上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
――数多の飛竜を駆逐せし時、『伝説』は蘇らん



――数多の肉を裂き、骨を砕き、地を啜った時



――浮き世が深紅の血に染まりし時



――彼の者は現れん



――土を焼く者

――鉄を溶かす者

――水を煮立たす者

――風を起こす者

――木を薙ぐ者

――炎を生み出す者



――その者の名は『ミラボレアス』!



――その者の名は、『宿命の戦い』!



――その者の名は、『避けられぬ死』!



――さぁ!




――喉あらば叫べ!  



――耳あらば聞け!



――心あらば、祈れ



――ミラボレアス!



――天と地とを覆い尽くす、彼の者の名を!



――天と地とを覆い尽くす、彼の者の名を



――彼の者の名を……





◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「――ちっ……リノプロ女の『唄』が頭から離れやしねぇ」


フレアがそう忌々しげに呟いたのは、城壁内の小部屋から出た直後。

上空から響き伝わってくる重苦しい羽音が。

まるで数百匹の飛竜でも現れたのかと勘違いするような――生物の闘争本能を根本から掻き立てる異音が聞こえてきた瞬間のことであった。

「貴方の言う『それ』は、シュレイド王国崩壊時に謎の赤衣の男が歌ったと言われる唄でしょ?」

その遥か上空から聞こえる巨大な羽音を、待ち遠しそうな顔で聞きながらシェリーが言った。

「あぁ……てか何で知ってんだよ」

フレアが疑心に満ちた瞳で睨む。
マリアンの言葉を聞いた時間違い無くシェリーはいなかったし、フレアが隠密にギルド本部の書庫を漁って同じような文献を見つけた時も、誰にも気付かれていなかったはずだった。

しかし、シェリーは事も無げに笑うのだ。

「うふふ、貴方のする事なんて全部お見通しなのよ?」

「……さいですか」

小首を傾げてそう言われてしまっては、フレアは閉口せざるを得ない。

黒龍の降臨を前にして、フレアは彼女を上司に持ったことを先に呪ったのだった。


「さて……伝説の黒龍相手に俺等の武器は通用するのかね?」

間も無く対峙するであろう強敵の気配をひしひしと感じながら、フレアは自分の愛剣である『輝剣リオレウス』に目をやった。

二年前は『焔剣』の名を掲げて真っ赤に染まっていたそれは、今は冷たく美しい銀色をしている。

ギルドナイトの任務の中に偶然現れた幻の銀火竜。
フレアは死闘の末に討伐を果たし、更なる業火を銀色の甲殻によって大剣へ封じ込めることに成功したのだ。
凝縮された銀の炎が灼熱の巨刃となって敵を焼き切る、フレアの相棒が生まれ変わった瞬間であった。


「いや、フレアはそれしか持ってないんだから迷う余地なんてなかったでしょ」

何でも火属性でごり押しするのは卒業したら? そう飽きれ顔で言うチョモが持っているのは狩猟笛『アヴニルオルゲール』。

火山より発掘された太古の塊を研磨加工した末に蘇った古代文明の産物。
機械的な外見と金色に輝く巨大な円盤が特徴のこのオルゴールに似た楽器はギルドの調査の一環で発見されたものだったのだが、当初は今一つ使い方が分からずに研究員達は頭を抱えていた。

その時、話を聞き付けたチョモがほぼ強奪する形で持っていったのだ。

『どうせよく分かってないんだから私が試しに使ってあげるよ!』

彼女に救われたギルドナイトは数知れず、もはや頭の上がらない存在になっていた彼女に研究員たちは、顔に引き釣った笑みを浮かべながら快く提供したのだった。

試しにフレアを引き摺ってクエストに行った所、二人はその能力に舌を巻いた。
息を吹き込むと円盤が回転し音を奏でるという不思議な構造のそれは、吹けば一時的に筋力が増す旋律を得意とした上に、強力な龍属性を持つ優秀な武器であったのだ。

『お前、それが狩猟笛だって知ってて手に入れたのか?』

フレアは驚いてそう聞いたものだったが、チョモはポカンして言うのだ。

『へ? これピザカッターみたいで格好いいハンマーだなって思っただけだけど?』

『いや……でもお前ちゃんと旋律吹いて……』

『ん? 何か吹けそうな場所があったから吹いたら音が出て楽しいなぁって思ってたけど……これ、狩猟笛なの?』

『………』

結局ギルドに報告はしたものの、何故かこの狩猟笛を吹けるのは彼女だけだったので本当にそのまま貰い受けることになったのだった。

「ていうかお前も持ってるのそれ一本だけじゃねぇか!」

「わ、私のは万能な龍属性だからいいの!」

「二人とも、喧嘩は少し後にしなさい」

シェリーが見かねて割って入る。
彼女の武器は『マスターセーバー』と呼ばれる双剣。ピュアクリスタルを軸に作られた透き通るような二振りの洋剣は、ギルドナイトでも最上位の人間にのみ持つことを許された強者の証。
切りつけると強烈な水流が流れ切れ味を何倍にも跳ね上げる仕組みを備えたこの双剣は、歯こぼれもせずに堅固な甲殻をも両断する。

「私たちの武器はG級でも問題なく通用する威力がある。けれど……黒龍に通じるかどうかは正直、分からないわ」

「……そうか、あの伝承の通りなら……」

「ええ……」

「ちょ、ちょっとちょっと! 二人だけで会話しないでよ! どういう事!?」

羽音が増々大きくなる中、意味深げに黙る二人にチョモが焦ったように詰め寄った。

「あぁ、悪い悪い。つっても、その伝承も憶測レベルなんだがな」

「あまり気分のいい話でも無いしね……」

どうにも歯切れが悪い。
チョモはそんなフレアの鼻先まで、ずいっと顔を近付けた。

「それでも構わないよ! 私だけ知らないなんて嫌だもん! ……あ、それに情報は少しでもあったほうが安心でしょ?」

「安心……できるかね?」
間近で捲し立てるチョモに顔を逸らしながら、フレアは助けを求めるようにシェリーに言う。

「ふふ、いいわ。なら教えてあげる」

「おい」

先程、怪談話を遮られたのを余程気にしていたのだろう。
目は爛々と輝き、舌なめずりさえしそうな表情の彼女。

「ありがと! じゃあ早く早く!」

シェリーは怖がらせる気満々の顔なのだが、チョモは何故か気付いていない。

(つーか、よくこんな状況でそんな話したがるよな……。聞く方にも問題はあるが)

フレアは呆れ顔でそんな二人を見るが、迫り来る黒龍の羽音が気になって気が気ではない。

(チョモだってソワソワしてんのに、何でシェリーは――いや……そうか、そうなんだよな)

そこでフレアは先程の考えを取り消した。

何故なら、シェリーは黒龍が間もなく降り立つというこの状況を『こんな状況』などとは考えていないのだから。

ハンターズギルドから『非常事態宣言』が発令されているこの状況をむしろ――楽しんでさえいるのだから。

「――だからミラボレアスはね、挑んでくるハンターの装備を持ち帰って、身体の熱で溶かして自分の甲殻に付け加えちゃうの」

「えぇ!?」

「でもモンスターが装備だけ持ち帰るなんて器用な真似、出来ると思う?」

「あ、無理! ってことは……嘘?」

「そう思うでしょ?」


フレアは彼女のことを師であること、また上司であることしか知らない。

(何聞いてもはぐらかされるし、調べても何も分かんねぇし……あんた一体何者なんだよ)

「――手っ取り早い方法があるじゃない。何もわざわざ防具を取らなくったって、そのまま……ね?」

「え? それってどういう……――っ!!」

思っても口には出せない。彼女が何者かなんて今は関係が無いし、これからもきっとそうだろう。

――シェリーはシェリーだ、それは変わらないのだから。

フレアは何度目かの同じ答えを出して無理矢理に頭の隅へ押しやると、 愛剣を構えて声を張り上げた。


「さぁ! そろそろお見えになる頃だぜ! ……っておいチョモ、何で固まってるんだ?」

「へ? ……ひゃ、ひゃんでもにゃいよっ!?」

「呂律回ってないじゃねぇか。カタカタ震えてるし……シェリー?」

「うーん、ちょっと張り切りすぎちゃったかしらね?」

「お前なぁ……」

可愛らしく舌を出してウインクしてみせる彼女に嘆息するが、本当にこんなことをしている場合ではないのだ。

「おいチョモ、ちょっと耳貸せ」

「へ?」

そう言って、未だ挙動のおかしい彼女の耳元にフレアは口を近付けた。

「お前よぉ、もしここでやられたりしたら……の……にある……が……だぞ?」

「………っ!」

途端、チョモの顔が真っ赤に染まった。

「な、何でフレアがそれを知ってるんだよ!?」

「さぁーねぇ? でも早く戻らないと……な?」

「コイツ、どさくさに紛れて殺ってしまおうか……!」

「待て待て! それは勘弁! な?」

今にも襲い掛かりそうなチョモの様子を見て、フレアは内心ホッと一息をついていた。

彼女の働きが無いと、勝てる見込みすら無くなってしまう。


(代わりに俺の寿命は減ったかもしれないが……)


「流石リーダー、助かったわ」

「次やったら承知しねぇからな!」

悪びれもせずに言うシェリーをギロリと睨んでから、フレアは空を見上げた。

チョモも。

シェリーも、同時にそれを見た。



黒い、見たこともないほど長く禍々しい邪龍の尻尾を。


雲を割って現れたそれを。



――災厄の降臨の瞬間を目の当たりにしたのだった。






「あれが……黒龍」

徐々にその全容を現す『それ』を固まったように見上げながら、フレアは呟いた。

蛇竜ガブラスを超巨大かつ凶悪にしたような、正にドラゴンと呼ぶべき圧倒的な姿がそこにはあった。


光を吸収してしまいそうな、禍々しい漆黒の色の鱗や甲殻で覆われた全身。

全長はラオシャンロンに及ばないが、グラビモスと同等かそれ以上の巨大さ。

そして長い首の上には四本の角の生えた小さめの頭部があり、背中ではその巨体を包み込めるほどの巨大な一対の翼が、先程から聞こえているおぞましい羽音を響かせている。

「もうすぐ降りてくるわよ、用意はいい?」

「ああ、何時でもOKだ。なぁ、チョモ?」

「うん、私は早く倒して帰りたい!」

「なら戦闘準備を――」




『ちょ~~っと待ったぁ!』


シェリーが号令を出そうとした時である。
後ろで、騒がしい男の声が響いたのだ。


「……何なの貴方達」

号令を阻害され、不機嫌そうに後方を見るシェリー。

後ろにはハンターであろう、二人の男がふんぞり返っていた。

一人はランスを担いだ大柄の男。
もう一人は片手剣を腰に指した小柄な男で、明らかにフレア達を見下した顔をしていた。

「ギルドが騒がしいと思ったらまさかの黒龍騒動! 急にギルドナイトが飛び出したから怪しいと思い着いてきたら案の定のビンゴォ!」

「優男とお嬢ちゃん達じゃ死ぬのがオチだ。ここは俺らに任せて帰りな」

「フレア、この人達……誰?」

「あぁん!? 狩猟笛のお嬢ちゃん、もしかして俺たちを知らないのぉ!?」

小柄な男がバカにしたように言って、自分の片手剣を自慢気に振りかざした。

「俺は一つの町をこの『デッドリィタバルジン』で救った西の英雄! ダノン!」

それを合図にして、大柄の男もランスを高らかに掲げた。

「俺はこの『激槍グラビモス』で村を救った東の英雄! ライザー!」

『二人合わせて【DOUBLE HERO’s】(ダブルヒーローズ)!! 黒龍なんてすぐに片付けてやるぜ!』

「だの……らい……だぶ……?」

「おい、悪いこと言わねぇからすぐに帰れ」

G級ハンターを前に上位武器を自慢気に見せつけ、挙げ句に黒龍の力量も把握出来ていない。

完全に上位へ上がったばかりの、名を売ることに夢中な連中の類いだった。



「大丈夫だって! ちゃんとあんた等にも少しは報酬やっから! な?」

「おう、だから安心してここは任せろ!」

「違うって! 本当にあんた達レベルじゃ死んじゃうんだって!」

「心配すんなってお嬢ちゃん! 終わったら後で一緒にお茶しようぜ?」

「おいダノン! 抜け駆けは無しだぞ!」

「あっひゃっひゃ! 悪い悪い!」

「いや、だからさ――!」

(こいつら……)

この手の連中はいくら説得しても無駄なことをフレアはよく知っていた。

こうなったら武力行使してでも追い払おうと、フレアが一歩踏み出した時である。



「――別にいいんじゃないの? 行かせても」


「……は?」


――冷たい目をしたシェリーの腕が、行く手を遮ったのは。
「おかしいな……誰もいねぇぞ」

「確かに……妙ね」

錆色の城門を通ってシュレイド城内に入ったフレア達。
黒龍との対峙も想定していた彼らだったが、中には不気味な程に広い空間が伸びるだけであった。

「中もやっぱり不気味だね……」

黒龍どころか、入っていったという部下の影さえ見当たらない。
明らかな異常事態を訴えていた。

「くそ……どうなってやがるんだ!」

部下の安否も分からない状態に思わず焦燥の声が漏れる。
これで冷静でいろというのが無理な話だと、フレアは片手で髪を乱暴にかいた。

「フレア、団長が落ち着かないでどうするんだよ」

するとチョモが気遣うような、それでいて厳しい一言を横からぶつけた。

「チョモ……!」

フレアはハッとして彼女の方を見る。
土壇場で開き直ったのか、チョモは何時になく真面目な顔をしていた。

「えっとね、ほら、ここと向こうの広間の間に小部屋があるみたい。もしかしたら、あそこにいるのかもしれないよ?」

彼女の指差す方向を見ると、暗がりに紛れるようにぽっかりと入り口のような穴が城壁に設けられている。

言われなければ気付けなかっただろう。
自慢の観察眼はこんな所でも、その力を発揮していた。

「……悪い、冷静じゃなかったな」

素直に謝ると、チョモはニッコリとした表情で両腕を腰に添え、平均サイズの胸を張った。

「もう、フレアがしっかりしないとさ、私が頼れないでしょー?」

「……」

当たり前のように言うギルドナイト補佐。
目を見れば分かる、これは大真面目に言っているのだ。


「……あぁ、そうだな。そういうことに関してはしっかり仕事やってるよ、お前は」

「えー? 誉めても何も出ないんだけどぉ?」

「誰が誉めてるか!」

キッパリと言い切ってから、フレアは改めて城内を観察する。
内部は瓢箪(ひょうたん)型の構造になっており、すべてが高い城壁に囲まれているようだ。
城壁の内側――チョモが先程見つけた入り口付近には、古いバリスタや滅竜砲と呼ばれる大砲が先程まで使われていたような形で錆び付いたままに放置されていた。

しかし、中でも目を引いたのが、瓢箪の中間にあたる位置に取り付けられた巨大な鉄柵だ。
恐らく両側から鎖のついた滑車を回して引き上げるタイプのものだろう、それが今は高らかに引き上げられている。

「……急に落ちたりしないよね、あれ」

チョモが不吉なことを口にするが、いくら何でもまだ古くはない城の設備だ。強度は問題ない、はずである。

「あら……流石、大国の城ね。あんなものまであるわよ」

そう感心したように言ってシェリーが指を指したのは鉄柵の奥のエリア――三人から見て対極の位置に見えた『巨大な槍』であった。

「おい、あれってまさか……」

フレアはあの装置を知っていた。
ギルドナイトだから、という話ではなく上位以上のハンターならば必ず見たことがあるだろう代物だった。
その名前は『龍撃槍』。
古龍の様に強大なモンスターを撃退するためだけに設置された、不動にして強大な機械槍だ。
蒸気の力で回転して飛び出す――確かそんな仕組みだったはずだったか、とフレアは朧気な知識を呼び起こす。

「ドンドルマみたいに大きな街を守るために設置するのは分かるけど……一つの城にこんなもの取り付けるなんて何かさ、変じゃない?」

「……確かにな」

チョモの疑問に、フレアは同意するように唸った。

ドンドルマの龍撃槍にしても、ラオシャンロンやシェンガオレンといった超巨大モンスターの進行を研究の末に予測、誘導出来て初めて使用できるものだ。
一国の城の、それも城内にわざわざ設置する意味が分からなかった。


「取り付けざるを得なかった……のかもね」

すると、シェリーがポツリとそう呟いた。

――どういうこと?

チョモがそう尋ねるよりも早くシェリーは続ける。

「『シュレイドに災厄が降臨する』……昔の古龍占い師達がある日、急に口を揃えてそう言ったらしいわ。国のお抱え占い師は勿論、国と一切交流のない者達まで次々に警告を促したらしいの」

「……それは警戒せざるを得ないな」

「でも災厄に関しての資料は、どこを探してもここまでしか残っていなかった」

それは、最終的に災厄はここに降臨したのか、ここで一体何があったのか――憶測にまみれたその真実を確認する術が、今はもう存在しないということであった。

深い沈黙が三人の間に流れる。
聞こえるのは上からか下からかも分からない場所から響く、呻き声にも似た地鳴りだけ。


何かしていないと気が狂いそうだった。


「……ここで考え込んでもらちが明かねぇな。取り敢えず、チョモの言う通り辺りを散策してみようぜ」

「……そうね」

耐えきれずに言った言葉にシェリーが頷く。
それは意見に同意したというよりは、フレアと同じく反射的なものであった。



「ちょっと二人とも、元気無いよ! 皆が一斉に消えちゃうなんてあり得ないって! きっとすぐに見つかるよ!」

「!」

チョモの言葉に、フレアとシェリーは思わず苦笑してしまった。

「お前さっきまであんなに怖がってたくせに、どんだけ立ち直り早ぇんだよ! ……けど今回はその元気、少し分けさせて貰うぜ」

「そうね、まだ諦めるのはまだ早かったわ。ありがとね、チョモ。ここの陰湿な空気のせいで、ちょっと気が滅入っちゃってたみたい」

「へへん、どういたしまして! じゃ、改めて探索開始だぁ!」


チョモの号令で探索を始めた三人。
だが、彼らの期待はすぐに破られてしまった。




「…………」

三人は鉄柵の両側にある小部屋を調べたが、古びた武器や休憩施設があるのみで人がいた痕跡すら見つけられなかった。

それどころか、部屋の広さ的にフレアとシェリーの部下全員を収容すること事態が不可能だったのだ。

「……他に人が隠れられそうな場所はもうないわ」

「隠し部屋なんか……ある訳ねぇよなぁ」

フレアがくたびれたようにそう言う。
三人はしばらくの探索を終えて、小部屋の簡易ベッドに腰かけて休憩している最中だった。

「……あったら私がすぐに気が付くはずだよ。昔、遺跡探索とかやってたし」

「お前、そんなことまでやってたのか……」

フレアが軽く引いたように仰け反るので、チョモは慌てて両手を横に振った。

「あ、あくまでも昔の話だよ! 今考えたらあんな暗くて怖いとこ、よく一人で行けたよねぇ……」

あの時のお前より怖いもんなんてねぇよ!

「………」

そう叫びたいフレアだったが、気力が尽きかけていたこともあり、唇を噛むことで何とか押し留めることが出来た。

『口は災いの元』。

彼の座右の銘である。


「フレア……これからどうしようか?」

「そうだな……。今知りたいのは部下達の行方だが……門の前で出会ったギルドナイトの情報は間違っていたとしか思えねぇな」

「精神状態も安定してなかったみたいだしね。元々の情報に何か間違いがあった、というのも考えられるけど」

「あ! そうだよ、さっきのギルドナイトの様子を見に行かないと! 容態が悪化してたら大変!」

チョモが思い出したように慌てて立ち上がった。

「だな。黒龍もいねぇ、部下もいねぇ……なら一旦あいつを連れて本部に戻るしか―――」



――ねぇだろ。


そう言おうとした時だった。





































「――っはぁ……! はぁっ……!」

フレアは咄嗟に背中の大剣を抜き放っていた。

それは横にいたチョモも、シェリーも同じであった。

「何だ!? 『今の』何だよっ!?」


髪は逆立ち、動機も荒く、フレアは半狂乱になって叫んでいた。

身体中から冷や汗が大量に流れて止まない。





後ろから、巨大な『何か』に握り潰されるような――否、握り潰されたはずの体が何故か残っているような感覚。


絶対的な死の感覚がストレートに彼らに襲い掛かったのだ。

G級ハンターとして、幾つもの死線を潜ってきたからこそ辛うじて耐えれたようなもので、常人ならば瞬く間に精神が壊れてしまっただろう。

「これ……外から……だよね?」

チョモが震える声で言う。

「あ、あぁ……」


そうポカンとして言いながら、フレアは無意識に考える。



――確認しにいかなくては


――アレの正体を?



――危なイ



――危険ダ



――ニゲロ



――ハヤクシナイト




―― コ ロ レ テ シ マ ウ






「フレア! 気をしっかり持ちなさいっ!『持っていかれる』わよっ!」


「――はっ!?」


シェリーの一喝でフレアは正気に戻された。

「フレア! 大丈夫!?」

いつの間にか膝をついていたフレアの横でチョモが心配そうに見つめている。

「あぁ……もう大丈夫だ」

そう言って立ち上がると、フレアは気付けに頬を腫れるほど強く叩いた。
一瞬出来た心の隙間に、深く入り込まれしまったのだ。



「……もうすぐ、広間に降りてくるわ」



――迫り来る、ドス黒い怨念の様に暗い、負の感情。



少しでも気を抜けば、先程の様に心を蝕まれてしまうだろう。





なら、『気を抜かなければ』問題ない。









「チョモ、シェリー! やられっぱなしなんて我慢できねぇ! 来るってんなら向かい撃ってやろうぜ! 『災厄』をよぉ!」


――燃えるような深紅の瞳。

それは強い光を湛えたハンターの眼差し。こうなったら邪龍であろうと彼の心を揺さぶることは出来ない。




「ええ、勿論、……久々に本気の出せる相手みたいだわぁ」


――恍惚する様に浮かべた不敵な笑み。


小首を傾げて魅せたそれは、百戦錬磨の彼女が本気の牙を剥いた証。
見た者は皆無と言っていいほどの、彼女の『戦闘体制』。



「二人とも、くれぐれも無茶だけはしないでね。そうしたら――絶対に守ってあげるから」


――透き通るような白の長髪。

先程まで小刻みに震えるだけだった毛先が、今は誰もが見惚れるほど軽やかに舞っている。
それは天山の女神と称される彼女が与える、揺るぎ無い安心感と勇気――そして希望の神風。



足取りは勇ましく、一切のぶれはない。

今の彼らに恐れる相手はいない。




「――んじゃあ、ひと仕事といくか!」




まだ見ぬ敵への、反撃の狼煙が今、


――上がろうとしていた。


――フレアは走っていた。

街頭に沿って焚かれた篝火が街の道や家に反射し、幻想的な光が街をオレンジ色に染め上げる。
そんな夜のドンドルマには今、慌ただしい足音だけが響き渡っていた。

フレアは街道をかなりの速度で走り回り、部下達を見かける度に同じ内容を口にする。

「各隊員に告ぐ! シュレイド城に黒龍が襲来した! 至急本部へ戻り、戦闘準備を整え、直ちにシュレイドへ向かえ!」

「……っ! はっ!」

長期の勤務に加え夜間ということもあり、疲れを顔に浮かべていた兵士達だったが、フレアの命令を聞いた瞬間に表情を強張らせ、緊迫した様子で走り出した。

「はぁ……、ひとまずはこれで完了か」

街中に足音が響くのを見届けて、フレアは肩で息をしながら額の汗を拭う。

夜中の街道だが辺りはかなり明るい。
普段の三倍以上に灯された炎が、街を昼間の様に照らしていた。

――闇は人々の心に恐怖と狂気を流し込む。

篝火は街民の暴走を抑え込む為の策の一つだった。

「ねぇ……何でフレアが走り回る必要があったのさ? 部下達に任した方が効率良かったんじゃないの?」
フレアが呼吸を整えようとしていると、後ろから不満げな声が聞こえた。
振り返ると、同じく息を切らしながらチョモが頬を膨らませている。
理由も分からずに連れ回されたことをかなり怒っている。

――いや。

とフレアは思う。

何故『騎士団長補佐』のはずなのに話を聞いていないのだ。
彼女の役目は別にあるとは言え、最低限の知識位は頭に入れておいて欲しい。

「悪いが……それは無理だ。いくら戦力が欲しいからってドンドルマにいるギルドナイト全員を動かす訳にはいかない。だから最低限の人数は残さなきゃならねぇ。その人数や配置位置を把握してるのは俺だから、その場で指揮の出来る俺が動く方が効率がいいんだ」

一通り説明を終えたフレアは、酸欠気味になった頭を治すために大きく肺に空気を取り込む。

「……ふーん。ま、とにかくお疲れさま」

「……おい、理解する気が無いなら初めから聞くな。そして怒るな」

「分かりやすく言わないフレアが悪いし」

「これ以上どう噛み砕けって言うんだよ……というかな、問題はここからなんだ」

「……どういうこと?」

チョモが首を傾げる。
基本的に指揮統制的なことはフレアに一任しているため、こういった事には本当に無頓着である。
いい意味でフレアを信頼しており、悪い意味で勉強嫌いで理解が悪い上に面倒臭がりでマイペースな為、重要なことは再三言い重ねる必要がある。

「人数が全然足りねぇんだ。いくらギルドナイトだからって俺やお前みたいにG級モンスターを相手に出来る奴等は限られてる……。下位や上位ランクの連中は必然的に援護に回るから、そっちの数は足りてるんだが、直接的な戦力がな……」

そこまで説明されてようやくチョモにも焦りの表情が浮かんだ。

「ちょ、ちょっと! あんなに大口叩いちゃったのに街を守れませんでしたなんて許されないよ!?」

「いや、主に任せろって言ってたのはお前じゃ……まぁいい。実はな、まだ当てが無い訳じゃないんだが……あいつは――」

「――あらあら、お困りのようね?」

突然、二人の後ろから若い女性の声が聞こえた。

「……噂をすれば……ってか」

背後に立たれたことにまるで気が付けなかった。

「あら……どうしたのそんなに嫌そうな顔して? 私に何か頼みたいことがあるんじゃないの?」

そう言って含みのある笑みを浮かべた女性は、よく見知った受付嬢の格好をしていた。

「フレア……この女、誰?」

その底知れない雰囲気にチョモの表情が少し険しくなる。

「こいつはシェリー……ギルドの裏で暗躍してるギルドナイトの一人だ。お前も何度か会ったことはあるはずだけどな」

「え? 嘘!?」

その言葉にチョモが驚いていると、シェリーは可笑しそうにクスリと笑う。

「『それ』に気付けって言うもの可哀想なことじゃないかしら。それと、一言足りないんじゃない?」

シェリーの射抜くような視線を受けて、フレアは苦々しい表情で口を開いた。


「………俺の上司だよ」

「そうそう、それが大事なのよ」

「じょ、上司!? ってことは普段フレアに指示出してる、いつも深めに帽子被ってた変なギルドナイトって……!」

「そう、私。でも変なってあんまりじゃない?」

「あ……ごめんなさい」

「おい、シェリー。それより、ここに来たってことは協力してくれるんだな?」

「あら、貴方の団員だけで勝てると言うならそれでもいいのよ? 私にも色々予定があるんだからね」

「……あぁ、分かったよ。頼む、協力してくれ」

「そうそう。素直が一番よ」

シェリーはそう言って微笑んだ後、少し声を落として語りかけた。

「……そう言えば、彼は元気?」

ピクリ、とフレアの眉が動いた。

「……元気だよ。あんた、一体どこまで知ってるんだ?」

「あら、私はちょっとした知り合いっていうだけよ?」

――ほんの少し、ね。

フレアの訝しむ表情に対してシェリーはそう言って微笑み、小首を傾げた。
その仕種にフレアは思わずゾクリとしてしまう。


村を旅だった後、ギルドの訓練兵になった時代のことだ。
少年だったフレアは何故か通りすがりのシェリーに気に入られ、戦闘においてのイロハを叩き込まれたのだった。

その数多く受けた訓練の一つに、「シェリーに攻撃を一発入れる」という単純なものがあった。
武器も持たない彼女に何度木剣を夢中で振ったフレアだったが、小首を傾げるだけで全て避けられてしまったのだ。

その訓練はシェリーが任務でそのギルドを離れるまで続けられたが、ついにフレアの剣は彼女に掠ることさえ出来なかった。

その時のフレアの戦闘技術はかなりのものになっていたのが、そのことだけは今でも無念に思っていた。

「あんた……あの頃からほとんど変わらねぇよな」

ポツリとフレアが呟く。
彼女がギルドの上官であると知ったのはそれから大分経った頃。丁度バルスと紛争を止めるために奮起している時であった。

彼女は自分より遥かに年上の上官に敬語を遣われていて、その上にてきぱきと指示を下していたのが記憶に鮮明だ。

「あら、当たり前よ。まだまだ若いんだから」

そう微笑んではぐらかす彼女の実態は、全くの不明である。

「さぁ、俺らも話してばかりいられねぇよ。チョモ、俺らも急いでシュレイドに向かうぞ」

「ん、了解」

「シェリーも来てくれるな?」

「貴方に土下座までされたんだから、行くしかないじゃない」

「そこまではしてねぇ!」

シェリーの指揮するギルドナイトはもうとっくシュレイドに派遣されており、それを知ったフレアが「やられた!」と悪態をつくのは少し後のことである。







「ようやく見えてきたか……」

ドンドルマから急ぎの竜車を走らせて数時間――時刻は真夜中を廻った頃、ようやくフレア達の目にもシュレイド城の輪郭がぼんやりと見えてきていた。
廃墟となったシュレイド城の周りには、見るだけで重苦しくなるような暗雲が雷を轟かせながら渦巻いており、否応なく不安感を掻き立てる外見をしていた。

「あれが竜も逃げ出すっていうお化け城か……確かに、かなりの雰囲気だな」

「何て言うか……本能的にすぐに逃げ出したい感じ」

チョモが少し青い顔をして言う。
それはフレアも十分過ぎる程に感じているものだった。
しかし、騎士団長たるもの何事にも動じるわけにはいかない。

「かつてのミラボレアスが起こしたとさせる災厄をきっかけにシュレイド王国は滅び、東西に分割されてしまったのよね……」

現にシェリーは涼しい顔をして蘊蓄(うんちく)を披露しているのだ。

(まぁ、この程度の知識ならチョモの頭にだって……)

「へ、へぇ……そうなんだ」

しかしシェリーの解説にチョモは興味を惹かれたように耳を傾けている。

(こいつ……帰ったら座学を一から叩き込んでやる!)

フレアが歯を喰い縛って頭を抱える隣で、シェリーは語りを淡々と進めていった。

「ええ。そして、旧王都は人の住めない地ということになっているから、今のところシュレイド城は東西シュレイド両国間の不可侵地帯となっているのよ」

「どうして人が住めないってことになってるの?」

「勿論政策的な意味もあるけど、シュレイド城にはあまりいい噂が流れていないからかしらねぇ……」

シェリーが含みのある笑みを浮かべる。

「おい、その話は――」

「ど、どんな噂?」

フレアが遮る前に、チョモが釣られて尋ねてしまった。

「ふふ、それはね――」

「んんっ――探索に向かった腕利きのハンターの多くが派遣されたきり何の音沙汰も無くなったり、どうにか生還した奴等も何か恐ろしい目に遭ったらしくてな。話を聞こうにも耳を塞いで断固として黙秘を貫いて、挙げ句の果てには……何て噂が昔、広まっていたらしい」

シェリーが答える前にフレアが簡潔に答えた。

「あらあら、私の言いたいこと全部言われちゃったわね。――それも随分淡泊に」

シェリーがお株を取られたとばかりに非難の表情を浮かべる。

「あんたに言わせたら同じ話でも数十倍恐ろしく語っちまうからな。戦いの前に怖がらせてどうすんだよ」

「こんなにいい語り時は滅多に無いのに……残念だわぁ」

シェリーがつまらなそうに頬杖をついた一方、その横ではチョモがカタカタと小刻みに震えていた。

「わ、私は十分にこ、怖いんだけど……うぅ、行きたく無くなってきた」

「大丈夫よ、昔の噂話ですもの。……でもそんな噂だけで国が――しかも両国が不可侵領域に定めるなんて、随分とおかしな話よねぇ?」

「いやぁぁ!? ふ、フレアぁぁぁ! やっぱりあんたに任せるぅぅぅ!!」

「おい! 今更何言ってんだ! 仮にもギルドナイトの一員だろ!?」

「補佐だからいいもん!」

「補佐だからこそなぁ! お前普段ろくに働かない高給取りなんだからよ! こういうときに働かないでいつ働くんだよ! おい、シェリー! 取り敢えずあんたは着くまで口を塞いどけ!」

「はーい」

「いやだぁぁぁ!」

フレアの怒鳴り声やチョモの悲鳴で騒がしく揺れる竜車は、それでも確実にシュレイド城へと近付いてく。





「うぅ……ホントに不気味じゃんか……。フレア、シェリー……もう帰ろうよ、ね?」

「……チョモ、ちょっと待て」

シュレイド城を目前にしてもチョモはまだごねていたが、フレアとシェリーは城の様子に妙な違和感を覚えていた。

「おい……兵士たちはどうした?」

「……変ね。私たちよりも先に向かったはずでしょう?」

「えっ? えっ? 何!? どうしたの!?」

シュレイド城の重苦しい城門の前に辿り着いたフレア達だったが、先に待機させていたはずのギルドナイト達が一人も見当たらないのだ。

篝火はちらほらと灯されており確かに人がいた痕跡はあるのに、だ。

「一体どうなってやがる……まさか、先に中へ向かっちまったって言うのか?」

夜間に黒龍に立ち向かうのは無謀だと判断しての指示だったのだが、何らかのアクシデントがあったのかもしれない――フレアの目はゆっくりと城門へと向けられた。

鉄格子のような城門が三人を誘い込むかのように引き上げられている。

「仕方ねぇ……行くしか――」

「ま、待ってフレア! 誰か来るみたい!」

「何?」

再度城門に目を向けると、ボロボロになったギルドスーツの男が一人、ふらふらとこちらに向けて歩いて来ているではないか。

「お、おい! 大丈夫か!? 一体何があった!?」

「あ、あぅぅ……」

フレアが慌てて駆け寄ると、ギルドスーツの男は憔悴しきった様子で虚ろな瞳をしながら話し始めた。

「皆……あの声を聴いておかしく……ふらふら、と城のなかに……もう……助……」

男は色褪せたスーツの袖を震える両手で握り、自分を抱き締めるかのようにその場でうずくまってしまった。



「……もう大丈夫だ。俺らが何とかする! チョモ、シェリー! 行くぞ!」

「原因も分からない内に城内に入るのは気が進まないけれど……そうも言っていられないみたいね。私の可愛い部下達を助けにいかないと」

「うぅ……私が皆を助けなきゃ……!」

「その粋だ。よろしく頼むぜ、チョモ!」

三人はそれぞれ武器を手に取り、赤黒く染まった雲の下、今にも落ちそうな城門を潜り抜けていった。
――この物語はアクアがまだポッケに旅立つ前、古龍の力に抗わず、受け入れてしまった場合の、あくまでも仮定の物語である。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




「それ」は生まれた時から孤独だった



白い龍は我が子を見るように言った



一人は寂しいか



「それ」は頷かず、ゆっくりと龍の眼を見る



――龍達は静かに眠った





◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



フラヒヤ山脈近くにある雪山の懐に抱かれた村――ポッケ村は、穏やかで美しい村の雰囲気と雪山の気候の過酷さを兼ね揃えており、温泉まで存在する。
そんな村に魅了されてやって来るハンターの数は少なくない。

「……ここがポッケ村、か」

そう言って、短めの青いポニーテールを左右に揺らした彼女――アクアもまた、その噂を聞き付けてやって来たハンターの一人だった。

容姿は女性と呼ぶには少し幼さが残っており、ユクモノ一式と、ユクモノ太刀という装備からユクモ村の出身だということが窺える。
しかしその瞳には年に合わない冷たく無機質な色が浮かんでいた。

「……」

吐く息が白い。
登山中から感じていたが、麓よりも気温が大分下がっていた。
そして昨晩から大量の雪が降ったのだろう、村に続く道は足跡以外にそれを示すものが無い程の積り具合だ。
足元を踏みしめるだけでギリリ、と雪が固められる独特の音が静かに響く。

「……まずは村長に挨拶しないといけないか」

少し気だるそうに呟いた後、アクアは村人に案内をさせて大きなマカライトの岩へと向って行った。



「貴女が村長ですか?」

「…………」

岩の前で焚き火にあたっていた小柄な老人に声を掛けるも、なぜか反応が無い。


「……ねぇ、声掛けてるんですけど」

苛立たしげにもう一度言う。

「んん? おぉ、すまぬすまぬ、最近耳が遠くてのぉ」

そういうと老人――村長はゆっくりとこちらに顔を向けた。
傍から見ればただの老人だが、しわだらけの顔の奥には聡明な瞳が凛と光っている。

「……で誰じゃったかの? 雑貨屋の娘じゃったか?」

どうやら気のせいだったようだ。

「……新しくハンターとして村に来たアクアといいます。一応、挨拶に」

「おぉおぉ、そうじゃったそうじゃった。ギルドからの手紙を受け取っておったわ。確かユクモの子だったの? 向こうの温泉はまぁずいぶんと体にいいと聞くに……」

「すみません、急いでいるので話はまた今度」

「そうか。あい、悪かったのぅ。何かわしに聞きたいことがあったらまた声をかけとくれ」

素っ気なく会話を切ったのだが、気にした様子もなくにこやかに笑いかけてくる。
食えない老人だ、そう思って立ち去ろうとしたアクアだったが、あることを思い出して再び振り返った。

「そういえば、この村にはもう一人専属のハンターがいると聞いてましたが、その人は何処に?」





村長との話を済ませた後、アクアは村の中を一人歩いていた。
ユクモとは違い、昼間でもずいぶんと冷え込む。

「……この辺りのはずだけど」


――そう呟いた時である。



「やっほー! そこのキミ! もしかして新しく来たって噂の……うわぁぁっ!?」

急に頭上から声を掛けられ、驚いたアクアは咄嗟に忍ばせていた投げナイフを繰り出していた。

「……あっぶなぁ!? 何してくれんのさ!?」

またも頭上から怒りの声が聞こえてきたが、無視してアクアは身構える。

避けられた……?
さっきも気配を感じることが出来なかった。
あいつ……強い。

「もう怒った! ちょっとそこで待ってろ!」

言うなり屋根上の人物は「とぅっ!」という掛け声と共に飛び降りて来た。
アクアは背中の太刀に手を掛け、素早く抜き放つ。

「よいしょ……ってうわぁぁぁ!?」

降りてきたのは女だった。
ズシン、という見かけに合わない、重量感のある着地音を立てて着地したところを間髪入れずに斬りかかる。
しかし、彼女は素早い身のこなしで手に持っていたスコップを突き出してアクアの攻撃を防いでみせた。

「なっ……!?」

「ちょっとちょっと! 村の中で人に向かって武器振り回すって何考えてるのさ!?」

スコップの女は呆れたように言う。
確かに、驚いたとは言え流石にやり過ぎたか。

「……ごめんなさい、つい」

「まぁ、私だったから良かったけどさ……」

アクアから殺気が消えたのを見て、彼女はふぅ、とため息をついてから雪下ろし用に使っていたのであろうスコップを地面に差した。

アクアよりも少し年上に見える彼女の髪型は桃色のブナハスレイヤー。急に斬り掛かられて気分を害したのか、むすっとした表情を浮かべている。

「その武器や防具を見れば間違いないみたいだね。アンタが新しく来たハンターか」

「そう言う貴女がこの村の専属ハンターですか」

「そう、名前はハンマー」

「……変な名前」

思わず口にしていた。

というのも着地音の原因が彼女の背負う巨大なハンマーであり、名前も同じハンマーだったからだ。

「まぁ、そう思われてもしょうがないよね。……でも、私の大事な名前なの」

少し凄みの混じった声だった。どうやら名前に関してはとやかく言わない方が良さそうだ。

「私はアクア。この村の二人目の専属ハンターになるけど、馴れ合うつもりはありませんから」

「……でもこれは一応仕事だからね。普段はどうこう言うつもりはないけど、協力すべき所はしてもらうよ」

「……何故貴女は私が来ることを許可したんですか?」

本来、一つの村に専属ハンターは一人しか要らない。要らないし、入れないのだ。

小さな村には二人のハンターを受け入れる余裕も無いし、ギルドだって殆ど認めない。
専属ハンターだってよっぽどのことがない限り仕事を減らされることを快くは思わないはずだ。

しかし、ハンマーはあっけらかんとした顔をして答えた。

「え、そりゃ村長の頼みだし、もし可愛い後輩が出来れば楽しいかなぁって思ってさ。……まぁいきなり襲われるとは思わなかったけど」

「甘い考えですね。それに、頭上に気配を消して立たれれば、誰だって驚きますよ」

「そんなもんかな?」

「私にとってはね」

「ふぅむ」

ハンマーは少しだけ頭を捻ったが、すぐに気を取り直した。

「とにかくさ、一回だけ簡単なクエストに行こう。適応調査だよ、これちゃんと出来なかったら家貸してあげないから」

それは困る、とアクアは唸った。
しかし、村長の話を聞く限りアクアの住居に関してはこのハンマーという女が全件を握っているらしい。

「……分かりました。要はクエストを達成すればいいんですよね」

クエスト。
ハンターがギルドを通して受ける依頼の通称。
これから行動を共にする、初対面のハンター同士ならまずは簡単なものに誘って相性を確かめるものだ。

なら――。

アクアの口元がニヤリと歪んだ。

「ん? どうしたの?」

「いえ。早く行きましょう」

「おっけー。ならギルドに向かおうか」

「はい……」

ハンマーの後ろを歩きながら、アクアは怪しげな笑みを終始浮かべていた。





「んんー! いつ見ても綺麗な浜辺!」

アクアとハンマーはクエストのために密林と呼ばれる狩り場に来ていた。
その入り口である浜辺の壮大さにアクアは少し関心を示す。

「……ふぅん、いいとこですね。さ、ハンマー。先を急ぎましょう」

「あ、待って! そっちは……」

すぐに隣のエリアへ向かい始めたアクア。
止めようとしたハンマーだったが、聞く様子がないので慌てて着いていく。


(ま、少し驚けば面白いかも)

密林の砂浜にはヤオザミという凶暴な甲殻種が潜んでいるのだ。
砂の中に潜んでおり、経験を積んだハンターだって奴等の奇襲を避けるのはかなり難しい。


―――しかし。

「……ふっ!」

ハンマーが駆けつけた時には、アクアは三匹いたヤオザミの最後の一匹を仕留める瞬間であった。

勿論、無傷。
汚れ一つ、付いていない。
太刀についた青い血を一振りで払うと、アクアはゆっくりと太刀を背に戻した。

「……さすが上位ハンターだけあるね。心配する必要なかったか」

「当たり前です。それにハンマー、貴女わざと教えませんでしたね? 」

「いや、アクアが聞く前に先に行くから……」

「G級ハンターが上位ハンターに言い訳ですか?」

「ぐぅ……ていうか何で知って……」

確かにやましい気持ちはあったかもしれないけれど、一方的に責められるのも納得いかない。

ここは一つ年上の威厳を示そうかと思った瞬間、アクアの手がハンマーの顔面に迫っていた。

「!?」

驚いて体を仰け反らせるが、アクアが手に何かを持っているのに気が付いた。

「ザザミソ、貴女も食べませんか?」

「いや……でもザザミソは精算アイテムだし」

「バレなきゃこの位、平気ですよ。ハンターの特権でしょ」

「確かにね……まぁ今回は貰っておこうか」

今、アクアとの友好関係を遮るようなことはしない方がいい。
そう考えてのことだったが、確かに新鮮なヤオザミの味はいつも酒場で頼むものよりも味が深い気がした。

「……うまい」

「でしょう。いきなり襲った分はこれでチャラですね」

「……」

貴女と貸し借りなんかしたくありませんから、と続けるアクア。
しまった、と思ったがまだ遅くはない。

「クエスト終わったらすぐに酒場に行こうか。酒場にはザザミソの他にも沢山美味しいものがあるし……奢るよ?」

「……本当ですか?」

食い付いた。
こういう所はまだ年相応のようだ。

「なら私が『あれ』仕留めますよ、それで酒場の分も貸し借り無しで」

そう言われてハンマーはハッと上空を見た。

「……丁度来ましたね。この地方のハンターの登竜門だという、雑魚が」

赤い体に黄色のくちばし。そして特徴である巨大な耳。

「クエェェェェ!」

【怪鳥】――イャンクックが土煙を上げながら二人の前に降り立った。

「コココココ……」

イャンクックは早くもこちらに気付いているようで、喉を鳴らして威嚇している。

「じゃあ、私に任せてください」

アクアがいきなりイャンクックに向かおうとするのでハンマーは慌てて止めた。

「ちょっと待ってよ! これはあくまでも適応調査なの! 一人でやっても意味ないんだよ」

「なら援護をお願いします。相手を観察するっていう援護を。それで『二人』でしょう? ていうか邪魔……しないでくれます?」

「……っ!」

あまりに冷たい言葉にハンマーは何も言い返せなかった。

「大丈夫ですよ――すぐに済みますから」

アクアがそう言って太刀に手を掛けた瞬間、時は凍りついた。


嗤っているのは、少女一人。




【クエストが完了しました】





「あ………」

「どうです? すぐに終わったでしょう?」

「!」

帰って来たアクアの返り血に染まって姿を見て、やっとハンマーは我に返った。

少女とは思えない動きと力。
イャンクックは断末魔さえ上げる間もなく事切れていた。
まさに雪の様に無音で。
そして半月のごとき斬撃の中にかろうじて見えたのは―――真っ赤に咲き乱れた花。


「…………」


もはや同じ人間のなせる技とは思えなかった。
再び太刀にこびり付いた血を振り払うアクアの様子に、異常な程の寒気さえ覚える。


「……!」


思わず、一歩下がってしまった。


「あれ? G級ハンターが何をそんなに驚いてるんです?」


動揺の隠せないハンマーに向かい、妖艶な笑みを浮かべながらアクアは更に驚くべき言葉を言い放った。

「――実は私、体に少し古龍の血が流れてるんです」

「なっ……」

今度こそハンマーは言葉を失った。

「ふふ……力が溢れて、とてもいい気分なんですよ? まぁ、信じるか信じないかなんてどうでもいいですけど、もしギルドに何か余計な事を喋ったら……分かりますよね?」

以前とは比べ物にならない程の殺気を前に、ハンマーは頷くことしか出来なかった。
まるで首筋にナイフを押し当てられたような感覚が彼女を襲う。
もう彼女を人間だと思うことも――ハンマーには出来なかった。

「ならギルドに戻って約束通り食事でもしましょうか?」

「……」

答えることが出来ない。
私は、私が震えているのか……?
今まで向い合ってきたどんなモンスターよりも、彼女は恐ろしかった。

「貴女も、結局は奴らと同じ様に口をつむぐんですね。まぁ、分かっていましたけど」


「…………」




二人は無言で密林を後にした。




……その後、二人の活躍を聞いた者はいない。



【BAD END】


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


――彼女が傷付けてしまった猟団長の言った『お前には化物が住んでる』という言葉は、彼女を自責の念に捕らわれさせる重要な言葉だった。
猟団長が何気なしに呟いた言葉が彼女たちの物語において、非常に大きな意味を持っていたのである
………◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇





赤い大きな『友達』の背に乗りながら、私は迷っていた。


「……ねぇ、マリさん」

そして、決心して私は帰ってきた『親友』に声をかける。

「何です? ルシャ」


返ってきたのは前のように冷たい声ではなく、昔のように柔らかな物腰で声。
それは懐かしく、嬉しく思う。


――だからこそ、なのだけど。

「あのさ、これ……なんだけど」

正直、少し緊張した。
ゆっくりと背中から『例のもの』を手に取り、彼女へと見せる。


「それ……拾ってきてくれたんですね」

先程より少し低い声。
そこから彼女の心意を窺うことは、少し難しい。

「マリさん……またこれ、つけてくれる?」

おずおずとした声で、勇気を振り絞って訊ねる。
声がちゃんと出ているか、自信はなかった。


――何を言ってるんですか。

「!」

そんな声が返って来たので思わず目を瞑ってしまった。

怒られる……?

しかしマリさんは私の手から優しく『それ』を受け取って、不思議そうな顔でニッコリと微笑んだのだ。

「クマちゃん、可愛いじゃありませんか」

「あ……」

――あの時と同じ台詞に、もっと優しい笑顔。

色々な感情が混ざり合って、目頭がかぁっと一気に熱くなる。

「マリさぁぁぁん! うわぁぁぁぁぁぁん!」

「おやおや、そんな泣き虫に育てた覚えはありませんよ?」

呆れたように微笑むと、泣きじゃくる私をマリさんは優しく抱き寄せてくれた。







「心配かけてご免なさいね。でもね、ルシャ……私はこれから償いのために生きなくてはなりません。まずはこの貰った命で、あの優しい妹を助けるために」

そのままの格好でしばらく経った頃、マリさんは私の顔をじっと見ながら真面目な顔でそう言った。

「……うん」


そして伏し目がちにこう続けた。

「……また手伝ってくれますか?」

「うん!」

当たり前だよ、と私はとびっきりの笑顔で答えて見せた。



「マリディア……私もこの道でこの子を得たことを、誇りに思いますよ」

マリさんは私に聞こえない声で呟くと、リノプロヘルムを深々と被る。

「うん、やっぱり似合ってるね。でもどうして今被るの?」


マリさんはしばらく黙った後、くぐもった声で言った。

「……風が少し、目にしみるからですよ」

「……?」


首を傾げた私の頭に付けられた、クックファーの髪飾りが風でふわりと揺れる。


「クエェェェェェェェ!」

二人を乗せたイャンクックは鳴き声を響かせながら雲の中へと吸い込まれていった。






◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇





一年?
いや、二年だろうか?

少なくとも私には何十年にも感じた日々の末、あの人は帰ってきた。
あの時と同じ年齢のまま、まるで時が止まっていたかのように。



「――ということはマリアン……さんがハンマーさんを助けてくれたんですか?」

「どうやらそうみたい。気が付いたら塔の最上階にいてね、マリアンがルシャと一緒に私の前にいたんだ」

泣いたり怒ったり笑ったり、待たされた分の感情を思いっきりぶつけた後で。
私はハンマーさんを質問攻めにしていた。


「また何か難しいことをしたみたいなんだけど、何も言わずにそっぽ向いて帰っちゃってさ。……何かルシャが途中ニヤニヤしながらマリアンに叩かれてたけども」

あの人がそんなことを……今回ばかりは彼女に感謝しないといけないな。

「装備の色も変わってますけど……それは?」

「あぁ、これはね」

ハンマーさんが悪戯っぽい色を瞳に浮かばせる。
彼女のナルガX装備は以前の黒色ではなく、あのクシャルダオラのような純白に変わっていた。

「二人が帰った後、私も流石に混乱しててね。一人で状況を整理をしてたんだけど、その途中で色が白くて時々消える変なナルガクルガに襲われたんだよ――まぁ、返り討ちにしたんだけど。それで倒したナルガの素材を立ち寄った街で丸ごと加工して貰ったってわけ」

「そんなナルガクルガがいたんですか……」

ていうか遂に丸ごと持ち帰っちゃったんだ。
加工屋さんもさぞかし驚いただろう。

「その辺で私が知らない内に二年も経ってるって知ってさ、慌ててアクアを探しに行ったの」

「そうだったんですか……」

考えれば、分からないことだらけだ。
ハンマーさんがまた戻って来れた訳や祖龍の事……あのクシャルダオラの事だって、はっきりとしたことは分からないのだから。

「……世界はまだまだ広いってことですね」

ポツリ、そう呟いた。

「そう、私もそう思ったんだ!」

するとハンマーさんはその言葉に反応するかのように興奮したように身を乗り出した。

「思えばさ、アクアと出会ってからだよ。毎日があんなに楽しくなったのはさ。アクアの不思議な力にビックリして、一緒に古龍化事件や黒龍騒動やら不思議な事にも一杯出会って、それに仲間も沢山出来た。そりゃあ、しんどい時もあったけどそれ以上に私はこれ以上無いって位楽しかった」

――だからね、と言いながらハンマーさんは私から少し目を逸らした。

「帰ってきて早々なんだけど……また一緒に旅に出たいなって思っちゃったんだ」

ダメかな?
ハンマーさんが少し申し訳なさそうな顔をする。

「何言ってるんですか。ハンマーさんが一ヶ所に留まってられる人じゃないこと位分かってますよ」

「うぐ……」

「全くもう! 何のために今まで待ってたと思ってるんですか! 本当に昔から変なとこで遠慮しますよね、ハンマーさんは!」

怒ったふりをして私はそっぽを向く。
また少し泣きそうだった。

「ありがとね」

「代わりに、次どっか行ったら承知しませんからね! はぐれたらすぐ置いてくんですから!」

「ぜ、善処します……」

初めて会ったときから五年。
また同じ場所に立って。


「改めて、また宜しくね! アクア!」

「こちらこそ。宜しくお願いします、ハンマーさん!」

二人は再び強く握手を交わした。





「じゃあ今度は何処に行こうか?」

「もう旅の話ですか? ハンマーさんったら本当にせっかちなんだから……そうですねぇ―――――」



これから先に、一体どんな世界が待っているんだろうか。
日々広がっていく世界に向けて、私たちは何処までも足を進めていこう。


どんな人達が。
どんなモンスターが。
どんな土地が。


どんな冒険が。


一杯のワクワクがこの先に待っているんだ。




そんなことを考えながら。

後ろを追っかけてばかりだった人の横に並んで、私は歩んでいく。




END.
プロフィール

楽太郎

Author:楽太郎
モンハン好きの誰しもが自分の『世界』を持っているはず。この話はそんな世界の一部分です。
楽しんで読んでもらえたら幸いですね
(・◇・@)

お客様カウンター
こんなお時間ですニャ
検索フォーム
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
最新トラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。