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トウガラシ。
 一口かじるだけでも火をふく辛さ。体はあったまるけれど、このままではちょっと……。

「辛さが足りませんよね」

「アクア、今の説明聞いてた?」

 嵐龍が霊峰を襲ったあと、アクア達はそれぞれに別れて二年間の別行動を取ることにした。
 あれから一ヶ月が経った頃、アクアとハンマーはポッケ村の自宅に拠点を置いて活動していた。
 大陸各地を見て回ろうと決めた二人だったが、しばらく家を開けないといけないので色々な手続きを兼ねて数日前からここに滞在しているのだ。
 今日は折角泊まらせて貰ってるんだからとアクアが一人、腕をふるって夕食を作ったところであった。

 「いや、アクアが辛いもの……っていうかトウガラシ好きなのは知ってたけどさ、これはあまりでないかい?」

 唇を真っ赤にしてジト目気味にアクアを睨むハンマーの目の前には、カラフルで熱々の、『見た分』には非常に美味しそうな料理が広がっていた。

「このやけに辛いピーマンの肉詰めとかさ……」

「ああ、それはトウガラシの肉詰めです」

「…………。じゃあこのミートパッパラパスタは──」

「はい。シモフリトマトの代わりにトウガラシを使ってみました」

「………………」

「あ、冷製のトウガラシジュースなんかも用意してるんですが──」

「嫌がらせかっ!!」

 あくまでニッコリとして手料理の数々を披露するアクアに、ハンマーが珍しく突っ込んだ。知らずに一気に食べでもしたら村の井戸が枯れてしまうところだ。

「とんでもないですよ! 私は丹精込めて昼から下準備をですね……」

「ちゃんと作れるのに! センスもいいのに!! 美味しそうなのにっ!!!」

 ハンマーはいつもの明朗とした様子からは考えられない、懇願するような顔をして本気で悔しがっていた。
 アクアの手料理を食べないなんて選択肢をしたい訳がない。
 むしろ毎日味噌汁だけにとどまらずフルコースを振舞ってくれと言いたいところだが、出されるのが劇薬ならばそうも言っていられない。

「……なんで全部辛くしちゃうかなぁ?」

「ごめんなさい、口に合わないことは重々承知だったんですけど……」

 人差し指を加え、少し泣きそうに目を潤ませるハンマーにアクアはしょんぼりと項垂れて謝った。

「トウガラシの良さを少しでも分かって貰いたくて……」

「加減を知ろうか」

 ハンマーが雇っていたキッチンアイルーのサルサ達は昨日から長期の休暇を与えている。涙ながらに(ハンマーだけ)別れたばかりなので、今は料理を作ってくれる猫たちはいないのだ。今机に広がっている料理はアクアが平らげるとして、ハンマーは何か新しい晩御飯を考えねばならなかった。
 しかし得意な料理などはないので、答えは一つである。

「アクアはさぁ、何でそんなにトウガラシが好きなわけ?」

「……理由、ですか?」

 アイテムボックスからゴムジャーキーと黄金芋焼酎を取り出しながら聞いてみると、トウガラシの肉詰めを頬張っていたユクモの少女はきょとんとして
首を傾げた。

「うーん……何でしょう? 気が付いたら大好きだったような……?」

「……忘れるような理由でここまで酔狂に好けるかな?」

 激辛パスタをデザートか何かのように食べるアクアに苦笑しながら盃を傾けると、少女はドヤ顔をして年相応に膨らんだ胸を貼って見せる。

「酔狂とは酷いですねぇ。理由はどうあれ、私は愛してるんですよ!」

「誰を?」

「トウガラシをですよ。何でここで話がぶれるんですか」

 しかし、ハンマーが懸念した通り、アクアにはトウガラシとの刺激的な出会いが存在していた。
 ただそれを、アクアが忘れているだけに過ぎない。

 その出会いは、アクアがまだユクモ村から逃げ出す前にまで遡る。



◇◇◇



「……刺激が足りないなぁ」

 集会浴場の片隅、昼間から温泉や酒盛りで訪れるハンター達の喧騒から少し離れた席に突っ伏して、アクアは呟いた。
 アオアシラとの対峙で古龍化の症状が現れてから、暫く経った頃。意思とは関係なくモンスターを倒してしまうことにもある程度慣れてしまったアクアは、モンスターを倒すという喜びを実感として味わえないことにかなりの不満を感じていた。
 しかしハンターとしても人間としても未熟なアクアにはその原因が分からない。ただただ正体不明のモヤモヤに苛立ちを覚えるばかりであった。

「目次の次のページを開いたら、もうあとがきが書いてあるような気分ですよ全く……」

 覚えたばかりのお酒をちびちびとあおり、ほろ酔い状態のアクアはキョロキョロと辺りを見渡してみた。
 事件の前なので、今のアクアはまだ村の誰からも怖がられてはいない。噂の新人として持て囃される期間もピークを終えており、今は料理を運んでくれる受付嬢くらいしかアクアの席には訪れない。自分からパーティーの誘いを断り続けた報いだといっても、その寂しさがアクアの鬱憤に歯車をかけていた。

「どこかで何か面白そうなことやってないかなぁ……ん?」

 二つほど離れた席に、妙に盛り上がりを見せるハンター達がいた。

「だぁ──くそっ! また負けた!」

「はっはっはっ! 残念だったなぁ!」

 クルペッコ装備の男がインゴット装備の男の前で悔しがっている。どうやら達人ビールで一気飲み対決をしていたらしい。

「んじゃ、約束通り罰ゲームを受けて貰うぜ」

「罰ゲーム?」

 ニヤリと笑うインゴット装備の男の言葉に、アクアはピクリと反応した。

「いいぜ、いいぜ。何でもしやがれってんだ!」

 ペッコ装備の男は強気な態度で構えているが、何しろ一般人からはかけ離れた『ハンター』のする罰ゲームだ。不安を隠せないのか膝が笑っている。
 アクアも何をするのだろうかとドキドキしながら盗み見ていたが、インゴット男の取り出したアイテムに思わず目を奪われた。

「何だ……その粉は?」

 ペッコ装備の男が思わず眉をひそめる。
 取り出させたのは、小瓶に入った鮮やかな赤色の粉だった。赤という原色をこれでもかと主張しており、爆薬によく似ている代物だった。

「お前にはこれを振りかけた料理を食ってもらう」

「ふざけんな! 爆薬なんか食えるかよ!」

 ペッコ装備の男もそう見えたようで顔を赤くして怒鳴ったが、男は笑いながら首を振った。

「爆薬なんかじゃねぇよ。これはちゃんとした調味料だ──嘘じゃねぇよ、爆薬なら特徴的な匂いがするだろうが。罰ゲームなんだから大人しく食ってみろって」

 そうなだめて、インゴット装備の男は運ばれてきた特産キノコのソテーに赤い粉をこれでもかと振りかけた。薄茶色だったソテーがみるみる鮮やかに変わっていく。

「よ、よし。こいつを食えばいいんだな?」

「おうよ、早く食え」

 匂いを嗅いで爆薬でないことを確認してから、ペッコ装備の男は急かされるように箸に手をかけた。真っ赤で、熱々の、厚さを持たせて切られた特産キノコを恐る恐る口元へ運んでいく。
 他のハンターたちも会話をやめて、その光景をニヤニヤしながら眺めていた。どうやらあの粉の正体を知ってるらしい。

「一体どうなるんだろう……」

 アクアもドキドキしながら見守る。狩場で、モンスターを見つけた時の緊張感だ。狩場だったらこの辺で記憶が飛んでしまうが、ここはモンスターもいない村の中。最後まで見ることが出来る。

「……おらっ!」

 意を決したようにペッコ装備の男がキノコを口の中に放り込む。
 その瞬間、インゴット装備の男が一言呟いた。

「水、飲むの禁止な」

 その言葉の重要性を、男はすぐに知ることになる。

「あ゛あ゛あ゛あ゛────────っ!!!???」

「────っ!?」

 ガタンと何かが倒れる音、周りから起きる爆笑。隠れて見ていたアクアには、何が起きたのかまるで分からなかった。

「なっ!?」

「あ゛あ゛あ゛!! みずっ……みずぅっ……!!!」

 思わず立ち上がって見てみると、キノコを食べたペッコ装備の男は絶叫して、口を裂けんばかりに開いたまま床に倒れて転げ回っている。
 屈強で何事にも音を上げないことが自慢のはずのハンターがこれほど苦しむとは、ただ事ではない。

「水は禁止っつったろう? これはな、トウガラシの粉末だよ。少しで良かったのにあんなに食っちまいやがって……はっはっはっ……本当に知らなかったんだな!」

 ペッコの男とは違った涙を流して笑うインゴット男だったが、次の瞬間驚いた。

「な、なんだお嬢ちゃん!?」

「あの……そのキノコ、一口頂いてもいいですか?」

 いつ席を立ったのか、何故そんなことを言ったのか、その時のアクアにも分からなかった。ただ、目の当たりにした『刺激』に身体が勝手に動いていたのだ。
 急な、あり得ないお願いにインゴット男は慌てて首を振った。

「だ、ダメだダメだ! こんなものお嬢ちゃんが食ったら死んじまうよ!」

「お願いします! どうしても食べてみたいんです!」

 この期を逃したらもう食べれないかもしてない。そう感じていたアクアはすがるようにインゴット男に頭を下げ続けた。

「そんなこと言われてもなぁ……」

 困り果てた男だったが、横で見ていたハンターの一人が面白そうに言った。

「おい、その子最近噂の新人ハンターだよ。折角だから食わせてみようぜ」

 これには、図に乗ってるであろう無知な新人ハンターにお灸を据えてやろうという意思があった。他からも内心アクアを妬んでいたハンターからも次々と賛成の声が上がる。
 この流れに反対すれば間違いなく反感を買ってしまうであろう。こんな少女が苦しむのを見て楽しむ趣味は無かったが、仕方なしにアクアへ皿を渡して上げた。

 「いいか、あくまで味見だぞ? 一欠片くらいにして──おいっ!? 何やってんだっ!?」

 インゴット男は思わず目を剥いた。ユクモ装備の新人はトウガラシまみれのキノコソテーを全てかっ込んでいたのだ。思わず血の気が引いた。男は小瓶に入った粉末を見栄えのために全て使っていたのだ。小瓶とはいえ、粉末にしたトウガラシの量は十本ではきかない。ショック死する可能性もある危険な量であった。

 ──しかし、少女の反応はそれを上回るものであった。

「んんんっ!? ……んふんっ……んんんっ!!」

 顔を真っ赤にし、少女とは思えない妙に艶かしい声を上げてアクアはビクビクと小さく震えていた。
 あまりの様子に、周りも言葉を忘れてその様子を見守っている。
 その時、アクアの頭の中では言いようもない感情が爆発していた。
 口の中を尋常ではない熱さと痛みが襲ってくる。しかし、独特の香りが、身体の芯まで響くような刺激が堪らなくゾクゾクする。一時全てを忘れてしまうような感覚に、アクアはすっかり虜になってしまっていたのだ。
 やがて、まるで恋でもしたかのように頬を赤く染め、ほぅ、と熱い吐息を漏らしたアクアは、とろんとした表情で言ったものだ。

「あのぅ、これ……もっと無いですかぁ?」

 ハンター達が逃げ出さなかったのは、砕けそうになる腰を必死に抑えていたおかげであったという。



◇◇◇



 その後、アクアはトウガラシについて憑かれたように調べ始めた。アクアがユクモ村から出て行くまで、彼女の生活は狩りとトウガラシに関する研究の二つのみに絞られた。
 初めは料理にトウガラシを加える程度であったが、それだけでは物足りなかったのか調合にまでトウガラシを持ち出し始めた。
 調合はとても繊細な技術だ。間違ったり、調合書を持たずに行えば失敗することもざらである。しかしアクアはトウガラシを含む調合物はコツさえ掴めばトウガラシの分量を増やしても失敗しないことを発見した。さらに、通常二つのアイテムで行う調合物にもトウガラシは特定の方法であれば曲げ合わせることが可能であることも編み出したのである。

 ──『トウガラシは何にでも合う「究極」の調味料なんです』。アクアは後にそんなことをハンマーに語るが、その意味は実はかなり深い。アクアの編み出した調合方法は実用性こそ無いが、ギルドの研究班からはアクアを尊敬視する者もおり、『赤色のアルケミスト』なんて、こっそりと呼ばれているという。

「──ああ、そうそう。ハンマーさん、私最近辛味の増したトウガラシを栽培することに成功したんですよ」

 すっかり料理も食べ終わり、ハンマーの晩酌に付き合っていたアクアが嬉しそうに言った。

「ううーん……あまり喜びたい話じゃない気がするけど、そんな凄い事どうやったのさ?」

 普通に品種改良である。大陸中探してもそんな高等技術が出来る人間がいるだろうか。

「私、普通のよりも辛いトウガラシとか先祖返りしたシシトウを見分けるの得意なんですよ」

「ああ……だからあんたの買ってくるシシトウは当たりばっかりなのか」

 なんて要らない能力なんだろう。そう思わずにはいられなかったが、アクアにしてみれば必須スキルなのだろうから口には出さない。

「で、今回の肉詰めにも使ったピーマンみたいなトウガラシがそれだったんですよ」

「ははぁ、あれがか。量も質も高いって本当に誰得よ」

「私得ですね」

「だよねー……」

 こればっかりは分かり合えそうにもない。アクアも武器でハンマーは使わないし、そこはお互い様だろうか。
 そんなことを考えていると、アクアがニコニコして弾んだ声を出した。

「それで私、そのトウガラシに新しく名前をつけたんですよ。ギルドでも興味を持ってくれたようですし、もしかしたら市場に並ぶかもしれませんよ?」


「そりゃ凄い! で、どんな名前にしたの?」

 ハンマーの問い掛けに、アクアは少し恥ずかしそうに笑う。

「ハンマーさんには何時も助けられてるんで、そのお礼になるかなーと感謝の気持ちを込めて付けたんですよ」

「……へ?」

 嫌な予感が脳裏をよぎる。この種類の予感は、残念ながら当たってしまうものだ。先程のトウガラシのせいか、首筋に汗を流して次の言葉を待つ。
 そしてアクアは満面の笑みで名前を発表した。

「『ハマネロ』です♪」

「よしギルドに行こうか。そんな色々危ない植物、私が根ごと叩き潰してやる」

「何でそんな酷いこと言うんですかっ!?」

「こっちの台詞だよ!」

 しかしながら、ハンマーの頑張りも虚しく『ハマネロ』は一部の人間の人気を獲得。二年後には本当に市場に並ぶことになるのを、彼女はまだ知らない。





──辛い。



──辛い辛い辛い辛……痛い痛い痛い痛い痛い!



──熱い熱い熱い……でもなんか……寒……い……? 寒い寒い寒い!



「どうなっ……てんだよ……『これ』!?」

 ヨルヴァは困惑した顔で咽びながら、涙目になって叫び声を上げた。
その横ではハルクが泡を吹いて倒れている。

「い、一体何が起きたというのだ……?」

 モモはそんな彼等の異常事態を見て、呆然と立ち尽くしていた。
 何しろ本当に訳が分からないのだ。だから顔色を赤へ青へと交互に変化させて呻く少年を、彼女はただオロオロと見守るしかなかった。
 この異常事態の正体……事の始まりは、紅龍の足止めを自分たちに託して古塔へと向かったハンターの一人──アクアから貰った数粒の氷結晶イチゴだったのだから。


「ま、真っ赤に熟……して、う、旨そうだと思ったら……ここ、これ! と、とととととトウガラシじゃねえかぁ────! うぎゃあああああ辛い! 辛い辛い辛いいいいいい!」

「だ、大丈夫なヨルヴァ!? 気を確かに持つんだ!」

「……あの娘、私達の中じゃ一番まともだと思っていたけれど……そう、味覚がぶっ飛んでいたのね」

 辛さを紛らわせるために叫びながら転げ回るヨルヴァを嘆かわしそうに見つめながら、アンは感心したように頷いた。

「……でも失神するほどの辛さのはずなのに汗一つ掻いていないところを見ると、氷結晶の効果は残っているのね。……大した技術だわ」

「い、いや、アン殿……感心している暇は無いのではないか? このままでは紅龍と間見える前に戦力が半減してしまうぞ……」

 モモは焦りを隠せずにいた。
 ハルクなど一粒口にしただけで生命の危機に瀕しているのだ。紅龍もいつまでこの場に留まっているか分からない……このままでは任務を遂行するのもままならないかもしれないのだ。焦るなと言うほうが無理であった。
 しかしアンはモモと違って涼しい顔で、無表情のまま自身の後ろを指してみせる。

「……安心しなさい。イズが今、辛み止めを調合しているところよ」

「え……? そ、それは有難いが、何故イズ殿が?」

 思わず首を傾げてしまった。
 彼が薬を調合出来るということにも驚きだが、別にアンはイズに指示など出しておらず、彼が率先して行動する人柄とも思えなかったので不思議に思ったのだ。
 しかしアンの言う通り、彼女の後ろを覗くと確かにイズは何かを混ぜている。

 それも、割と必死の形相で。


 モモはそこではたと思い出した。


(嗚呼。そういえばヨルヴァはイズ殿にもお近付きの印にと、あのイチゴを渡していたのだったな……)


 思えば、それも確かアンがこっそりと提案していたことであった。確かにあの二人に食べるなと言うのは至難の技であるが、事の解決にこのような方法を取るとは……。

 被害者を減らすのではなく、あえて増やして解決させる。

 もはや発想が違う。

(流石、伝説のハンターと名を馳せるだけはある……と言ってもいいのだろうか?)

「…出来たぞ。効果は俺が保証する。早く、飲ませてやれ」

「きゃあ!?」

 モモは短く、それでいて可愛い悲鳴を上げた。
 考え事をいる間に特効薬が完成していたらしく、こちらにやって来たイズが急に彼女の手を取って薬を手渡したのだ。

「こ、これが辛み止め……なのか?」

 不覚……と思いながら、こみ上げてくる恥ずかしさを隠すようにモモが分かり切ったことを尋ねた。
 驚くと情けない声を上げてしまう癖をモモは幼い頃から恥と考えている。その事を知っているハルクやヨルヴァはそれをモモの貴重な女らしさだと言って聞かないが、当の本人達には残念ながら今、それを耳にしている余裕は無かった。

「…当たり前だろう。他の何かに見えるのか?」

「い、いや。そんなことは無いが……」

「…が、何だ?」

「……ちょ、ちょっと驚いただけだ!」

「…そうか」

──どうもこのイズという男は取っ付きにくい。

 気を取り直そうとモモは受け取った辛み止めをしげしげと見つめてみた。掌で転がったものは、小指の先に乗るような小さな丸薬。色は透き通った金色で、微かにだが薔薇をより甘美にしたような香りがする。

「これは一体──」

「…大量のハチミツにモノブローズのエキスと黄金芋酒、それにポッケクォーツとにが虫の粉末を少量混ぜ、熱を加えて高圧縮を施したものだ。ただ甘いだけでなく、辛味を緩和する成分が直に働きかける即効性も備えている。…応急処置としてはこれ以上のものはないはずだ」

 モモが尋ねるよりも先にイズが丸薬の説明を加えてくれた。先程の反応を気にしての説明なのかもしれないが、正直説明されてもいまいちピンと来ない。

「…効果が不安なら一粒口に入れてみろ」

「う、うむ……」

 促されたモモは恐る恐る金色の粒を摘み、一思いに口へ放り込んでみる。

「んぁ──────っ!?」

 モモは再び変な声を上げることになった。舌で転がそうとした丸薬が、一瞬で消えるように溶けた──そう思った時にはもう、とんでもない甘さが口内を襲っていたのだ。
 口いっぱいに広がるハチミツと薔薇の香りが絶妙にマッチして、それはそれは甘美な風味で……。

「うぐ……」

 異常な程、甘過ぎる……もはや辛いと感じるレベルだ。
 かぁっ、と口と顔が灼けつくのがはっきりと分かる。砂糖やシロップを大量に飲み込んでもここまでの甘さを感じることはないだろう。

「…これでようやく、氷結晶トウガラシの辛みを多少緩和出来るレベルだ。…全くとんでもない物を食わせてくれる」

「こ、この甘さで少し緩和出来る程度……!?」

 モモは再び驚いた。

──それならあのハルクが倒れるのも無理はない。

 むしろヨルヴァがよく耐えていると思った。

「──そ、そうだ! ヨルヴァだ! ヨルヴァ、早くこれを!」

 モモはぐったりしているヨルヴァに駆け寄ると、急いで抱き寄せて辛み止めを数粒放り込んだ。

「あ……あんがと……モモね……」

 ヨルヴァは顔色を少し戻したかと思うと、再び倒れ込んでしまった。

「ヨルヴァ!?」

「……大丈夫よ、少し休めば平気だわ。それより、彼にも早くそれを」

「……あ!」

 アンに言われ慌ててハルクを見ると、白目を向いて痙攣していた。後日談だが、ハルクはこの時しっかりと花畑を見ていたという。

「こ、こんなことで死ぬな! しっかりしろ! あの世で何と説明するつもりだ!」

 モモが残った丸薬を全て口に叩き入れると、ハルクも何とか(強面であるが)表情を穏やかなものへと戻したのであった。

「ふぅ……間に合ったか。危なく戦いの前に全滅するところであった……」

 モモがやれやれと息を吐いたが、横にいたイズがとんでもない事を口にした。

「…だがこの調合物、どんな調合をしたかは分からないが冷却効果がクーラードリンクの比じゃないぞ。…姉さん達も食べたらどうだ?」

「え?」

「……あら、それは凄いわね。折角だし、頂こうかしら」

 アンは言うなりイズから氷結晶トウガラシを受け取ると、口を開けているであろうマスクの下へとそれを放り込んだ。

「え、ええ!?」

「……あらあら、ふふっ……中々刺激的ね。こんなの久し振りだわ」

 そして辛み止めを食べない。正気の沙汰とは思えなかった。

「……さ、モモ。最後は貴女の番よ?」

「あ……いや……」

 イズの方を向くと、残りのトウガラシがしっかり一粒乗せられている。

「…大丈夫だ。丸薬はまだある」

「い、いや、私は辛味は少し苦手で……」

「……大丈夫よ、二度死ぬ程ではないわ」

「一度は死ぬのか!?」

 怖々と赤色の粒を見つめてみる。突きつけるように差し出された『それ』はギラギラと赤く輝いており、溶け始めてきたのか開き直ったのか知らないが目が痛くなるほど毒々しい香りを立ち上げている。

──無理、無理無理。絶対無理。

 そんな気持ちを読んだのか、アンはモモになだめるように優しく声をかけた。

「……さっきのは冗談だけれど、真面目に考えて御覧なさい。紅龍と対峙している時にクーラードリンクを飲むリスクを考えたら安いものじゃないかしら?」

「う……ぐぐ……」

 そう言われてしまえば、返す言葉がない。それにこの状態では自分が聞き分けのない子供のようではないか……そんな焦燥感をモモは確かに感じていた。

 しかし、だ。

──辛さや痛みが襲ってくると分かっていながらそれを実行する。その為には相当の勇気がいるということをご存知だろうか?

「……あらあら、そんなに怯えることはないのよ?」

「…そうとも。痛いのは一瞬のことだ」

「ひっ……」

 頭では覚悟しても本心が猛烈に拒否してしまう。すずいと迫る姉弟に怯え、モモはたじたじと後退するも、背中には厚い岩壁があるのみであった。

「あ……あぁ……」

「…さぁ」

「……さぁ」


 最早、逃げ場は何処にも無かった。


「う、うわ……やめろ……やめ……きゃぁぁぁ──────!!」






 その数十分後、涙目のモモが口を赤くして作戦会議の場に佇んでいたという。








「──これが二人が寝ている間に立てた計画だ」

「うーむ……」

 モモが些か喋りにくそうに話し終わった後、ハルクは釈然としない様子で口を開いた。

「確かにそれ以外には無いだろうな。それは分かったが……その前に何故ワシは寝ていたんだ? 口の中が妙に甘ったるいような気も……」

「え? そ、それは……」

 モモは言葉を濁らせた。どうやら記憶が飛んでいるらしい。プライドの高いハルクの事だ、理由はともかく自分が白目を剥いて泡を吹いていたなんて知ったらまた一悶着起こしかねない。

「つ、疲れが溜まっていたんだろう……気球船からの荷下ろしも多くやっていたからな。私が他の支度が終わるまで休んでいいと言ったらすぐに眠ってしまったぞ?」

「そう……だったか? 確かに何かを言われた気がするな……」

「そ、そうだとも。眠って記憶が曖昧になるのはよくあることだろう?」

 ──よし、何とか丸め込めそうだ。

 そう、モモが内心でガッツポーズを取ろうとした時──横から突拍子もない声が聞こえてきた。

「はぁ? モモ姉、何言ってんだ? おっちゃんはオイラがあげたやつ食った後で泡吹いて倒れたじゃ───へっ?」

 瞬間、ヨルヴァが宙を舞った。
 少年はふわりと体で円を描くと、その勢いで地面に落ちていく。

「──ふげっ!?」

 少年は受け身も取れないまま地面に体を叩きつけられ、そのまま目を回して動かなくなった。

「……ふぅ、危なかった」

 そう言って、モモは満足気にヨルヴァの腕から手を離した。我ながら素早い行動だったと自分で感心する。久々に使ったが、母国で学んだ「アイキドウ」は錆び付いていないらしい。

「……お陰で作戦の移行が遅れることに関しての埋め合わせはあるのかしら?」

 後ろからアンの呆れたような声が聞こえてきた。

「い、いや……それは……」

 言い訳しようと口を開きかけたが、追い打ちを掛けるようなイズの言葉がモモを固まらせた。

「…それに間に合ってもいないようだぞ?」

「……え?」

 恐る恐る大きな仲間の方を見ると、わなわなと震えるハルクの姿がそこにあった。

「思い出した……思い出したぞ! ワシはあんなもので気を失って……うおぉぉぉぉぉぉ!! 男として何と無様なことを……!! 」

「待てハルク、少し落ち着いて──」

「モモ、あのイチゴのようなやつをもう一度くれ! もう一度! もう一度ワシにリベンジを──!! 」

「ハルク! 済んだことだろう! アレはもう無いんだから、そんな事でいちいち叫ばないでくれ!!」

「そんな事とは何だモモ! これはワシにとって、ワシにとってなぁ──!!」

「いや……だから──」

「うぉぉぉ! 何て情けないことを──!」

「う……ぐぐぅ……」

 叫ぶハルク、倒れるヨルヴァ、待ち受ける紅龍、呆れる鬼畜姉弟に、ヒリヒリする口……モモの中で何かがぷつりと切れた。

「うるさいうるさいうるさい! この馬鹿親父! 私だってなぁ……私だってなぁ!!」

「な、何だと!? も、モモお前一体どうし──」

「何でこう上手くいかないのだぁ! 私はただ皆と協力したいだけなのにぃ! 二人の馬鹿馬鹿馬鹿ぁ! うぁぁぁぁぁぁ!!」

「わ、分かった! ワシが悪かったから泣きながら矢を振り回すんじゃない!」







「…なぁ、姉さん。俺らはこんなメンバーで紅龍を倒そうってのか?」

「……ふふ、そうね」

 小型のモンスターの討伐でも、もう少し緊張感があるだろう──そう呆れるイズに対し、アンは楽しげに笑った。

「──……でもきっと、面白いものが見れると思うわよ」

「…ふん、どうだかな」


 気球船を降りてから、かれこれ一時間。五人はようやく火山の奥地──『決戦場』と呼ばれる場所へと足を踏み入れていった。








「あ、あいつが紅龍……? 何だよあれ……まだオイラ達には気付いてないはずなのに、ビリビリした殺気が凄え伝わってくるぜ」

 ヨルヴァは冷や汗を拭いながら思わずスラッシュアックス──王牙剣斧【裂雷】の柄を握り締めた。
 先程のエリアから急斜面を下った先にある、円形の広大な平地。全て岩に囲まれ、内部には溶岩が幾重にも流れているこのエリアに、逃げ場は何処にも存在しない。元のエリアに帰ろうとしても、崖を登っている無防備な姿を襲われて終わりである。
 加えて足場さえもままならず、意識して動かなければあっという間に焼き尽くされてしまうだろう。そんな場所に紅龍──ミラバルカンは君臨していた。
 ヨルヴァ達とは対極の位置にいるその紅龍の姿は、シュレイド城に現れた黒龍──ミラボレアスと大差はない。違うのはその名の通り灼熱に染まった真紅の甲殻と、片側が歪に成長した角の存在であった。

「何て邪悪な気配だ……。それにこの強い陰の気は怒気……か?」

「……そうねモモ、これは異常な怒気よ。伝承では紅龍は黒龍が怒りによって真の力を解放した姿と言われているけれど……その黒龍は今、シュレイド城に顕現しているのよね。……まぁ、だからといって別種だとは断言出来ないのだけれど」

「…姉さん、うんちくは後にしてくれ。倒して『バラせば』分かる話だろう」

「……あらイズ、今日は妙にやる気なのね」

「…当たり前だ。こんな殺気を当てられてのんびりしている程……俺は平和ボケしていない」

 イズが片手剣──『氷牙』を抜いてぶっきらぼうに言い捨てると、遠方の紅龍を射るように見据えた。目は既に狩人のモノと化している。

「イズの兄ちゃん……まだあんなに遠くにいるんだから武器を抜くのはいくらなんでも早──」

「何言っとるか小僧! 『奴』が来るぞ!」

「え……──っ!?」

 ハルクの一括に慌てて紅龍を振り向くと、遥か向こうにある紅の巨体が──怪しく光る瞳が、ギョルリとこちらに向けられていたのだ。
 蝙蝠のような巨大な翼が大きく広がり、上下に振れ始めると、紅龍はゆっくりとその身を空へと持ち上げた。

「────っ!」

 巨体がその丈ほど浮いた時、ヨルヴァは突然これまでにないほどの悪寒に襲われた。

 ──ここにいたら間違いなく殺される。

「……横に飛びなさい!」

 そう感じた瞬間にはもうアンの指示が飛んでいた。反射的に横へと大きく跳ぶと──先程の地面は既に『無くなっていた』。
 出来たばかりの直径五メートル程の溝にはすぐに赤い溶岩が鮮血のように噴き出し始め、新たな溶岩溜まりが既に完成している。

「うそ……だろ」

 ヨルヴァは尻餅をついた状態で遥か上空を見上げる。口が乾いて上手く声を出すことが出来なかった。
 灼熱の鱗、赤黒い甲殻。そして邪気と怒気が合わさった殺気の塊。

『ヴォォォォォォォォ…………』

 その持ち主──ミラバルカンが目の前に一瞬で現れたのだから。
だが、ヨルヴァの焦りはそれだけでは無かった。

「──ヨルヴァ! 大丈夫か!?」

「モモ姉ちゃん!? 皆無事か!?」

「ああ! 待っててくれ! 直ぐに合流するから!」

「わ、分かった!」

 そう言いながら、急いで状態を整える。ヨルヴァは立ち位置の関係で他の四人とは逆の方向に跳んでしまっていたのだ。
 先程全員が居た場所は紅龍によって完全に割かれており、合流する為には溶岩溜まりを避けて大きく回らなければならない。
 それだけでも十分危険な状態なのだが……。

「何でこっちを向いてるのかな……この紅龍はさぁ……」

 ヨルヴァは引き攣る頬を抑えようともしなかった。既に引き抜かれているスラッシュアックスの柄を懸命に握り締める。


 地形悪し。援護、暫く期待出来ず。

 竜人族の少年vs紅龍──。

 ヨルヴァの孤軍奮闘が始まろうとしていた。



プロフィール

楽太郎

Author:楽太郎
モンハン好きの誰しもが自分の『世界』を持っているはず。この話はそんな世界の一部分です。
楽しんで読んでもらえたら幸いですね
(・◇・@)

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