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スパイシー・ラヴァーズ

2014/07/06

トウガラシ。
 一口かじるだけでも火をふく辛さ。体はあったまるけれど、このままではちょっと……。

「辛さが足りませんよね」

「アクア、今の説明聞いてた?」

 嵐龍が霊峰を襲ったあと、アクア達はそれぞれに別れて二年間の別行動を取ることにした。
 あれから一ヶ月が経った頃、アクアとハンマーはポッケ村の自宅に拠点を置いて活動していた。
 大陸各地を見て回ろうと決めた二人だったが、しばらく家を開けないといけないので色々な手続きを兼ねて数日前からここに滞在しているのだ。
 今日は折角泊まらせて貰ってるんだからとアクアが一人、腕をふるって夕食を作ったところであった。

 「いや、アクアが辛いもの……っていうかトウガラシ好きなのは知ってたけどさ、これはあまりでないかい?」

 唇を真っ赤にしてジト目気味にアクアを睨むハンマーの目の前には、カラフルで熱々の、『見た分』には非常に美味しそうな料理が広がっていた。

「このやけに辛いピーマンの肉詰めとかさ……」

「ああ、それはトウガラシの肉詰めです」

「…………。じゃあこのミートパッパラパスタは──」

「はい。シモフリトマトの代わりにトウガラシを使ってみました」

「………………」

「あ、冷製のトウガラシジュースなんかも用意してるんですが──」

「嫌がらせかっ!!」

 あくまでニッコリとして手料理の数々を披露するアクアに、ハンマーが珍しく突っ込んだ。知らずに一気に食べでもしたら村の井戸が枯れてしまうところだ。

「とんでもないですよ! 私は丹精込めて昼から下準備をですね……」

「ちゃんと作れるのに! センスもいいのに!! 美味しそうなのにっ!!!」

 ハンマーはいつもの明朗とした様子からは考えられない、懇願するような顔をして本気で悔しがっていた。
 アクアの手料理を食べないなんて選択肢をしたい訳がない。
 むしろ毎日味噌汁だけにとどまらずフルコースを振舞ってくれと言いたいところだが、出されるのが劇薬ならばそうも言っていられない。

「……なんで全部辛くしちゃうかなぁ?」

「ごめんなさい、口に合わないことは重々承知だったんですけど……」

 人差し指を加え、少し泣きそうに目を潤ませるハンマーにアクアはしょんぼりと項垂れて謝った。

「トウガラシの良さを少しでも分かって貰いたくて……」

「加減を知ろうか」

 ハンマーが雇っていたキッチンアイルーのサルサ達は昨日から長期の休暇を与えている。涙ながらに(ハンマーだけ)別れたばかりなので、今は料理を作ってくれる猫たちはいないのだ。今机に広がっている料理はアクアが平らげるとして、ハンマーは何か新しい晩御飯を考えねばならなかった。
 しかし得意な料理などはないので、答えは一つである。

「アクアはさぁ、何でそんなにトウガラシが好きなわけ?」

「……理由、ですか?」

 アイテムボックスからゴムジャーキーと黄金芋焼酎を取り出しながら聞いてみると、トウガラシの肉詰めを頬張っていたユクモの少女はきょとんとして
首を傾げた。

「うーん……何でしょう? 気が付いたら大好きだったような……?」

「……忘れるような理由でここまで酔狂に好けるかな?」

 激辛パスタをデザートか何かのように食べるアクアに苦笑しながら盃を傾けると、少女はドヤ顔をして年相応に膨らんだ胸を貼って見せる。

「酔狂とは酷いですねぇ。理由はどうあれ、私は愛してるんですよ!」

「誰を?」

「トウガラシをですよ。何でここで話がぶれるんですか」

 しかし、ハンマーが懸念した通り、アクアにはトウガラシとの刺激的な出会いが存在していた。
 ただそれを、アクアが忘れているだけに過ぎない。

 その出会いは、アクアがまだユクモ村から逃げ出す前にまで遡る。



◇◇◇



「……刺激が足りないなぁ」

 集会浴場の片隅、昼間から温泉や酒盛りで訪れるハンター達の喧騒から少し離れた席に突っ伏して、アクアは呟いた。
 アオアシラとの対峙で古龍化の症状が現れてから、暫く経った頃。意思とは関係なくモンスターを倒してしまうことにもある程度慣れてしまったアクアは、モンスターを倒すという喜びを実感として味わえないことにかなりの不満を感じていた。
 しかしハンターとしても人間としても未熟なアクアにはその原因が分からない。ただただ正体不明のモヤモヤに苛立ちを覚えるばかりであった。

「目次の次のページを開いたら、もうあとがきが書いてあるような気分ですよ全く……」

 覚えたばかりのお酒をちびちびとあおり、ほろ酔い状態のアクアはキョロキョロと辺りを見渡してみた。
 事件の前なので、今のアクアはまだ村の誰からも怖がられてはいない。噂の新人として持て囃される期間もピークを終えており、今は料理を運んでくれる受付嬢くらいしかアクアの席には訪れない。自分からパーティーの誘いを断り続けた報いだといっても、その寂しさがアクアの鬱憤に歯車をかけていた。

「どこかで何か面白そうなことやってないかなぁ……ん?」

 二つほど離れた席に、妙に盛り上がりを見せるハンター達がいた。

「だぁ──くそっ! また負けた!」

「はっはっはっ! 残念だったなぁ!」

 クルペッコ装備の男がインゴット装備の男の前で悔しがっている。どうやら達人ビールで一気飲み対決をしていたらしい。

「んじゃ、約束通り罰ゲームを受けて貰うぜ」

「罰ゲーム?」

 ニヤリと笑うインゴット装備の男の言葉に、アクアはピクリと反応した。

「いいぜ、いいぜ。何でもしやがれってんだ!」

 ペッコ装備の男は強気な態度で構えているが、何しろ一般人からはかけ離れた『ハンター』のする罰ゲームだ。不安を隠せないのか膝が笑っている。
 アクアも何をするのだろうかとドキドキしながら盗み見ていたが、インゴット男の取り出したアイテムに思わず目を奪われた。

「何だ……その粉は?」

 ペッコ装備の男が思わず眉をひそめる。
 取り出させたのは、小瓶に入った鮮やかな赤色の粉だった。赤という原色をこれでもかと主張しており、爆薬によく似ている代物だった。

「お前にはこれを振りかけた料理を食ってもらう」

「ふざけんな! 爆薬なんか食えるかよ!」

 ペッコ装備の男もそう見えたようで顔を赤くして怒鳴ったが、男は笑いながら首を振った。

「爆薬なんかじゃねぇよ。これはちゃんとした調味料だ──嘘じゃねぇよ、爆薬なら特徴的な匂いがするだろうが。罰ゲームなんだから大人しく食ってみろって」

 そうなだめて、インゴット装備の男は運ばれてきた特産キノコのソテーに赤い粉をこれでもかと振りかけた。薄茶色だったソテーがみるみる鮮やかに変わっていく。

「よ、よし。こいつを食えばいいんだな?」

「おうよ、早く食え」

 匂いを嗅いで爆薬でないことを確認してから、ペッコ装備の男は急かされるように箸に手をかけた。真っ赤で、熱々の、厚さを持たせて切られた特産キノコを恐る恐る口元へ運んでいく。
 他のハンターたちも会話をやめて、その光景をニヤニヤしながら眺めていた。どうやらあの粉の正体を知ってるらしい。

「一体どうなるんだろう……」

 アクアもドキドキしながら見守る。狩場で、モンスターを見つけた時の緊張感だ。狩場だったらこの辺で記憶が飛んでしまうが、ここはモンスターもいない村の中。最後まで見ることが出来る。

「……おらっ!」

 意を決したようにペッコ装備の男がキノコを口の中に放り込む。
 その瞬間、インゴット装備の男が一言呟いた。

「水、飲むの禁止な」

 その言葉の重要性を、男はすぐに知ることになる。

「あ゛あ゛あ゛あ゛────────っ!!!???」

「────っ!?」

 ガタンと何かが倒れる音、周りから起きる爆笑。隠れて見ていたアクアには、何が起きたのかまるで分からなかった。

「なっ!?」

「あ゛あ゛あ゛!! みずっ……みずぅっ……!!!」

 思わず立ち上がって見てみると、キノコを食べたペッコ装備の男は絶叫して、口を裂けんばかりに開いたまま床に倒れて転げ回っている。
 屈強で何事にも音を上げないことが自慢のはずのハンターがこれほど苦しむとは、ただ事ではない。

「水は禁止っつったろう? これはな、トウガラシの粉末だよ。少しで良かったのにあんなに食っちまいやがって……はっはっはっ……本当に知らなかったんだな!」

 ペッコの男とは違った涙を流して笑うインゴット男だったが、次の瞬間驚いた。

「な、なんだお嬢ちゃん!?」

「あの……そのキノコ、一口頂いてもいいですか?」

 いつ席を立ったのか、何故そんなことを言ったのか、その時のアクアにも分からなかった。ただ、目の当たりにした『刺激』に身体が勝手に動いていたのだ。
 急な、あり得ないお願いにインゴット男は慌てて首を振った。

「だ、ダメだダメだ! こんなものお嬢ちゃんが食ったら死んじまうよ!」

「お願いします! どうしても食べてみたいんです!」

 この期を逃したらもう食べれないかもしてない。そう感じていたアクアはすがるようにインゴット男に頭を下げ続けた。

「そんなこと言われてもなぁ……」

 困り果てた男だったが、横で見ていたハンターの一人が面白そうに言った。

「おい、その子最近噂の新人ハンターだよ。折角だから食わせてみようぜ」

 これには、図に乗ってるであろう無知な新人ハンターにお灸を据えてやろうという意思があった。他からも内心アクアを妬んでいたハンターからも次々と賛成の声が上がる。
 この流れに反対すれば間違いなく反感を買ってしまうであろう。こんな少女が苦しむのを見て楽しむ趣味は無かったが、仕方なしにアクアへ皿を渡して上げた。

 「いいか、あくまで味見だぞ? 一欠片くらいにして──おいっ!? 何やってんだっ!?」

 インゴット男は思わず目を剥いた。ユクモ装備の新人はトウガラシまみれのキノコソテーを全てかっ込んでいたのだ。思わず血の気が引いた。男は小瓶に入った粉末を見栄えのために全て使っていたのだ。小瓶とはいえ、粉末にしたトウガラシの量は十本ではきかない。ショック死する可能性もある危険な量であった。

 ──しかし、少女の反応はそれを上回るものであった。

「んんんっ!? ……んふんっ……んんんっ!!」

 顔を真っ赤にし、少女とは思えない妙に艶かしい声を上げてアクアはビクビクと小さく震えていた。
 あまりの様子に、周りも言葉を忘れてその様子を見守っている。
 その時、アクアの頭の中では言いようもない感情が爆発していた。
 口の中を尋常ではない熱さと痛みが襲ってくる。しかし、独特の香りが、身体の芯まで響くような刺激が堪らなくゾクゾクする。一時全てを忘れてしまうような感覚に、アクアはすっかり虜になってしまっていたのだ。
 やがて、まるで恋でもしたかのように頬を赤く染め、ほぅ、と熱い吐息を漏らしたアクアは、とろんとした表情で言ったものだ。

「あのぅ、これ……もっと無いですかぁ?」

 ハンター達が逃げ出さなかったのは、砕けそうになる腰を必死に抑えていたおかげであったという。



◇◇◇



 その後、アクアはトウガラシについて憑かれたように調べ始めた。アクアがユクモ村から出て行くまで、彼女の生活は狩りとトウガラシに関する研究の二つのみに絞られた。
 初めは料理にトウガラシを加える程度であったが、それだけでは物足りなかったのか調合にまでトウガラシを持ち出し始めた。
 調合はとても繊細な技術だ。間違ったり、調合書を持たずに行えば失敗することもざらである。しかしアクアはトウガラシを含む調合物はコツさえ掴めばトウガラシの分量を増やしても失敗しないことを発見した。さらに、通常二つのアイテムで行う調合物にもトウガラシは特定の方法であれば曲げ合わせることが可能であることも編み出したのである。

 ──『トウガラシは何にでも合う「究極」の調味料なんです』。アクアは後にそんなことをハンマーに語るが、その意味は実はかなり深い。アクアの編み出した調合方法は実用性こそ無いが、ギルドの研究班からはアクアを尊敬視する者もおり、『赤色のアルケミスト』なんて、こっそりと呼ばれているという。

「──ああ、そうそう。ハンマーさん、私最近辛味の増したトウガラシを栽培することに成功したんですよ」

 すっかり料理も食べ終わり、ハンマーの晩酌に付き合っていたアクアが嬉しそうに言った。

「ううーん……あまり喜びたい話じゃない気がするけど、そんな凄い事どうやったのさ?」

 普通に品種改良である。大陸中探してもそんな高等技術が出来る人間がいるだろうか。

「私、普通のよりも辛いトウガラシとか先祖返りしたシシトウを見分けるの得意なんですよ」

「ああ……だからあんたの買ってくるシシトウは当たりばっかりなのか」

 なんて要らない能力なんだろう。そう思わずにはいられなかったが、アクアにしてみれば必須スキルなのだろうから口には出さない。

「で、今回の肉詰めにも使ったピーマンみたいなトウガラシがそれだったんですよ」

「ははぁ、あれがか。量も質も高いって本当に誰得よ」

「私得ですね」

「だよねー……」

 こればっかりは分かり合えそうにもない。アクアも武器でハンマーは使わないし、そこはお互い様だろうか。
 そんなことを考えていると、アクアがニコニコして弾んだ声を出した。

「それで私、そのトウガラシに新しく名前をつけたんですよ。ギルドでも興味を持ってくれたようですし、もしかしたら市場に並ぶかもしれませんよ?」


「そりゃ凄い! で、どんな名前にしたの?」

 ハンマーの問い掛けに、アクアは少し恥ずかしそうに笑う。

「ハンマーさんには何時も助けられてるんで、そのお礼になるかなーと感謝の気持ちを込めて付けたんですよ」

「……へ?」

 嫌な予感が脳裏をよぎる。この種類の予感は、残念ながら当たってしまうものだ。先程のトウガラシのせいか、首筋に汗を流して次の言葉を待つ。
 そしてアクアは満面の笑みで名前を発表した。

「『ハマネロ』です♪」

「よしギルドに行こうか。そんな色々危ない植物、私が根ごと叩き潰してやる」

「何でそんな酷いこと言うんですかっ!?」

「こっちの台詞だよ!」

 しかしながら、ハンマーの頑張りも虚しく『ハマネロ』は一部の人間の人気を獲得。二年後には本当に市場に並ぶことになるのを、彼女はまだ知らない。




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Author:楽太郎
モンハン好きの誰しもが自分の『世界』を持っているはず。この話はそんな世界の一部分です。
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