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ギィ、と木材と金属の擦れる音がして、明かりはあれどまだ夜の暗さを抱え込んでいた廊下に、部屋の暖かな光が溢れ出た。

「お父様、入るわよ」

「お父様しつれいします」

「し、失礼します」

先に入って行った姉妹の後に続き、私も部屋に足を踏み入れる。

「む……シャルにフィリアか」

渋く低い声が、部屋の奥から聞こえてきた。
彼女らの声に気付いて顔を上げたダイガスさんは、部屋の奥にある机で書類を読み込んでいる最中であった。

「わ……すごい」

私はつい驚くように部屋を眺めてしまった。
ギルドの集会所と間違える程に大きな部屋。
その一面に壁代わりの本棚が置かれており、唯一本棚が無い場所には嵌め込み式の大窓が一つ、月明かりを招き入れている。
その他の家具は大窓の前にあるダイガスさんの使っている作業用の机と、客用であろう椅子とテーブルが空いた部屋の真ん中にポツリと置かれているだけ。
書斎なんてものではない、図書館と呼んでもおかしくない程の見事な部屋だった。

「よく帰ったな。予定よりも遅かったから心配していたのだぞ」

そんな空間に一人溶け込んでいる彼には、以前ユクモで見た粗暴な印象はまるっ見受けられない。
私の認識は既に博識で厳格な男性という印象に変わっていた。

「……だがフィリアよ、何故私の呼び方が変わっている? パパと呼びなさいと言っただろう!」


「………」

博識で厳格な印象を受けなくなった。


「はい。でもお姉さまがよくないって言ったのでやめました」

「何……だと……? シャルワナ! またお前は私の……私の楽しみを一体何だと――!」

「そんなこと知らないわよ! ファザコンにしても程があるわっ! それよりもほらっ、お客様よ!」

「何っ?」

たった今気が付いたようで初めて私に目を向けるダイガスさん。

「ど……どうも」


どうも私が人に持つイメージというのは崩れやすいようで。
ちょっと気まずい雰囲気の中、取り敢えずエヘへと笑ってみせる私。

「……それは失礼した。む、確かユクモにいたハンターの一人だったな?」

「お久しぶりです。アクアと申します。実は私の両親から遺言を預かっていまして――」

私は早速手紙の内容をダイガスさんに話した。
時間も母の尊厳を陥れようとする気持ちも無かったので、手紙の内容は少し(九割大)割愛したけれど。

ダイガスさんは私が話し終えると同時に苦々しい顔をして、大きくため息を漏らした。

「なるほど……お前が『奴等』の娘だったのか。確かに、忌々しくも面影があるか。それに……いや、それは後だ」

『奴等』……?
ダイガスさんと両親は親しい間柄では無かったのだろうか?

「ダイガスさんと私の両親の間に何かあったのですか……?」

「それについては話すことは何も無い」

質問は予測していたのだろう。質問はすっぱりと切り捨てられてしまった。

「そうですか………」


気を落とした私に「だから」とダイガスさんは続けた。

「結論から言ってしまおう、確かにこの家にはお前の両親からの預かり物……形見がある」

「本当ですか!?」

「ああ。それに関しては遺言通りお前に渡すとしよう。ただし、私から一つ条件があるがな」

「条件……ですか?」

「あぁ……何、手間は取らせん」

そう言うとダイガスさんは一人の使用人を呼び出し指示を出すと、大きな箱が二つ台車に乗せて運ばれてきた。

「……アクアよ、その前に背にある太刀を私に見せてくれないか」

箱が運ばれて来るのを見届けた後、ダイガスさんは席を立って私たちの方に歩み寄りながらそう言った。

「は、はい。……どうぞ」

渡したのは私が長年愛用している太刀『霊刀ユクモ・真打』。
以前クシャルダオラと戦った時に破損してしまったが、ポッケ村の加工屋さんに再び叩き直してもらった代物だ。

「ふむ……」

それ受け取ったダイガスさんは刃を鞘から抜き放ち、一通り眺めた。

「………はぁ」

そして一言、聞き間違えたんじゃないかと思うような一言を私に言い放ったのだ。


「よくも今まで、こんなもので生き残って来れたな」

そう言って、




私の太刀を叩き折ったのだ。



「――――――っ!?」


驚きで声が出なかった。


「お父様!? 一体何を!? アクアさんがどれだけその太刀を大事にしてたか分かって――え? 何よ!? 何で止めるのよアクアさん!?」

「……待って」

呆然となりながらも、今にも父親に掴み掛かろうとするシャワちゃんを止めながらも、必死に頭を働かせた。


凄まじい違和感が私を襲っていたから。


「……違う」


そして気付いた。

「何が違うのよ!? 現にあなたの太刀が折られてるのよ!?」

「え? え? え?」

フィリアちゃんは何が起きてるのか分からないようで私たちの後ろでオロオロとしている。

「……おかしいんです」

「おかしいってどういう―――あっ……」

どうやらシャワちゃんも同じことに気が付いたようだ。


今、私たちが見たのがどれ程『あり得ない』光景だったのかを。




ダイガスさんは今、私の太刀を折った。


飛竜の堅固な甲殻を切る為の、耐久性は折り紙付きのハンターの武器を『素手で叩き折った』のだ。


こんなこと、私の太刀に何か理由があったからだとしか考えられないのだ。


改めてダイガスさんの方を向き直る。


すると彼はゆっくりと、確認するように口を開いた。

「……加工屋に何か言われなかったのか」

「い、いえ……」

「この武器、ユクモ村の伝統武器だろう?」

「はい……そうです」

「それを別の村で強化した……そうだな?」

「……」

黙って小さく頷く。
何となく、理由が分かってきた。

「その村の加工屋の技術は素晴らしかったのだろう。この武器をG級でも扱えるように鍛えられている。だが、元は異国の技術で作られた武器……僅かずつだが軋轢が生まれていたのだ」

「確かに……太刀の強化にはユクモの堅木でなく、他の木材を使ってもらいました」

ユクモの堅木を入手するためにはユクモ村に依頼をしなくてはならない。
当時の私はそれを嫌がってポッケ村の加工屋に無理を言ったのだ。

「理由は他にもあるだろうが、恐らくはそれが一番の原因だろう」


ダイガスさんの言葉が深く胸に突き刺さる。
メンテナンスにも、折れた時の修理にも私は太刀に本来の素材を使ってはいなかった。
もしこのまま討伐に向かっていたら……考えだけでも背筋が凍る。
だけど何でダイガスさんが……? そう考えているとダイガスさんはふん、としかめっ面をして(この仕草はシャワちゃんとそっくりだった)、箱の一つに歩を進めた。

「……両親に感謝することだな」

「………え?」

言葉の意味が分からない。そんな私の様子にダイガスは再びため息をつく。

「全く……。何処までが奴等の考えか……考えるのも恐ろしいわ」

そして一つの箱を勢い良く開け放ったのだ。

「これは……!?」


箱の中身に私の目は釘付けになる。


太刀。


それも相当な代物だという雰囲気を纏わせた一振りが、丁重に仕舞われていたのだ。

「『九十九牙丸(つくもきばまる)』と呼ばれる物らしい。お前の両親が預けた、生産法も何もかもが不明の東国の業物だ」

「アクアさん……太刀の素人の私でも分かる。これ……かなりの武器よ」

「ええ……」

恐る恐る手に取ってみる。ずっしりとした重みが腕に掛かる……鞘を抜くと、吸い込まれる様に鋭利な波紋が刃に刻まれていた。

「こんな太刀を私に……? でも両親は私が太刀を使うことなんて知らないはずなのに……」

「……さぁ、アクアよ。余興の時間だ、『これ』をその太刀で切ってみろ」

ダイガスさんは私の言葉を無視してもう一つの箱に手をかけた。
入っていたのは金属光沢を煌めかせた、一抱えもあるずんと重々しい黒い塊。

「これ……ウラガンキンの顎ですか!?」

「そうだ。とある商人から仕入れた代物でな。その太刀ならば切ることが出来るはずだ」

固い甲殻を持つ爆鎚竜の部位の中でも特別固いと言われている顎。
いくつもの鉱石を溶岩の熱で塗り固めて作られたそれは万物を弾かんという光を放っていたが、ここで引く訳にはいかない。

「や……やってみます」

そう言って私は太刀を上段に構える。
腕先から太刀の先端まで、身体の延長と思えるまでに意識を張り巡らせて集中させた。

「やぁぁぁぁぁ!」

気合いと共に九十九牙丸を振り下ろす。

「!?」

「アクアさん!?」

嫌な金属音が部屋に響いた。

振り下ろした太刀は飛沫を飛ばし、再び上に上がっている。


弾かれたのだ。


ダメだった……一瞬諦めかけた私だったが、そこであることに気が付いた。

「飛沫……? この太刀……水属性なんですね」

「……そう言えば、お前の母親はやけに水属性の武器を愛用していたな。何やら水属性を扱うことに長けた体質だとか言っていたが……まぁ、信じるには値しない話だがな」

「お母さんが……」

そう言えば今まで水属性の武器を使ったことは無かったな……もっと水を意識しないと。
そう考えながらもう一度、太刀に意識を浸透させる。
意識を水面に広がる波紋の如く広めるように。

さっき飛沫が上がったのは水の属性を上手く扱えていなかったから。
もっと集中して……切っ先に水の力が加わるように……。


「はぁぁぁぁぁぁ!」


「むっ」


再び振り下ろした太刀は、浮き上がることはなく、飛沫も上がらなかった。
しかし私も結果が怖くて頭を上げることが出来ない。



「やった……やったわよ! アクアさん!」

「………」

シャワちゃんの歓喜の声に恐る恐る顔を上げると、そこにはしっかりと二つに割れた塊があった。

「やった………!」

思わず喜びの声を上げると、ダイガスさんはやや悔しそうな顔をした後に腕を組んで後ろを向いた。

「条件を満たしたからには仕方ない。とっとと持って行ったらどうだ、時間が無いのだろう?」

「もう! お父様のせいなのに!」

「……ありがとうございました。さ、シャワちゃん行こう」

「そうね……」

「フィリアちゃん、騒がしてごめんなさいね」

「と、とんでもないです。お姉さまたちも頑張ってください!」

「ありがとう。また会おうね」

「じゃあ、いい子にしてなさいねフィリア」

そう言って私たちが部屋を出ようとすると、後ろからシャワちゃんを呼び止める声がした。

「……何? お父様」

「………いや。……やはりお前も行くのか?」

「当たり前でしょ! 大事な友達との約束なのよ?」

「そうか」

その後、ダイガスさんは一瞬黙ったが、後ろ向きのまま言葉を続けた。

「……今度は早めに帰って来るんだぞ」

と。

「……もちろん。フィリアを待たせたりはしないわ!」

ふふ、と胸を張ってそう言ったシャワちゃんは、何故かとても嬉しそうに笑っていた。


                                       
「お待たせしました!」

「……あら、武器が変わってるわね。びっくりだわ」

外で待っていたアンさんは合流するなり私を見てそう口を開いた。

しかし、びっくりしたとオーバーに両手を広げている割りには眉ひとつ動いてない。
しかも夜の暗さで武器などろくに見えないはずなのだけど……。

「アンさん……ひょっとして知ってました?」

「……さぁ、一体何をかしら?」

「…………」

フイッと目を(わざとらしく)反らすアンさん。
何故こんなにも疑わしいのだろうか。

「ちょっと、師匠もアクアさんも話してないで急いで! 予定よりも時間が掛かっちゃったんだから!」

「あ、ごめんなさい!」

シャワちゃんに急かされながら、私達は気球船までの道を走り始めた。

「え!?」

「うぉ!?」

しかし、気球船まであと少しという所で前から急に飛び出してきた何者かにぶつかってしまったのだ。

「いたたた……」

反動で後ろに転んでしまっが、幸いにも尻餅だけで済んだ。

「アクアさん大丈夫!? ちょっと誰よ危ないじゃない!」

「わ、悪ぃ! 急いでたもんでな」

すると驚いたような男の人の声が上から聞こえた。
結構な勢いでぶつかってしまったのだが、どうやら倒れたのは私だけらしい。

「す、すみません!」

謝りながら上を見上げると、目に映ったのは見覚えのある紅い長髪。

「フレアさん……?」

「ちょっとフレア、ちゃんと前見ないからぶつかんのよ!」

後ろからチョモさんの怒鳴り声もする。
気球船にいるはずのギルドナイトの二人だ。

「何だ……アクア達かよ。おい大丈夫か?」

「あ、はい。ありがとうございます」

フレアさんが差し出してくれた手を掴んみながらお礼を言う。

「ちょっとフレアったら無視!? もうギルドナイト失格! その地位よこせ! しかも何よ紳士ぶってさ!」

ぴょんぴょんと跳ねながらフレアさんの後ろで文句を言うチョモさん。

「……それにしても遅かったじゃねぇか。何かあったのか?」

しかし彼はまるで聞こえないかのように会話を続ける。

「おいこらフレアー!」

「私の父がちょっとね……。貴方達もしかして探しに来てくれたの?」

「それもあるんだがな、実は予定に少し変更があったんだ」

「予定の変更ですか?」

「ああ。ハンマー達とも話し合ったんだが、実は………ぐっ……!?」

突如としてフレアさんの後ろから二本の腕が生え、ぎりりと彼の首を締め上げた。

「時間が無いとこ悪いけどさぁ……無視されちゃうと私もちょーっと寂しいんだよねぇ?」

ミシミシ…と、首からしてはいけない類いの音が聞こえてくる。

「……ぐ……わ、分かった………謝る……あやまるから……っ!」

「ならよろしい」

「げほっ……はぁはぁ……」

スッと腕が後ろに消えると同時にフレアさんの顔に血の気が戻っていく。

「ちょっと! なんで皆この忙しい時に遊びたがるのよ! しっかりしなさいよもう!」

ついにシャワちゃんの怒声が路地に鳴り響いた。

少し弁解したいところだったが、イライラしてるシャワちゃんには触らぬが吉だ。
バルスさんならこの段階でもう殴られてる。

「と、とにかくだ。俺たち二人はここで降りることにした」

「え? それってどういう――」

「……シュレイドに向かうのね?」

私が質問する前に後ろにいたアンさんが口を開いていた。

「……そうだ。黒龍ともう一匹、紅龍の場所が火山の奥地だと特定出来てな……俺らはドンドルマでギルドナイトをかき集めてシュレイドに向かうことにした。……シュレイド城に現れた黒龍はハンターズギルドの宿敵だからな」

その話なら聞いたことがあった。
ギルドの掲げる龍のエンブレムは黒龍討伐の意思を表したものだという話。
単なるおとぎ話だと思っていたけれど、この現状なら真実だと分かる。

「……残りは私達が引き受けるということね」

「塔にしても火山の奥地にしても、地形的に多数で挑むことは出来ねぇからな……少数精鋭で頼むしか無いんだ」

「場所の特定が出来ても喜べる情報は無いんですね……」

「そんな弱気になんないでよアクアちゃん! 逆に考えるんだ、奴等も狭いとこで動かなきゃならないと!」

フレアさんの体ががぐいと横にずらされ、チョモさんがようやく姿を現した。
どうやら難しい話はフレアさんに一任してたらしい。

「確かに、前向きに考えないといけませんね」

「そうそう。アクアちゃんは難しく考え過ぎなんだから、普通の狩りみたくリラックスしていきなよ」

「普通の狩りもそこまでリラックス出来るようなものじゃないんですけどね……」

苦笑いしながらそう答えるも、いつもの調子のチョモさんを見ている内に緊張はほどけていた。

「てな訳で早めに騎士団の連中を集めなきゃならないんでな、悪いが俺らは先を急ぐぞ」

「アクアちゃん達も頑張ってね! 全部終わったら皆で祝杯を上げよう!」

「……それって死亡フラグになりませんかね?」

「……私、この戦いが終わったら結婚するんだ」

「それもです。ていうか嘘ですよね」

「ここは私に任せて先に行くんだぁ!」

「それもですけど、ここで言うのはおかしいですよね!?」

「こんな奴等と一緒にいられるか!私は自分の部屋で寝るわ!」

「それは主にミステリー物でしか使えませんから!」

「ならねぇ………っ! ………ふ、フレア早く行こうか。じゃあね皆!」

「おい何いきなり慌てて…………っ!? そ、それじゃあ頑張ってくれよな! ……おいチョモ早く逃げるぞ!」

「あれ? どうしたんでしょういきなり慌てて……………あ」

「………始めに言っておくけど、私は何もしてないわよ?」

私が最後に見たのは後ろで真っ赤になって震えていたシャワちゃんの姿だった。

「あぁもう!! 静かにしろって言ってんでしょうがあんた達はぁぁぁぁぁぁぁ―――――!!!!!」


シャワちゃんは大人びたのではなくただ我慢強くなっただけだったのだと、私はこの後猛烈に反省することになる。





◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




「……という訳で何とか気球船まで戻ってきた訳です」

「それが僕の殴られた理由の説明になってるとは到底思えないんだけど?」

「いやいや、ここは無事にシャワちゃんから生還したアクアを誉めるべきじゃない?」

「ちょっと私をモンスターみたいに言わないでよ!」

夜も深くなった頃、気球船の中ではそんな会話が響いていた。
(結局夜も遅いということで飛行は断念。
出発は明日の朝、日差しと共にということになっていた)


「ごめんなさいバルスさん……あのシャワちゃんを止められるのはバルスさんしかいなかったんですよ」

「結果止められてはいないけどね……?」

バルスさんはヒビが入り腫れ上がった頬を撫でながら言った。
その間にもそのヒビは修復されている……本当に不思議な装備だ。

「それにしても、本当にそのメンバーで大丈夫でしょうか?」

私は改めて口を開いた。
先程聞いた明日の決戦についての話だ。

「うん、火山方面にはモモ、ヨルヴァ、ハルク、そしてアンさんの四人が。そして塔にはバルスとシャワ、アクアに私が向かう。ヨルヴァ達にはアンさんが着いてくれるって言うし、そこまで心配は無いんじゃないかな?」

「……私としては塔の方に興味があるのだけど、彼らだけに任せるのはね」

……優先順位は間違えられないわ、と若干残念そうなアンさんの目線にはヨルヴァ君達が映っていた。

「んげぇ……もうポポノタンは一杯なんだってば……」

「ううん……ダメだ……そんなこと認めないぞ……」
聞いたところ、三人はどうやら待ちくたびれて寝てしまったらしい。
私たちが帰ったときには既に毛布がかけられていた。
むにゃむにゃと眠るヨルヴァ君。こんな少年が有能なハンターだとは誰も思わないだろう。
ハルクさんは咆哮のようないびきを上げている……。

昼間は平気そうにしてはいたが、(ハルクさんはともかくとして)残りの二人にはかなりの負担が溜まっていたのだろう。
まだチームを組んでわずかの期間で、歴史に刻まれている程のモンスターと戦わなければならないのだから当然だ。

「でもアンさんやハンマーさんが見込んで、……それに私だって信頼してるんだから頑張ってくださいね?」

そう言ってヨルヴァ君のずれた毛布をそっと直すと、彼は年相応のくすぐっそうな笑顔を見せた。
いい夢でも見ていればいいのだけど。

「明日は先に火山に向かって、塔に向かうのは最後なんでしたっけ?」

「うん。僕がいないと操縦がもう誰も出来ないからね」

バルスさんが少し得意気に言う。

「あれ? シャワちゃんの気球船なのにシャワちゃんは操縦出来ないんですか?」

「……墜落してもいいならやるけど?」

「彼女は操縦席に立たすと固まっちゃうからねぁ」

苦笑がちに言うバルスさんをシャワちゃんはギロリと睨むがそれ以上は何も仕掛けない。
どうやらシャワちゃんの高所恐怖症はまだ健在らしい。

「さてと、じゃあ私たちもそろそろ寝ようか? 明日に備えてね」

ハンマーさんはあくびをしながらそう言うと、すぐに毛布にくるまり始めた。

「あれ、もう寝ちゃうんですか?」

「ん、元気は蓄えといて損はないからね」

いつもなら一番遅くまで騒いでるハンマーさんが珍しいものだ。
そんなことを考えていると彼女は更に珍しいことを言ってきた。

「ねぇアクアー、今日くらい一緒に寝ないかい?」

「えぇ!? どうしたんですか急に……まさかハンマーさんともあろう人が緊張してるんですか?」

「まっさかぁ! アクアが寂しがるだろうと思ってねー。……嫌かい?」

「えーそんなことないんですけどねぇ。……まぁ、今日くらいは甘えておきましょうか」

「あ、ずるい。なら私も混ぜてよ」

「なら僕もー! なら僕もー!」


結局、私たちは三人で枕を並べて寝ました。
特に語らうこともありませんでしたが、いつもよりも安らかに眠ることができた気がします。
ハンマーさんがやけに大人しく少し心配になったけれど、すでに寝入ってしまったようで静かな寝息が聞こえていた。


ちなみに、バルスさんはす巻きにされて甲板に放り出されました。
流石に擁護の余地無し、です。



明日何が起きるか、待っているか、帰ってこれるのか。
そんなことを考えながらいつしか私は眠りに落ちていた。



そして、決戦の日が明ける―――
「火山の奥ってこんなに暑いのかよ……。オイラもう溶けちゃいそうだぜ……」

額から流れる汗を拭いながらヨルヴァ君が呻く。
早朝にドンドルマを発った気球船は、火山の奥地にある少し開けた場所へと着陸していた。

「ダイエットにはいいかもしれないけど……ここはちょっと遠慮したいわね」

「ん? シャワ、君ダイエットなんか続いたこと無かっ……違う違う違うよ、いい意味で。いい意味でね!?」

やっと解放されたバルスさんが再び縛られそうになるのをぼんやりと眺めながら、私もじわりと汗ばむ首筋を乾いた布で撫でる。
クーラードリンクを飲んだばかりだと言うのに、ほとんど効果が出ていない……そう思える程に気温が高く感じるのだ。

ここは普段ハンターが活動しているエリアの裏側、有益な資源もモンスターの餌になるものも無い不毛の土地。その為ここに生物は生存しない。
最もハンターが立ち寄らないのはギルドから立入禁止令が出されているからで、理由は『地殻変動が活発で危険が大きい為』と掲げられているが、今回の件を含めて考えると違和感が生じる。

「……何が起こってるにしろ、ここが火口よりも高温だなんて有り得ないわ。恐らく火山の活動自体が活発になっているのね。この先、更に温度が増すかもしれないわ。ヨルヴァ、クーラードリンクにクーラーミート、氷結晶イチゴまで持てるものは全部持っていきなさい」

そう言うアンさんはボウガンの整備を念入りに行っていた。
とんでもない数のパーツを素早く手入れしていて、どれが一体何なのかなんて恐らく本人とシャワちゃん位しか分からないだろう。

「えぇ! 苺なんて持って来てないぞ!?」

「あ、ヨルヴァ君。氷結晶イチゴなら私のを分けてあげるよ」

既にヨルヴァ君のポーチはパンパンに詰まっていたが、その位なら大丈夫だろう。

「ホントかよアクアの姉ちゃん!」

「うん。私が持ってるよりも役立つしね」

「やった!」

顔を輝かせてイチゴを受け取ったヨルヴァ君だったが、次の瞬間ハンマーさんにその手を捕まれていた。

「………ヨルヴァ、悪いことは言わない。アクアから貰った食べ物は食べない方がいい」

「えぇ!? 何でだよハンマーの姉ちゃん! こんなに真っ赤で旨そうなのに」

「いや、それがヤバいんだってば……」

「ヒソヒソと何を話してるんですか?」

「い、いやいや何でもないよ!?」

焦ったように引き釣った笑みを浮かべるハンマーさん。
どうにも様子がおかしい。ヨルヴァ君も困惑顔を浮かべてるし。

「あ! もしかしてハンマーさんも欲しいとか? いいですよ、まだありますし」

「え゙。そう……だなぁ……雪山へ行く時にでも貰おうかな?」

「雪山で氷結晶イチゴなんて変なハンマーさんですね……まぁいいですけど」

「……………私からしたら何を調合する時にも大量にトウガラシを練り込むほうが変だと思うんだけどな……」

「あ! こんなところにトウガラシが! 補充しときましょう!」

「聞いてないし……」

「アンさん! 荷物は全部降ろし終わったぞ!」

そんなやり取りをしていると、気球船からモモちゃんとハルクさんが荷物を運んで降りてきた。

「ハッハァ! 儂の手にかかればあっという間よ!」

ハルクさんは体力を相当持て余しているのだろう、モモちゃんの軽く五倍はある量の荷物を持って運んでいた。

「……ご苦労様。後はもう一人の援軍を待ちたいのだけど……」

少し離れた火山の最奥部からは不気味な咆哮が絶えず響いている。
……余り時間は無さそうだ。

「……ギリギリまで待って、駄目ならこのまま戦いに行くわ。もう大丈夫だからあなた達は塔へ向かいなさい。……きっとそれが一番重要なことよ」

確かにもう予定の時間はとっくに過ぎていた。

「分かりました……。アンさん、モモちゃん達も気を付けて」

「………アクア、気をつけなさいね」

「はい、必ず全員無事に帰ってきます」

「任せてくれアクアさん。しっかりここを守りきってみせる!」

「モモ! それは違うぞ。倒すことが最大の目的だろう!」

「いやいや、おっちゃんこそなに聞いてたんだよ! 龍をここに押し止めるのが最優先! 後から来る援軍を待ちながら戦うんだろ!」

「甘い甘い! 初めから倒す気で向かえば……いや寧ろ倒してしまえば何の問題も無かろう! 揺れない地面など何も怖くないわ!」

「二人共こんな所まで来て口論するんじゃない! というかアンさんの指示は全然違うだろう! 」

「あれ? そうだっけか? 昨日の夢とごっちゃになっちまったかなぁ?」

「む……そうだったか?」

何時ものように騒ぐ三人。もう心配は要らないようだ。

「なら私達はもう行かせて貰うわね。バルス、出発の準備をして頂戴!」

「……シャワ、さっきまで縛り上げてた人間をこき使うのはちょっと………」

「あら、何か言ったかしら?」

「いえ何でもないです」

ニコリと微笑むシャワちゃんの手には、す巻きに使ったであろう荒縄が握られていた。
顔だけ見ればとても可愛いのだけれど。

「……あれが皆の憧れるギルドナイトなんだから世も末だよねぇ」

猛然と走り出したバルスさんを尻目にハンマーさんは呆れ顔で呟く。

「ま、皆元気だってことでもあるか。じゃあアンさん、後は頼んだよ」

「……貴女こそ、あまり無茶なことはしないようにね」

「……あはは! 大丈夫だって!」

「…本当に大丈夫だと言う人間はポーチにマタタビ爆弾など入れないはずだかな」

「うぉっ!? 誰!?」

ハンマーさんが珍しく素でビックリしている。

それもその筈。
ハンマーさんの後ろに立っていたのは全く知らない男の人だったからだ。

「……あらイズ。随分と遅かったわね」

「…先に着いていたから一人で様子を見に行っていた」

全身をアグナコトル亜種の装備で固めている男性――イズさんはそう言って頭装備の目を保護するパーツを鬱陶し気に上げた。
アンさんと似た、細めの瞳が隙間から見える。

「……そう。それで、どうだったのかしら」

「…姉さんからしたら歓喜するんだろうが、俺は一目見て帰りたくなったね。九人足らずで戦うなんてのは酔狂のやることだろう」

「……実際にはここから四人程抜けるけどね」

「…正気かよ」

「……勿論」

「…」

「……」

「………ねぇ何なの? この沈黙が異常に重い二人は」

「……もしかしなくてもご姉弟でしょう。姉さんとか言ってましたし」

「だよねぇ……知らなかったわ」

「師匠に弟がいたなんて……」

「……この男はイズ。見ての通り私の弟だけれど、それを抜きにしても信用出来ることは約束するわ」

「…火山なんて本当は専門外なんだがな。しかもこんな奥地まで……報酬はしっかり貰うからな」

「……私が今まで契約を齟齬にしたことがあったかした?」

「…さぁ、どうだったかな」

「……」

「…」

「分かったぁ! 分かったからジッと無表情で見つめ合うのは止めて!」

ハンマーさんが堪えきれずに割って入っていった。
どうやら重い沈黙は彼女にとってかなりの苦痛のようだ……覚えておこう。

「さてと……無事揃ったみたいだし、私たちも早いところ出発するとしますか」

「そうですね……」

皆が皆、それぞれの目を見てニコリと頷く。
決戦前に別れや激励の言葉はかけない。
それが一番の信頼の証だから。


「皆、出発の準備が出来たよ!」

見計らったように気球船からバルスさんの声が聞こえてくる。

私達は彼らに背を向けて気球船へと乗り込み、一度も振り返ろうとはしなかった。










「……皆無事に帰ってこれますよね?」

甲板から徐々に小さくなる彼らを見つめながら私はハンマーさんに答えの出せない質問をした。

「勿論。そんな柔な連中じゃないのはアクアも知ってるでしょ」

「……そうですよね」

それでも即答して笑いかけてくれる彼女に私はどれだけ助けられているのだろう?

高く飛んでも火山の煙の影響で咆哮の主の姿は見えない。
見る事が出来るの火山に残った彼らだけだ。


遠くなる大地を見つめながら私は一本結びにしていた髪を解き、高めの位置に結び直した。

「あれ、昔のケルビテールに戻したの?」

「やっぱりこっちの方が気が引き締まりますからね」

「うん、やっぱりそっちの方がアクアらしいね。あ、いやいや、一本結びも似合ってたけどね?」

「ふふ、ありがとうございます」


高く上がった気球船はこれから火山を越え樹海を進み、その奥にある古塔へと向かう。

ただ待つしか出来ない私たちは、無事に目的地まで着くことを祈りながら最後の準備へと取り掛かった。





◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇





「緊急事態よ……!」

緊迫した表情で甲板に駆け上がって来たシャワちゃんに私とハンマーさんも頷いた。

現在地は樹海の奥地。古塔がようやくその姿を現したところだったのだが、同時に有り得ない光景まで見え始めていたのだ。

「あの黒い塊……全部ガブラスですよね?」

「……ちょっと信じたくないけどね」


ガブラスの群れが作り出した空中に蠢く巨大な塊は古塔の一部を覆い隠してしまう程の大きさ。
風をとらえて進む気球船の進行方向を変えること不可能で、木が覆い繁る樹海では着陸することも出来ない。
直撃は必須だった。

「……バルスにはもしもの時の為に高度を下げておいてと頼んであるわ。私達の役目は前方のガブラスを出来るだけ減らすことよ」

「も、もしもの時って………」

「アクア……時には深く考えちゃいけないときがあるんだ」

「……とにかく前だけ殲滅出来ればいいんですよね。やってやりましょう!」

「私はボウガンで、アクアさんはリーチのある太刀だけど……ハンマーさんはこの不安定な場所で大丈夫?」

「ふふふ……」

心配気に話しかけたシャワちゃんに怪しく笑うハンマーさん。
そうだ。こんな状況でこそ活躍出来る手を彼女が持っているのは、私がよく知っている。

ハンマーさんがポーチから取り出したのは、くの字に曲がった五枚の黄色い板。

「このブーメランマスターの活躍の場が遂に来たようだね!」

「私は見るのも嫌なんですけどね……」

もうすぐ切れそうな尻尾を何度この板で持っていかれたことか。
でもそれだけ腕が確かだということか……。

「……どうやら大丈夫そうね。注意して欲しいのは上の気球は正面には強くしてあるけど、側面の耐久度はかなり弱いってこと。私は正面のガブラスを狙うから、二人は左右をお願い! 側面に突っ込まれたら終わりよ」

「任せて!」

「了解!」

私とハンマーさんは甲板の両端へまわり、シャワちゃんが正面でボウガンを構える。
そうしている間にも黒い塊は刻一刻と迫り、ガブラスの大量の羽音や鳴き声が聞こえてきた。

「来る!」

ハンマーさんが声を張ったのと、気球船に気付いたガブラスが徒党を組んで向かって来たのはほぼ同時だった。

「っ!」

一瞬にして真っ暗になった視界に怯みつつも、私は集中を高めて九十九牙丸を振り上げた。

「やぁぁぁぁ!」

「「シャ――――!」」

袈裟懸けに三匹のガブラスを切り、返す刃で4匹、更に横に逃れようとするガブラス二匹を切り下がりで落とす。

「あっ……!」

しかし散弾のように固まって襲い掛かるガブラスを抑えきれずに二匹を後ろに通してしまった。
しかもその内の一匹は気球の部分へと向かっていく。
「まずい………っ!?」

何とかしなくてはと後ろを向いた瞬間、黄色い物体が頬を掠めた。

驚いたのも束の間、それは蛇竜の翼の付け根を的確に切り裂き、機動力を失ったガブラスを下へ落とした後、持ち主の元へと華麗に旋回していった。

「駄目だよ気を抜いちゃ」

片手で大鎚を振るいながら、返ってきたブーメランを見もせずに受け止めたハンマーさんがニヤリと笑う。



そうしている間にも彼女の空いた手には三本、四本と仕事を果たしたブーメランが戻って来ているのだから驚きだ。

「凄いわね……。私も散弾が使えればいいんだけど……ここじゃあね」

感心しながらも貫通弾を連射して的確に数匹ずつ落とすシャワちゃん。

私も負けてはいられない。

気合いを入れ直してガブラスの群れに向き合った私だったが、横から聞こえた不穏な一言に思わず手を止めてしまった。







「あれ? ……もう一本どこいった?」





そういえばブーメランは結構な確率で暴投してしまうアイテムだったような。


「……!」

咄嗟にシャワちゃんの方を向くと彼女も同じことを考えていたようで目が合った。

「……!」

「……」

そのまま目を逸らそうとするハンマーさんとも強引に視線を合わし、私達はゆっくりと上方に視線を向けた。


見上げた場所は私たちが守るべき気球の側面。




「……」

「……」

「……」






全員の顔から血の気が引いていく。









「「「……ブーメランがぁっっっ!!!」」」






――それはさながら、長年手塩にかけて作り上げた創作物が些細な拍子に壊れてしまった時のような


気球に深々と刺さった黄色い板を見ながら、そんな悲痛な叫びが樹海の空に広がっていた。
――苔の生えた石板が敷き詰められた冷たい地面の上、ボロボロになった気球船の横で私は目を開けた。

「痛たた……皆、大丈夫ですか?」

痛む節々に顔をしかめながら他の二人に声をかける。

「ええ……」

「うん、何とか……」

すぐに返事が返ってきた。衝撃で甲板から振り落とされた私達だったが、幸い全員が軽傷で済んだようだ。

「うわ……よくこんなところに着陸出来ましたね」

前にも来た場所なのでここが何処かはすぐに検討がついた。
浮力を失った気球船が不時着したのは樹海と古塔の境にあたるエリア。切り立った崖もある危険な地帯だ。
ここに無事に着陸出来たのはバルスさんの操縦の賜物だろう。

「あれ? そういえばバルスさんはどこに?」

ふと気が付き、辺りを見渡しても彼の姿は何処にも見当たらない。


「……何処か別の場所に落ちたのかしら?」

「いや、バルスは最後まで操縦室にいたから……もしかしてまだ中にいるかも」

「怪我とかしてたら大変ですよ! 私、見てきます!」

そう言って気球船内に向かおうとした時である。


「――その心配は無いよ」

バルスさんの声が気球船の正面――棘の生えた植物が群生している場所の中から聞こえてきたのだ。
その茂みがガサガサと揺れたかと思うと、次の瞬間バルスさんは姿を現した。


「バルス、無事だったのね良か――!?」


その瞬間、シャワちゃんを始め全員が息を飲んだ。


特注品だと言っていた黒いギルドバードスーツはズタズタに破けて目も当てられない有り様。
腰に差していた大切な儀式用の剣は半分に折れてしまっており、身体についた大量の引っ掻き傷もかなり痛々しい。

まさに満身創痍の格好だったのだ。

「バルスさんがこんなにやられるなんて……一体近くにどんなモンスターが!?」

「バルス! もう大丈夫だからすぐに傷の手当てを!」

「何処に隠れてるんだ! 相手になるから出てこい!」

各々が武器を構えてバルスさんを囲んだのだが、彼は「ちょっと待ってくれ」と焦るように言った。

「……皆違うよ。これは事故なんだ」

「事故?」

何か嫌な予感がした。

「まずいきなり気球船が墜落し始めたのは君たちも知ってるでしょ?」

「そ、そうですね。イキナリもう……びっくりしましたよ。ね? は、ハンマーさん?」

「そ、そうだね! ほ、本当にビックリした!」

「……それで何とかこの場所に不時着させたまでは良かったんだけど、その瞬間後ろから何かが僕を外へ押し飛ばしたんだよ」

「何かに?」

「後ろから?」

「押し飛ばされ……あっ……!」

急にシャワちゃんが声を上げ、その後で「しまった」というように口元を手で抑えた。

「どうしたの、シャワ?」

「……ええと、その……実はね?」

誤魔化すのは無理だと判断したのか、シャワちゃんは気まずそうに口を開く。

「私、安全強化の為に操縦室に衝撃を関知したら空気を取り込んで膨らむ緩衝装置を取り付けてたんだけど……位置が真逆だったかも……って」

「つまり……操縦者の後ろから飛び出す仕様になってたってこと?」

「……うん、ごめん」


確認するように言うバルスさんに、シャワちゃんは申し訳なさそうに頭を下げた。

「まぁ、服のスペアもあるし、それはあまり怒ってないんだけど……」

……だけど?
バルスさん以外の全員が息を飲んだ。
でも、幸いあのブーメランは墜落の衝撃で抜け落ちているから、あの出来事は絶対にばれないはず……。

「気球船が落ち始める前に上から聞こえてきたんだよね」

しかし願いは空しく、バルスさんの眼は真っ赤に光っていた。

「『ブーメランがっ!』ってさ?」


「……げ」

ハンマーさんから呻き声にも似た悲鳴が漏れる。


「誰? 誰がそんな危ない物使ったの? そして他の人は何で止めなかったのかな? 皆の命に関わるんだよ?」

「……えーと」

「そ、それは……」

「……皆、ちょっと座ろうか?」


幸い気球船は修理可能だということだったが。
バルスさんの淡々としたお説教は足が痺れるまで続いた。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「さぁ、気を取り直して古塔へ向かおうか!」

「ちょっと待って……」

「まだ足が……」

「歩く度に痺れて……」

「いやぁ……ごめんね。何か話しているうちに止まんなくなっちゃってさ」

まさか。
まさかのまさか。
最後の戦いの目前で正座することになるなんて、誰も思わなかったでしょう
怒る内容が気球船のことから私的な事に移った頃には足の位置を三度は入れ換えていました。
むしろ逆に、特に理由の無い暴力に耐えてきた(理由があったことも数知れませんが)彼の内なる怒りがこの程度で済んで良かったと言ったほうがいいのかもしれませんが。


「でも、まぁ。遊んでられるのもここまでだね」

古塔のエリアに入る目前、バルスさんはそう呟いた。

人目で人の手が加えられたことが分かる石造りの床や石柱に階段、そして高々とそびえる古塔が異様な雰囲気で私たちを出迎える。

「何なんですか……これ……」

「これは酷いね……」

誰がいつ建てたのかも分からない古代の遺跡。
その一面に大量のガブラスの死体が散らばっていたのだ。

「……私たちが倒したガブラスかしら?」

「それにしては量が多すぎませんか? でも何か刃物で切られた跡はありますね。傷口が妙にギザギザしてるから私の太刀じゃないようですけど……っ!?」

傷口に指先が触れた瞬間、ビクリと私の身体が跳ねた。

「アクア!?」

「どうしたのアクアさん!?」

「い、いえ、大丈夫です。何か一瞬……電気みたいなのが走って……」

とても嫌な感じかした。
この感じ……前も経験したことがあるような……。

「小型とはいえ飛竜種を一太刀で仕留めている傷痕だ。毒かもしれない……あまり触らないほうがいいね」

「元からここにいたガブラス達を誰かが全滅させたんだね。あの大量のガブラスはそれを察知して集まったんだろうさ……まぁ、それが『誰か』は予想がつくけど」

ハンマーさんが忌々しげに顔をしかめる。
これはこの先に確実に『彼女』がいるという証拠でもあるのだ。

「考えても仕方ないわ、早く移動しましょう。ここにいれば、いずれあのガブラスの群れを相手にする羽目になるわよ」

頭上を見上げると気球船の突撃で散ったガブラスがまた集まり始めていた。
地上であの量を相手にすれば無傷では済まなかっただろう……危険な目に逢った代償はあったようだ。

「確かにこりゃゆっくりしてる暇は無さそうだ。一本道だし、もしもの為にも固まって移動しよう」

「了解です」

そんなハンマーさんの言葉に従って、私達は古塔へと真っ直ぐに続く道を歩き始めた。


「……」


そこからは無言になり、古塔の入り口まで幾数のガブラス達を踏み越えていく。
一歩進むごとに、重苦しい圧力のようなものが襲い掛かってくる。

「後は登るだけですね……」

ようやく古塔の入口に辿り着いた時、私が沈黙に耐えきれずに呟いた。
前のように飛竜が住み着いてるということはなく、大雷光虫もいない。
異様な程の静けさだった。

「ここまで来たんだから帰りたいなんて言わないでよ?」

「い、言うわけ無いじゃないですか!」

「足が震えるなら僕がおぶってあげようか?」

「……え?」

ふとバルスさんに目をやると本当に私に背を向けて腰を落としていた。

「ちょっとバルス! こんな時まで何言ってるのよ!」

「何だい、シャワもかい? いいだろう……さぁ、二人とも僕の背中に飛び込んでおいで!」

「……いえ、遠慮しておきます」

「い、嫌に決まってるでしょ!」

「……ちょっと、コントは後にしてよ」

ハンマーさんが飽きれ顔で言うが、バルスさんのお陰で四人の雰囲気は大分ほぐれていた。


「……」

でも正直、さっきの嫌な感じはまだ拭えていない。
むしろ、指先からじわりと広がってくる気もするのだ。

「……」

そんなこと、心から来る弱さに違いないのに。

「さぁ! 最上階目指して進みましょう!」

私は拳をきつく握りしめて大きく声を響かせた。

――もう怯まない。

四人は頷くと古塔内部の螺旋階段を進み始めた。





「待ちくたびれましたよ?」

古塔の最上部に着いた時だ、そんな冷たい声が響いたのは。

「……二年ぶりですね」

かつて白銀の鋼龍が鎮座していたこの場所に今、肌で感じられる程の禍々しさが渦巻いている。
そんな中心にマリアンはいた――傍らにルシャちゃんを従えて。

「……待ちくたびれただって? まるで私達が止めに来るのを心待ちにしていたような口振りだね」

「まさにその通りですよ、マリディア。笑えますよね、正義を振りかざしてやって来た貴女達が……まさか世界を終末に誘う為の片棒を担うことになるなんて」

「何っ!?」

まだ分からないんですか? とマリアンは呆れたように首を振った。
シャラン、と気味の悪い不協和音が響く。

「目的の為に必要だからここに『呼んだ』のですよ」

「だからあの時あんなことを言ったっていう訳……?」

「ええ。我ながら安い挑発をしてしまったと反省していましたが、こうも易々と引っ掛かってくれるとは思いませんでしたよ。ふふ、もし我が身可愛さに引き籠っていたなら……世界は滅びずに済んだかもしれませんね?」

「そんな……!」

「ふざけた事言わないでよっ!」

「シャワ、アクアちゃん、耳を貸してはいけないよ。自分をしっかり持つんだ。僕らのやるべきことは一つだろう?」

「……そうね。そうだったわ」

「すみません……取り乱しました」

「ふふ……どう思っても結構ですよ。それにしても、貴方はまだ『それ』を被っていたんですね」

てっきり私欲に負けてしまうとばかり思っていましたが、とマリアンは滑稽だと言わんばかりの嘲笑を浮かべて言う。

「……関係ないだろう」

「いえいえ、大ありです。記憶を取り戻してマリディアも消して、共倒れになってくれていたら邪魔者も減って大変助かったのですよ?」

「二人とも助かるために今まで耐えてきたんだ! 今日、ここで終わらすために!」

そう叫ぶバルスさんを見て、再びマリアンは冷たく笑った。
シャラン、とまた音が鳴る。

「私をどうしたところで解決できる問題ではないんですけどねぇ……まぁ、私をどうにかできるとは思えませんが」

今、彼女の装備は二年前とは大きく違い、黒紫色の禍々しい防具を身に付けていた。
先程から不快な音を響かせているのもあの装備。

そして初めから素顔を晒しており、あのリノプロヘルムも持っていない。

いや、持っていない訳ではなかった。

マリアンの傍らに目を移すと、ルシャちゃんが今も沈黙を守って佇んでいる。
マリアンに目立った変化は見られなかったが、ルシャちゃんは二年前より少し背が伸びているように見えた。
前のような不敵な笑みは浮かべてはおらず何処か暗い表情をしているが、背中には相変わらずリノプロヘルムを背負っていた。

「なら、君を捕まえて聞き出すまでさ」

バルスさんが背中の槍に手をかける。
それを合図に私達も一斉に武器を構えた。

「力ずくで、ですか? 私もその方が好きですよ」

マリアンも背中の大剣を抜き出して構える。
二年前と変わらない禍々しい気配が大剣からあふれて出す。

「煌黒大剣アルレボ……」

思わず私はその大剣の名を呟いていた。

「おや、アクア。物知りですね」

「……二年もあればその位は分かります」

もちろん私の知識ではない。
私がまだ見たこともない『神』とも称される古龍――「アルバトリオン」。
その角から作られた、災いを呼び、持ち主の行方をくらませるという闇の武器……全部アンさんが教えてくれたことだ。
恐らくあの防具も同じ古龍のものだろう。

「……戦う前に教えてください。私達をここに来させた目的は何ですか?」

確認するように言った。
そうせずにはいられなかった。



バルスさんやハンマーさんを邪魔者だと言ったこと。それならばバルスさんについてきたシャワちゃんもそうだと言うことになってしまう。

「ふふ……その顔はもう予想がついているんでしょう?」


――なら、答えは一つ。


マリアンの顔に淀んだ笑みが浮かび上がった。


「その通り、貴女ですよアクア。祖龍復活には『少量でも古龍の血が混じったことのある人間の血液』が必要なんです」


軽々と持ち上げられた大剣の切っ先が真っ直ぐ私へと向けられる。

『……アルレボにはとても強い龍属性が秘められているの』

『……気を付けなさいね、アクア』


アンさんの言葉が甦る。



(そうか……だから……)



今更ながら嫌な感覚の正体とその理由が分かった。




私の体にはまだ龍の因子が残っているのだ。

正直、ショックだった。
あの時も、さっきだって……私はただ龍属性に拒否反応を起こしていただけだったのだ。
そんなこと、すぐに気付いてもおかしくなかったのに。

……単に認めたくなかっただけのかもしれない。
あの時の悪夢がまだ終わっていなかったなんて。
もしかしたら何かの拍子にまた―――。


「ふざけるな! アクアを利用なんかさせてたまるか!」

「――!?」

鋭い一喝が響いた。

「そうよ! 絶対に思い通りになんかさせないんだから! バルス、分かってるわね!」

「勿論。ふふふ……、ようやく本職を全う出来そうだ」


続いて放たれた二人の言葉。
皆の声で我に帰る。
そうだ、こんな所で戸惑ってる場合じゃない。
その覚悟はしてきたんだ。

「アクア、大丈夫だよ。前も言ったでしょ? 私がついてる。だから、安心して戦いな」

「ハンマーさん……」

「アクアちゃん、君に何があったかは分からない。けど今は自分を信じるんだ。僕も、君を信じる」

「あいつの言葉なんか気にしちゃ駄目だわ!」

「皆……ありがとうございます」



以前この場所に立った時は、不安な気持ちを一人で必死で抑えていた。
あの時、私が取った手段は恐らく……一番危険なことだったのだろう。

でもあの時の決断が間違っていたとは思えないし、思わない。
結果として私は目的を達成させることが出来たのだから。


――だからその代償がこれだと言うのなら私は喜んで受け止めてやる。

「マリアン! これ以上貴女の好きには絶対にさせません!」

太刀を強く握り、大きく声を張る。

「おや、もっとショックを受けるものだと思っていましたが……」

「挑発はもう聞き飽きました!」

マリアンの言葉を遮るように叫ぶ。
そう、全部受け止めた上で私を貫き通してやるんだ。

「これが最後の忠告です。大人しく武器を置いて投降してください」

「そんな馬鹿馬鹿しいこと言わないでくれませんか。貴女達はこれから蹂躙されるだけなんですよ?」

不敵に笑うマリアン。
片手に持った大剣に力が込められるが分かる。

「そうですか……」

言うだけのことは言った。
もう交渉の余地は無い。

「さぁ、茶番はもう終わらせましょう」

一歩、マリアンの足が前へと動いた。


「アクア、シャワ! 私とバルスが攻めるから二人は後援をお願い! ルシャを食い止めて!」

一番早く行動を起こしたのはハンマーさんだった。
バルスさんがすぐそれに反応し、私達が頷くのを合図に二人は勢いよく地面を蹴った。

「頼むよ、バルス」

「ああ、ケリを着けよう」

ハンマーさんは溜めのモーションに、バルスさんはランスを両手に持って中段横に構える。

それを見たマリアンは更に笑みを歪ませた。

「おやおや、わざわざ向かって来てくれるなんて……。ルシャ、貴女はアクアの確保を」

「……」

ルシャちゃんは無言で小さく頷くと、二本の双剣を取り出した。
霊峰で私たちを一瞬で行動不能にさせた猛毒の双剣。

今、どんな毒が塗られているかは検討もつかない。

「させないわよ!」

「――っ!」

ルシャちゃんが足を踏み出そうとした瞬間、一発の麻痺弾が彼女のすぐ横を通り抜けた。

――シャワちゃんだ。
この機を逃す訳にはいかない。

「やぁぁぁぁぁ!」

掛け声と共に飛び出し、九十九牙丸を袈裟懸けに振るう。

「うわっ!?」

まさか狙う相手が自ら向かって来るとは思わなかったのだろう。
虚を突かれた彼女は確実に反応が遅れていた。
太刀は彼女の首筋を的確に捉える。

「―――くっ!」

にもかかわらずルシャちゃんは強引に体を捻って紙一重でそれを避けたのだ。

(……やっぱり少し遅れた。でもこのタイミングでも外すなんて……)

心の中で舌打ちした後で、身体ごと素早く刀身を引く。

刀の向きは普段とは逆の峰打ちだった。








目的は『敵の無力化』。
これはここへ来るまでにハンマーさんが決めたことだ。

――殺す気で迫る相手にそんな甘いことを言ってると僕らが死ぬことになるよ?

それを聞いたバルスさんは歩みを止めて厳しい口調で言ったが、そんな彼にハンマーさんはニヤリと笑ってみせた。

――私達は戦場に兵士として行く訳じゃない。『ハンター』としていくんだ。そんなクエストは今まで何度もクリアしてきたでしょ?

一瞬ポカンとしたバルスさんだったが、すぐにククと笑って「了解」と呟いて槍から出る毒を抑える為の安全装置を掛け直したのだった。




ハンマーさんの提案は確かに私達の中に燻っていたものを取り除いてくれたが、それが今回の闘いのハードルを跳ね上げるのは言うまでもない。
現に今も刃先を反転させる僅かな隙を突かれて躱されたのだ。

少し離れた場所からも武器と武器がぶつかり合う音が聞こえてくる。
様子を窺う余裕は無いが、あちらも苦戦しているようだった。

「……くっ!」

向こうに少し気を取られていると、太刀を躱しながら繰り出したルシャちゃんの一撃が鼻先を通り過ぎた。
僅かに掠りでもしたら終わりなだけに、背筋に冷たいものが走る。

「……動かないでよ!」

シャワちゃんのボウガンが休むことなく狙い続けているのにも関わらず、彼女はそれを僅かな動作でギリギリに避けながら双剣を振るってくる。

「……っ、貴女はどうしてマリアンに荷担してるの!? こんなこと間違ってるのは分かってるでしょう!?」

そんなルシャちゃんの猛攻を防ぎながら、私は思わずそう語りかけていた。

「……うるさい!」

明らかに彼女の動きが鈍る。
太刀で彼女の両剣を受けながら私は更に続ける。

「……ルシャちゃんが本当は優しいこと、私は知ってるよ。だってそうじゃないと――」



そんな顔――しないでしょう?



「うるさいうるさいうるさい!!」

「うっ――!?」

怒声と共に少女とは思えないような力で太刀が押し込まれた。

「貴女に何が分かるって言うの!? 私もマリさんも、もう後が無いんだ!」

「後が無いってどういう―――」










「ルシャ、まだ遊んでいたんですか?」








背後から聞こえた凍るような声。

援護射撃はいつの間にか止んでいた。

「――っ!?」

ぞくりと首筋に悪寒が走る。
私は反射的に双剣を払い除け、後ろへと振り向いた。


しかし――


「遅いですよ」

「うっ――ぐぁっ!?」

すでに真横には勢いよく振られた大剣が迫っていたのだ。
構えた太刀が間に入ったお陰で直撃は免れたものの、衝撃で軽く十メートル以上は吹き飛ばされてしまった。
地面に勢いよく叩きつけられる。

「う……げほっ……っ!」

ディアブロスの尾槌でも喰らったのかと戸惑う程の威力だった。

起き上がることはおろか、呼吸すらまともに出来ない……体に力が入らない。
次第に全身に鈍い痛みが広がり始め、口の中に鉄の味が広がってくる。

遠くからそれを嘲笑うようにマリアンの声が聞こえてきた。

「おや、防ぎましたか……意外と粘りますね。でも、すぐに他の三人のようにしてあげますよ」

「!?」

言われて目を疑った。
霞む視界に映ったのは、マリアンの奥で武器を手放して倒れている人達。
それは紛れもなく頼りにしていた仲間達だった。

「威勢のいいことを言っていた割に、軽く撫でてあげたらあの様ですよ。残念なことに、まだ息はあるようですが」


――息はある。

しかしその言葉に安心などしている暇は無かった。
残り三メートルまでマリアンが迫っているのに、体は意に反して立ち上がる素振りさえすることが出来ないのだ。

「あの三人は貴女を楽にしてから……ゆっくりと弄んであげますよ」





あと二メートル。





「絶対……させない……!」

「その割には動こうともしませんね。いいんですか? 早く起きないと皆仲良く旅立つことになりますよ?」





あと一メートル。
それでも、身体は動かない。





「……っ…!」


悔しさと絶望に涙が込み上げてくる。
私たちが目指した結末はこんなものだったのか?
この日のために努力してきたことが無惨にも踏みしめられる……圧倒的な絶望がそこにはあった。
『勝利』が、思い描けない。

「さぁ、私の為に糧となりなさい」


「―――……っ!」








あと一歩。








「もう止めてよマリさん!!!」




悲痛な叫びが目の前で響いた。



「……ルシャ? 邪魔です。退きなさい」

「ルシャ……ちゃん?」


私の前に立ちはだかっていたのは、先程まで私と戦っていたはずの少女だった。

                                      ・・・・・
「……何で? 血は少しの量でもいいはずでしょ!? どうしてそんなに大剣を振り上げてるの!?」

ルシャちゃんの体は小さく震えていた。
それが怒りなのか恐怖なのかは分からない。

「貴女には関係無いことでしょう。一緒に切られたくなければ、すぐに退きなさい」

「おかしいよ、マリさん……! 二年前から……それよりも前から! その剣を持ってから、マリさん段々おかしくなってるよ!?」

「……私は昔から変わりませんよ。ただ目的の為に行動してきただけです」

「じゃあこれは!? 何で前みたいに使おうとしないの!?」

ルシャちゃんが背中から外して見せたのは年期の入ったリノプロヘルム。
あちこち何度も修復した跡が見られ、どこか懐古な雰囲気を思い起こされるものだった。




「何を言ってるんです?」


しかしマリアンはそれを一蹴し、訝しげに首を捻った。


「前にも言ったと思いますが、何故そんなものをまだ持っているんです? 邪魔なだけでしょう?」

「あっ!?」

そう言ってリノプロヘルムをルシャちゃんから取り上げ、遠くへと投げ捨てる。

瞬間、ルシャちゃんの表情が変わった。

「うあぁぁぁぁ!!」

叫び声と共に双剣をマリアンに向かって突きつけたのだ。

「!? 何をするんですルシャ!」

それを大剣で防ぎながらマリアンが叫んだ。
彼女には理由がまるで分かっていないようだった。

「お前はもうマリさんじゃない! 昔のマリさんを返せ!」

「――っ、馬鹿なこと言ってるんじゃありませんよ!」

「きゃ――っ!?」

ルシャちゃんが私の後ろまで吹き飛ばされた。
マリアンが双剣を大剣で振り払った後、彼女を強く蹴り上げたのだ。

「っ……マリ……さ……」

ルシャちゃんは一度呻いた後、糸が切れたように意識を失った。

「……全く、手間をかけさせます。さて、では今度こそ……――っ!?」

大剣を構え直そうとしたマリアンが突然顔色を変えて膝をついた。

「ルシャ……よくも……っ!!」

怒りの形相を私の向こうに向ける。
蹴りを食らう直前に双剣を掠らせたのだろう、マリアンの足には小さな切り傷がついていた。

「………くっ……あと……少し……で……」

塗られていたのは強烈な睡眠毒だったようだ。しばらく膝をついて耐えていたマリアンだったが、やがて力尽きたようにその場に倒れ込んだ。



「アクア! 大丈夫!?」

――その時である。
遠くからハンマーさんの声と足音が近づいてきたのだ。

「ハンマー……さん? どうして? 怪我は……?」

「今はアクアの方がよっぽど重傷だよ……。まずはこれを飲んで」

息を切らして駆け付けた彼女は、そう言ってポーチから回復薬を取り出し蓋を開けて飲ませてくれた。
私がゆっくりと飲み干すのを手伝いながら、悔しそうに顔を俯かせる。


「シャワが最後、私に回復弾を撃ってくれたんだ。……守れなくてごめん」

「大丈夫……ですよ、血は流してませんし。それに、ちゃんと……来てくれたんですから」

「結局、ルシャの助けを借りちゃったみたいだし……格好はつかないけどね」

ハンマーさんは少し困ったように笑う。

「そうだ……ハンマーさん、私はもう大丈夫ですからルシャちゃんの様子を見てくれませんか? 気を失ってるみたいなんです」

「うん、色々聞きたいこともあるし、ちょっと見て――」


「――危ないっ!!」



「……えっ!?」

気付いたら突き飛ばしていた。

立ち上がったハンマーさんの後ろに見えたのは、投げナイフを構えて起き上がっていたマリアンの姿。

「うぐっ……!」

ハンマーさんの急所を狙って放たれたそれは、私の肩に深々と突き刺さっていた。

「アクアっ!? な、何で庇ったりなんか……!」

「っ……ごめんなさい……思わず、体が動いて……」

肩が焼けるように痛む。
思わず意識を失いそうになったが、不気味な高笑いが私の意識を引き留めた。

「ふふ、ふふふ……あはははははは! 私が! この私が! 解毒剤を用意していないとでも思ったのですか!?」

「マリ……アン……!」


マリアンはまだ完全には回復していないようで、ガクガクと震えながら無理矢理に身体を起こしていた。
しかし眼だけがギラギラと怪しげに見開かれており、その様子はまさに狂気そのものだ。

「少し手間取りましたが、目的は達成されました」

「……っ!」


ハッと我に帰って肩の様子を見る。
私の肩から溢れ出た液体は、既に腕を伝って流れ始めていた。

止血しようと試みたが、すでに止められる量ではない。


「私が……油断したばっかりに……」

ハンマーさんが歯を食い縛って言う。

「私こそごめんなさい……。よく考えたら、ハンマーさんならあれくらい避けれましたよね……」

「馬鹿……買い被りすぎだよ」


少し潤んだ瞳で彼女は私を優しくたしなめた。






そして血はやがて指先へと届き、一滴の赤い雫が作られる――






――地面が、少し濡れた。







その瞬間。
私の血が落ちた地面から白い雷のような光が勢いよく溢れ出したのだ。


「地面が揺れてるっ……!?」

「ふふふ……あはははははっ!」

それはマリアンの高笑いと共鳴するかのように広がり、やがて塔全体に広がっていった。

「アクア……何が起こるか分からない! 応急処置だけでもしておこう」

「は、はい。お願いします!」

あまりの光景に呆気に取られていたが、ハンマーさんに促され私は慌てて肩の治療を彼女に託した。


「一体何が起きるっていうんですか……?」

「分からない……。でもまだ、終わった訳じゃ、ないはずだ。いや、終わらせちゃいけない!」

手当てを受けている間も光は広がっていく。
それは古塔だけに留まらず、やがて樹海を越えて更に遠くへと拡散し始めた。


「あははは! マリディア! 私が二年前何故アマツマガツチを討伐したか分かりますか?」

「……何だって?」

先程まで狂ったように笑っていたマリアンが唐突に語り始めた。
ハンマーさんは咄嗟に身構えたが、マリアンは眼に狂気を宿したまま話し続ける。

「まぁ、分かりませんよねぇ。仕方ありません、もっと前の話から教えてあげましょうか……私の属していた組織の名前は『赤衣』。赤衣は数十年以上前からこの日のための準備をしていました」

「準備……?」

痛みを堪えながら私は聞いた。
目的が達成できて満足しているのか、マリアンにしては異常に口が軽くなっている。
こうなってしまっては現状手遅れなのかもしれないけれど、もしかしたら彼女の話から突破口が見つかるかもしれない。

「ええ、彼らは大きな野望を持っていました。その準備として、古塔を中心とした大陸を血で染めようとしたのです」

大陸を血に……?
気球船から見た悲惨な景色がフラッシュバックする。


ふと、恐ろしい想像が頭を過った。



マリアンが口元に歪んだ笑みを浮かべて私たちに問いかける。

「ふふ……おかしいとは思いませんでしたか? 何故この大陸では両者に利益の無い紛争が長年続いていたのかを」

それを聞いたハンマーさんの髪が逆立つのが分かった。
自分の人生を滅茶苦茶にした紛争が意図して起こされたものだった……それを聞いて落ち着いていられるわけがない。

だけど、それを見て私は一つ引っ掛かったことがあった。

「マリアン……貴女だって赤衣のせいで紛争の被害にあっているはずです。何故、わざわざそんな組織に……?」

「おやおや、言わなくては分かりませんか? 私は―――」



「あの紛争が、本当にわざと引き起こされたものだって……言うのかい?」

その時、マリアンの言葉を遮るようにくぐもった声が響いた。

「おや、もう起き上がってきたのですか」

「バルスさん……シャワちゃん……」

バルスさんはシャワちゃんに肩を貸す形で立っていた。
ダメージはまだ残っているようで彼も槍を杖代わりとして使っている。

「そうですよ、バルス。それに貴方達が躍起になって終わらせた紛争はどのみち潮時でしたからね、むしろ手間が省けました」

「……フレア達には言えそうにないな。『それ』は」

恐ろしく低い声。
握られた槍に強い力が加わるのが分かる。

「ふざけないでよ……バルス達がどんな思いで争いを止めたと思って――……あっ!」

横にいたシャワちゃんが感情を露に声を上げたが、途中で脇腹を抑えて体を折り曲げた。

「シャワ……無理して話さなくていい」

「っ……だって……!」

状態は分からないが、かなり辛そうだ……今の状態ではボウガンの反動にも耐えられないだろう。

「我慢せずともすぐに楽にしてあげますよ。もう、他の血を流さないように手加減する必要もないのですからね」

「……やっぱり手加減してたのか。でもそう簡単にいくかな?」

「ええ。もうじき毒は完璧に中和されます」

そう言うとマリアンは体をゆっくりと起こし、大剣を持ち上げる。
言う通り、回復は間近に迫っていた。

「バルス! 二人で今の内にマリアンを……」

「もう遅いですよ、マリディア」

「――っ!?」


ハンマーさんがマリアンに攻撃を仕掛けようと踏み出した瞬間、彼女の喉元には大剣がピタリと突き立てれていた。

「いま殺しても構いません。が、それでは少し面白味がありませんね。貴女には折角のメインイベントを体験させたいんですよ」

「――そんなの体験して、たまるかっ!」

ハンマーさんは怒声と共に素早く大剣を蹴り上げ、再び黒鎚を振り被ろうとした。

「………あ」

が、一瞬上を見上げたかと思うとその動きをピタリと止めてしまったのだ。


「ハンマーさん一体どうし……!?」

続いて上を見上げて私も固まってしまった。

「おや、肝心の話をする前に始まってしまったようですね」



異変が起きていたのは先程まで黒い雷雲で満たされていた空。

「何ですか……あれ」

「あんなの見たこと無いわ……」

真っ黒に染まった空の中心に、更なる深淵を覗かせる巨大な穴がポッカリと開いていたのだ。

白い雷を激しく走らせながら、天に向かって渦巻く大穴。
それは今にも何かが現れそうで……絶望感と恐怖心を体の芯から込み上げさせるのに十分な光景だった。

「では始めましょうか」

あまりの光景に四人が言葉を失っている中、マリアンは両手を挙げて大声で叫び始める。

「各地で集めた多種多様の古龍の血液を振り撒き、最後に龍の加護を受けた娘の血をもって完成させたのは、偉大なる龍の祖の完全なる復活の狼煙! 今ここに破滅と想像を司る白き龍! 祖龍『ミラアンセス』の降臨を導く!」

「ミラアンセスだって!? 今だ誰も見たことのない……ギルドで隠蔽されていた黒龍と違って、完全にお伽噺に出てくる龍の名前だぞ……!」

バルスさんが信じられないといった様子で叫ぶ。

「で、でも……アンさんは言ってました。『龍は全部で三匹いる』って……『白龍』がここに現れるって!」

「ふん、い、今さら驚かないわよ……! 龍が一匹や二匹増えただけじゃない!」

「威勢がいいのもここまでです。さぁ、間もなく貴方達を絶望が襲うことなるでしょう」

「マリアン……お前、そんな龍を呼んで、自分だけは助かる見込みがあるっていうのか?」

「おや? 妹はこの姉が心配だとでも?」

「そんな訳ないだろ! 方法があるならそれを聞き出して切り抜けてやるって言ってるんだ!」

「残念ですが方法はありませんよ。私もろとも祖龍に世界を破壊してもらいます。それに、もしここから逃れられたとしても死期が少し伸びるだけですよ」

「ハンターを……舐めるなよ」

ハンマーさんの力強い眼差しがマリアンを射抜いていた。

「いくら祖龍が強くたってこの世にハンターはごまんといるんだ! 絶対にハンターが勝ってみせる!」

「……貴方は祖龍の力を知らないからそんなことを言えるのですよ。存在すら不安定な状態の祖龍が今まで一体この世にどれだけのことをもたらしてきたかが分かってるのですか?」



その時、上空から『何か』の気配が現れた。



「ハンマーさん! 来ます!!」

「!」




初めに見えたのは白く輝く二本の後足だった。
次に見えたのは長い蛇のような尻尾。



「え………?」


私は目を疑った。



だって続いて現れた引き締まった輝く胴体も、その上方から伸びた短めの前足も、私は『知っていた』から。


「そんな……なぜ……?」

マリアンの表情が青ざめていく。

「アクア……あれって……」

「……はい」


力強く羽ばたく両翼も、多数の角が連なって出来た白い角も『知っている』。
誰が忘れるものか――。



「……クシャルダオラ!!」



渦から降りてきたのは私が討伐したはずの両親の仇だった。
喉元に見える傷跡……間違いない。



「ギャォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!」



クシャルダオラはあの時と同じ白い金属光沢を放ちながら、空中で高らかに咆哮を上げた。











「また……邪魔をするのですか!」

空中で咆哮する鋼龍を見るなり、マリアンが憎らしげに怒声を響かせた。

「邪魔……? あのクシャルダオラは貴女達に協力してたんじゃないの?」

シャワちゃんが私が思った事を先に口にしていた。

「協力? 逆ですよ……! 赤衣は私が入る前からあのクシャルダオラに計画の妨害を受けていたのです」

「じゃ、じゃあ古龍化事件は何のために起こしたって言うんですか! 古龍の血が必要だったからクシャルダオラにやらせたんじゃ!?」

私の言葉にマリアンは舌打ちをした。

「……それが逆だと言うんです。赤衣が必要としたのは『本物の古龍』から採れる古龍の血……奴はそれに気付いて紛い物を溢れさせたのです」

「そんな……」

「まぁ、もっとも……あのクシャルダオラもその力をコントロールするにはかなりの時間を要したみたいですがね。最初の頃は自らを制御出来ずに暴れまわっていたと当時の組織の記述に書かれていましたね。そしてある村に襲撃し、ハンターを死傷させた後に姿を眩ませた、と」

「まさか……その村って……ハンターって……」




聞きたくない、反射的にそう思ってしまった。
しかしマリアンは躊躇いもなく口を開く。




「そう、ユクモ村の貴女の両親ですよ。貴女は暴走していたクシャルダオラの力に当てられた唯一の人間なのです。そして、クシャルダオラはその一件の後、古龍化事件――恐らく自分の力を制御出来るまでの間、その姿を隠した……そう当時の組織の記述に書かれていました」


クシャルダオラは好きで暴れていた訳ではなかった。赤衣と、マリアンの野望と戦うために取った行動による事故だったのだ。


「………」

その真相を知らされても、両親が殺されたことは事実。
私はまだ割り切れないでいた。


当のクシャルダオラを見上げると、私たちの様子を窺うように空中で羽ばたいているままだ。


「そして私は、その当時の記録、古龍化事件の最中のクシャルダオラの様子を観察している内にあることに気付いたのです」

マリアンが上空の鋼龍を見据えながら言った。




「クシャルダオラは貴女に罪滅ぼしをしたがっていたのだとね」





「え………?」


でもクシャルダオラは私を襲って……


信じられないといった顔を私が浮かべている中、マリアンは私とクシャルダオラを交互に睨みながら話を続けた。

「アクア、貴女は危険な目に逢いながらも奇跡的に助かってきましたよね? でもよく考えてください、あり得ますか? ラージャンに襲われた時、あのタイミングで『古龍化したディアブロスが突っ込んで来る』なんて。エスピナスが『貴女以外のハンターだけを排除したこと』を不思議に思いませんでしたか?」

「それ……は……」

上手く言葉が出せない。

そんな……それって……まさか……

「どうやら気付いたようですね。アクア、クシャルダオラは『貴女に殺されるため』に、古龍化したモンスターを操り、貴女を誘導していたのですよ」

古龍化事件という赤衣への妨害の中に紛れ込ませてね、そう言ってマリアンは憎々しげにクシャルダオラを再び睨む。

「私からすれば茶番のようでしたが、厄介なクシャルダオラを確実に倒せるチャンスだったので敢えて行動を起こさずに結末を見届けたのです――おや、喋らせるだけ喋らせたらもう用済みですか?」

マリアンの口から次々と出てくる衝撃の事実に頭の整理が出来ないでいると、いつの間にかクシャルダオラがマリアンの目の前に降り立っていた。

鋼龍は私に背を向けるように立っており、敵意は完全にマリアンに向かっている。

「………ヴゥゥゥ」

クシャルダオラがマリアンに向かって唸り声を上げた。

「きゃっ!?」

途端、嵐の様な雨風が吹き始め、クシャルダオラの周りを風の鎧が纏い始める。

「クシャルダオラ……あなた……」

私はマリアンの話が本当だったのだと確信した。




だって私と戦った時、クシャルダオラは風の鎧どころか嵐さえ呼んでいなかったのだから。





あまりの緊張にそんな余裕は無かったのかもしれないが、鋼龍とハンターが対峙した時に静寂が訪れることなんて有り得ないのだ。
そんなことにも気付かないで私は敵討ちのことばかり考えて、復讐を果たした後でも恨み続けていたなんて………。



「ごめんなさい……ごめんなさい……!」


自然と涙が零れ落ちる。

当の古龍はそれを知ってか知らずか、マリアンと戦い続けていた。

「折角の祖龍復活の力を利用して……! すぐにその首を叩き切って再び祖龍を復活させる!」

マリアンが怒りのままにアルレボを振るうが、クシャルダオラはそれを軽々と躱しながら風のブレスを吐き、彼女に主導権を握らせない。

「何故避けられる……! 私は古龍も凌駕する龍殺しの力を得たはずなのに!」

凄まじい気迫の中、ぶつかり合う二者を私たちは見ることしか出来なかった。
出来ることなら手助けしたかったが、体に力が入らない。

「アクア……今はクシャルダオラに託すんだ」

「ハンターさん……」

「あいつはきっと自分一匹分の命じゃ自分の罪を償えないって、ずっと思ってたんだ。じゃなきゃこのタイミングで私たちを助けに来ないって」

「そんな……もう十分なのに……!」

「本当に後悔した時、本当に償いたいって思った時ってさ……どこまでやってもまだ足りないって感じるんだよね。それが取り返しのつかないものであるほど……さ」

ハンマーさんは少し寂しそうな顔をしていた。

「……私には分からないです、その気持ち」

「分からない方が幸せだよ。……でもいつか分からなきゃいけない時が来るかもしれない――その時はもう後悔しないように全力で向かうしかないんだ」

「……ハンマーさんは一体何を後悔したんですか?」

思わずそう聞いてしまった。

「うん? 私が後悔なんかするはずないでしょ。これは受け売り、受け売り」



しかしハンマーさんはおどけたように笑って見せる。



「……嘘つき」



「――アクアちゃん! クシャルダオラが!」

バルスさんの声にハッとして視線を戻すと、クシャルダオラの周りに白い稲妻が落ち始めていた。

「雷……?」

「師匠が言ってたわ……あの白い雷は――祖龍の雷よ」

シャワちゃんが何時もより弱々しい声で言った。

「私も聞いたことあるな。白い稲妻には昔から不思議な力があるって言い伝え」

「白い稲妻……か」

バルスさんがそう呟く最中、まばらに落ちていた雷に変化が起きた。

「くっ……! 何です……これはっ!!」

白い稲妻がまるで生き物のようにマリアンの周りに纏わり始めている。



やがて白い稲妻は集まり、大きさを増していき――



「ぐ……あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」




激しい音と叫びの中。
一本の巨大な雷が禍々しい紫の大剣を真っ二つに砕き割った。




「あ……あぁ……」

力の抜けたようにマリアンはガックリと膝を着く。

クシャルダオラはそんなマリアンをじっと見据え動こうとしない。
先程まで痛いほどに吹き荒れていた嵐は、もう止んでいた。


「あ、あれ!」

私は驚いたように声を上げた。
割れた大剣から、マリアンの身に付けている鎧から紫色の煙が立ち上ったのだ。


「………!」


そのまま上空に昇っていこうとする禍々しい煙に向かってクシャルダオラが風のブレスを見舞う。
すると煙はすうっと色を無くし、やがて消えて見えなくなった。


「――マリさん!!!」


その途端、私の横を赤いものが通り過ぎた。

「マリさん、マリさん! 大丈夫!?」

「ル……シャ………?」

「良かった……マリさん、もう大丈夫だよね?」

マリアンは呆けたようにルシャの顔を見上げている。
身に付けている鎧や大剣からは禍々しい紫色は消えており、灰のような白色に変わっていた。
『戦い』は終わったのだ。

「あ……あぁ……私……とんでもないことを………!」

マリアンは顔色を蒼白にして項垂れる。
どうやら今までの記憶は残っているようだ。

クシャルダオラはそれを見届けると勢いよく空へと飛び上がった。
そして火山の方角へと飛び立っていった。

「一体何をしに……」

「……」

その時、横にいたハンマーさんがマリアンに向かって歩き始めた。

「ハンマーさ……」

まさかと思って止めようとした私だったが、ハンマーさんの横顔を見て止めた。

「マリアン……」

ハンマーさんがマリアンの前で立ち止まる。

「マリディア……私は人間として、侵してはならない罪をしました。……好きにしなさい」

「だ、ダメだよマリさん! せっかく大剣の変な力が無くなったのに! ……絶対にさせるか!」

「いいんです、ルシャ」

ルシャが立ち塞がろうとするのをマリアンが止めた。

「だって……そしたら……!」

「ルシャは私が仕出かした事を許してくれるのかもしれませんが……殺されかけたマリディアが許す訳がありません」

「マリアン……私は憎んでなんかない」

「え……?」

マリアンが驚いたように瞳を広げた。

「大剣の事もあるけど……元々、あの時私たちが逃げ遅れたのは私のせいだったんでしょ? それに、私とマリアン……どっちがどっちの道に進んでもおかしくなかったんだ。きっと私が同じ立場になったら同じようなことをしたと思う」

「マリディア……」

「でも私はこっちの道に進めたことを感謝してる。沢山の仲間に出会えて素敵な体験が出来たことを、感謝してる。こっちの道に進ませてくれたマリアンに、姉貴に感謝してる」


――だから、とハンマーさんは思いがけない行動に出た。

「私も最後のけじめってやつを着けないとね」

そう言ってマリアンの横へ手を伸ばし、あるものを拾い上げた。

「これが祖龍を呼び出すために使った媒介だよね? ……アンさんの言ってた通りだ」

それは古く風化した、白い一本の角。

「貴女何を……まさか!」

マリアンの顔に見る見る焦りが浮かぶ。

ニヤリと笑ってくるりと踵を返すと、ハンマーさんは私たちの元へと走り出した。

「やめなさい! マリディア――!!!」

マリアンの必死な声が響くが、それでも彼女は足を止めない。

そして驚いてる私の横を通り過ぎる時、ハンマーさんが申し訳なさそうに小さく呟いた。

「……アクア、ごめんね」

「………!!」


ハンマーさんが何をしようとしてるのか、私は今やっと理解した。


だがその時には既に、ハンマーさんはバルスさんの頭に祖龍の角を突き立てた後であった。

「ば、バル……きゃっ!?」

白く眩しい光と共に、どんなに叩いても壊れなかったスカルフェイスにヒビが入り崩れ始める。

突然の行動に驚いて頭を抑えたバルスさんだったが、やがて全てを理解したように呟いた。





「僕は……そうか。ハンマー……君ってやつは……本当に……」


「……悪いね、またさよならだ」



同じように白い光に包まれ始めたハンマーさんは照れ臭そうに笑った後、皆に聞こえるように大きな声で言った。









「皆、楽しかったよ!」







光が消えると同時に、ズシンという重量感のある音を立てて、大鎚だけが地面へと落ちる。



「あ…………」



それ以外に何も残っていなかった。
まるで初めから存在していなかったように。










「――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――!!!!!!」









声にならない私の叫びが、塔に木霊した。































◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇












「寒……もう朝かぁ」




――あれからどれくらいの月日が経ったでしょうか。

あの後、クシャルダオラは火山とシュレイドにいた黒龍達を連れて空へと消えていきました。



「お茶でも淹れようかな」


私はポッケ村に正式に移住し、専属ハンターとして村を守る日々を続けています。


他の皆もバラバラになり、それぞれの道を歩んでいますが、手紙が毎月送られてくるので退屈はしていません。




シャワちゃんは家の規模を着実に拡大中。
昔のように反感を買うどころか、イーゼンブルグ家が率先して交易の輪を広げているお陰でドンドルマの発展が急速に進んでいるくらいです。
次は旅のキャラバンにバルスさんを派遣し、他の街と交流させて更に進出させるんだと意気込んでいました。




バルスさんはギルドナイトを辞めて、本格的にフリーのハンターに。
旅を続けながら今まで培った人脈を広め、シャワちゃんの交易の助けをしているそうです。
相変わらず皆には素顔は見せませんが、その話をした時にシャワちゃんが一瞬得意気な顔をしていたのが少し、いやかなり気になります。
前に会った時、シャワちゃんの頼みで旅のキャラバンに同行し新たな地へと旅立つことになって、皆(特にシャワちゃん)に会えなくなるのが寂しいとのろけていたので思わず太刀の柄で叩いたら……何故か喜んでいました。
私を慰めに来てくれたことは分かっていますが、もう少しマシなことは出来なかったのかとちょっと残念な気持ちになったことを覚えています。




チョモさんとフレアさんは今も騒がしくギルドナイトの仕事をこなしています。一月前にチョモさんから『本人の了解無しでも籍を入れることが出来ないだろうか』と言う相談の手紙を貰ったまま放置していますが、多分問題無いでしょう。



ヨルヴァ君とモモさん、そしてハルクさんは今も三人で元気一杯に狩りを続けているようで、噂は遠く離れたここまで聞こえてきます。
……何やら様々な問題も起こしているようですが、それを含めても彼らの活躍には元気を貰っています。
モモさんからの相談の手紙も最近はかなり落ち着いてきたので、リーダーとしてしっかりと二人をまとめているのだと思います。




アンさんは現在消息不明。イズさんが言うには「またどこかに放浪中」だそうで。
そういうイズさんもなかなか連絡が取れませんが、今もきっと寒冷地を探索してるに違いありません。




マリアンとルシャちゃんはあの後の混乱の最中、いつの間にか姿を消していました。
大きなイャンクックが飛び去るのを見たとシャワちゃんが言っていたので、恐らくは空に。




「……皆満喫してるなぁ」

雪山草のお茶を啜りながら私は少しため息をつく。
お茶で暖められた白い吐息は部屋の上まで立ち上ぼり、やがて消えた。

別に今の生活に不満がある訳じゃない。
ただ少し、「私達」の家が広く感じるだけ。
ユクモに行く際、ここのアイルー達にはしばらくの休暇をあげたままなので、本当に今ここに住んでいるのは私だけだ。


「うわ、またこんなに積もってる……これはお昼までかかるかなぁ?」


それでも寒冷期が近付く雪山には毎晩のように大雪が降るため、毎朝の雪降ろしや道作りで寂しがる暇なんかは無いのだ。



「………」



何時か、扉を開けてあの人が元気に帰って来るんじゃないかと期待していた時期も、とっくに過ぎて。
それでも広すぎる家の掃除を欠かせない、未練がましい心が私をこの場所に繋ぎ止めている。



「いっそまたユクモに戻って私の家に住みなおそうかな……ってどっちの村長さんにも『落ち着きがないっ!』って怒られちゃうか」

あはは、と一人で軽く笑ってお茶を一口啜る。
いつもは優しく感じる雪村の静けさも、今日は何故か冷たい。


「……さてと、まずはこの家の雪を降ろしちゃうか。無駄に大きい分積もる量も半端じゃないし」

もし家が潰れたりしたら怒られちゃうならなぁ、そう言って私は苦笑する。


誰に?

どうして?


そんなことを聞いてくる相手も、ここにはいない。

「よいしょ……」

少し錆び付いたスコップを片手に家のドアを開ける。

上に登るための梯子、埋まってなければいいけど……。



外に出た時、私の目に映ったのは晴れ渡る青い晴天と、一面に広がる雪の二色のみ。


「……やっぱり埋まってたか。屋根の雪は凄い盛り上がってるし……つついたら屋根から落ちてきそう」

そんなことを言いながらも何とか梯子を掘り出して屋根へと架ける。
屋根からの景色は白と青に、冬越えする木々の緑色が加わっていた。

「私が初め来たときもこの位降ってたなぁ……」

思い出して少し楽しくなり、少し辛くなる。
ついこの間まではポッケ村に来たばかり新人だった気がする。
だけど、もうあれは何年も前の話なのだ。

「ここから始まって、また帰ってきて……次はどうなるのかなぁ」

頭の中でささやかなイメージを膨らませながら暇を潰し、黙々と雪を下に落としていく。
落とす分には気持ちがいいけど、落とした分後で片付けなければならないので気分は重くなる一方だ。






「足音……?」



そんなこんなで30分は作業をしていただろうか。
遠くから新雪を踏みしめる音が聞こえてきた。

「また村長さんが差し入れでも持ってきたのかな?」

そう思い、私は屋根の上からひょいと下を覗いたのだ。



















――嘘。














「やっほー! ……そこにいるのはもしかして、最近暗いって噂のハンターさんかい?」







あの時と位置は逆だけど、変わらない台詞、声が私の耳に届いた。







「あ………」










眩しい位に明るく悪戯っぽい笑顔。
私の心を一瞬で晴らしてくれる透き通った声。
桃色のふんわりした髪に、少し色の変わった見慣れた防具。
そして背中に背負っているのは大きな―――







「……ハンマー………さん……?」







「……ただいま!」






懐かしい彼女の姿。
冷えてしまっていた心に再び温もりが戻っていく。



真っ白な景色の中、桃色に咲いた一輪の花を。
その光景を私は一生忘れはしないだろう。













「お帰りなさいっ!!!」












私は屋根からスコップを片手に、手を振るあの人の元へ勢いよく飛び降りていた。



「ちょっと! 危ないよっ!」


「これくらいでいいんですよっ!」



お互いにちょっと涙ぐんだ顔で笑い合う。


また、新しい旅が始まるんだ。



私はその笑顔を見てそう思った。



――今度は目的も道標のない、気ままで自由な本当の旅が。






【ガイドポストは龍の調べ】 END,
プロフィール

楽太郎

Author:楽太郎
モンハン好きの誰しもが自分の『世界』を持っているはず。この話はそんな世界の一部分です。
楽しんで読んでもらえたら幸いですね
(・◇・@)

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