい指示だった!」

クエストが終わった後、二人は直ぐ様アンに駆け寄っていた。

「……ありがとう」

やはり無表情だったが、二人は久々の大成功に舞い上がり全く気にしていない。

「アン姉さん! よければパーティー組もうよ!」

「ワシからもお願いしたい!」

指示以外でも彼女の働きは常軌を逸していた。ポーチから他のボウガンのパーツを取り出し、その場で組み替え、あらゆる弾丸をばら蒔いていたのだ。ロックラックのガンナーでもパーツの変更は加工屋に任せているはずなのだが……。
彼女のパーツ変更は間違いなく加工屋のそれよりも素早く行われていた。
そんな彼女をパーティーに引き込みたいと思うのは当然だ。

「……それは無理ね。私はもうここを発ってしまうから」

しかしあっさりと断られてしまう。

「そんなぁ……」

ヨルヴァは心底ガッカリしたように肩を落とした。

「でも、代わりに指示を出せるリーダーを紹介する」

「何?」

「代わりって?」



「……モモ、もう大丈夫でしょう?」

「……」

アンの後ろから、モモはゆっくりと顔を出した。

「モモ姉が……?」

「モモがリーダーに?」

二人とも少し不安そうな顔を浮かべる。
それもそのはずだ。初めての狩り以来、活躍という活躍は全員が出来ていなかったのだから。

「二人とも、私は今回アンさんに多くのことを教わった。まだ未熟なところはあると思うが、二人のことは誰よりも見てきたと断言っきる。だから私に二人の命……預けてくれないか」

モモの黒い瞳は凛と輝いていた。
その眼を見て二人はニッと笑う。

「……ふん、ちょっと目を離した隙に随分と逞しい眼になりおって。なぁ?」

「うん。モモ姉……なんか凄く頼もしくなった」

「そんな面と向かって言われると……照れる」

「あはは! モモ姉、顔赤いよ!」

三人は久々に沢山笑った。これから、もっと笑えるようにしたい。
モモは今日得た教訓をしっかりと心に刻み込んだ。


「…………」

それを見ていたアンは、少しだけ微笑んでような気がした。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「いやぁ……! 久々の温泉だぁ!」

「ハンマーさん! ちゃんとタオルは巻いて……あぁ! 全くもう……」


ユクモの温泉にドボン! と大きな湯柱が立つ。


「いやぁ~、久しぶりの温泉は最高だねぇ!」

「そうですねぇ。ポッケからここに来たのが二年前になりますからね……。まさかまた旅に出るとは思いませんでしたけど」

「やぁ~、有意義な旅になったんじゃないかな? にしても……やっぱりユクモの温泉は格別だわ」

「それは納得ですね……。それにしても良かったんですか? モモさんにあんな意地悪な手紙書いて」

「んにゃ、『あれ』は人によって見方が違うからね。私があれこれいうと逆効果になりかねないんだ」

んー、と伸びをしながらハンマーは答えた。

「あっなるほど。ハンマーさんも色々考えてはいるんですね」

アクアは感心したように頷く。

「何か失礼なこと言わなかった? あとね、その道のプロにもお願いしておいた」

「プロ? 誰ですか?」

「私の知り合い。一部じゃ伝説なんだよ?」

「へー、じゃあハンマーさんより凄いんですね」

「その言い方は何か悪意があるよね………でもあながち間違いじゃないから困るかも。ま、もうじき紹介するよ」

「……そろそろですもんね。皆、集まればいいんですけど」

「まぁ何とかなるでしょ」

「ふふっ……相変わらず前向きなんですから」

月光が温泉の湯気を照りつけ、どこか幻想的な雰囲気を作り出している。
その中で二人はカチリと酒杯を交わした。

久々の故郷で二人はのぼせるまで語り合った。
プォォ、と到着を知らす角笛が鳴り響くと同時にとたた、と桟橋を駆け渡る。
足から伝わる木の感触が固いものへ変わり、嗅ぎ慣れた潮の香りに魚介のものが加わったような、港特有の匂いが鼻孔一杯に満たされた。


「到着ぅ~~!」

久々に地面を踏みしめると喜びと期待が一気に込み上げてきて、思わず叫んでしまった。

「バルスー! やっぱり揺れない地面は素晴らしいわぁ!」

珍しいほどの上機嫌で手を振っている。そんな彼女に遅れて船を降りた全身黒づくめの怪しい男――バルスは酔っているのか、こめかみを押さえながら桟橋を渡って来た。

「シャワ……頭に響く。そんなに大声出さなくても聞こえるからね?」

「早く早く! 出店とかあるわよー!」

シャワと呼ばれた少女はバルスの呻きなど全く聞こえていない様子でピョンピョンと跳ねている。
肩下まで下ろされた眩しいほどの金髪が上下に、ブナハSの赤いフリルが横にふわりと広がり、舞う。
赤と黄のその彩りは青一面に広がる港町の風景に見事に溶け込んでいた。

おぉ、と思わず声をこぼしてしまう。

出発を待ち切れなかった彼女が『せっかく新大陸に行くんだから装備も一新しないと!』と、素材をわざわざこちらの大陸から取り寄せた時のことは未だにトラウマである。
届けられた箱を何気なく覗いたら虫の素材がぎっしりと詰まっていた……なんて事はそうそう経験出来ることじゃない。

こんな面(スカルフェイスだが)の割に虫が苦手だったバルスは、その一件で更にダメになったという。

(あの時は昆虫展覧会でも開くつもりかと思ったけど……こんなに綺麗に化けるとはね……)

着色を薄めの赤にしたのは、向こうに置いてきたザザミ装備への感謝の気持ちなのだそうだ。

(虫素材を着色……ねぇ)

改めて加工屋の凄さを認識していると、不意に腕をぐいと引っ張られた。

「何、ぼーっとしてるのよ! バルスと違って私はこの大陸初めてなんだから、しっかり案内しなさいよね?」

「え」

普段は吊り上がりがちな(大体がバルスのせいだが)眼を綻ばせてジッと見上げられたら、もはや船酔いしたから休みたいなどとは言えない。

うん、紳士だから。
仕方ない。

「……分かったよ。にしてもシャワは元気だね」

「だいたい船酔いするってハンターとしてどうなのよ?」

「あはは……まぁね」

ばれてた。
知り合いの少女は更に酷い乗り物酔いをするのだが、そんなことを引き合いに出しても仕方ないので笑って誤魔化す。

「ま、そのうち慣れるわよ」

「だといいんだけど……」

彼女をシャワと呼ぶようになったのはつい先月のことだ。
『いつまでも子供扱いしないで!』と怒られたので彼女の指示通りに呼ぶと、片手で顔を隠した彼女にいきなり殴り飛ばされたのは今でも謎である。

「立ち話も何だし、とりあえず何か食べない?」

「そうだね……って、あ」

頷きかけたバルスが何かに気付いた様に動きを止めた。

「? どうしたのよ?」

不意に固まったバルスはポーチに手を突っ込み、硬貨を入れる袋を取り出した。

「今回の船賃で所持金全部飛んだんだった……」

かつては裂けんばかりに膨れていた袋は無惨に萎んでおり、哀愁をも漂わせている。

「え!? ……私も無いわよ」

潮風がそんな二人を笑うかのように吹き過ぎていった。

「調子に乗って防具を揃えなければ良かった……」

シャワは先程までのテンションを恥じるように肩を落としている。

「いやいや、似合ってるからいいと思うよ?」

「ちょっ! い、今はそんなこと言ってる暇じゃ無いでしょ!? このままじゃ宿も取れないわよ……」

「確かに……」

ほぼ無一文の二人が船降り場から動けずに棒立ちしていると、その様子を見かねたのか一人の少年が歩み寄って来た。

ふわりとした癖っ毛の銀髪に尖った耳。子供好きじゃなくても思わず撫でなくなるような無邪気な顔。

そんな少年が怪訝そうな目でこちらを見つめる。

「なぁ、姉ちゃん達ハンターだろ? 金ねーならさ……クエストこなせばいいだけじゃないの?」

新大陸でもやはり怪しまれるのか、少年はバルスに分かりやすく顔を背けてシャワに問いかけた。

「あ」
「あ」

長い船旅のせいか、あろうことか本業を忘れていた。
揃って間の抜けた声を上げる二人に少年は呆れ顔を見せるも、尖った犬歯を見せてすぐにニシシと笑う。

「ならさ、ちょっとクエスト手伝ってくんねーかな?」

少年はジャギィSシリーズという装備を身に付けており、へルムを抱えた彼が上位ハンターであると雄弁に物語っていた。



  ◆◇◆◇◆◆◇◆◇◆◆◇◆◇◆


飛竜の唸り声のような音と共に、大きな波飛沫が岩場を濡らしていく。

場所は孤島と呼ばれる狩り場。
その島から浅く、海水の滴る浜辺へ細く伸びている岩場の一つ。そこで二人はベースキャンプを組み立てていた。
向かいの岩場には人の手によって加工されアーチ状になった岩が複数見られ、過去に人が暮らしていた様子が垣間見られた。

「よし、大体完成ね。バルス! そっちはどう?」

「こっちもOKだ」

「あ、向こうも丁度来たみたい」

「うわ、あれは危なそうだな」

骨組みを建てて天幕を張り終えた二人は、身の程もある桶一杯の水をヨタヨタと運んで来る少年を見つけると、すぐにそちらに足を向けた。

「お疲れ様、ヨルヴァ。後は僕が運ぶよ」

ヨルヴァと呼ばれた少年はそれに対しむすっとした表情を見せる。

「黒い兄ちゃんもオイラをガキ扱いすんのか? こう見えても……」

「『もう20代の龍人族』なんでしょ? でもそう言われても……ねぇ?」

「うん、やっぱり心が……ねぇ?」

大体にして龍人族の20代が人間にしてどの程度なのかも分からないが。

「優しさの押し売りは御免だい! クエストに誘ったのはオイラ! 一番孤島に詳しいのもオイラなの! だからこのくらい……!」

「まぁまぁ……ここは『お兄さん』に任・せ・て……ね?」

強情なヨルヴァにバルスは腰を下ろしてずいと顔を近づける。
黒塗りのスカルフェイスは昼間でも怖い。

かつて屈強な兵士達をも恐れさせた『それ』を間近で見せつけられた少年は短い悲鳴を上げてしまった。

「ひっ! わ……分かったからその顔を近づけるのはや、やめてくれよ………」

カタカタと震えるヨルヴァから桶を受け取ると、バルスはニッコリと笑いかけた。

『ありがとう』

「ひぃっ!? 髑髏が歪んだ!?」

重低音で響く声と若干口角が吊り上がった髑髏に、ヨルヴァは涙目になって後ずさる。

『クックックッ……』

「怖がらせるんじゃないわよ!!」

「あだ!?」

不気味に笑っていたバルスは、後頭部を殴り付けられ地面へ勢いよくめり込む。

「っ!!?」

「あ……」

シャワはしまったと言いたげにぷいっと目を逸らした。

「うぐ……シャワだって人のこと言えないじゃないか。見て、こんなに腫れちゃったよ……」

「う、うるさいわよ!」

腫れ上がるスカルフェイス、そして防具越しに人を殴り飛ばす豪腕のガンナー。

「……兄ちゃん達何者?」

ギャーギャーと騒ぐ二人をヨルヴァは恐ろしいものでも見るような目で見つめていた。


     


五分程経過しただろうか、落ち着いた二人はヨルヴァと共に今回の狩りについて話し合っていた。
その為に(あくまでも話し合いの為)時間は余裕をもって調整している。

「相手が相手だからね、油断は出来ないよ」

パニックから回復したヨルヴァが人差し指を立てて話始めた。

「そのクルペッコっていう鳥竜種はそんなに厄介なの?」

シャワの知っている鳥竜種と言えばランポスやイャンクック。イャンガルルガという強敵もいたが、あれは例外だろう。

「んーとね、クルペッコ自体は飛竜に比べたら確かに劣るんだけど、面倒なのはその習性…っていうか能力なんだ」

「能力?」

ヨルヴァの説明をシャワは念入りに確認していく。
敵を知らないということはそれだけで命に関わる。
それはこれまでの経験で嫌になるほど学んできている。

「狩猟笛ってあるでしょ? クルペッコはそんな感じのモンスターなんだよね」

「確かに。周りのモンスターを回復させたり硬化の効果……ちがう、駄洒落じゃないよ……を持つ旋律を奏でたりするんだ」

バルスが細かな情報をつけ加える。

「……でも何より問題なのは、『モンスターを呼ぶ』ことだよ」

「モンスターを呼び寄せる? それって鳥竜にはよく見られる特徴じゃない?」

シャワのいた大陸でもドスランポスなどの鳥竜種が手下のランポスを呼ぶ習性はよく知られている。
しかしバルスは「ちょっと違うんだ」と声を落とした。

「クルペッコが呼ぶのは小型のモンスターの場合もあるけど、大概は大型のモンスター……最悪、火竜まで呼び出す」

「リオレウスまで!?」

シャワは驚きの声を上げる。最悪二体同時に相手をしなければならない……この能力は予想以上に危険だ。

「ま、それは最悪の場合だけどね」

策はあるから任せてよ、とヨルヴァは先程とは打って変わって真面目な顔をして呟いた。

「そう、なら任せるわ」

そう返した後、シャワは妙にそわそわとして「ちょっといいかしら?」とヨルヴァの方にずい、と近づく。

「あなたのその装備、向こうじゃ見たことなくて。どんなものか……少し教えてくれないかしら?」

「ん、これはスラッシュアックスって武器さ!」

ヨルヴァがその背に背負っていたバンカーバスターに手をかける。
シャワのいた大陸には生息しない『ボルボロス』という獣竜種の素材を紅蓮石を溶かし込んで強化した猟斧で、使い勝手のよい作りになっている。

「この武器はすげーんだぜ? まずはこれ!」

ヨルヴァはバンカーバスターを、グリップを握って正面に構える。すると真ん中にあった板のようなパーツが上下にスライドし、アックスという名の通りの巨大な斧が姿を現わした。
斧の切っ先には刃は無く、代わりに土砂竜の頭部を思わせるパイプ状の突起が連なって重々しい雰囲気を発している。

「普通のスラッシュアックスならここにも刃が付いてんだけど、これは叩き潰す感じになってるんだ。そしてここからが更にすげーんだよ!」

すげーすげーと連発するヨルヴァはいうなりバンカーバスターの柄のグリップをまた捻る。
すると機械音と共に斧の部分が手元まで下がり、その上にもう一つのパーツがスライド、回転しカシン! と小気味のいい音を立てて接続したのだ。
ひと繋ぎになったプレートの先端には刃が取り付けられており、先程の形とは別の大剣に似た片刃の武器へと姿を変えていた。

「…凄い! 変形するのね」

ギミックのある武器はいくつか見たことがあったがここまでの物は見たことがなく、シャワは思わず目を丸くしてしまう。

「すごいだろ? この刃はボルボロスの堅殻を削って作られてて、鋼を越す強度を持ってんだぜ! あ、ちなみに変形は内部機構のエンジンで動いてて………あと剣モードには………」

延々と続くスラッシュアックスの説明を、シャワは「ふんふん」と真面目に話を聞いていた。




     




「ーーなるほどね。大体分かったわ! ありがと」

「へへっ! どういたしまして! 実はさ、もっと凄い『とっておき』があるんだけど、これは狩りでな!」

「なら楽しみにしてるわ」

シャワの反応が嬉しかったのか、ヨルヴァは鼻を擦りながらニカッと微笑んだ。

「あ、話終わったの?」

バルスは隅でこんがり肉の調理を勤しんでいた。
異国の言葉を聞いてるようで途中で逃げ出していたのだ。

「……あら、ずいぶん沢山焼いたのね」

「返すようで悪いけど、ずいぶん沢山喋ってたね」

バルスの後ろには、数えるだけで20は越えるだろう大量の肉の山が出来上がっていた。

「か、狩りには必要な知識なのよっ!」

流石に喋りすぎたと思ったのか、少々苦しそうに言い訳をする。

「ま、勉強熱心なのを責めるのもあれだしね。ところで」

バルスはヨルヴァの方に顔を向けた。

「それは上位のボルボロスから作った武器だよね? 一人で狩るなんて大したもんだ」

「へへっ、結構やるだろ?、オイラ基本ソロでやってんだ……って、ん? 何で一人で狩ってるって分かったの?」

「いや、クエストを三人で受注した時にギルドの受付嬢が君を珍しそうに見てたから、もしかしたらってね」

「うへぇ…よく見てんなぁ。オイラさ、あんまり大勢で狩るのって好きじゃないんだ……なんか窮屈でさ」

ま、協調性がないって言われたらそれまでなんだけどさぁ、とまるで自分に言うようにヨルヴァは呟いた。

「でもクルペッコは予想外の奴を呼ぶ時があるから、今回だけは用心ってことで仲間を探してたんだ。……でもなかなか見つかんなくてなー」

「だから港に新しく来るハンターを探してたのね」

「そゆこと。んん、やっぱ人脈って大事なのなぁ」

ヨルヴァは腕を組んでうんうん、と頷いてみせる。
大人ぶった態度をとっているが、どうみてもシャワよりもちんまい少年だ。
これでシャワよりも歳上とはやはり見えない。

(仲間が見つからなかったのはこの容姿のせいも……というか半分以上そうだろうな)

そう思いつつ、バルスは今の話で気になった部分を訊くため、再び質問を口にした。

「ヨルヴァ、嫌いなことまでしてどうしてクルペッコを狩ろうとしてるんだい? 防具の新調? ……でもボルボロスを狩れるならそっちの防具のがいいか」

その質問に、ヨルヴァはチャームポイントだというつぶらな瞳を険しくさせ、苦虫を噛み潰したような顔になる。

「うーん……ちょっと面倒い話になるんだけど、いい?」

「もちろん」

「聞きたいわ」

出会って間もないが、元気印が特徴であろうヨルヴァがこんな顔になる理由に興味をそそられないはずがない。

ヨルヴァは『わかったよ……』と言うと、すぅっと息を吸い込んだ。


「オイラはいつか幻のリオレウス希少種を狩りたい。だからその為に弱点の雷属性の武器が欲しいんだけど、その雷属性の武器を作るためのクルペッコ亜種の素材が足りない。んでもってクルペッコ亜種の弱点である氷属性も無いからベリオロスを倒さなきゃならなくて、そのベリオロスを倒すための火属性のスラッシュアックスを強化するにはクルペッコを討伐しなきゃならないんだぁ!」


「なるほど……」

「その気持ちはよく分かるわ……」


とても親近感の沸く理由だった。
ハンターなら誰しもがこの無限に続くようなループに直面する。


「はぁ、はぁ……そう言って貰えると嬉しい……よ」

肺の空気を出しきるようにまくし立てたヨルヴァは、息を切らしながら苦笑いする。
が、次の瞬間仰天したように目を見開いた。


「ってあれ!? よく見たらシャワの姉ちゃんの持ってるボウガン……もしかしてリオレウス希少種のやつ!!? 初めて見た! すげぇ……羨ましいなぁ……」


ヨルヴァは目をキラキラとさせてシャワをまじっと見つめる。

「あぁ、これは恩師から譲り受けたものよ……ちょっと癪だけど、これ以上に使えるボウガンに私はまだ出会ってないわね」

シャワは愛用しているボウガン――『シルバースパルタカス』を肩から外し、「好きに見ていいわよ」とヨルヴァに渡した。

火竜の延髄と骨を基盤に組み立てられた銃身を銀火竜の堅殻と上麟で覆い、その接続をノヴァクリスタルで施されたこのボウガンは、射撃の衝撃に全て吸収し強力かつ様々な弾丸を撃ち出せる非常に高性能な武器だ。

すげえすげえ! とまたもや連発する少年を見て、バルスはズイッとヨルヴァに近付いた。

「僕の武器はどう?」

バルスも負けじと、得意気に愛用の『トキシックジャベリン』を見せつける。
ギギネブラの不気味な皮で巻かれた赤色のグリップと三ツ又に別れた先端が特徴的な、猛毒を持つ優秀な武器であったのが……ヨルヴァには「それは見たことあるからいいよ」と軽く一蹴されてしまった。



「……さぁ! 下準備も出来たことだし、そろそろ出発しましょうか」

がっくりと膝をついてうなだれるバルスを尻目に、シャワが手を叩いて空気を切り替えをする。

「そうだね。ん? バルスの兄ちゃんどうしたの?」

「いいんだ……ランサーの良さは分かる人にしか分からない……」

「ほ……ほら、頑張りなさいよ」

(バカね……タイミングが悪すぎたのよ)

「うい………」

ブツブツと呪詛のような独り言を呟きながらもシャワに促され、バルスはのそりと立ち上がる。

「大丈夫かな……?」

自分のせいとは露知らず、若干の不安を覚えるヨルヴァだった。


    


孤島と言えば「海だ!」というハンターが多いが、深い森や野原、洞窟など幾つもの自然が集まってこの絶海の離島は成り立っている。
様々なモンスターが訪れるのもこの多彩な環境によるものだ。


「うわ……随分高いとこまで登ったのね……」

そう言ったシャワの口元は若干ひきつっている。

拠点を発ち、大型のモンスターが入り込めないような細い道を登り続けた三人は、孤島の中腹付近までやってきていた。

岩山を基盤に出来たこの島にも草木は力強く根付いており緑豊かな風景を作り上げている。
崖下を眺めてみると遥か下には青くきらめく海が延々と広がっているのが窺え、空中には鳥達が遊ぶように飛び交っていた。

「でも綺麗な眺めだろ?」

ヨルヴァが得意気に笑うも、下を覗き込んだシャワはお腹の辺りがキュッとなり、青ざめながら身を引いた。

「ごめん、無理……」

「高いとこが苦手ってハンターとしてどうなのかな?」

「……っ!」

ここぞとばかりにバルスがからかうも、涙目でギロリと睨まれ口をつぐむ。
やばい、これは落とされるかもしれない、と直感が死を告げる。

「あー、クルペッコは下の水辺にいることが多いからさ、とりあえずここを降りようよ、ね?」

バルスの危険を察知してか、ヨルヴァはシャワにそう促し下へと続く道を指差した。

「そうね……馬鹿は放っておいて早く降りましょ」

そう言うとシャワはそそくさと道を下っていく。
その馬鹿を見て、ヨルヴァは「バルスの兄ちゃんって絶対に尻に敷かれるタイプだよね」と言い残し、シャワをちょこちょこと追いかけて行った。

「…………」

残されたバルスの頭上では鳥達が「あほーあほー」とやかましく鳴いていた。



     


「滝から小川が伸びてるのね」

二人が道を下った先は岩の合間を小川が通る、縦長に開けたエリアであった。

「そう。この先に広い水辺が……ん? どうしたの?」

先を歩いていたシャワが片手でヨルヴァを制する。



「あそこに何かいるわ」

「あ……! まだ距離があるのによく気がついたね。ジャギィだよ」

シャワが発見したジャギィと呼ばれるモンスターはランポスよりも一回り小さな鳥竜種で、紅い体と背を通る紫の一本すじが特徴である。顔の周りにはエリマキがあり、大きいほど強さの証明になっていると、ヨルヴァは手早く、簡潔に説明した。

「ふぅん、肩慣らしには丁度いいわね」

言うがいなや、シャワは肩のシルバースパルタカスを手に取り、通常弾Lv2を装填し始める。

「ちょこまか動くから気を付けてね」

「了解よ」

バンカーバスターに手をかけながらジャギィへとゆっくり歩み寄る少年に続いて、シャワもしっかりと標準を定める。

「二匹か……オイラとシャワ姉ちゃんで一匹ずつだね」

二匹のジャギィはまだこちらに気付いていないものの、気配を感じているのか体を伸ばし、しきりに辺りを見渡している。

「油断しちゃダメよ?」

「もちろん!」

ヨルヴァは静かに、かつ素早くジャギィの元に駆け始めた。

「だぁぁぁぁ!」

十分に距離を詰めると、掛け声と共に斧モードのバンカーバスターをジャギィの腹部に全力で叩きつける。

「ギャウ!?」

不意討ちを受けたジャギィは弓なりにのけ反り、大きく吹き飛んだ。

「よしゃ!」

「ギャオ!!」

仲間がやられたことに気付いた、もう一匹がすぐさまヨルヴァに鋭い牙を剥いて飛びかかる。

「っ!?」

武器を振り切っていたヨルヴァは反動でまだ動くことが出来ない。
アプトノスの丈夫な鱗に守られた皮膚を軽く噛み裂く、強靭な顎が大きく開かれる。
ずらりと並んだ牙がヨルヴァの目の前まで迫っていた。

「ギャン!?」

ところが目前のジャギィは空中で大きく軌道を変えて吹き飛び、ドサリと地面に体を打ち付けて動かなくなる。

「ありがと!」

ヨルヴァが後ろに向かって礼を飛ばす。
シャワの放った弾丸が的確にジャギィを捉えていたのだ。

「もう、油断しちゃダメっていったじゃない……ま、標準はばっちりね。腕は落ちてないみたい」

愛銃を肩に背負い直すと、ヨルヴァが興奮したように走り寄ってきた。

「オイラも絶好調だった! そっかガンナーと組めば……んー、シャワの姉ちゃんだからかな?」

「たったこれだけで何言ってるのよ。そんな訳……」

「いや、そうかもしれないね」

二人が剥ぎ取りをしながら話していると、後ろから予期せぬ返事が返ってきた。

「バルス! そういえば何処行ってたのよ?」

「バルスの兄ちゃん、そういえば居なかったね」

「ちょっと心を空に解き放って……ね」

「……それは放心っていうんじゃないの?」

急いで走ってきたのだろう、肩で息をしながら存在感の薄い不審者はよく分からない言い訳を口にする。

「まぁいいわ。それよりヨルヴァ、この先にクルペッコがいるのね?」

「可能性は高いよ。下位のクルペッコに何度か行ったことがあるけど、ほぼ毎回この先で見かけてるんだ」

「恐らくクルペッコにとって好ましい環境なんだろうね」

足首まで浸かる小川を下っていくと、浜辺のような広間に出た。
岩に囲まれるようにして出来たこのエリアの奥に、一つだけ浮いたように鮮やかな点が動いている。

「いたわ!」

「よし、僕とヨルヴァで奇襲をかける。シャワはその間にペイント弾を撃ってくれ」

小声でのバルスの指示にシャワは黙って頷くと、弾の切り替えに取りかかる。

「兄ちゃんいける?」

「問題ないよ」

二人はなるべく水音を立てないように、足場を選んで走り出した。

(こいつと戦るのも久々だなぁ)

極彩色の、まるで道化師のような姿の巨鳥に気付かれないように二人は敵の背後へと回り込む。

バルスがこちらの大陸を離れたのは、ドンドルマを訪れる三年ほど前。ギルドナイトの仕事の一環であった。
自分の過去を探すうちに、各地で仕事をしながら調査するスタイルが染み込んでいたバルスは、転機だとあちらの仕事を積極的に受けていたのだが、手詰まり状態であった。

ーーそこで出逢ったのがシャワだ。
彼女はバルスの重荷を黙って支えてくれた。
再びバルスに希望を与えてくれた。

(……っと思考が脱線したな)

「兄ちゃん?」

ヨルヴァが下から覗き込むように見つめていた。
心配させるほど呆けていたのか……。

「ん、大丈夫だよ」

頭を降って自分に渇を入れる。この奇襲が成功するかしないかでこの後の流れが随分と変わってしまう。
失敗は許されない。

「クルル……」

クルペッコは小川の魚に気を取られているのか、川面を覗き込んで動かない。

「今しかないね」

「よし……行こう!」

合図の声と共にダン! と足を踏み出し大胆に距離を詰める。

足音にクルペッコが反応するも二人はすでに間合いに飛び込んでいた。

「だりゃぁぁぁ!」

ヨルヴァが背中のバンカーバスターを剣に変化させながら切り込む。変形切りと呼ばれる攻撃方法で、麻痺ビンによって神経毒を塗り込まれた刃がクルペッコの黄緑色の胴体に斜めに通る。

「クォォォ!?」

突然の痛みに驚いたのかクルペッコはわずかに跳ね上がり、ヨルヴァに向き合う。

「さぁぁぁぁぁ!」

その隙に更に背後に回り込んだバルスが連続してトキシックジャベリンを突きつけた。
槍の先端からはギギネブラの毒線から取り出された猛毒が染みだし、徐々にクルペッコの体内に蓄積していく。

「クォォ!!」

挟み撃ちにあっていると理解したのか、クルペッコは体を捻り扇状に広がった尻尾を二人めがけて振り回し始めた。

「くっ!?」

咄嗟にバルスは盾でガードに成功したが、振り回された尻尾はそのまま風を切ってヨルヴァに向かう。

「うわっ!?」

(やば……反応が間に合わねぇっ!)

直撃する……そう思った刹那、クルペッコの頭部でパン、と乾いた音を立てて何かが弾けた。
ピンクの煙が頭上に立ち籠める。

「クア!?」

「あんまり暴れないでよね!」

シャワの放ったペイント弾がクルペッコを一瞬怯ませたのだ。
その隙にヨルヴァはクルペッコの間合いから抜け出す。

「また助けられちゃったなぁ。……にしても流石に上位だね、反応が早いや」

ヨルヴァは相手への警戒を強め、体を引き締める。

「やっぱりモンスターを呼ばれる前に何とか倒したいけど……っ!? ヨルヴァ避けろ!」

短く会話を交わす二人を睨み付け、クルペッコは両翼の先端をカカッと打ち付けて今にも襲いかからんとしていたのだ。

「っ!!」

ヨルヴァは声に反応して咄嗟に横へ飛ぶ。

その直後、細い脚からは考えられない程の脚力で飛び出したクルペッコは、ヨルヴァのいた場所に巨大な爆炎を作り出していた。

「あっぶなぁ……」

チリチリと舞い散る火の粉の熱を肌で感じながら、ヨルヴァは急いで体を起こす。
『アレ』をまともに浴びては、火に弱いこの装備はたちまちに黒こげになってしまうだろう。

「せぁぁっ!」

バルスはヨルヴァが起き上がる隙をつくるためにクルペッコの背を何度も突いて注意を逸らす。
加えてシャワの氷結弾が彩鳥の頭に降り注ぎ、クルペッコは煩わしげに首を振った。

「シャワの姉ちゃん! その調子でクチバシを狙って!」

態勢を立て直したヨルヴァがシャワに向かって叫ぶ。

クルペッコは独特の音色をラッパ状に変形したクチバシで作り出している。
それに傷をつけてしまえば、クルペッコは目的の音色を出すことが困難になり、普段より二倍ほど時間が掛かるようになる。
つまり絶好の攻撃チャンスへと変わるのだ。

シャワがこちらに手を挙げる――了解の合図だろう。
その間も、撃ち出す氷の弾丸は頭部を狙って揺るがない。

「すげ……ってオイラもやられっぱなしじゃないぜ!」

プシュ、という音と煙を立ててバンカーバスターが斧の形に変化する。
重心が一点に掛からない分、こちらの方が身軽に動けるのだ。

「はぁぁぁ!」

軽やかなステップを踏んでクルペッコの足元まで近づくと、大きく足を踏み込み斧の先端をクルペッコの胸部に突っ込んだ。

「ルルゥ……!」


「くっ!」

「うわっ!」

柔らかい部位を攻撃されたクルペッコは小さく呻くと翼を羽ばたかせ、大きく後ろにバックジャンプして距離を取った。風圧に押されて二人は止めること出来ない。

「くそっ! あんな遠くまで……」

「クオックオッー! クオックオッー!」

地上に降り立ったクルペッコは体を踊らせるようにくねらせ、胸部をプクゥと大きく膨らませる。

「仲間を呼ぶ気だ!」

ヨルヴァは舌打ちし、すぐに走り出す。
しかしこの距離では走ったところで間に合わない。

駄目か……そう思った瞬間、ヨルヴァの横を黒い影がとんでもないスピードで過ぎ去って行った。

「兄ちゃん!?」

「おぉぉぉぉぉぉぉ!!」

重量のあるランスを地面と水平に構え、重心を前のめりに倒しながら驚異的な脚力で突き進む。
『突進』というシンプルな技だが、疾風のような早さで突き進むランサーの一突きは飛竜の堅固な甲殻にも風穴を開ける。

「りゃぁぁぁぁぁっ!!」


「グオォォ! ……ォォ!?」

鳥竜の声とは思えない、リオレイアによく似た咆哮を上げ始めたクルペッコ目掛け、バルスは突進の勢いをそのままに全体重をかけた一撃を放った。

「クォォォォ!!!」

胸部に深傷を負ってパニックを起こしたクルペッコは、クルリと反転してふらふらと走り出したかと思うと、地面に勢いよく倒れ込んだ。

「チャンスだ……ヨルヴァぁ!」

「あいよ!」

今の一撃で大半のスタミナを消耗したバルスは膝をつく。
ヨルヴァはバルスに変わるようにその横を通りすぎ、バタバタともがくクルペッコに向かって巨大な刃を振るった。

「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

上段から袈裟懸けに振り抜き、刃を切り返し上へと切り上げる。
そして足を踏み込み腰、肩へと力を込めて、頭上で小さな円を描くようにして斧剣を振り回し横に薙ぐ。

「クルルル……ッ!?」

流れるような連撃の中、何とか立ち上がろうとしていたクルペッコにある変化が起こった。

「ク……アァ……ァ!!」

体を小刻みに震わせ、動こうと試みるも自由が効かない様子のクルペッコ。
バンカーバスターに塗り込まれた麻痺毒が全身に回ったのだ。

「今しかねぇ!!」

ヨルヴァはそう叫ぶとバンカーバスターを一度引き込み、勢い良くグリップを捻りながら再び突き出す。
すると二つのパーツを縦に割るようにして内部構造が現れ、莫大なエネルギーが彩鳥へと流れ込んだ。

「クォォォォ!!!」

突然の苦痛に思わずクルペッコも悲痛な声を漏らす。

「りゃぁぁぁぁぁ!!」

『属性解放突き』と呼ばれるその技の反動は凄まじいようで、ヨルヴァの体は大きく震えていた。

「凄い……あれがヨルヴァの言ってた『とっておき』、ね」

シャワは思わず固唾を飲んでしまう。。
『変形』という特殊な技巧まで施されているあの武器に、まだあのような大技が隠されていたのかと。

「ラストいくぜぇぇぇ!!」

ヨルヴァがそう叫ぶと、放出されていたエネルギーが刃の一点に集中していくのが分かった。

(強力なのが来るっ!)

直感でシャワがそう思った瞬間、バンカーバスターの先端で大きな爆発が起き、ヨルヴァはその威力を体現するかのように大きく後ずさった。

「うっ……まだダメか!」

「ル……ルルゥ……」

瀕死のクルペッコが足を引きずり始める。

「逃がさないわっ!」

シャワが氷結弾を撃ちつけるも、逃げることに必死のクルペッコはそれを意に介さずに飛び立ち始めた。

「しまった……もう届かない」

「すぐ追おう!」

「ええ!」
「うん!」

このままでは回復を図られてしまう……三人はクルペッコの休息場であるエリアを目指そうと走り出した。



ーー次の瞬間



「クェェェェェェェ!」



遥か頭上でクルペッコの断末魔が聞こえたのだ。


「「「!!?」」」

三人が咄嗟に上を見上げると、クルペッコの死骸と共に『何か』が巨大な音を立てて地面に降り立った。




「クルペッコが……呼んだのかな?」

「いや……確かに呼び声は妨害したし、あの鳴き声はリオレイアのものだった。……つまり『乱入』ってやつだね。クルペッコが弱ったのを見て出て来たんだ」

「なんて狡猾……いえ、自然でそんなことを言うのは無粋ね。私も、こいつの話くらいは聞いてるわ……『無双の狩人』とは言ったものね」


「オォォォォォォン!!」

黒焦げになったクルペッコを巨大な脚で踏みつけながら、雷狼竜――ジンオウガは盛大に遠吠えをあげた。
穏やかな海に浮かぶ自然豊かな離島。
その温暖で喉かな狩り場に今、凄まじい緊張感が交錯していた。

「ウルルルルゥ……」

低く唸り声を上げる巨大な影。

碧色の鱗を覆うようにできた黄色の甲殻。その合間には純白に輝く体毛が生え揃っている。
狼を思わせる頭部には、鋭く尖った角が二本。
鋭い爪を持つ四肢は逞しく、無数の甲殻に覆われた尻尾が地面をえぐる。

この特徴を聞けば子供だって理解して悲鳴を上げるだろう。

無双の狩人、雷狼竜……数々の異名を誇る牙竜種――ジンオウガが悠々と立ち塞がっていた。

「何だよ……これ……下位の奴の比じゃねーぞ……」

「…………」

絶句するヨルヴァの隣で、バルスは不意に巷で言われていたモンスターのサイズの計り方を思い出した。


・「大きい」と思う奴は大体通常サイズ


・「大きすぎる……これは金冠だ」と直感する奴はまず銀冠サイズ


・「冗談だろ………」と一瞬呆け、死を直感してしまうのが金冠サイズ

だという。


ハンターよりも一回りも大きなクルペッコを、丸々隠してしまえる巨大な前脚の持ち主。
一体どれ程の年月を生きてきたのだろうか……この雷狼竜は間違いなく選択肢の最後に該当していた。

「何食べたらこんなになるんだよ……」

「まぁパンやパスタじゃないことは確かだね……」

軽口を叩いてる場合ではない。ーーが、そうでもしないとプレッシャーに押し潰されそうだった。

「どうしよう……兄ちゃん……」

「バルス……」

「……動いたらダメだ。目を逸らさないで」

バルスは二人にそう促すと、自分もすぐに武器を出せるように身構えながら、ジンオウガを真っ直ぐに見据える。

「グルルゥ…………」

ジンオウガはまだこちらを睨んだ動かない。

(このまま立ち去ってくれればいいんだけど、ね……)

しかしそんな願いも虚しく、雷狼竜は四肢に力を入れて体を大きく伸ばし、頭を空に傾けた。

「ォォオオオオン!!」

先程とは明らかに違う“敵意”を持った咆哮。
ビリビリと耳から体の芯まで震わせるバインドボイスに答えるように、三人は武器を取り出した。


開戦の合図である。


「おぉぉぉ!」

一番近くにいたバルスが、クルペッコを捕らえたままの前脚にトキシックジャベリンを勢いよく突き立てる。

「っ!?」

しかしガキンッという拒絶音と共にランスは大きく弾かれた。

「固い……!」

「なら頭よ!」

シャワが装填し直した氷結弾を撃ち込む、しかしジンオウガは全く怯んだ様子を見せない。

「嘘!? 氷が弱点なはずでしょ……!」

「なら効くまで攻撃するだけだよっ!」

そう言ってヨルヴァが弾かれにくい剣形態でジンオウガに切りかかるも、ひらりとバックステップで躱されてしまう。

「あの図体であんな身軽なんてありかよ!」

ヨルヴァが舌打ちをするも、直ぐ様バルスが警告の声を発した。

「何か来る!」

ジンオウガは背中を青白く光らせたかと思うと、軽く跳脚して光を振り払うように体をこちらに捻らせる。
すると、背から二つの光る球体が飛び出し、曲線を描いてこちらに向かってきた。

「雷の球!?」

バルスは叫ぶと同時に球体をガードする。
すると雷球は激しい音と共に電撃を放出した後、チラチラと光る粒になって四散した。

ほのかな光を発して飛び去るそれはーーよく見知ったもの。

「これは……雷光虫?」

「ジンオウガは雷光虫から電気エネルギーを吸収してるみたいなんだ!」

もう一つの雷球を躱したヨルヴァがバルスの元に駆け寄る。

「大雷光虫とは少し違うみたいだね……ヨルヴァ、僕もシャワもジンオウガとは戦ったことがない。簡単でいいから奴の情報を教えてくれないか」

「オイラも下位の奴を一度倒したっきりだから、上位にどこまで通じるかは分かんないけど……」

「それでもいいわ。……無いよりは全然マシよ」

シャワが遅れて二人の元にやって来た。それを見計らって、バルスはジンオウガに向けて閃光玉を投げ付ける。
パン! と音を立てて中から眩い光が放出された。

「ウォォン!?」

「今のうちに!」

視界を奪われたジンオウガが遠くで暴れ始めたのを見届け、三人は情報の共有を急いだ。



     



「グルルルル……」

ジンオウガが首を振って視界を取り戻す。決して長い時間ではなかったが、三人は既に武器を構え終えていた。

「情報通り、帯電をさせないように立ち回るんだ!」

「了解!」
「了解よ!」

バルスの号令と共に行動を開始する三人。

ジンオウガの左右に展開した二人が同時に腹部を攻撃を仕掛け、シャワの弾丸は弱点である頭に標準を絞る。

「ウォォォ!!」

「「!?」」


綺麗な陣形が決まり、必ずダメージを与えられると思った刹那、近接の二人が大きく吹き飛ばされた。

「バルス! ヨルヴァ!」

「う……」

「今何が……」

何が起こったか理解出来ていない二人にシャワが叫ぶ。

「尻尾よ……!」

シャワは目撃していた。
ジンオウガが尋常でない速さで尻尾を、体ごと強引に振り回したのを。

「OK。大体は分かった……もう喰らわないぞ」

「オイラも……あー、何となく」

当たり所が良かったのか、二人はすぐに立ち上がって回復薬を飲み干すと、滋養効果を身体中に行き渡らせるためにぐいと体を伸ばす。
隙だらけでただ危険で無駄な行為に見えるが、これをしないと効果が半減……最悪回復したい部位に行き渡らず、傷を癒せない場合だってある重要な動作だ。
若手のハンターほどこの行為を疎かにし、窮地に陥ってから重要性を再確認するのだ、

「行ったわよ!」

「むっ」

「うわっ!」

シャワの声に二人はハッとする。
回復薬で隙を逃さず、ジンオウガ攻撃を仕掛けてきたのだ。
二人が横に跳んだ瞬間、ジンオウガの巨体がそこを埋め尽くす。

ヨルヴァはわずかに避けきれず、軽い裂傷を負うもすぐに武器を振るった。

「はぁぁぁ!」

厄介な尻尾に麻痺毒を塗り込んだ刃で切り込むも、ダメージの通りが良くないと腕の感覚が訴えていた。

「こいつ滅茶苦茶かてぇ!」

「尻尾が持ち上がった瞬間に裏側を狙うんだ! ほとんどのモンスターはそこが柔らかい!」

バルスは固い甲殻を避けながら的確に猛毒を注入していく。

「オォォゥ!」

そんな二人を鬱陶しそうにしてジンオウガは前脚を振り上げ、踏みつけを仕掛ける。

「くっ!」

ガードしたバルスだったが、全体重を乗せたその威力に大きく仰け反る。
完璧には防ぎ切れず、ダメージがビリビリと体に残ってしまう。

「なんて重い攻撃だ……!」

踏み締められた地面は盛大に陥没していた。
まともに当たれば即スクラップだろう。

「グルルルァァ!!」

一発防いだだけでも限界のバルスに向けて、更にジンオウガは脚を振り上げる。

「……っ!」

「させるかぁぁぁ!」

「ウウォゥ!?」

ヨルヴァの重い斧の一撃が頭部に直撃し、雷狼竜はたまらず怯む。

「助かった!」

「へへっ! 借りは返したかんね!」

猛攻を抜け出したバルスは一旦距離を取る。

「シャワ、もうすぐヨルヴァの麻痺と僕の毒が効いてくるはずだ! 『あれ』を使ってくれないか?」

その言葉にシャワが驚いたように口を開いた。

「あれを……この修羅場で? ……上手く出来るか分からないわよ?」

「大丈夫、信じてる! あいつがまだ本気じゃないうちにダメージを蓄積させたい」

「っ! 分かったわよ!」

それを聞いたバルスは親指をビッと立てると(古い)、ヨルヴァの加勢に走っていった。

「こんなことなら師匠にちゃんと教わっとくんだったわ……」

ボソリと呟いていると、交代するようにヨルヴァが下がって来た。
回復薬を一口に飲み干すと、一人で相手はきつすぎるよ……とぼやいた。

「ところでシャワの姉ちゃん、『あれ』って何やるの?」

竜人族の尖った耳は伊達ではないのか、先程の会話を聞いていたようだ。

「あなたの麻痺がネックなんだから早く戻りなさいよね……こうするのよ」

シャワがシルバースパルタカスに手をかける。
するとバラバラと三つに分解してしまった。

「こ、壊れた!?」

「違うわよ! パーツの付け替えをするの」

そう言いながらシャワは荷袋から白いパーツを取り出した。

「ボウガンのパーツ?」

「ええ。これは『テイルカタパルト』っていうライトボウガンの一部よ」

テイルカタパルトは雪獅子の剛毛に包まれた耐寒性を持つライトボウガンで、氷結弾を連続して撃てる『速射』という機能を持っている。

「シルバースパルタカスのバレルをこっちに付け替えて………これで氷結弾の速射が出来るの」

「すげぇ! 複雑すぎて何やってたか分からなかったけど……」

「師匠はもっと上手く……ってヨルヴァ! さっさとバルスの加勢に行きなさい!」

「は、はいっ!」

ビクリと肩をすくませて走り去るヨルヴァを見てから、二人に背中を任せて最後の調整に取りかかる。

「本当、どこ行っちゃったのよ……」

そう呟くと、いつものキリッとした目に一瞬哀愁の色が浮かぶ。

「シャワの姉ちゃん! 麻痺ったよー!」

「毒もかかった!」

「! OK、いくわよ!」

シャワは頭に浮かんだ雑念を振り払うと、ジンオウガに向けて引き金を引いた。






「はぁ……はぁ……」

「………遊ばれてるのかな?」

「考えたくもないわね……」

戦闘開始から二時間が経とうとしていた。

未だに帯電のモーションすら見せないジンオウガに振り回され、三人はベースキャンプで三度目の休息をはかっている最中である。

「回復薬は二人でシャワの分まで使ってしまったし……これが最後の回復手段だね」

バルスは先程届いた応急薬を分配した。

「私は一つでいいわ。被弾しやすいあなた達が……」

「いや、恐らくあっちもダメージは溜まってるはずだ。次で必ず帯電を図ってくると思うから、シャワも用心して持っててくれ」

「……分かった」

「あれだけやって角を一本折っただけだもんなぁ……体力的にそろそろやばいよ」

くたっとベッドに座り込んでいたヨルヴァが「んん」と立ち上がる。

それは他の二人も同じ。
リタイヤも考えたくなる状況だった。

士気を上げなくては……と考えたバルスがあることを思い立った。

「ねぇ、ヨルヴァ。ジンオウガって雷属性でしょ?」

「ん? そりゃ見たら分かるよ」

「あいつの武器作ればさ、楽に雷属性のが出来るんじゃない?」

「!!!!」

ヨルヴァの顔色が目に見えて変わった。

「さぁ! 二人とも! 早くジンオウガをぶっ倒しに行こうよ!!」

「仕方ないわね……ケリをつけに行きましょうか」

ムードメーカーのヨルヴァが復活したお陰でシャワにも気力が戻る。

「よし、次で最後だ! 決着をつけよう!」

三人は掛け声と共に武器を拾い上げた。




     
――――――――――――


いつからここに棲んでいたのかは思い出せない。

だが『ハンター』と呼ばれる人間がやって来るようになる前からいたことは確かだ。

奴等は何度も私に挑んできた。
私は何度も奴等を蹴散らした。

回数を重ねる毎に小賢しい手段を使ってくる奴等に対し、私の体はより敵を倒す為に特化していった。

何時しか私はその競争に勝ち、手錬れのハンター達は限界を悟ったのか手を引いた。
残った馬鹿な連中は私利私欲のままにぶつかって来るだけ。

だから私は次第に本気を出すことをやめていった。


そんなつまらない日々が続いた今日、面白い連中がやって来た。

何度蹴散らそうとしても立ち上がり、あの手この手で私を倒そうと向かってくる。

昔の連中が帰ってきたような、そんな懐しい気持ちが込み上げた。

連中の孫だろうか?
曾孫だろうか?

元気のいい奴等だ。
悪くない。


恐らく最後になるだろう戦いに備え、私は久しぶりに雷光虫に呼び掛けた。


――――――――――――



「……向こうも準備万端ってわけだ」

「……あれがジンオウガの本気なのね」

「二人共! しっかり!」

バチバチと強力な雷光を身に纏う雷狼竜に一瞬圧倒される二人にヨルヴァが声をかける。

「勿論、大丈夫だよ」

「同じくいけるわ!」

「ウォォォォォォォ!!」

ジンオウガが空に向かい雷鳴のような音量で吠える。

それを合図にバルスとヨルヴァは武器に手をかけて走り出す。
シャワはすでに撃ち終えた氷結弾の代わりに通常弾Lv2を装填、先制攻撃を仕掛けた。

「はぁぁぁぁ!」

走った勢いのままにトキシックジャベリンを突き立てる。
その傷口には猛毒が注ぎ込まれるも、耐性が出来つつあるのだろう、序盤のような効果はもう望めない。

「麻痺ももう無理っぽいっ!」

ヨルヴァもジンオウガの間を縫いながら剣形態のバンカーバスターで切り込んでいるが、同じような手応えを感じているようだ。

「でもダメージは通ってる! このまま一気にいこう!」

「おっしゃ!」

強化ビンが切れたヨルヴァは流れるように形態を斧に戻し、そのまま横凪ぎに打ち付ける。

「グルルァァ!」

「ふっ……ふっ……!」

ジンオウガの三連続で打ち込まれる踏みつけをステップで躱し、最後の一撃にカウンターを試みた。

「せいやぁぁぁ!」

耐えに耐えた力を返すようにして放った一突きは、ジンオウガの胸部に大きな傷をつけることに成功した。

「ウォォォォォ……」

今の一撃が効いているのか、ジンオウガは普段とは違う静かな咆哮を上げ始めた。

「んっ!?」

チャンスだと攻め込んでいたバルスの足元が光り始める。

「うわぁぁぁっ!!?」

突如バルスが地面から現れた一本の雷の柱に包まれ、吹き飛んだ。

「バルス!?」

シャワの位置からは、ジンオウガの周りに次から次へと雷の柱が現れるのが見てとれた。

「止んだ……今だ!」

雷の柱が止み、隙が出来たと感じたヨルヴァが一気に間合いを詰めて切りかかる。

「待って! まだ……!」

何か嫌な予感がして叫んだシャワだったが、その瞬間ジンオウガから特大の雷光が吹き出し、ヨルヴァはそれをまともにそれを喰らってしまった。

「がっ……!?」

「ヨルヴァ!!」

吹き飛んだバルスとヨルヴァはダメージが大きく、電撃の痺れも相まって立ち上がることが出来ない。

「今粉塵を………!」

シャワが生命の粉塵を使おうと急いでポーチに手を伸ばすが、そこに信じられない光景が飛び込んできた。

「バルス!!! 避けて!!!」

ジンオウガが巨体を奮わせ、まだ起き上がれないバルスに向かって突進していたのだ。

「……っ!!」

バルスは何とか盾を構えるが、不意にジンオウガの姿が目の前から消えた。

「……えっ?」

「上ぇぇぇぇぇぇ!!」

「―――っ!?」

上を見上げた時には既に遅かった。

ーージンオウガはバルスの手前で大きく跳脚。
そして鋭く尖った背中を下にしてバルスへと落下していたのだ。




落雷が落ちたかのような轟音が響く。



粉々に砕けたトキシックジャベリンの盾の破片がこちらまで飛んでくる。



「あ…………」

バルスはエリア端の岩に叩き付けられていた。



「――――っ!!!」

シャワは持っていた持っていた粉塵全てを一度に振り撒いた。

白い粉は輝きながら周囲に広がり、三人を癒す。
しかしバルスはピクリとも動こうとしない。


「兄ちゃんっ! ……何寝てんだ! 起きろよぉっ!!」

粉塵で回復したヨルヴァもその光景に唖然とし、叫ぶ。

ジンオウガはそんなことは意に介さずといった様子でこちらに向き直った。
仕留めた相手には興味がない、とでも言いたげに。


「……うぁぁぁぁぁぁぁ!」

頭が真っ白になったシャワが通常弾を乱発する。
乱雑に飛んだそれは辺りにばら撒かれ、無数の穴を作った。


「うわっ! 姉ちゃん落ち着け! まずは兄ちゃんをキャンプまで運ばないと……!」

何とか冷静を保っていたヨルヴァが、ジンオウガの動きを止めようと閃光玉を投げつけた。

しかし、

「嘘だろっ……!?」

ジンオウガはふいと顔をそむけて閃光を回避してみせたのだ。

「……なら倒すしかねぇじゃねぇかぁぁぁぁ!!」

そのあり得ない光景と現状にぷつり、頭に血を昇らせたヨルヴァが弾丸の嵐の中を走る。

中心となる人物が崩れると、どれ程パーティーは脆くなってしまうのか。
そんなことを思わせる壮絶な光景がそこには広がっていた。

冷静さを欠いたハンターの先にば死゙があるのみ。

初めに叩き込まれた重要な教え。
しかし今の二人には思い出す余裕すら無かった。


――――――――――――

もはや狩人とは言えない無様な姿だな。
たった一人殺しただけでこの有り様……やはりこいつらも奴らと同じか。

無謀に走り、近付いてくる少年に向けてジンオウガは脚を大きく振り上げた。

これで終わり、か……。
少しは楽しめたが、残念だ。

さあ降り下ろそう、そう思った時である。

ゾクリ、とジンオウガの長年の勘が危険を告げた。

何だ……?

ジンオウガは降り下ろそうとした脚を止めて後ろを振り返る。



死神を見た気がした。


――――――――――――

「嘘………」

「兄ちゃん……!」


その異様な光景に二人はハッと意識を取り戻した。

ふらりと立ち上がったのは一人の、一匹の黒い死神。

それは砕けて機能しない盾を投げ捨てて両腕で槍を掴むと、人間とは考えられないような速さで駆け出していた。

「グァァァァ!」

ジンオウガがそんな『死神』を迎え撃とうと尻尾を円を描くように振り回す。

『死神』はそれをジャンプして躱してみせると、その勢いで槍をジンオウガの背中に突き刺した。

「―――ッ!?」

あまりの痛みにジンオウガがのけ反って暴れまわる。
槍を引き抜きながら再び跳脚すると、『死神』はシャワの近くへと降りたった。
ジンオウガは背の痛みに地面を転げ回り始める。


「ば、バルス……?」

槍を片手にふらふらと立っている男に恐る恐る声をかけた。
普段は何となく読める表情が全く読めない。
そんな『死神』が反応するかのようにシャワに向き合った。

「…………」

虚ろに空いた双方の眼孔からは、怪しげな紅い光が溢れている。

(正気……じゃない!?)

そう感じたシャワの行動は早かった。

「……このっ! しっかりしなさいよ!!」

鋭い平手が髑髏に響く。

「――っ!??」

ふうっ、と光が消えて眼孔は元の漆黒に戻った。

「あれ? ……ん? シャワ?」

「……心配かけさせるんじゃないわよ!!」

ぼけっとしているバルスにシャワが怒鳴る。

「いやぁ、ごめん……あいつの一撃を受けてから記憶が無くてさ……。粉塵使ってくれたの? ダメージが抜けてるね」

「無意識であんな動きをしたっていうの……?」

「あんな動き……? あれ!? 盾が無い!」

空いた片手を見て驚いた声を上げる。
本当に意識が無かったようだ。

「さっきの攻撃で砕けたのよ!」

「あ、そっか………ん?」

バルスがトキシックジャベリンを両手でくるくると振り回しながら首を傾げた。

「どうしたの?」

「このスタイル……何故かな? しっくり来るんだ」

「しっくり?」

「うん。昔……こうやって戦ってたみたいな……」

「! それって記憶が……!」

「それはさっぱり。ん、取り敢えず話は後だ! あいつを倒す!」

話している間にジンオウガが起き上がり、距離の離れていたヨルヴァを狙おうとしていた。

ごくりと応急薬を飲み干すと、再び片手に槍だけを持った状態でジンオウガへ向かおうとしたが、ピタリと足を止めてシャワを振り向く。

「あとさ、シャワ」

「何……?」

「今凄く言いたい台詞があるんだけど……」

「………言いなさいよ」

くだらない事を言う予感がしたが、ダメだと言っても言うだろうから了承する。


「盾なんか飾りなんだよ!!」

「…………今の状況でそれはないわ」


そう言ったバルスの姿は素晴らしいほど晴々しかったという。




「兄ちゃん! 無事で良かった……ってなら早く援護してくれよ!」

バルスが到着してみると、汗だくのヨルヴァがジンオウガの攻撃をギリギリで、半泣きで避けてながら応戦していた。

「ごめんごめん!」

そう言いながらバルスはトキシックジャベリンを振り上げる。

「だぁぁぁぁぁ!」

斜め上から袈裟懸けに降り下ろし、その軌跡をなぞるように切り上げる。

そして頭上で槍をヒュンヒュンと回しながら跳び、遠心力と重量を乗せた一撃を頭に叩きつける。
トキシックジャベリンの柄が大きくしなり、ジンオウガは弾かれたように仰け反った。

「グォォォ!!?」

そんなトリッキーな動きと攻撃にジンオウガは対応しきれず苛立たしげに呻く。

「あんな動き見たことねぇよ……」

限界……っ! と一度戦線を離脱していたヨルヴァがあんぐりと口を空ける。


重く堅牢な盾を無くすことで身軽になり、リーチが長く素早い攻撃を繰り出すことが可能になったバルスの新しいランスの型。

その変化は片手剣から双剣に派生した事象によく似ていた。

「はぁぁぁ!」

疾風のごとき突進を可能にする強靭な脚力と、突き立てた槍の反発力で飛び上がり、空中からの襲撃も可能にする。

それは巨体の欠点である大きな死角を、最大限に活かした戦法でもあった。

「あぁぁぁぁぁ!!」


バルスは切り裂こうと振り回した凶爪をひらりと回避し、その腕を踏み台にして一気に駆け上がった。
無防備な背中を槍で執拗に攻撃していく。

「ウォォォォォ!!」

痛みに悶えながらも雷狼竜は体を振るってバルスを振り払うが、既にバルスは地面へ降り立った後であった。

「グルルルル………」

深手を負いながらも、激しい敵意を剥き出しに唸るジンオウガ。

果てが無いと思われた戦いの終焉が今、確実に近づいていた。

「バルスばかり活躍されちゃたまらないわ! 私達も加勢するわよ!」

「ラジャ!」

ヨルヴァの斬撃が後ろから、シャワの弾丸が横からジンオウガを襲い、バルスに向けられていた意識を散乱させた。

「ありがとう! 一気に攻め立てるよ!」

援護をうけ、バルスも武器を強く握り直す。

「だぁぁぁぁぁ!」

その間もヨルヴァのバンカーバスターはジンオウガへ麻痺の刃を食い込ませていく。

「……ッダメだ! やっぱ麻痺は止めて斧モードで……」

「ヨルヴァ、そのまま攻撃を続けて! 私がチャンスを作るわ!」

「――っ! 了解! 頼んだぜ、シャワの姉ちゃん!」

「ほらほら! こっちだよ!」

シャワとヨルヴァがチャンスを作ろうとしている間、バルスは上下左右へとジンオウガの周りを駆け回り、翻弄していく。

「ウォウゥゥゥ………!」

何とか仕留めようと食らいついていたジンオウガだったが遂に動きが鈍り、涎を垂らし始めた。
疲労状態に陥ったというサインである。

「今よ! これを喰らいなさい!」

シャワは大きな反動を受けながら特殊な弾丸を撃ち放った。
カラ骨にゲネポスの牙から抽出した麻痺毒をふんだんに詰めた、麻痺弾Lv2である。

「おー! 麻痺った! ……ってことはぁ」

ヨルヴァがニヤリとし、バンカーバスターを引き戻す。

「再びこいつをぶつけるチャンス到来だぁぁぁぁぁぁ!!」

バンカーバスターから強力なエネルギーが溢れ出て、ジンオウガへと流れ込む。

「はぁぁぁぁぁ!」

それに合わせ、バルスが重心を落としトキシックジャベリンを高速で何度も突き出した。
暴風のような突きの嵐はジンオウガの固い甲殻をお大きく削り取っていく。

(必殺! 五月雨突き! ………なんてね)

(バルス……攻撃しながらにやけてる気がする……気味が悪いわ!)

「これでフィニッシュだぁぁぁぁぁぁ!」

本日二回目のエネルギーの収束。
それは運良くか、ジンオウガの急所で解放された。

「オォ………ォォ」

爆炎が晴れると、もはや瀕死の状態のジンオウガそこに立っていた。
そしてゆっくりと地面に倒れ始める。

「……クエスト完了っ!」

疲労困憊のヨルヴァが叫びながらどさり、と腰を下ろした時。

「ウォォォォォ!!」

「……えっ?」

ジンオウガは倒れかけた体を前足を突き出して支え、シャワに向けて走り始めたのだ。

「ひっ……!!」

安心した瞬間に起きた出来事に固まって動けないシャワ。

「姉ちゃん! ……くそっ! 動けよっ!」

すぐに起き上がろうとしたヨルヴァだったが、足はすでに疲労の限界を越していたらしく、全く動こうとしない。

(避けなきゃ………避けなきゃ……っ!)

そう必死に念じるものの、完全に体が竦み上がってしまっているシャワは、迫り来る猛威をただ見ることしか出来なかった。

後5メートル。
ジンオウガにとってはたったの一歩だ。

(もう……ダメ……)

目をつぶろうとした瞬間、黒い壁が目の前に立ちはだかった。

「大事な相棒に手を出さないでくれるかな?」

「!?」

ハンターにとって命そのものである武器――トキシックジャベリンをも投げ捨てて走ったバルスが今、シャワの前で仁王立ちしていた。

「ば、バルス………」

勿論、人ひとりが壁になったところでこの巨体を止めることは出来はしない。

だがバルスが前に立った瞬間の、言いようの無い安心感は今でも忘れられないと、後にシャワはそっぽを向きながら語ることになる。



「う、嘘………」

「これは一体……」

ジンオウガを前に二人は唖然とした声を漏らした。

「ウォルルゥ……」

バルスが壁となって立ちはだかった瞬間、ジンオウガはピタリと突進をやめた。
そしてまるで我が子にかけるような、そんな優しい声で鳴いた後、ゆっくりと地面へ伏したのだ。

パァッとジンオウガから雷光虫が一斉に飛び去る。

ーーそれは宿主の完全な死を物語っていた。

「なんか……『ありがとう』って言ってた気がしたわ」

シャワがぼそりとバルスに呟く。

「奇遇だね、僕もだ。……ねぇ、どういう意味だったんだい?」

そう言ってバルスは傍らで眠るジンオウガに語りかけるも、その口が再び開くことは無かった。


「二人ともー! 大丈夫!?」

バンカーバスターを杖にして、ヨロヨロとヨルヴァが歩み寄ってきた。

「平気よ! 今度こそクエスト完了ね」

「よかったぁ! あ、へへっ……実は二人に見せたいものがあるんだ!」

身体中傷だらけのヨルヴァがニシシと笑う。
どこで拾ってきたのか、ふらふらと振っている手には碧色の玉がしっかりと握られていた。



◆◇◆◇◆◆◇◆◇◆◆◇◆◇◆



あれから二年。
オイラは修行の旅を終えてこの港町に帰ってきた。


身長は全然伸びなかったけど、実力は大分ついたと思う。

あの二人は無事に仲間と会えてるのかな?
オイラもそんな仲間が早く欲しいなー……。



……うん! ここならすげー出会いが出来そうな気がする!

あの二人に負けないくらい、最高にいい仲間を見つけてやる!


「こんちわー!! おぉ、すげぇ人数だ……なんかいいクエスト、黒ティガとか貼ってないかなぁ?」


そう言って酒場の門を開いたヨルヴァの背中には、黄と碧のスラッシュアックス――王牙剣斧【裂雷】が堂々と背負われていた。


                        【次章へ】
とある山間(やまあい)の谷に湧き出た温泉を中心に築かれた村『ユクモ』。

季節によって色合いを変えるこの穏やかな山村には、「ユクモの木」と呼ばれる良質な木材が扱われており、さまざまな地へと出荷されている。
それに加えて、ギルドが運営する集会所と露天風呂をかねた大規模な入浴施設があり、その高い効能から観光地としても高い人気を博しているのだ。

「はぁ………」

そんな浴場で彼女は一人、ぷかりと温泉に浮かんでいた。
各地から特別な湯元を引いてブレンドされた湯は、その効能を示すかのように艶やかな色彩を揺らしている。
やわらかな湯煙の漂う中で、水面にゆっくりと波紋が拡がっていた。

「あ、いたいた! アクアー!」

「う……ハンマーさん」

足音と共に温泉に明快な声が響くと、アクアと呼ばれた少女は湯の中でむくりと体を起こす。

「探したんだよ? そりゃ村長に泣きながら迎えられたら逃げたくなるのも分かるけどさ……土地勘の無い私を残していくのはどうかなぁ?」

頭以外をナルガ装備で固めたウインドボブの女性――ハンマーはそう言いながらジトッと家(村)出娘を睨む。

その恨めしげな声にアクアは「……すみません。つい……」と言ってブクブクと鼻頭まで頭を湯に沈めてしまう。

「コラァッ、いい加減出てこーい!」

「…………」

そんな彼女の声にもアクアは無言のまま上目遣いで見つめ返すだけで、動こうとしない。

「アクアー? 早く私に村の案内と温泉のマナーを伝授しないと……」

ニコリとしながらゆっくり背中の大鎚を置くハンマー。その様子にアクアはゾワリと急激な不安に襲われた。

「えっ? ……ハンマーさん? ちょっ……何を!?」

「こうなるぞぉぉぉ!!」

「きゃぁぁぁぁっ!?」

ナルガもびっくりな速さで脱衣したハンマーが、脱いだそのままに温泉に飛び込んだのだ。

盛大に水飛沫が飛び散り、溢れたお湯が洗い場の桶を浴場の端まで押し流す。

「……ぷはっ! 何するんですか!?」

大量のお湯を浴びたアクアが頭を振るわせながら抗議すると、ハンマーはニヤリとして高らかに笑い始める。

「あはははは! うじうじしてるからそうなるのだー!」

「なぁっ!?」

その一言にムッとした表情を浮かべたアクアは、両手を筒状に重ね合わせ、標準を定める。

「喰らえ! ユクモ流水鉄砲!!」

その両手から発射されたお湯は、物凄い速さで直線を描き、ハンマーの額に直撃。水鉄砲にあるまじき着弾音を響かせた。

「いっっったぁ!!! 何その水圧っ!? ならこっちはポッケ式水鉄砲!」

「えぇぇ!?」

目頭に涙を浮かべながら両手を正面に突き出すハンマー。瞬間、アクアの目の前にお湯の壁が立ちはだかった。

「ぶわっ!? げほっ、げほっ! ただお湯被せただけじゃないですか!」

「勝てば、いいんだよ」

「めちゃくちゃ悪い顔してますよっ!?」

その後も二人はああだこうだ言いながら遊び散らし、お湯が半分になるまで続いたのだった。


     



「はぁ……疲れた」

ぐでーっと背中を岩場にもたれてハンマーが呟く。

「誰のせいですか誰の。てかタオル巻いてくださいよ。マナー違反ですよ? 混浴なのに」

「だって誰かさんが教えてくれないんだも……って混浴!? ちょちょ……タオルタオル!」

「更衣場にあったじゃないですか! まったくもう……」

慌てて更衣場に駆けていくハンマーを見ていたアクアであったが、不意に彼女の口から笑いがこぼれた。

「……ふふっ」

(本当に帰ってこれたんだ……ハンマーさんと一緒に)

「うーん」と足を伸ばしてアクアは、懐かしい温泉の香りに身を任せ、ゆっくり瞳を閉じる。

これからどうしようか、何をしようか……そんなことを考えながら。





この物語はアクアとハンマーがヨルヴァ達と出会う、およそ2年前の話である。




      



「うーん……のぼせたかも……」

「鍛え方が甘いんですよ!」

「こちとら雪山勤務だったんだから……しょうがないじゃん……」

これ見よがしにニヤリと言い放つアクアに、顔を蒸気させたハンマーはふらふらと言い返す。

「とりあえず一旦休憩にしましょうか。特製ドリンク飲みます?」

「うん……何かスッキリシュワッ! としたのない?」

「沢山ありますよ?」

「じゃあ何か適当なのをお願……」
「一緒に選びに行きましょう!」

「え、私は少し横に……ちょっ、引っ張んないでぇ……!」

力なく引っ張られていくハンマー。
後にも先にもアクアが主導権を握れたのはこの時だけだという。





「ぷはぁー、やっと生き返った!」

「そのボコボコーラってどんな味です?」

「ん、一口いる?」

「じゃあ私のユクモラムネもどうぞ」

二人が集会所の椅子に腰かけてドリンクを飲んでいると、入り口の方から騒がしい声が聞こえてきた。


「えー? いいじゃん、せっかくの混浴なんだよ?」

「だからなぁ! 混浴だからって必ず一緒に入らなきゃならない訳じゃねぇだろ!?」

やって来たのはアクアよりも少し年上に見える、浴衣を着た男女だ。女性は美しい白髪、男性は燃えるような赤髪をしている。

この集会浴場の階上や周囲には宿泊施設が造られており、怪我や万病に効くという効能を聞いて遠くから湯治にやって来る客やハンターは多い。

(浴衣を着ているってことは多分あの二人も……でもなにか様子がおかしいですね)

「何さ、減るもんじゃなし」

「そういう問題じゃねぇって言ってんだよ……てかまず手を離せ」

「いーやーだー」


浴衣(ご当地ギルド限定販売! 桃色アイルーダルマ(ver 1980z)の女性がニヤニヤしながら男性の腕を引っ張る。
赤髪の男性は抵抗しながら困り半分、イラつき半分にため息をつく。

アクアの感じた違和感は簡単に分かった。男は温泉に入ることを非常に嫌がっているのだ。

(あぁ……きっとインナーとタオル着用のことを知らないんですね。可哀想に思いっきりからかわれて……ん?)

アクアが不憫そうな顔をしている横で、ハンマーが二人の方を見つめながら、腕を組んで黙り込んでいたのだ。出会った頃からしていた、考え事をする時の癖だ。

「どうかしたんですか?」

「いやさ、あの子どっかで……」

ハンマーは浴衣の女性を見つめていた。

「知り合いなんですか?」

その質問にハンマーは「んー」と唸っていたが、突然表情をパッと光らせ嬉しい悲鳴を上げた。

「あぁぁ!!! やっぱりそうだ!」

ハンマーはすぐに手を振って駆け寄ると、浴衣の女性の手を取ってブンブンと振り回す。

「チョモ! チョモじゃん! 久しぶりー!」

浴衣の女性――チョモは突然の出来事に「わっわっわっ!?」と困惑していたが、ハンマーの顔を見た途端、こちらもパッと表情が輝いた。

「おぁぁー! ハマちゃんじゃん! ホント久し振り! どうしてここに? っておいコラ」

感動の再開。そんな雰囲気の中、浴衣の男はどさくさに紛れての逃亡を図ったが、ガッチリと帯を捕まれてしまい観念する。

「いやーマジで、ホントに久しぶりだね。五年ぶり位?」

「それくらいだね。へー、その様子じゃしっかりハンターやってるみたいじゃん! で、そっちの彼女は?」

ハンマーと握手を交わしていたチョモは、ハンマーの後ろで様子を伺っていたアクアに視線を向けた。
きらりと輝く白髪と笑顔が合間って思わずアクアはドキリとしてしまう。

「あっちはアクア。この村出身のハンターで、色々あって今は私の相方なんだ!」

「あ、相方ってそんな……」

面と向かってそんなことを言われると少し照れ臭くなってしまう。
そんなアクアを見てチョモはニヤニヤとしている。

「ふぅん、そかそか。ハマちゃん、ハンター以外もうまくやってるみたいだねぇ」

「いやーそれほどでも、ある」

「ハンマーさん何言ってるんですか!? てかさっきから呼ばれてるハマちゃんって……?」

アクアは突然のやり取りにすっかり困惑してしまっていた。

「ハマちゃんは単純に名前が紛らわしいから自然に」

「あぁ……納得です」

「あ、自己紹介が遅れたね。私はチョモ。んでこっちでムスッとしてるのがフレアね。二人ともギルドナイトをやってるんだ」

「ギルドナイト! 凄い……初めて見ました!」

アクアは自分の質問をサラッと躱されたことも忘れて驚いてしまう。
実質ハンターのトップが目の前にいるようなものなのだ。

「いやいや、普通のハンターが公務を嫌々こなしてるだけだから! そんな尊敬されるもんじゃないって」

そう言いながらも、にやけながら手をひらひらさせるチョモ。
まんざらでも無さそうだ。

「ん? 今フレアって言った?」

「そうだよ? こいつがフレア。あ、ハマちゃんはコイツとちゃんと会ったの初めてか」

「あの時はゴタゴタしてて言えなかったから、遅れたけど今言わせて。五年前は世話になったよ……本当にありがとう、フレア」

「たまたまだったんだ。気にすんな」

フレアはそれだけ言うとプイッと横を向いてしまう。

「何照れてんのよ! いいのよハマちゃん。こんな奴だから、もう恩義なんて感じることないわ」

「何でお前が勝手に締めてんだよ!?」

再び言い合いを始めた二人を尻目に、アクアはハンマーに小声で話しかける。

「あの、ハンマーさん……五年前って?」

「あぁ私ね、五年前の紛争でフレアとチョモに助けられたんだ。まぁ命の恩人って感じ」

「そんなことがあったんですか!?」

さらっと話された過去に驚きを隠せないアクア。
そんなアクアにハンマーは申し訳なさそうな顔になる。

「ごめん。別に隠してた訳じゃないんだけど、内容が内容だし……なかなかタイミングが、ね」

「いいんですよ。ちょっと驚いちゃいましたけど、時間は沢山ありますから。じっくり聞き出してやりますよ」

「あはは! 期待してるよ」

「ねぇねぇ! せっかく会ったんだしさ、クエストに行こうよ!」

口論が終わったのか(よく見たらフレアが膝を着いていた)、チョモが二人にそんな話を持ちかけてきた。

「お! いいね。じゃあ何に行く?」

「さっきさ、丁度いいのが貼ってあったんだよ。ほらこれ」

チョモがひらりと1枚の紙を取り出した。

「『雨に煙る、双子の山 』って……ど、ドボルベルク二頭ですか!?」

「水没林で探索隊が緊急信号を発信してるらしいの」

「なら急がなきゃですね」

「よし、じゃあ各自用意を済ませたらここに集合して、すぐに出発しよう!」

その後、それぞれが準備へと向かいおよそ10分が経過した頃、チョモを除いた三人は既に集会所に集まっていた。

「おっせーなぁチョモの奴……何してんだ?」

「まぁまぁ、私たちも今来たばかりですし……」

三白眼をギラギラとさせているフレアをアクアがなだめる。

「ふーん、フレアって大剣使いなんだ」

ハンマーがふとフレアに話しかけた。

「そういうアンタはハンマーなんだな」

フレアの武器は焔剣リオレウス。火竜の上鱗や翼膜、獄炎石をふんだんに使用した大剣で、ハンマーのデッドリボルバーと同レベルの威力を持つ武器であった。

「………」
「………」

二人は互いの武器をじっと見つめた後、何気ない一言を放った。

「ああ、火力バカなんだ」
「ああ、火力バカなのな」

一瞬、空気が止まる。

「はぁ!?」
「あぁ!?」
「えぇ!?」

突如険しい剣幕で睨み合い始めた二人にアクアはおろおろとする。

「おいおい、聞きづてならねぇな! 誰が火力バカだって? 俺はきちんと戦略立てて戦ってんだ! そっちの『トンカチ』と違って振り回すだけとは違げぇんだよ!」

「トンカチ!? 何言ってんの、私のちゃんと理にかなった立ち回りに鈍い大剣が敵う訳ないじゃん! ただの『板』が出来るのはせいぜいピロピロした尻尾を切るくらいだけでしょ!」

「板だと!? ふざけんなよ!」

「なにさ!!」

「あ……あの、二人ともあることないこと言わないほうが……」

少なくともハンマーさんの立ち回りは『理』にかなってはないです……。
静かに突っ込むアクアを意にも介さず二人が口論を続けていると、酒場の扉が開く音がした。
少なくともハンマーさんの立ち回りは『理』にかなってはないです……。
静かに突っ込むアクアを意にも介さず二人が口論を続けていると、酒場の扉が開く音がした。

「お待たせー! いやぁ浴衣って脱ぐの難しいねぇ。こんがらが……って何してんの?」

「あ、チョモさん……実は……」

アクアは経緯を簡潔に説明したのだが、チョモはケロッとした表情で聞き終えてこう言ったのだ。

「ふんふん……なるほど。んじゃ、クエスト出ようか」

「ええっ!?」

この人は話を聞いていたのだろうか……そう思ってしまうほどあっけらかんとした顔をした彼女はすぐにクエストの手続きを済ませてしまった。
そしてトテテ、と口論真っ盛りの二人に近づく。

「へい! 野郎ども! ここで言い合っても仕方ないんだからさ、もっといい方法で決着つけなよ」

「いい方法で?」

「決着? てか私も野郎!?」

二人は興味が沸いたのか、口論を止めてチョモの方を向く。
そんな二人にチョモはニヤリとして言い放った。

「今回のターゲットはドボルベルクは二頭……。この意味は分かるね?」





     




「チョモさん……ホントに大丈夫だったんでしょうか?」

ジットリと湿った地面に足を取られないように用心しながら、アクアは不安な表情を浮かべて言った。

クエストの舞台である水没林はその名の通り、半分ほどが川に沈んでしまった湿林帯で水陸に対応した狂暴な生物が数多く生息している危険な区域である。

今は時期の関係で普段水没している場所も歩けるような水位に落ち着いているが、肌にまとわり付くような生ぬるい空気は変わらずに心地悪い。
水位が落ちているため海竜と呼ばれる危険な種類は息を潜めているが、代わりに姿を現すモンスターもいる。
ドボルベルクはその内の一匹である。
普段の二人なら問題ない相手なのだけれど……。

「大丈夫だって。アクアちゃんはハマちゃんが本気でそんな下らない理由で喧嘩すると思う?」

『私に考えがあるから』と喧嘩中の二人にドボルベルク一匹を任せた自称策士(と自分で言ってた)が言うのだから何か考えがあるのだろう、それは分かるのだが。

「んー……それは確かにそうですけど」

実際に喧嘩を見ているので答えが鈍ってしまうのだ。

「ま、ハマちゃんが大剣使いを、フレアがハンマー使いを苦手にしてるのは確かなんだけどねぇ」

「そうなんですか?」

これまた初耳である。
でもなんで……?

そんな表情を見て取ったのかチョモは続けて話し出す。

「んん……フレアのほうは私が原因なんだけども……」

チョモは「あはは」と恥ずかしそうに笑い、次に困ったような顔になる。

「実はね、ハマちゃんのほうはよく分かんないんだよねぇ……」

「話してくれなかったってことですか?」

「いや、どうやら本人も分かってないみたい。本気で嫌いな訳じゃないし、大剣の利点だって十分に理解してるっていうんだけど……何でか苦手意識が出ちゃうんだって」

「不思議な話ですね……知らずにトラウマとか抱えてたり?」

「あの子にトラウマとか全然想像出来ないけどね」

「同感です!」

「あはは! やっぱりそうかぁ……。ねぇ、ハンマーと会ったときの話聞かせてよ、ドボル探しがてらさ。向こうは問題ないはずだし」

「いいですよ。その代わりハンマーさんの昔話、聞かせてください。あの人……ほとんど話してくれなくて」

「……分かった、私の知ってることなら。でも許してあげて? アイツお姉さんぶってるから、あなたに弱いとこ見せたくないんだと思う」

「……それは分かってます。結構無理、させちゃってますから」

「そっか……なら教えるべきだろうね。でもそっちのほうが先だよ! その後でちゃんと話すからさ」

そんなチョモにアクアは「約束ですよ?」と言い、ゆっくりと思い返し始めた。忘れもしない、あの日。

「懐かしいですね……あれは、とある理由で私がポッケ村を訪れた時のことです……びっくりしましたよ、あの人屋根の上から―――」

二人はしばらくの間思い出話をし、アクアは『ハンマー』について、その過去を初めて知ることになる。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「いた!」
「いた!」

「俺が先に見つけたぞ!」
「私が先に見つけたよ!」

「……何っ!?」
「……なっ!?」

一方その頃。
話題の二人は相変わらずの様子で、蒸し暑い水没林の空気を更に居心地の悪いものにしていた。

「アンタは下がってろ。こいつは俺一人で仕留める」

「何言ってるの? ここは私だけで大丈夫だから二人のとこに行ってきなよ」

「ホントに強情だな」

「そっちこそ」

ぐぬぬ……と睨み合っていると、不意に辺りが暗くなった。

「な……何?」

「おいおいおい! ヤバイぞ上だ!」

「えっ……うわぁ!?」

二人が咄嗟に横へ飛んだ瞬間、その場には巨大な塊が深々とめり込んでいた。
圧倒的な質量による衝撃に二人はバランスを取れずによろける。

「くっ……あんなデカイ奴の攻撃に気がつかなかったなんてよ!」

体を軸にして尻尾を回転させ、その勢いで飛び上がり相手を叩き潰すドボルベルク最大の攻撃――通称『ムロフシ』。名前の由来は定かではないが、東方の島にいるという英雄の名から取られたというのが有力だ。

「言い合いなんてしてる場合じゃなかったね……!」

「全くだ……! んの野郎、俺がぶった切ってやる!」

フレアはドボルベルクの正面に回り込むと、反動で動けない隙をつき顔面に強烈な溜め切りを叩きつけた。

「ヴォォォォ!!」

呻き声と共に強固な角が片方砕ける。

「見たか! これが大剣の……っておい!?」

自慢しようと後ろを振り返ったフレアは、あり得ない場所で彼女を発見した。

「甘い! 弱点を直接、叩けばいいんだ、よ!」

ドボルベルクの巨大な背中を息を切らして駆け登っていたハンマーは、ドボルベルクのスタミナの源、そして弱点でもある露出したコブに向けて、デットリボルバーを勢いよく振り下ろした。

「あり得ねぇだろ……」

背中で起きる衝撃と爆炎。
呻き声と共に倒れるドボルベルクと、ドヤ顔のハンマー。

「………」

一撃でダウンを取ってしまった彼女にフレアは一瞬唖然とするが、すぐに自分の仕事を思い出し駆け出した。

「全部持ってかれて堪るかよ! 最後はきっちり頂くぜ!」

言うなりフレアはダウンして目の前にさらけ出された柔らかいコブに向かい、自慢の大剣を叩きつける。

「オォォォォ!!」

ドボルベルクの口から悲痛な叫びが上がり始めた。
切り口から溢れ出した炎がコブを一瞬で包み込み、たちまちに背中の苔や茸に燃え移ったのだ。

「どうだ! 俺の火力舐めんなっつんだ!」

「うわぁ……何この無茶苦茶な火力……」

そんな二人の視線の先で燃え盛る火炎は、ドボルベルクの驚異的な生命力までも飲み込み、水没林で猛威を奮っていた怪物を動かぬ山へと還したのだった。

「やるじゃん」

ふぅ、と息をつくフレアの元にハンマーは歩み寄っていた。

「別に。耐久度から見てもこいつは下位のランクだ。そっちこそ滅茶苦茶なもん見せてくれたな。確かに効率……のいい立ち回りだったわ」

「あんなのその場の勢いだよ。フレアこそ、何なのあの無茶苦茶な火力! 上位の武器にしちゃ強すぎでしょ」

「あぁ、加工屋に頼んだ特注品だからな! 扱いが少し難しいが頼りにしてんだ」

「あはは! 結局『火力命!』じゃん」

「うるせぇ! そっちだって結局は力まかせじゃねぇか」

「………」

「………」

再び沈黙が流れ出す。しかしその沈黙は、堪えきれずに吹き出したハンマーによって簡単に破られた。

「やめやめ! ごめんね、本気で言ってた訳じゃないんだ。ただちょっと熱入っちゃって……ね」

その言葉にフレアもフッと肩の力が抜け、バツの悪そうな顔になる。

「悪ぃ、俺もそうだ。アンタが本気で言ってないのは分かってたんだがつい……な」

こんがり焼け焦げたドボルベルクを背景に、二人の周りでよどんでいた空気は綺麗さっぱり消え去っていた。

「いやぁ……私、自分でもよく分からないんだけど大剣使いってのがどうも苦手で……」

「トラウマか? 俺も昔のトラウマでハンマー使ってる奴をつい警戒しちまう……」

「それ……もしかして、チョモのせいだったり?」

「……昔のアイツの話は知ってんだろ?」

「……一時は相当だったらしいね」

過去を思い返してげんなりするフレアに同情するような顔を浮かべていたハンマーだったが、何かを思い出したように慌てた表情を浮かべた。

「いけない、あと一匹いるんだった! 二人を手伝いに行かないと!」

「そうだった! ……ってちょっと待て」

「ん?」

ハンマーを引き止めたフレアはニヤリとして言い放った。

「焦る必要ねーよ。向こうにはいるのは俺のおっかない相方とアンタの相棒だろ?」

慌てていたハンマーも、その言葉にはたと思い止まる。

「ああ……確かによく考えたら……」

二人は彼女らが戦っている場面を思い描くと、アハハと笑って傍の切り株へと腰を下ろした。

「全然心配ないね」
「全然心配ねーわ」

むしろドボルベルクが可哀想に思えてくる。
後は向こうが終わるのを待つだけという結論に達し、くつろいでいるとハンマーが思い出したように口を開いた。

「あ、実は私の相棒も意外とおっかないんだよ」

その言葉にフレアは片眉を吊り上げ、意外そうな顔を浮かべる。

「マジか。そんな風には見えなかったけどな」

「いやいや、さっきだってさ……」

「嘘だろ? でもそんなこと言ったらチョモの奴はな……」



     



「……チョモさん、なーんか失礼なこと言ってますね」

「うん。ばっちし聞こえてる」

愚痴に花を咲かせる二人から、およそ五メートル離れた木陰。
そこには話題の相方達がとっくにドボルベルクを討伐して隠れていたのである。

「一応心配して来てみたら何なのあれ? 流石のおねーさんも怒っちゃうよ?」

「私も最近ハンマーさんに甘くし過ぎてたかなぁと思う節がありまして……」

二人分の冷たい視線が突き刺さっていることに当の二人はまだ気付いていない。

「――そこでチョモの奴が言うわけよ!」

「アハハハ! それだったらアクアだって――」

二人の盛大な笑い声に木陰の葉が次第に震えてくる。

「……いくか」

「ええ」

もし誰かがこの場にいたなら、木陰から迅竜が飛び出したと錯覚しただろう。

切り株に座って呑気に談笑していた二人がその殺気に気付いた時にはもう遅く、ピタリと背後まで迫られていた。

「うぐっ!? ……が……ぁ……チ……チョモ……さん?」

がっちりと裸絞めを決められたフレア。
色々な意味で血の気が引いていく。
そして追撃の如く、後ろから凍るような言葉が襲いかかってきた。

「おい。人が散々心配して気ぃ回してやったってのに何しくさってんだコラ。その鬱陶しい髪刈り上げてボンズスタイルにしてやろうか? あ?」

(やばいやばいやばいやばい……昔のチョモに戻ってるじゃねーか! しかも全盛期のだ……)

「黙ってちゃ分かんねーだろうが!」

「はい! すみません!」

(やっぱこっちの方が断然怖いだろっ!!?)

フレアの叫びは心の中で木霊し続けた。



「ア……アクア? この喉元を通って地面に突き刺さってるモノは……ひっ!?」

一方、アクアは突き刺した太刀をピタリと喉に押し付け、ゆっくりとハンマーの耳元に囁いていた。

「ねぇ……、ハンマーさん? 私そろそろユクモ天一式から装備を変えようと思ってるんですけどね? ナルガ装備にしよっかなぁ……なんて思ってるんですよ」

「アクア……さん?」

アクアが後ろでにっこりと微笑むのが分かった。

「その装備、ひん剥いていいですか?」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ!!」


(絶っ対にこっちがおっかないでしょ!!)

今後一生ハッキリしないであろう議題が浮かんだ瞬間だった。

その頃、隣のフレアは朦朧とする視界にあるものを捉えていた。

「お……い、あそこに…………何か……」

弱々しく震える手で一点を指す。

「ん? そんな浅はかな嘘でアタシの気を引こうったって……」

そう言いながらもその方向へ視線を向けたチョモは、有り得ないものを目撃することになる。

「何……あれ」

チョモが見たものは薄暗い木々の奥を移動する影。
その影はふらふらと動いており、人間でいう後頭部から背中にかけてが大きく膨れ上がっているように見えたのだ。
奇怪な動きとその容姿が相まって不気味であり、無意識に腕に力が入ってしまう。

「アクアちゃん……あれ見て」

「え? どこですか?」

「あれあれ! 変なのがいる!」

「……ホントだ。何か……お化けチックな気配が……」

「わー! 言わないで! 余計怖くなるからっ!」

(※人の首を絞めています)

「わ、私だって怖いですよっ!」

(※人の喉元に刃物を突き立てています)

そんなやり取りをしていると、更に驚く事が起きた。今までふらふらと動いていた影が不意に止まり、そのまま地面に吸い込まれるように草むらへ消えていったのだ。

「消えたっ!!?」

半ばパニックになって更に腕に力の入るチョモにアクアは慌てた声を飛ばす。

「あれは倒れたんですよ! 様子を見に行きましょう!」

「わ、私も行くの?」

「私だけじゃ色々と不安なんです! それに本当に怪我人だったら大変ですよ! 治療出来るのはチョモさんだけなんですし。さ、行きますよ!」


アクアは行きたくないオーラたっぷりのチョモの手を取る。その眼には有無を言わせない光が灯っていた。

「うぅ……分かったよー。でも怖かったらすぐ戻るからね!」

そう言ってチョモはぐったりとするフレアを地面に転がし、アクアと一緒に影が倒れた場所に走り出した。



「ふぅ……何とか助かった」

二人が走って行くのを見届けると、ハンマーは安堵の息をつき冷や汗を拭った。

「フレアは大丈夫? 結構危なかったんじゃ……ってフレア!? ……顔が真っ青じゃん!? 死ぬなぁ!」

「……っ!?」

ハンマーの渾身の一撃を受けたフレアは血の巡りは良くなったものの、暫く起きることはなかったという。



  
   




「チョモさん! 人ですよ! 女の子が倒れてます!」

いち早く駆け付けたアクアが驚いたように叫んだ。

「良かった……お化けじゃなかった……って容態は!?」

「どこにも外傷はないみたいですね。気絶してるだけみたいです」

うつ伏せに倒れていたのはシャワよりも年下に見える少女だった。赤地に黒が混じった縞々の髪に、赤い棘のついた甲殻で作られた装備を身に付けている。
髪型は細めのツインテールで片方には白い羽根飾りが付けられており、そして背中には……。

「なるほど、あの膨らみはこれかぁ」

少女の背中には熊の頭を模した、リノプロヘルムと呼ばれる巨大な防具が背負われていたのだ。
荷袋代わりにしていたのか、倒れた衝撃で中に入っていただろう様々な種類の草木が散らばっている。

「これは野草……ですかね?」

「んー見たことないものばっかりだね」

「一体どうしてこんなところを……」

「イャンクックの装備を着けてるってことはハンターなんだろうね。それに……」

チョモが何か言いかけた時、少女の体がピクリと動いた。

「んん……」

「動いたっ! 大丈夫!?」

「………」

何かを言おうとしているが、声が小さくて聞こえない。アクアは膝をついて少女の口元に耳を近づけた。

「おなか……」

「えっ?」

「おなかすいた……」

アクアはゆっくりと立ち上がる。

「……チョモさん」

「その子何て?」

「この子治療いらなかったです」

「へ?」

持っていた携帯食料4、こんがり肉3、水を提供したところ少女はたちまちに元気になった。








「私、ルシャ! さっきはありがとうでした!」

ルシャ、と名乗った少女はペコリと頭を下げる。
先程の出来事など無かったかのように回復したルシャは、アクアとチョモ、そして遅れてやって来たハンマーに可愛らしい笑顔を振り撒いていた。

「元気になって良かった! ちゃんとお礼も言えて偉いねー」

先程の怒りは何処へやら、アクアはニコニコとしながらルシャの頭を撫でる。

「良くしてもらったら、ちゃんとお礼言うように言われてる!」

言葉には若干の片言が混じっており、イャンクックの装備とも合わさって何処か異国の雰囲気を纏っていたが、アクアはそんなことは気にならないようでルシャに負けないくらいの笑顔を見せていた。


「そっかー。ルシャちゃん偉い偉い!」

「えへへー」

(あれ? この子こんなキャラだっけ……?)

(どーも年下に甘いとこがあるんだよね……アクア。あんな笑顔、私見たことないよ! 一線越えなきゃいいんだけど……)

(いやいや……流石にそこまでは……)

「ハンマーさん! チョモさん!」

「なっなに!?」
「なにかなっ!?」

ひそひそと話していた二人だったが、アクアがバッとこちらを振り向くのでビクッとしてしまう。

「一先ず村に帰りませんか? 目的も果たしたことですし、ルシャちゃんのこともあります」

「確かにそうだね」

この少女が何故行き倒れていたのか、その理由も聞かなくてはならない。

「じゃあここはギルドナイトの私が連れてくよ。その方が話も進むだろうし……面子的にもねー。二人はクエスト完了の手続きをお願いできるかな?」

「分かりました。じゃあルシャちゃんはこのお姉さんに着いていってね。また後で合流するから」

「あい! またねアクアお姉ちゃん!」

「!?」

途端アクアの顔が赤くなった。

「……もう一回言ってくれないかな?」

「アクアお姉ちゃん?」

「もう一回!」

「アクアお姉ちゃん!」

「……もういっ」
「ストップストップ! アクア! それ以上は何か危険だよ! チョモ、早く連れてって!」

「任せて!」

「ふぐっ!」

ガッチリとアクアの顔面にアイアンクローを決めたハンマーの言葉に促され、チョモはルシャの手を引くと、倒れているフレアに向かって足を上げる。

「いつまで寝てんのっ! さっさと行くよ!」

「……っ!? おま……誰のせいだと……分かった! 分かったから引きずるなぁ!」




     



「ふぁんふぁーふぁん、ほぉろほぉろふぁなひてふぉらへまへんふぁ?」

三人がエリアの外へ出た頃、くぐもった声がハンマーに聞こえてきた。

「あ、ごめんアクア……大丈夫?」

「ぷはっ。さっきはすみません……ちょっと舞い上がりすぎました」

「いや……私もちょっと強く掴み過ぎたかも」

アクアの顔にはしっかりと手形がついていた。

「いえいえ、多分丁度良かったですよ」

「あはは……」

少し前に怒られてる手前、若干腰が引けてしまう。

「ところでハンマーさん」

「なっ何?」

不意に口調が固くなったアクアにハンマーは覚悟を決めて身構える。

「……チョモさんから聞きました。ハンマーさんの昔話」

「私の……昔話?」

突然の告白にハンマーはキョトンとしてしまう。

「今回チョモさん達に出会って思いました。私、ハンマーさんのこと良く知ってるつもりだったけど、全然知らなかったんだなって」

「いやいや、私の過去なんてそんな大したこと……」

「私が辛かった時にハンマーさんは助けてくれたのに、ハンマーさんが辛かった時に私が何も出来なかったことが悔しくて……」

「アクア……」

「まぁそんな気持ちでここに来たら悪口大会やってたんで腹は立ちましたけども」

「…………」

「っとその話は置いといて、私こう思ったんです。まだ遅くないかなって」

「ハンマーさんと出会ってから、私も成長してきたつもりです。これからはバンバン支えていきますからね! 相方として、です」

「……そんなこと言われたら期待しちゃうよ?」

「期待しちゃってください!」

「あはは! じゃあ改めてよろしくね? アクア!」

「よろしく! ハンマーさん!」

二人はお互いに笑い合うと、クエストの手続きをするためにベースキャンプに向かい始める。


「それにしても……あのタイミングで言われるとは思わなかったなぁ」

ハンマーが苦笑してそう言うと、アクアはキッとして答える。

「確かに変なタイミングでしたけど、あそこで言わないとまた色々とはぐらかされるような気がしたんです」

「あー確かに……。ごめん、言うような話じゃないなって遠慮してた」

「遠慮なんてしないでください。相方だってハンマーさんが言ったんですよ?」

「そうだね。じゃあ頼らせてもらいますよ? 相方!」

「了解ですっ!」


以前からお互いに対してほんの小さなものだが遠慮、気遣いというものがマイナスの意味で存在していた。出会ってからそれは次第に薄まっていたのだが、最後の一欠片が取れないでいた。
それが取れた気がした。
周りから見たら些細なことだろうが、二人はたまらなく嬉しくて。
この時の二人は、これからどんなことが起きたとしても大丈夫だと信じていた。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「ルシャちゃんただいまー!」


「おかえり! アクアお姉ちゃん!」

クエスト終了の手続きを済ませたアクアとハンマーは足早にユクモ村へと帰還していた。

「ごめんハンマー! ちょっと仕事のほうを先にしてて、ルシャちゃんのことはまだ簡単にしか説明してないんだ」

「仕事? そっか、休暇で来てた訳じゃなかったんだ」

「失礼な! 私達が遊んでるように見えた?」

「見えた」

「すいません、見えました」

「………」

「まぁそうだろうさ」

喉をさすりながらやって来たフレアがチョモの頭にポンと手を置く。

「俺たちがここに来たのはある調査をするためなんだ」

「ある調査?」

「あぁ、実は……」

その時、集会所の外から女性の悲鳴が上がった。

「まさか……嘘だろ!?」

「行くよフレア!」

ギルドナイトの二人が慌てて飛び出す。

「私たちも!」

「はい!」

それに続いて二人も外へ出たが、そこで待っていたのは予想を上回るものだった。





「だっからあれほど止めときなさいって言ったじゃない!」

「えーそんなに変かな?」

「変過ぎるわ! 完全アウトよ!」

「せっかく買ったのになぁ……」

「大体、頭装備二つって事態おかしいのよっ!」



「アクア……あれって」

「ええ……」

見ればギルドナイトの彼らも唖然としている。

そこにいたのは真っ黒なスカルフェイスの上に真っ赤な帽子『ギルドバードロポス』を被った変人と、それを良く通る声で罵倒する金髪の少女だった。

「バルス! 何やってんだお前!」

我に帰り、それが知り合いだと気づいたフレアは少女とバルスの間に割り込んでいた。

「大丈夫かっ? こいつは変人だが悪い奴じゃないんだ! 許してやってくれ!」

「……ありがとう。で、バルスこの人誰?」

「ごめんフレア、その子僕の連れなんだ」

「んだと!? じゃあさっきの悲鳴は……?」

フレアが辺りを見渡すと、一人の村人がおずおずと前に出た。

「すいません……私が驚きすぎて」

「いや……気にしなくていい。正当な判断だ」

「それ酷くない?」

「反論の余地なんか無いわよ!」

場が落ち着いたのを見計らってアクアとハンマーも二人の前に出る。

「バルスさん、シャワちゃん! お久しぶりです!」

「わぁアクアさん! 久しぶり!」

「黒いの相変わらずだね。元気してた?」

「ハンマーさんじゃないか! こっちはいつも通りだよ」

「ハマちゃん! なにこの面白そうな人達! 紹介してよ!」

知ってる者、初対面の者。挨拶を終えた時、そこには六人のハンターが揃っていた。

「私もまぜて!」

「あ、ごめんねルシャちゃん。この人たちは私とハンマーさんの友達。強いんだよ?」

「私、ルシャ! よろしく!」

「ルシャちゃんだね、僕はバルス。よろしくね」

「シャワよ………よろしく」

二人が挨拶を済ませた時、それは起きた。

「大変だーー!! 空が! 空が!」

血相を変えた村人がこちらに走って来たのだ。

「ハンターさん! 空を見てくれ!」

「空?」

全員が村人の指差す方向を見る。

「……っ!」

ユクモ村で霊峰と呼ばれるこの辺りで一番高い山。
その頂に巨大な渦巻く黒雲が浮かんでいたのだ。

「……情報は本当だった、って訳かよ」

苦虫を噛み潰したような顔でフレアが呟く。

「情報って?」

「ギルド本部にある垂れ込みがあってな。そいつがどうも引っ掛かって調査に来たんだ」

チョモがそれに続けて口を開く。

「垂れ込み内容は『近い内にユクモに嵐竜が来るので討伐してほしい』ってのでね。まぁサボりもくて……ん゛ん゛! 調査に来てみたら村は平穏そのものでさ。てっきりガセだと思ってたんだけど……」

「古龍の出没予想なんて古龍観測所だって出来ねぇよ。……これは何かあるぜ」

「でも行くんでしょ? 会って間もないけど、二人とも眼がそう言ってるわ」

シャワはそう言うと「それに……」と続けた。

「ハンマーさんとアクアさんの知り合いなら尚更、ね?」

フレアとチョモは苦笑して答える。

「もちろん!」
「もちろん!」

「バルス、せっかくのユクモだけどまだ温泉に浸かる暇はないみたいね?」

「一番楽しみにしてたのはシャワだけどね」

「うるさい!」

「アクア、こっちは全員準備万端みたいだよ?」

みんなの視線を一身に集めたアクアは目を瞑り、すぅと息を吸ってから、大きく目を見開いた。

「大事な村なんです……! 皆さん! 私と一緒にこの村を守ってください!」

予告された古龍の出没。
不穏な空気を含んだこの依頼に、五人のハンターはいつもと同じ口調で答えた。


『一狩り行きますか!』

この世界には数多くの伝説が存在する。


初めてハンマーという武器を使用し、それを広めたという老ハンターの話。

かつて老山龍の尾を切断したと言われる巨大な龍人族の長の武勇伝。

一人のハンターと協力し、一代にして交易盛んで豊かな村を築いた男の逸話。

自分達の狩りを自伝として公表し、時に泣き時に笑う内容で人々に希望と勇気を振り撒いた猟団の物語。

並べあげるとキリがないが、その中で何が一番有名かと聞けば誰しもが口を揃えてこう言うだろう。


『ココットの英雄』だと。



まだハンターという言葉が存在せず、人間が今以上にモンスターの脅威に脅かされていた時代。
ココット村で育った彼が3人の仲間と共にモンスターを狩ることを生業としたことがモンスターハンターの始まりと言われている。
一角竜の狩猟は単身のみで行うなどその技量は今のハンター以上とも言われており、今も彼はココット村の村長兼生ける伝説として存在しているのだ。

そんな彼が犯した、取り返しのつかない失敗が一つだけある。

――――――――――――

『ハンター』が職業として認められた後も彼と仲間の三人は村の為、ギルドの為に狩りを続けていた。
そんなある日、雪山に謎のモンスターが出没しているとの情報を知った彼らは、一緒に行きたいという婚約者のハンターを振り切れずに五人で狩猟に向かったのだ。
『自分達なら守れる』そんな考えが満身だと気付いたのはターゲットに出会った後であった。
今までに見たことの無いような激しい動きとパワーに奔放された四人は苦戦し、彼は重傷を負ってしまう。
動けない彼に迫り来る剛爪。絶体絶命の彼の前に飛び出したのは、他でもない、ハンターになって間もない守るべき婚約者、その人だった。

――――――――――――



【五人以上でハンターが狩りに出ると、死人が出る】

後に『ココットジンクス』と呼ばれるこの言い伝えは、このような悲しい事件が二度と起こらぬよう彼が提案したギルドの掟の数々と共に今も全てのハンター達に受け継がれている。





◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




「今回、ココットジンクスのことは忘れよう」

「えぇっ!?」

アマツマガツチ討伐を決意して、一時間が経過した頃である。
各自が出来る限りの準備をして集会浴場に集まり、人数制限のことを思い出して慌てていると、遅れてきたハンマーがそんな一言を放ったのだった。

「で、でもギルドから許可が降りないんじゃないですか?」

アクアがそう言うことを分かっていたかのようにハンマーはチッチッと指を振る。

「私が何のために遅れてきたと思う? 論破してきましたよ! 当然!」

ハンマーが自慢気に鼻を鳴らす横でバルスが確かに、と頷く。

「あまり前例のない古龍討伐だけど、昔から古龍に関しては五人以上での狩りが認められるケースがあるね」

「でもどうしてかしら? 五人以上の狩りが認められないのは、ジンクス以前の問題に大人数だと指揮系統の乱れや混乱を招きやすいからでしょ?」

シャワの投げ掛けた疑問にチョモが顔を上げた。

「指揮とか、作戦なんか通用しないくらい強力だからじゃない? 考えてみ? ティがレックス相手にオルタロス4匹で何が出来ると思う?」

したり顔で言うも、シャワはその問いに疑問の表情を崩さない。

「……想像してみたけれど、オルタロスじゃ5匹どころか100匹いたって敵わない気がするんだけど……」

「あー例えが悪かったかも。でも私が言いたいのはそんな感じのこと」

「どんな感じだよ! チョモ……お前ギルドナイトのくせしてそんなことも分かってねぇのか?」

「うっさい! そう言うフレアは分かってんだろうね!?」

「あぁ? ったりめーだろ。いいか? まずクエストが四人までってのはハンター条約第一章の……で古龍が出没した時には第五章に書いてある緊急時における被害状況とその予測が規定値を上回るから………でまぁここで簡単に言えばジンクスとルールの逆転が起きるから五人以上でもいいってこと。わかるか?」

「全然?」

「分かりません……」

「私は分かるわ」

「僕も知ってる」

「私ってばいつの間にかそんな難しいことを論破してたのか……」

「皆何話してるの?」

「チョモぉ! お前より年下の子が分かってんぞ!?」

「うぐ……だぁーもういいじゃん! もう済んだ話を掘り返す男は嫌われるよ?」

「ぐ………」

ギロリとジト目で睨まれてフレアは渋々と本題に入る。

「各自温泉は入ったんだな? なら六人の許可はもう降りてんだ、後は霊峰に行ってアマツマガツチをぶっ倒すだけだ。ハンマーの言った通り今回はジンクスに縛られてる暇はねぇ! 死にたくなきゃその前に動くだけだ! 行くぞ!」

フレアの言葉にメンバー全体の闘志に火がつくのが分かった。

(おぉ、何かいつになく勇ましいね)

(一応ギルドの騎士団長だからね。士気上げんのは上手いのよ)

そうして六人はネコタクに乗り込み、暗雲立ち込める霊峰に向けて出発した。





     



「―――で、これはどういう事?」

ネコタクで運ばれた霊峰の麓。そこで発せられたシャワの言葉に全員が空を仰ぐ。

「どうしたの? みんな?」

「何でこの子が着いてきちゃってるわけ!?」

シャワの怒声にも臆さず、何も分かってない様子でニコニコとしているルシャを前に、他のメンバーはしどろもどろに言い訳を始める。

「いやぁ……僕も見覚え無い樽が積んであるとは思ってたんだけどね?」

「私はてっきり誰かの荷物だと……」

「お、アクアも? 私もそう思ってた」

「寝てた」

「私も」

ギルドナイトの二人は弁解すらしない。

まさかの七人目の登場に一同は混乱を極めたが、その時アクアが思い切って「皆さん!」と注目を集めた。

「もう敵は目前なんです。来てしまったものは仕方ないと思いませんか? ちょっと不安ですが、ルシャちゃんにはキャンプで待機してもらって討伐に向かうべきです」

敵の行動が分からない以上、決して安全とは言えないキャンプに一人残すのは危険極まりないが、それでも戦前に共に出るよりは安全だと思えた。

「確かにアクアの言う通りだ。もう戻ってる暇はないしね。ここで食い止めれなかったら村が危ない」

「ハンマーさん……ありがとうございます」

他はどう? というハンマーの視線に残りの四人も無言で首を縦に振る。

「ルシャちゃん、危険だからここから離れちゃダメだよ? 必ず戻ってくるから」

「アクアお姉ちゃん、ごめんなさい。私置いてかれたくなくって……」

涙目で謝るルシャを数回撫でると、アクアは山頂への入り口を睨んだ。

「パパッと終わらせましょう!!」


アクアの号令と共に全員が戦地へと足を踏み出した。眼には恐れはなく、狩人の光を灯している。

(こんなに頼りになる仲間……他にいませんね!)


自然と力が沸いてくる。
アクアは愛刀の柄を力強く握りしめた。





――――――――――





目の前が暗い。
体は鉛のように重く、節々に刺すような痛みが走る。


「う…………」

何とか体を起こし、痛みできつく絞られていた目を開ける。

腕、脚……何とか五体満足のようだ。

「皆は……」

アクアはポーチから回復薬グレートを取り出して飲み干すと、太刀を杖代わりに体を引き起こす。
他の仲間はまだ倒れたまま動いていない。

「早く、助けないと……!」

最低限の回復をしたアクアはまだ重い足を引きずって走り出した。
早く、早く。そうしないと、本当に殺されてしまう……っ!


アマツマガツチを初めて見た印象は昔の書物でみた天女であった。
ひらひらと帯のようなものを身に纏った神々しいその姿に一瞬心を奪われる。
しかし嵐龍の猛烈な敵意を含んだ咆哮に、相手が自分達の命を脅かす存在だと改めて気付かされた。

宙を泳ぐかの様な動きと捉えがたい攻撃に六人は苦戦しつつも、比較的順調に戦えていたと思う。
アクアとハンマーの連携にフレア、バルスの攻撃。そこにシャワの弾、チョモの笛による援護が入り、初めてとは思えない動きが出来ていたのだ。

誰しもが「いける」と思った時、異変が起きた。
嵐のような天候が更に黒々く、雷鳴轟く禍々しさに変わり、アマツマガツチ自体も同じような禍々しさをその体に現したのだ。

今までは遊びだったのだと思わせる激しい動き。
それについて行けずメンバーには次第に傷が深まっていく。
何とか回復する隙を見つけるべく立ち回っていた六人だったが、その時不意にアマツマガツチが天へと舞い上がった。

やっと隙を見せた! そう思い各自が回復薬へと手を伸ばしたとき、ハンマーの怒声が飛んだ。

「何かヤバイのが来る!! みんな避けろぉぉぉっ!!!」

次の瞬間、天より一本の水柱が地上に突き刺さり、そのまま山を切り裂いた。



     
結果的にハンマーのお陰で直撃は免れたものの、その後地面から吹き出した強烈な水流にアクア達は弾き飛ばされた。

それでも切り裂かれた岩や地面を見て、もし腕の一本でもあれに当たっていればと思うとゾッとする。

「ハンマーさん! 大丈夫ですか!? これを……」

ダメージで身動きの取れないハンマーに回復薬を流し込む。
薬も底を尽き始めていた。

「アクアさん! こっちは大丈夫よ!」

「こっちも! アマツマガツチは拘束弾で足止めしてある! 今の内に!」

「チョモさん! シャワちゃん!」

離れて支援をしていた二人は無事だったようで、それぞれがフレアとバルスの治療を行っていた。

「アクア……私はもう大丈夫」

「ハンマーさん!? ダメですよ! まだ体が……!?」

アクアは驚いて目を見張った。かなりのダメージを負っていたはずのハンマーがむくりと立ち上がったのだ。

「どうして……っ!? それ……秘薬ですか!?」

「あはは、なりふり構ってられないっしょ」

世の中にはハンターにしか調合、使用を認められていない強力な薬品が存在する。狂走薬や鬼人薬など、使い続けると体に悪い影響が出るものがそれに当たる。ハンマーの使用した秘薬という薬は、その中でも特に効果と影響が高いものだった。

「負けて後悔するより、勝って喜んだ方が何倍もいいでしょ?」

「……帰ったらお説教です!」

私たちは拘束の解けたアマツマガツチに猛然と挑み続けた。
巨大な竜巻を操りながら襲いかかるアマツマガツチの攻撃を躱し、時に庇いながら休む間もなく攻め続けた。
六人の体力はとっくに限界を通り越していたが、アマツマガツチの動きも段々と鈍くなっているのが分かっていたからだ。
どちらが先に倒れるか、終わりは確実に近づいていた。


――その時である。


「そこまでです」

私達とアマツマガツチの丁度間。
そこに何かが投げ込まれたかと思うと、突然目の前が激しい光に包まれた。

「閃光玉!? 一体誰が………っ!!?」

アクアの体に突然痺れが走り、そのまま倒れ込む。

(麻痺!? 今度は何が……!?)

目の前に古龍がいるというのにこのままでは自殺行為だ。
何とか状況を把握するために目の回復を必死で待ち、やっと視界が回復した瞬間、アクアは目の前の光景に言葉を失った。

「嘘………なんで………」

遠くでは目を回して暴れるアマツマガツチ。
目の前には同じく倒れて動けないであろうメンバー達。そしてその奥には二つの人影が立っていた。
一人は赤い衣を纏い、リノプロヘルムを被った人物。後ろには黒い布を巻いた大剣が背負われている。


そしてもう一人は……。

「……ルシャちゃん?」

「あい。皆お疲れさまー」

ニッコリと微笑む彼女の両手には、アイルーとメラルーを模した双剣が握られていた。

「どうして……? 一体何が……」

「あはは! どうしてって? お姉ちゃん達は利用されたってことにまだ気付かないの?」

「私……達を、利用?」

「うん。私を助けるとこから……むしろその前からぜーんぶね」

「! まさかあの垂れ込みはお前が……!」

怒りを露にしてフレアが怒鳴った。だがルシャはそれを楽しむように話し続ける。

人懐こい笑顔はもう浮かべていなかった。
「私、薬とか得意なんだ。 空腹に見せるお薬やお姉ちゃん達に使った痺れ薬もぜーんぶ手作りだよ。痺れ薬の使い方は簡単、ここに塗ってチョコッと引っ掻くだけー!」

じゃーん! とルシャは得意気にアイルーの双剣を見せつける。
パペット人形に棒が付いたそれだけの物に見えるが、その小さな腕の先端にはギラリと細長い爪が光っていた。

「てかほんとね、いくらマリさんの指示だからってあんな演技やだよ! 人に媚なんか売りたくないし! それに……」

ぷくりと頬を膨らませるルシャだったが、次の文句は隣の人物に手に阻まれることになる。

「んむっ!?」

「ルシャ、お喋りはそこまでです。奴の眼が回復しますよ」

「むぐっ!」

リノプロヘルムのせいで声はくぐもっていたが、ぞくりとする冷たさが感じられる女性の声だった。

「あいつ痺れさせる?」

「必要ないです」

そう言うと女は背中から大剣を取り出した。
はらりと落ちた黒布。その中から出てきたのは怪しい紫色の光を纏った、見たことの無いほど歪(いびつ)な武器。

「ギュオォォォォ!!」

視界の回復したアマツマガツチは、一番近くにいた女に目掛け巨大な水の塊を吐き出す。
しかし女は大剣を片手で軽々と振るい、まるで煙でも払うかのように水弾を掻き消してみせた。
大剣を包み込んでいる光はその輝きを増し、陽炎(かげろう)が大剣をまるで生きているかのように揺らめかせていた。

「ハンマーさん……」

ハンマーの横からアクアが小さな声で呟く。

「あれは……あってはいけない剣だと思います……」

その声は微かに、震えていた。

「……私もあんなに不気味な武器は初めて見るよ。しかも大剣……今までで一番嫌な気持ちだ」


気持ちが悪い。

今すぐ逃げ出したい。

そんな気持ちに刈られたが、動かせるのは首から上だけの状況では会話するくらいしか出来ない。
後はただ、ただ見ているだけ。

「ギュオォォ!!」

自分の攻撃が効かなかったと分かったのか、激昂したアマツマガツチは風を纏って突進を仕掛けた。
巨体は風に乗り、恐るべきスピードで女へと向かう。当たればひとたまりもないだろうその攻撃を女は何故か避けようともしない。

「あの人死ぬ気ですか!?」

そう叫んだアクアは次の瞬間、異常な出来事を見ることになる。

「手負いの古龍なんて片手で十分です」

女はそう言うと大剣を高く振り上げ、体を大きく捻り勢いよく剣の腹をアマツマガツチの頭部に振り下ろした。





信じられない、と誰しもが思った。
黒い雷が散ったと同時に、何とアマツマガツチは地面へと叩きつけられたのだ。固い地面に頭が半分ほど沈んでいる……相当な威力で無ければああはならない。


「ルシャ、血を」

「はーい」

この出来事に全く動じていない様子で、ルシャは懐から注射器を取り出して動けないアマツマガツチから血を抜き取る。

「採れたよー、アマツマガツチの『生き血』」

「上々です……なら、もうこれは用済みですね」

女は再び大剣を振り上げると、瀕死の古龍に今度は切っ先を向けて躊躇無く振り下ろした。

「そんな……」

自分達が弱らせたとはいえ、たった二撃でアマツマガツチを沈めてしまったのた。
素顔の見えない女にアクアは得たいの知れない恐怖を感じた。返り血を浴びたリノプロヘルムがより一層の不気味さを醸し出している。

「さて、と」

目的を達成したのか、貴重なアマツマガツチの素材に見向きもせずにこちらに体を向ける。

「ルシャが『お世話』になりました。私はマリアンと言います」

「よく言うぜ! 全部てめぇ等の作戦だったんだろ……っ! ……ん?」

その時フレアがハッとした表情になった。

「お前……この前の古龍化騒動の時に目撃されてたリノプロ女か!?」

「おやおや、目撃されてましたか」

「あの事件の……関係者?」

アクアの目が大きく見開かれる。

「あなたが……あのクシャルダオラやモンスターの古龍化を?」

「まぁ、そういうことになりますね」

髪の毛が逆立つのを感じた。

「お前がっ…! お前が居なかったらお父さんとお母さんはっ!!!」

「アクア落ち着いて! 興奮すると毒が回っちゃう!」

「………でもっ!!!! ……っ、……すみません」

必死にアクアをなだめたハンマーだったが、そこに再び冷たい声が聞こえていた。

「彼女には可哀想なことをしました。しかし、貴女も落ち着いてる場合ですかね?」

「……どういう意味?」

「忘れたんですか? 随分と都合のいい頭をしてるようですね」

マリアンはそう言うとリノプロヘルムに手をかけた。

「え、マリさんそれ取っちゃうの?」

「元々そのつもりで連れてきましたからね。そう言えばルシャ。持って来させたリノプロの替えを薬草まみれにした件には、キツイ仕置きを用意しておきますからね」

「だ……だってリュック持てなかったし……丁度収まったし……」

「………」

「ご、ごめんなさい」

「………」

「い、いやぁぁぁ! オンプウオの踊り食いはもう嫌ぁぁぁぁ!」

「……少し黙っててください」

マリアンは躊躇無くルシャを大剣でかち上げる。
「あぁぁぁぁ」とルシャはアマツマガツチの上へとぽすりと落ちて動かなくなった。

「話がずれましたね。『ハンマー』と言いましたか? まずはこれを見てください」

マリアンはリノプロをゆっくりと外し、素顔を晒す。

「え…………」

ゴトリ、と置かれたリノプロヘルムの音は静かに木霊している。


「ハンマー……さん?」

全員が息を飲んだ。防具の下から現れた素顔はハンマーにそっくりだったのだ。

違うのはハンマーよりも冷たく鋭い目と、片側だけ長く胸元まで垂らされた、ウェーブのかかった髪だけ。

「何でそんなに私に………」

驚きの隠せないハンマーにマリアンは「はぁ」と息を吐くと、倒れたハンマーに近づき胸倉を掴んで吊り上げた後、後ろへと放り投げた。

「ぐ……っ!?」


「ハマちゃ……っ!? ……てめえ!」

「ハンマーさん!? 大丈夫ですか!? 何て事をっ……!!」

「記憶を二度失っている……そんなことは分かっているつもりでしたが、こうも憎く思えるとは」

「記憶を……二度?」

力の入らない状態で放り投げられたのだ。相当の苦痛だろうがハンマーは気丈に質問を返す。

「一つは傭兵施設に入れられた時。もう一つは紛争が終わった時。私が関係しているのは一つ目の記憶です」

「私が施設に入る前の記憶……? 私は紛争中に捨てられて……」

「まどろっこしいですね! それは施設ですり替えられた記憶でしょう!」

淡々と話していたマリアンが初めて声を荒げた。





「単刀直入に言ってしまいましょうか……私と貴女は双子です」

「……………っ!?」

「物語ではよくありますよね? 生き別れた兄弟や姉妹の感動の再開……良く出来ていますよねぇ? でも現実ではそんな夢物語は存在しません」

冷たい、冷たい嗤い。
そしてアクアは耳を疑うことになる。
マリアンはそのままの口調でこう続けたのだ。









「そうでしょう? ハンマー……いえ、『マリディア』」


「マリ………ディア?」

「そう。それがあなたの本来の名前です。今の名前はただの……」

「違う! この名前は私の大切な……っ!」

ハンマーが動揺を隠せずに叫ぶ。
しかしマリアンは「ふぅん」と嘲るように笑った。
他の者は突然の出来事に声も出せない。

「誰から貰ったかも分からないで、ですか?」

「!? 知ってるのか!?」

「ええ、知ってますとも。ですがそれを教える義理はありません。言ったでしょう? 私はマリディア、貴女を強く憎んでいます。殺されないだけでも感謝して欲しいものです」

「私が……何を?」

その瞬間、アクアはマリアンの冷たい目の中に一瞬儚げな色が揺らめくのを見逃さなかった。

「あなたは当時、やんちゃな子供でした。両親と私は仕事をサボって遊ぶ貴方の代わりに働いたものです」

「とは言ってもそれに強い不満を覚えることはありませんでした……あの日までは。あの日、紛争の被害はついに私たちの村にまで広がりました。あの時、皆と村から逃げず、家に隠れるという危険な選択を取らざるを得なかったのはマリディア、あなたがドジをして足を挫いていたからです」

「…………」

「父は優秀な兵士でした。父の率いる兵隊は村を守る最後の砦……しかし敵兵は村へとやって来ました」

マリアンは淡々と話を続ける。失った自分の過去……自分の咎……それを聞いているハンマーがどんな表情を浮かべているのか、アクアの位置からは窺うことは出来ない。

「私たちを残して家を飛び出した母親がどうなったか、想像するのは易いことでしょう。私は双子の姉として震えるあなたを抱き締めていました。母に任されていましたからね」

「敵兵は幾許(いくばく)もせずにやって来て家を叩き壊しましたよ。倒れてくる柱からあなたを庇い、大怪我を負って呻く私の目の前で無傷の妹は兵士に連れられていきました」


「取り残された私は酷く絶望しましたよ。結局自分以外の者のためにいくら尽くしたとしても、返ってくるものは無い。無いどころかマイナスになって返ってくる。この世界を憎みました。呪い壊したい程、ね」

「マリアン……お前……」

「瓦礫から自力で抜け出した後の経緯は省きます。下らないものですから」

結論から言います、そう言ったマリアンの次の一言は全員を戦慄させた。



「私はこの世界を壊します」

その言葉は重く、胸に食い込んだ。とても嘘とは思えない。それが出来るという自信を持った本気の言葉だった。

「マリアン! 憎いのはこの私だろ!? 世界は関係ない!」

「先程も言いましたが、私が憎んでいるのはそんな小さなものではありません。世界中を歩いて分かりました。弱いものが貶められ、自分の事しか考えれない金と権力の持ち主だけが得をする世界……こんなもの壊れて当然です」

「そんなこと……っ」

「『そんなこと無い』……本当に言えますか? 『ハンターになって世界を見る』でしたか? あなたが今まで見てきたのは、世界のほんの一部だって本当は気付いているんでしょう?」

「私は……」

「世界を見て回るだなんて言いながら、楽しむだけ楽しんで嫌なことには見向きもしない。好きなときだけ人助けを気取って満足して終わり。あなたのやってきた事は只の自己満足なんですよ」

「………っ!」

「そんなことありません!!」

「アクア……?」

アクアは叫ばずにはいられなかった。

――だって私が背中を追い続けたこの人は………。

「私はずっと見てきたから分かります! ハンマーさんは何時だって真っ直ぐでした。緊急性の高いクエストを進んで受けて、必要だと感じたら依頼以上のこともやってました。一緒に温泉に入ったとき気付きましたよ……身体中傷だらけ。どんなことにも全力でぶつかっちゃう不器用な人だけど……ハンマーさんは立派なハンターです!」

――そして私の一番の目標だ。

「熱弁ありがとうございます。でもね、アクアさん。その一時的な救済で一体何が変わると思いますか? たった一度問題を解決したところで人はまた繰り返す。上辺だけを取り除いたところで本質なんか変わりようがないんです」

しかしマリアンの言葉にアクアの心は揺らぐことは無かった。



                           次話へ
「マリアンさん。今でも、ギルドからハンマーさん宛に沢山の手紙が届くんです。ある村から、街から、家族から……文字で手紙が真っ黒になるほどの内容で。マリアンさんが言った疑問を持ったこともありました。でも手紙を一つ一つ読んでみて『あぁ、もうこの人達は大丈夫だ』って思えたんです。ハンマーさんが関わった人たちは、悪人だろうが何だろうが全員が最後には笑っていました」

そして私も……、とその言葉は心の中で呟く。

「……何だか白けました。ルシャ、何時まで寝てるんですか? 帰りますよ」

「うぅ? ……あい」

ルシャはアマツマガツチの中からよじよじと這い出ると、空高く音爆弾を投げつけた。普通のものよりも若干低い音が山に木霊する。

「さて、ギルドの狗さん。正義の名をかざすなら、是非とも世界を救って貰いたいですねぇ」

「それを言うためにわざわざ呼んだって訳じゃねぇだろ……何が目的だ」

と、睨むフレアにマリアンは冷笑を向けて言う。

「別に理由を言おうが言うまいが、貴方達は備えるしかない……そうでしょう?」

「アンタねぇ! あんまギルド舐めてるとただじゃおかないよ!」

「寝たまま言われたんじゃ脅しになりませんよ」

「ぐっ……」

それを言われるとチョモも流石に押し黙ってしまう。毒を受けて10分は経つはずなのに、まだ体はピクリとも動かない。ブナハブラの麻痺とは比較にならない程強力で、部分調整の利く毒。医療を専攻しているチョモにはこれがどれだけ有り得ないものかを分かっていた。

「あ、お姉ちゃん達。その毒はもう少しで抜けるからご心配なく! ……あ、マリさん来たよ!」

バサリ、重たい音が山脈の奥から聞こえてきた。

「バルス! 後ろから何か来るわよ!」

「羽音……それも大きなものだね」

山々の間から、赤い点が近付いて来るのが分かった。

「リオレウス!? みんな気を付けて!」

「バルス……また刺々しいのが突っ込んで来たんだけど……」

「どうにもこうにも……」



「うわっ!」
「きゃ!」

赤い羽音の主はバルスとシャワの上すれすれを通過し、ルシャの前へと降り立った。

(良かったね……)
(良かったわ……)

「ありがとうねクク。もうひとっ飛びお願い!」

「コココココ」

そう声を漏らしてルシャに撫でられているのは、巨大なイャンクックであった。

「でか……」

「間違いなく金冠サイズだね……立派な個体だ」

マリアンは慣れた手つきでイャンクックの背に飛び乗ると、六人に向かってと不思議な言葉を口にした。





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

数多の龍を駆遂せし時
伝説はよみがえらん
数多の肉を裂き 骨を砕き 血を啜った時
彼の者はあらわれん
土を焼く者
鉄【くろがね】を溶かす者
水を煮立たす者
風を起こす者
木を薙ぐ者
炎を生み出す者
その者の名は ミラボレアス
その者の名は 宿命の戦い
その者の名は 避けられぬ死
喉あらば叫べ
耳あらば聞け
心あらば祈れ
ミラボレアス
天と地とを覆い尽くす
彼の者の名を
天と地とを覆い尽くす
彼の者の名を
彼の者の名を

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


それは古い、古い伝承。

「マリディア、そしてアクアさん。世界を守りたいと言うなら抗いなさい。舞台が揃うのは二年後の今。その時、世界の何処かで破滅の産声が上がるでしょう」

マリアンはそれだけ言うとルシャに出発を促した。

「あい。じゃ、お姉ちゃん達! 騙して御免ねー」

ルシャはニッコリと笑うとククと呼んだイャンクックの背中を叩く。

「クエェー!」

バサリ、と巨大な羽音と風圧を巻き起こしながら大怪鳥は空へと舞い上がり始める。
その時、上から再び冷たい声が聞こえてきた。

「あと一つ、言い忘れたことがありました。バルス と言いましたね? 貴方の過去は『あること』の代償として失われています。それを無理に掘り返せば、出てくるのは契約の不履行……記憶の代償に得たものは泡となる。そのことを覚えておいてください」

「あることの……代償? それは一体………っ!」

しかしバルスの問いはイャンクックの風圧に掻き消され、気が付くと二人は飛び去った後であった。




沈黙。



アマツマガツチが討伐され、晴れ渡る空の下では麻痺が解けて動けるようになった六人が押し黙っていた。


突然知らされた、自分の謎。

破滅までのカウントダウン。

仲間の過去。


ルシャ、マリアンのこと。

それらが交差し、誰もが言葉を出せなかった。



「一つ……謝らなければいけないことがあるわ」

初めに口を開いたのはシャワだった。

「私、会った時からルシャに違和感を感じてたの。自尊に聞こえるかもしれないけど、私より年下のハンターの話なんてギルドで聞いたこと無かったの。いるとしたら不正規のハンター……でも確証が無くて……ごめんなさい」

「大丈夫だよシャワちゃん。結果的に怪我人は一人も出なかったんだ。それにあの状況じゃ私やフレアが絶対に飛び出したし、返り討ちにあったと思う。痺れてて良かったよ!」

落ち込んでいるシャワにアハハ! と笑いかける。

「チョモ……無理すんな。お前もあんまし余裕ねぇだろ」

「だって……」

チョモは傍らで座ったまま俯く友人を見る。

「皆、聞いてくれ。さっきの話のショックに狩猟の疲れもある。ひとまず村に帰ろう」

フレアの言葉に促され、皆が帰還の準備を始めた。

「………っ」

ハンマーもおもむろに立ち上がるが、足がふらつくのかバランスを崩してしまう。

「ハンマーさん! 大丈夫……ですか?」

心配そうな顔を浮かべるアクアにハンマーはニコリと微笑んで言った。

「さっきはありがとうね、アクア。ごめん……でも頭ん中ぐるぐるしちゃって。……先に帰っててくれないかな? ちょっとしたら村に戻るから、さ」

「ハンマーさ……」

「アクアちゃん。……今は一人にさせてやって」

「そう……ですね」

一人で歩いて行ってしまうハンマーの背中をアクアとチョモは不安気に見続けた。







後になって彼女達は後悔することになる。
この時、無理にでもハンマーを連れて帰るべきだったと。




――霊峰での一件から二日



「ハンマーさんはまだ見つかっていないんですかっ!?」

アクアはギルドに押し掛け、もう何度目になるか分からない問答を繰り返していた。

服は泥にまみれており、腕や足には擦り傷だらけで、ぶっきらぼうな友人に会った瞬間「一体何があったんだ!?」と目を見開かれるような有り様のアクア。

ハンマーを探すため、嵐の後で地盤の緩い山々を駆け巡り、村に帰っては情報収集、そしてまた村を出る……一晩経ってもハンマーが帰らないことに気付いてから、アクアはひたすらにそれを繰り返していた。

「霊峰から渓流エリアまで捜索をしていますが未だに……」

「あの人……あんな体で何処に………」

「アクア様……申し訳ありませんが、探索を始めて明日で三日。明日以内に見つけられなければ探索は規定により打ち切りとなります」

頭を下げたままそう言った受付嬢の言葉に、アクアは思わずカウンターに乗り出した。

「そんなっ!? あの人は必ず何処かにいるはずです! 私たちの助けを待ってるに違いありません!」

だが受付嬢は申し訳なさそうに、しかし頑なに首を振った。

「……いいです。私は探し続けますから!」

疲労なんて感じてる暇はない。アクアが再び渓流に赴こうとした時、よく通る声がギルドに響いた。

「見つけた! おい! ハンマーを見つけたぞ!!」

肩まで荒く伸ばされた、見慣れた赤髪が視線に飛び入む。
事情を聞いた瞬間、仕事を放り出して捜索を手伝ってくれた友人の一人。

「フレアさん!? 本当ですかっ!!?」

「あぁ、やっぱり霊峰だった。あいつ気付きにくい場所に倒れてやがって……ま、俺にかかれば楽勝よ」

ぶっきらぼうに言うフレアの姿はボロボロで。
傷だらけで。
泥だらけで。
彼がどれだけ必死で探し回っていたかを物語っていた。

「今ハンマーさんは……?」

「チョモが医療室で治療してる。安心しろ、特に外傷は無かったから秘薬の反動と心的ダメージが原因だろうとよ。……命に別状はねーよ」

「よかった……本当によかったで……す」

「おいっ! 大丈夫か?」

安心したからか、今までの疲労が一気に吹き出たのだろう。
糸が切れたようにペタリと座り込んだアクアは、そのまま眠り込んでしまった。

「ったく、こんなになるまで無茶しやがって……」

と、悪態をつきながら集会場の長椅子までアクアを運んで寝かした時、医療室の方から部下の一人が駆けつけてきた。

「フレア様! チョモ様がお呼びです。大至急、と」

「何だと!? 今行く!」

チョモが大至急などと言って呼び出すのは初めてのことだった。
嫌な予感で渦巻く心を押さえ込みながら、フレアは医療室へ足早に向かっていった。







「フレア……これ見て」


チョモはいつになく真剣な顔でフレアを招き入れた。

俯きがちなチョモの表情、そして『それ』をみた瞬間、予感は確信に変わった。

「おい……『これ』はもう治ったはずだろ!?」

フレアは驚愕を隠せなかった。
彼が見たのは診療台でうつ伏せに寝かされているハンマーの背中。
汗ばみ、顔色の悪い彼女の背中には白い包帯が、否、『白かった』包帯が巻かれていた。
アマツマガツチと戦った時には無傷だったはずの場所。それどころか、ここへ運び込む時すら無かった場所に―――赤い三本線が色濃く滲んでいた。

「原因は分からない。それでも……それでも五年前にハマちゃんを瀕死に追い込んだ『あの傷』が開き始めてるんだ」

「何で今更……秘薬飲んだってこうはならねぇだろ?」

「勿論……秘薬は酷使しない限り強い倦怠感ぐらいで済むよ」

「だったらなんで……変だろうが! 必ず原因があるはずだろ!」

その言葉にチョモはふと思い出したように顔を上げた。

「……思えばさ、あの時だって変だったんだよね。フレアが運んで来た時のハマちゃんの傷……今だから言えることだけど完全に致命傷だったんだよ。そのはずなのに……何で治癒しかけてた。てっきり私は誰かが古の秘薬級の薬を使ってくれたのかと思ってたけど……」

「……嘘だろ? あの時、周りには人間とティガの死体以外何も無かった。それにあの戦場にはそんな薬持ってる大層な身分の奴いねぇよ」

「んじゃ奇跡でも起きたって言うわけ?」

「そんなこと言って……いや待てよ……っ!」

フレアの頭の中で、バラバラだった記憶がパズルのように組み立てられていく。

そして最後の1ピース。
霊峰での一件、マリアンの言葉を組み込んだ時、フレアは戦慄した。

「マジかよ……でもそんなことある訳……っ! チョモ、ここは頼んだぞ!」

「えっ!? 何か分かったの?」

「あぁ! だから早く止めねぇと!」

「ちょっ! 止めるって何をさ!?」

(急がないと取り返しのつかないことになる……!)

走ったフレアがたどり着いたのは村の小さな広場。
その木陰で雑談をしていたのは黒金コンビ。

「ねぇ……やっぱり思い出すのはよしなさいって」

「いや、僕だってそんな危なっかしいことまだしたくないけどさ。あれからどうも頭が意識しちゃって……」


「その記憶飛びやがれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」



思わず飛び蹴りをした。


ぶべらっ! と蛙が潰れた様な声を上げてバルスが池に水柱を立てる。

「ひゃ!? ば、バルス!? ちょっと何すんのよっ!」

「それはこっちの台詞だ! てめぇら、命懸けの雑談してたんだぞ!」

「は!? それってどういう………まさか記憶の話?」

勘のいいシャワは直ぐ様表情を引き締めた。

「あぁ、だからお前にだけは話しておく。これは俺の勝手な憶測だが、恐らくほとんど間違っちゃいないはずだ。バルスとあいつ……ハンマーの過去についてのな――」






フレアの話はシャワに衝撃を与えるには充分なものだった。





「バルスとハンマーさんが……同じ施設に、ね。確かに時期も全て一致するってわけね」

「あぁ。だからハンマーがティガに襲われたときも二人は一緒だったんじゃないかってな」

「それであの赤衣の話と繋がるって訳ね……。ま、あのバカのことだから……そんな状況なら確かに悪魔にでも魂を売るでしょうね」

少し目を伏せてため息混じりにシャワは呟いた。

「その悪魔ってのが何なのかはまだ分かんねえが、恐らくマリアンの計画はそれと関係してるんじゃないかと思う」

「……そっちは貴方達に任せることにするわ。ギルドナイトの情報網って凄いんでしょう?」

「まぁな。こんな話も本来なら機密にしなきゃならねぇんだが、場合が場合だからな。シャワ、だから悪いがこの話は……」

「誰にも口外するな……でしょ? 特にバルスでしょ? 分かってるわ」

「話が早くて助かる。バルスの記憶はハンマーの命と確実にリンクしている。あいつには悪いが、もし解決法が解るる前に……」

「それも言わなくていいわ。……いざとなれば殴ればいいのよ」

「……全く、俺の周りの女性陣は本当に心強いな。なら話はこれで終わりだ……俺はハンマーの様子を見に戻る。バルスのこと、すまんがよろしく頼む」

「分かったから早く行きなさいよ公務員」

「……辛辣な応援ありがとよ」





「…………!」

フレアが髪を掻きながらギルドへ戻っていくのを見届けてから、シャワはバルスの落ちた池を覗いた。

「…………本当、お人好しな男だわ」

そこにいたのは仰向けに浮かぶ髑髏男。
自ら頭を岩に打ち付けたのだろう、頭部は池に落ちたときよりも明らかに腫れ上がっていた。

「……やだ、私ったら……こんなにひねくれてたかしら」

ずるずるとバルスを引き上げ、三発のビンタを見舞う。

「おはようバルス。行水した感想はどう?」

「……取り敢えず、一発目で目覚めた僕に放った残りの二発について聞きたいんだけど……ていうか何で僕は池に?」

「……あんたが暑い暑い煩いから池に突っ込んであげたのよ。感謝なさい!」

「突っ込むなら方向を考えて欲しかったかな! 見て凄いタンコブ!」

「……あとで薬草塗ってあげるわよ」

「……あれ? 何かいつもより優しいね? どうかしたの?」

「文句あるなら火薬草でもいいのよ?」

「シャワはいつも優しいよね! 知ってた知ってた!」

「………」



―――ねぇバルス。あなたは冷たい池の中で何を聞いて、何を考えたの?


     





「チョモ! ハンマーの様態はどうだ!?」

一人医務室にいたチョモは待ってたとばかりに立ち上がった。

「それが聞いてよフレア! あの後ハマちゃんの傷がどんどん悪化していって……もうダメだって思った瞬間、すぅって煙みたいに傷が消えちゃったんだよ! アンタ一体何したのさ? ちゃんと説明……ってフレア聞いてる?」

早口で捲し立てるチョモだったが、フレアの表情は次第に険しく変わっていった。

「ちょっと待てよ……ってことはあの馬鹿野郎……悪い、もう一回行ってくる!」

「ちょっと! もう! 待ってってばぁ!」

フレアは走った。

あいつは間違いなく。
正しいことをしたのだろう。
本来ならよくやったと言わなければならないのだろう。
だがそれでも、それでもフレアは戦友を一発殴らずにはいられなかった。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




――まずいなぁ、と思うんです。

第一話から主人公としてやってきたはずの。
みんなの先頭にいなければならないはずの。
そんな私の最近の脇役感に……。

だからこそ、こうやってしゃしゃり出て来たのです。(もうこれが主人公の表現ではないですけど)

今この物語は私だけの目線。
――私の中心の、世界。


……うーん、何かとっても自己中心な発言に聞こえちゃいますね。

ともかく。

「うーん………」

そんな主人公の私は今、全身泥だらけでギルドの床に転がされています。

いえ、フレアさんが悪いんじゃないんです。
私はちゃんと長椅子に寝かされていました。

けれど。
私、実は寝相が少々悪いんですよね。

フレアさんが駆け足で集会浴場を出た五秒後には見事に転げ落ちていました。

仰向けに寝かされてましたから、半回転寝返りをうって落下。
鼻を強打したわけです。

「いったぁ………」

疲れよりも痛みが勝ったようで、私は涙目になって鼻を押さえる――それで痛みが引くわけではないですが、何となく楽になりますよね?

「うわ……改めて見ると酷い格好。ハンマーさんのお見舞いの前に一回洗って着替えないとなぁ」

服には乾燥した泥がこれでもかと付着していて、動かす度にポロポロと土が落ちる。
成る程……さっきから受付嬢さん達の視線が痛いのはこのせいか。

立ち上がった私の足元には、軽く砂遊びが出来るんじゃないかという量の土が広がっていた。

「か、顔もかさついてるし……サッと温泉に入ろうかなぁ~」

はい。逃げました私。
明日からも毎日顔を合わせるのにどうしよう。

ひとまず。

心が汚くなってしまったのは体が汚れているからだと言い聞かせて。

「ふぅ~……疲れが取れる」

流石、我が地元の名物温泉。(ここから逃げ出してたことは今は忘れます)

「さてと、早く上がってあの土を片付けないと……」

温泉で心も体も綺麗になった私は替えの服(またいつものユクモ服ですが)に着替え、清々しい顔で外へ繋がる暖簾(のれん)をくぐりました。



……うわぁ。

うわぁうわぁ。

そこにあったのは。
いえ、そこに無かったのはさっきまであったはずの土。

ど、どどどどうしよう!
私が少しの間……少しの間温泉に浸かってる間に片付けられちゃった!?

二人いた受付嬢の一人がいなくなってる(残りの上位担当の方――ササユさんはにっこりと私に笑いかけてます。とても怖い)ということは……。

「………温泉ではくつろげましたか?」

「……あ……は、はい」

箒と塵取りを持ち、直前まで土を外に捨てに行っていただろう下位担当――コノハさ――コノハ様。
にっこりと冷たい笑いを私なんかに振り撒いて下さいます。
さっきまで私の文句を黙って聞いていてくれていたのに……。

あぁ、ここでも年功序列が……ってそんなことより、また村から逃げ出したい……。



――そんなことを考えていた時。







フレアさんが血相を変えて集会浴場の外へと走っていったのです。


プロフィール

楽太郎

Author:楽太郎
モンハン好きの誰しもが自分の『世界』を持っているはず。この話はそんな世界の一部分です。
楽しんで読んでもらえたら幸いですね
(・◇・@)

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